共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

津波警報発令!

2022年01月16日 11時40分25秒 | 日記
今日の午前3時頃、



鹿児島県の奄美群島・トカラ列島と岩手県に津波警報が、それ以外の北方領土から沖縄までの太平洋沿岸域に津波注意報が発令されました(各地の津波警報は11時20分に全て津波注意報に変更)。未明のことでしたから、驚かれた方も多いかと思います。

この津波は、日本から約8000キロ離れたトンガ沖の火山島フンガトンガ・フンガハアパイで昨日発生した噴火によって引き起こされたものとのことです。この噴火の規模は凄まじく、なんと



気象衛星ひまわりの映像にも噴煙がはっきりと写るほどで、津波のみならず噴火の衝撃波も到達して



日本国内の各所で最大2hPaも気圧が上昇するという変化まで観測されたほどだったようです。

発令時は岩手県で最大3mの津波が予測されていた上に満潮だったこともあって、特に東北地方をはじめとした太平洋沿岸域では迅速な避難が促されていました。明るくなってもテレビの画面には

『津波!避難!』
『つなみ!にげて!』
『EVACUATE(つなみ!にげて!)』

というテロップが繰り返し流され続けていました。

実際に、高知県の室戸市や徳島県の海陽町では



港に繋留されていた漁船が津波の影響で転覆する被害も出ました。私の実家のある茨城県でも、大洗漁港で60cmの津波を観測したようです。

また、東北本線や常磐線をはじめとした一部の鉄道網が運休となり、奄美大島や北海道方面に向かう国内航空便やフェリーにも欠航が相次いでいるようです。そして昨日から始まっていた大学入学共通テストも、岩手県宮古市の一会場で中止を余儀なくされています。

この噴火による津波は日本のみならず、オーストラリアや南北アメリカ大陸の沿岸にも到達しているようです。発生源であるトンガや近隣のフィジー共和国ではかなりの高さの津波が押し寄せて、深刻な被害が出ている模様です。

かつて1960年に南米チリで発生したM9.5を観測した巨大地震によって発生した津波は、地震発生から約22時間半後の5月24日未明に最大で6.1mの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来し、日本の各地に被害をもたらしました。そのことを考えると、今回の津波発生も当然のことといえるでしょう。

ただ、今回の津波は地震によるものとは違い、噴火による巨大な空気振動で引き起こされたものと予想されています。それ故に、津波に関する情報が多い日本でもデータが少ないようで、津波のリスクについて予断を許さないよう繰り返し呼びかけられていました。

津波は一度だけでなく、時間を置いて何度も繰り返し到達することがあります。13時過ぎには再び満潮を迎えることもありますので、津波注意報が発令されている太平洋沿岸域にお住まいの皆様は引き続き自治体からの避難指示に従っていただき、御自身の身の安全をはかってください。

皆様の御無事を御祈念申し上げております。

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今日はチャイコフスキー《眠れる森の美女》の初演の日〜マリインスキー劇場での『バラのアダージョ』

2022年01月15日 17時00分50秒 | 音楽
今日は本来の成人の日です。ただ、ハッピーマンデー制度のおかげでそんなことはすっかり忘れ去られ、今では誰も覚えてはいないでしょう。

ところで、今日1月15日はチャイコフスキーのバレエ《眠れる森の美女》が初演された日です。



チャイコフスキーの3大バレエのひとつとして有名なこの作品は、1890年の1月15日にサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演されました。

当時のマリインスキー劇場の支配人だったイワン・フォセヴォロシスキーはチャイコフスキーに、シャルル・ペローの昔話『眠れる森の美女』に基づくバレエ音楽の作曲を依頼する手紙を書きました。かつては外交官としてパリに駐在していたこともあり、フランス文化を愛好する文化的見識が深い人物だったフォセヴォロシスキーにとって、当時フランスで最も人気の高い演目として上演されていた『眠れる森の美女』は、自身が支配人を務める劇場で是非とも採り上げたかった魅力的な題材だったのでしょう。

当時のロシアでは、1881年に起きた皇帝暗殺事件以降、ロシア皇帝による専制政治がが強化されていました。そのような情勢の中でフォセヴォロジスキーは原作者シャルル・ペローが生きたルイ14世時代のフランスと当代のロシアを重ね合わせることによって、皇帝を賛美するための豪華絢爛なバレエを上演しようとしたとも言われています。

バレエの振付は、マリインスキー劇場の首席バレエマスターだったマリウス・プティパが担当することになりました。作曲は1888年の秋から開始され、途中に何度か中断を挟みながらも翌1889年の夏には全曲が完成し、1890年のこの日に初演の運びとなりました。

