「ど、どどうだ、す、すごい、だろ、はあ、はあ」
しばらくぶらぶらと鎖にゆられながら、彼はうれしそうに言ったものでした。
「ぼくは、きっと、いつか、この鎖と、壁から、逃げてみせる。そして、広い、本物の、海に行くんだ」
「まさか、ぼくらみたいな品物が、生き物みたいに自由に動けるものか」
ぼくがそう言うと、魚はいらだたしげにひれをふるわせました。
「ちぇっ、つまんないやつだな、君は。そんなの、やってみなきゃわからないじゃないか」
「いいや、ピエロの言うとおりだ」
ふと、どこからか別の、妙にしんと冷たい声がしました。それは、レジの近くのテーブルの上に置かれた、ガラス製の旗魚の置物でした。
「おまえはまだできて間もない品物だからわからないだろうが、品物と生き物の間には、越えようにも越えられない深い溝があるのだ。品物が生き物のまねをするなど、とんでもないことだ。いつか手ひどいばちがあたるぞ」
「そうよそうよ」
と、今度はぼくのすぐ隣のブタの貯金箱が言いました。
「馬鹿なことは考えないで、人間のことを話しましょうよ。ねえねえ、今日来たお客がね、三人もあたしにさわったのよ…」
突然、青い魚は、ぴょんと飛び上がりました。そして、たたきつけるように、大声で反論しました。
「旗魚の、あんたは、海を知らないのか?」
一瞬、旗魚が、口の奥で、ううっとうなりました。たとえガラス製の置物とはいえ、彼は自分の姿に誇りを持っていました。弓のように曲がった胴体、水しぶきを跳ね上げる鋭い尾、突き出た口、そのどれも、自分だけの最高の宝物なのです。そして、海は…、ああ、魚の形で生まれてきてからというもの、それを夢見なかった日があるでしょうか。胸にしみとおる潮の匂い、体をおおう無尽蔵の水、銀色の木の葉のような魚群、その向こうに見える木漏れ日のような淡い金色の日の光…、かなうのなら、この硬いガラスの体など脱ぎ捨てて、自由にあの海を泳いでいきたい…。
でも、それはしょせん、夢に過ぎないのです。ガラスはガラス、どうあがこうが、本物の魚にはなれないのです。
「今にわかるさ」
旗魚はそうつぶやいて、あとはもう何もいいませんでした。
それから、青い魚は、毎夜のごとく、何とかして壁から離れようと、鎖をひっぱりつづけました。尾びれで壁をうち、その反動で空中に飛んで、ピンから鎖を外そうとしたり、鱗がきしきしと鳴るほど力をこめて鎖をちぎろうとしましたが、どうしても、壁は彼を離してくれませんでした。
「ぼくは海にいくんだ」
そう言いながら、彼は、まるでとりつかれたように、もがき、あがきました。
「君、そんなにむちゃをやってると、しまいにはばらばらになってしまうよ」
最初のうちはまわりの品物たちも、心配してあれやこれやと忠告しましたが、しまいには彼の強情にあきれて、何も言わなくなりました。ただ、旗魚だけが、悲しげに彼を見つめていました。
「ばかみたい、そんなことして、何になるの」
ある夜のこと、突然、鉄琴を鉄棒でたたいたような甲高い声が言いました。それはサビーネでした。
(つづく)