午前二時を過ぎたころなど、うるさくてしょうがないくらいに、ぺちゃくちゃとしゃべっています。中でも一番うるさいのは、西側の棚にならんだ、貯金箱やマスコット人形などの小物たちでした。
一番奥の棚には、金髪のサビーネという大きな古い陶人形が座っていました。店の中でも一番高価な彼女は、ぺちゃくちゃと小うるさい小物たちを、安っぽいやつらと言ってさげすんでいました。彼女は以前、お金持ちの家にいたこともあり、ことあるごとに、今自分が町はずれの小さなプレゼント・ショップにいる境遇を嘆いていました。
「ああ、本来なら、わたしはこんなところにいる人形じゃないのよ」
それがサビーネの口癖でした。
店には、ほかにも色々な品物がいました。ガラス製の旗魚(かじき)の置物や、中国製の泥人形、革のポシェット、ベネチアのカーニバルの仮面、剣の形をしたペーパーナイフ…。でも、彼らの考えていることは、みな、ほとんど同じでした。少しでも、ほかの品物よりもましな人間に買われること。それだけだったのです。だけど、中にひとつだけ、変わった品物がいました。それは、小さな青い魚のペンダントでした。
彼は、東側のビロードをはった壁の一画に、ピンで止められて、吊り下げられていました。彼の一センチ余りの小さな体には、細かい細工がしてあり、尾びれや胸びれや、青いきらきらとした鱗を、ある程度自由に動かすことができました。
彼のいた壁は、ぼくのいたところからわりと近かったので、ぼくはよく魚と話をしました。彼の話はいつも、海のことばかりでした。
「ねえ、君、海って、知ってるかい? それはね、とてつもなく大きな水のかたまりで、生きた本物の魚が、うようよといるんだ」
海のことを語るとき、彼の目はきらきらと輝いていました。そんな彼の夢を見るような目を見ていると、ぼく自身も、見たこともない大きな海が、頭の中に広々と広がるような気がしたものでした。
「すごいなあ、うん、すごいなあ」
ぼくがあいづちをうつと、魚はとても喜んで、たくさんの海の話をしてくれました。まるでロケット噴射のように、海の中を突き進んで行くヤリイカや、山のように大きなクジラや、無数の真珠のように、激しい海流の中を躍る泡の群れなど、こんな小さな七宝焼きの魚が、いったいどうして、こんなに多くのことを知っていたのでしょうか。多分、彼を作った名もない職人が、心をこめて彼を作ったからだと思います。少なくとも、今のぼくはそう思います。
そんなある夜、七宝焼きの青い鱗をふるわせながら、彼はぼくに言いました。
「ぼくは、こんなふうに体を動かすことができる。やろうと思えば、このまま空中を泳ぐことだってできるんだ。ほら、見ろよ!」
細い銀色の鎖を精一杯引っ張って、彼はしきりにしっぽを動かしました。すると、やがて、まっすぐにたれさがっていた鎖が、棒のようにぴんと張ったままゆくりと壁を離れ、上に持ち上がりはじめるのです。壁と鎖の為す角度が、初めは五度くらいだったのが、やがて十度になり、二十度になり、三十度になります。そしてもう少しで四十度になるというときに、不意に鎖がゆるんで、魚はぱたりと壁にぶつかりました。
(つづく)