ストーリーについてはディズニー映画にもなっている作品ですから、ここで改めてあれこれ書くこともないでしょう。チャイコフスキーの《眠れる森の美女》には様々な見どころがありますが、私が個人的に好きなのが『バラのアダージョ』と呼ばれる場面です。

『バラのアダージョ』は、成人したオーロラ姫が結婚の申し込みをしに来た各国の王子様たちからバラを受け取りながら踊る華やかな場面です。このバレエでも屈指の華やかな場面でのオーロラ姫は難易度の高いテクニカルな踊りが要求され、それだけに見応えのあるものとなっています。

そんなわけで《眠れる森の美女》初演の日である今日は、初演されたマリインスキー劇場で2015年に上演された舞台での『バラのアダージョ』の動画を転載してみました。ワレリー・ゲルギエフの指揮による演奏、アリーナ・ソーモワのオーロラ姫での公演をお楽しみください。


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今日はプッチーニ《トスカ》初演の日〜絢爛豪華な第1幕『テ・デウム』

2022年01月14日 19時10分50秒 | 音楽
先日、小田原の小学生に新型コロナウィルスの新規罹患者が出てしまいました。ここ数日の感染拡大の様相を見るだに予想はしていたこととは言え、

『遂に来たか…。』

という感は否めません。

小学校に出勤すると、朝から職員室の電話が鳴りっぱなしでした。あまりの電話の多さに教頭先生や校長先生までもが電話応対に追われ、てんやわんやの様相を呈していました。

我が子が心配なのは分かりますが、中にはこの小学校で出たわけでもないのに朝っぱらからクレームまがいの電話をかけてくる輩…いや親までいたようで、聞かされている方としても辟易させられます。いっそのこと受話器を奪い取って

「言っては何ですが小学校内での感染拡大防止策はそんじょそこらの大人社会よりも徹底しているのですから、むしろおたくら家庭内の方がよっぽど不衛生なのでは?」

と言い返してやろうかと、本気で思ったくらいです。

さて、今日1月14日はプッチーニの歌劇《トスカ》が初演された日です。



全3幕の歌劇《トスカ》の初演は1900年の1月14日、ローマのコンスタンツィ劇場で行われました。

プッチーニは《ラ・ボエーム》の作曲を終えた後の1896年から《トスカ》の作曲に取り掛かりました。そして3年にわたる困難な作業の末、1899年の10月に作品が完成し、ローマ市内に実在する場所を舞台にした作品のため、ローマ市内のコスタンツィ劇場で初演が行われることに決まりました。

当日はイタリア王妃マルゲリータに加え、《カヴァレリア・ルスティカーナ》の作曲者ピエトロ・マスカーニや《アンドレア・シェニエ》の作曲者フランチェスコ・チレアなど多数の作曲家が聴衆に加わったといいます。《トスカ》の初演は批評家からの評価は芳しくなかったものの聴衆からは熱狂的に受け入れられ、完全な成功を収めました。

《トスカ》と言えば、何をおいてもマリア・カラスを想い起こす方もあるかと思います。特に



彼女が歌う映像が残されていることもあってか、根強い人気があるようです。

トスカの歌う『歌に生き、愛に生き』や、恋人のカヴァラドッシが歌う『星は光りぬ』といった名曲揃いの《トスカ》ですが、個人的に《トスカ》で一番好きな場面があります。それは第1幕のフィナーレで歌われる『テ・デウム』です。

ローマの警視総監という要職にありながら自身の権限をフル活用して邪魔者を排斥してきた名うてのヒールであるスカルピアが、戦争に勝利した感謝の祈りが捧げられる教会の中で

「トスカよ、お前は俺のものになるのだ!」

と野心と私利私欲丸出しの絶唱を聴かせるこの場面は、このオペラの中でも一番の荘厳さを誇ります。実際に劇場で観ていると、教会の鐘やパイプオルガンの音色が鳴り渡り、クライマックスで合唱や金管楽器群による壮大なコラールが響き渡る光景に身震いすら覚えます。

そんなわけで、今日はその《トスカ》第1幕の『テ・デウム』をお聴きいただきたいと思います。直野資さんによる、ニューイヤーオペラコンサートでの歌唱をお楽しみください。


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そう言えば旬ですけど…

2022年01月13日 18時18分30秒 | 日記
今日は小学校勤務の無い日なので、デスクワークに勤しんでいました。それで、夕方頃に本厚木駅近くのスーパーに夕餉の食材を買いに出かけることにしました。

野菜売り場の辺りを冷やかしていたら



真っ赤なイチゴが目に留まりました。そう言えばちょうどこれからがイチゴの旬になる頃ですから、これからこうした光景が多く見られるようになるのでしょう。



どれもこれも真っ赤で美味しそうで、つい手に取ってしまいそうになります。やはり旬のものというのは、いつ見てもいいものてす。

ただ…





まぁ、なかなかいいお値段であることも確かです。特に下の写真のものは1パックで税込価格が¥1,000を超えていますから、ほぼ一食分以上だと思うと気軽に購入してみようという気にはなれません…。

コロナ禍絡みで収入金額に限度のある人間にとって、こうしたものは最早完全に高嶺の花となっています。ま、どうしてもイチゴが食べたくなった時には、冷凍イチゴかコンビニのショートケーキで自身を納得させるのみです…。

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あんこ好きには堪らない『栗金時のワッフル』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2022年01月12日 18時30分25秒 | カフェ
昨日は学校初日で短縮授業でしたが、今日から早くも通常授業になりました。そうなると、特に6時間目まである高学年の子どもたちは昼休み後の授業からグダグダ文句を垂れはじめ、終いには泣き落とし作戦に撃って出る子までいました。

特に、こう言っては何ですが高学年女子の何人かはかなり計算高く涙を流すことができるので、尚の事質が悪いのです。しかし、女性率の高い家に生まれ、ほぼ女子大状態の音楽大学に通っていた私は、そんじょそこらの男より『女の涙』に対する耐性は身についているので、例え目の前でチラ見しながら泣かれてもオロオロしたりご機嫌取りしたりすることは一切無く

「はい、そういうのいいからやることやって。」

と冷たくあしらってしまいます。

さて、そんなグダグダの小学校勤務を終えてから、そのまま横浜あざみ野の音楽教室を目指しました。そして、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

今日は何だか冷えてきたので



今月限定ワッフルの『栗金時のワッフル』をお願いしてみました。お店の看板メニューであるクロワッサン生地のワッフルに北海道産の小豆を使ったあんこと生クリーム、小豆アイスが添えられています。自家製のゆずソースの酸味がアクセントになっていて、甘いだけにならないよう全体を引き締めています。

毎月この期間限定ワッフルは楽しみなのですが、先月の『りんごのワッフル』といい今回といい、実に完成度の高いものがいただけるので嬉しい限りです。週の真ん中水曜日に、こうした美味しいものがいただけることの幸せを噛み締めながら、ゆっくりと堪能したのでありました。


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今日は始業式

2022年01月11日 15時55分05秒 | 日記
今日から小田原の小学校が始まりました。正月休みに馴れきって休む子もいるかな…と思ったのですが、蓋を開けてみればみんな元気に登校してきました。

さて、新年一発目ということで教室の黒板に



こんなものを描いてみました。イメージは初日の出の昇る富士山頂に虎の子が座っている感じですが、年号のところを令和○年としたのは、支援級の子どもたちに向けてのクイズにするためです。

朝の会で担任の先生が子どもたちに

「今年は令和何年ですか?」

と質問したところ、一番多かったのが

「3年!」

というものでした。どうやら、学校から渡されるいろいろなプリントに『令和3年度』と書かれているのが印象にあったようです。

担任の先生が正解を発表してから



令和4年と西暦を書き入れて完成させました。子どもたちは年と年度の違いに最後まで戸惑っていましたが、ちゃんと理解できるまでにはまだまだ時間がかかることでしょう。

虎の目や鼻や口の部分を黒くするためにどうするか考えたのですが、全体をチョークで塗ってからそこを拭き取ることにしました。その細かい部分を拭き取る時にかなり役立ったのが



綿棒です。

かつては黒板消しの角を使ってみたりもしたのですが細かい部分は上手くいかず、これまでは白チョークで描いた部分を黒だとごまかしていました。試しに綿棒を使ったところ、かなり細かい部分まで拭き取ることができたので、黒板の地色を黒として使うことができました。

今日は始業式で短縮授業だった上にお楽しみ会的な授業ばかりでしたが、明日からは本格的な授業がスタートします。休み馴れしている子どもたちが勉強したくなくてゴネるかも知れませんが、そこは厳しい先生としてビシビシやりたいと思います。

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《雫ノ香珈琲》初モーニング

2022年01月10日 18時10分30秒 | カフェ
今日はハッピーマンデー制度下での成人の日です。街中では艶やかな振袖姿のお嬢さんたちが、白い毛を巻き散らかしながら闊歩していました。

さて、今日はいつも水曜日に行っている横浜あざみ野の《雫ノ香珈琲》に行きました。先日、断捨離敢行中だった知人宅に行った時に貰ったコーヒーカップ&ソーサーセットを、お店で使ってもらうためにお届けに行ったのです。

ランチタイムで忙しくなってしまわないうちにお届けしたのですが、とりあえずお店で使っていただけることになりそうでホッとしました。それで、まだモーニングの時間帯だったので



トーストのモーニングセットをオーダーしてみました。こちらにはだいぶお世話になっていますが、モーニングをいただくのは初めてのことです。

サラダとスクランブルエッグが盛り付けられたプレートには、厚切りのバタートーストとイチゴのソースが添えられています。コーヒーと合わせると、これぞ喫茶店のモーニング!というべきメニューです。

一頻りモーニングを堪能した後に、先週いただいたコーヒーぜんざいをオーダーしてみたのですが、その時にちょっとお願いして



生クリームを別添えにしてしてもらいました。先日いただいた



生クリームたっぷりのコーヒーぜんざいも美味しかったのですが、個人的に是非ブラックで味わってみたかったのです。

実際に味わってみると、ブラックでも十分に美味しい!むしろブラックの方が小豆の甘さを直に感じることができて、よりぜんざい感が増したような気がします。そして、ある程度食べ進めてから生クリームを投入するとコーヒーがまろやかになり、味変を楽しむことができます。

基本的には生クリームの入った状態で提供されるようですが、要望を伝えれば生クリームを別添えにしてもらえるようです。今後もコーヒーぜんざいがメニューにある期間は、いろいろと試してみようかと思っております。

さて、明日から小田原の小学校がスタートします。クリスマスイブで「良いお年を」と送り出した悪ガキ共…いや、子どもたちがどんな顔で登校してくるのか、今から楽しみにしようと思います。

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どうだ悪いか?納豆カレー

2022年01月09日 21時30分10秒 | グルメ
今日は久々にCoCo壱番屋にカレーを食べに行きました。何だか無性にココイチの納豆カレーが食べたくなったのです。

カウンター席に座ると、メニューも見ずにオーダーしたのが



納豆カレーのやさいミックスです。なんてったってこれが美味しいのであります。

と喜んで食べ始めていると、いつの間にか隣の席に座っていたヲッサンが露骨に嫌な顔をしてこちらを睨んできていました。恐らくこの御仁は納豆が嫌いなのでしょう。

しかし、私は今日これを食べにわざわざ出かけたのですから、隣で迷惑そうな顔をされたところでどうにもなりません。何なら私はライスの上で納豆をよ〜くネリネリしてから食べるくらいですから、嫌いな人からしたら拷問に近いものがあったかも知れません。

まぁ、あちこち席が空いていたにもかかわらず、わざわざ私の隣の席を選んで座ったのが運の尽きです。ヲッサンは私がカウンター席を発つ最後まで苦虫を噛み潰したような顔をしていましたが、特にお詫びをするでもなく会計を済ませて店を出ました。

不特定多数が行き交う食堂やカフェでは、時にこうした不幸な出会いもあるものです。それでも、そうしためぐり合わせすらも『袖振り合うも多生の縁』ということで…。

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日向薬師de初薬師

2022年01月08日 19時20分30秒 | 神社仏閣
今日は1月8日、初薬師の日です。毎月8日と22日は薬師如来の御縁日で、特に年が明けて初の御縁日であることから、この日は初薬師とされています。

そんなわけで、今日は久しぶりに伊勢原市にある霊山寺宝城坊、通称日向薬師(ひなたやくし)に参詣することにしました。

日向薬師はかつて日向山霊山寺といわれ、元正天皇の霊亀2(716)年に行基菩薩によって開創されたと伝えられています。こちらの日向薬師は、愛知県新城市の峯薬師(鳳来寺)、高知県長岡郡大豊町の柴折薬師(豊楽寺)と共に日本三薬師の一つとされています。

伊勢原駅から日向薬師行きのバスに揺られること20分あまり、終点で下車して急角度の石段を登ると



仁王門が姿を表します。こちらでは





天保4(1833)年に作られた3m半の阿吽の仁王像が、聖域を守護すべく睨みをきかせています。

そこから更に自然石で作られた石段を息を切らせながら登っていくと、



幟旗が並ぶ石段の向こうに茅葺きの大屋根が見えてきます。

石段を登り切ると



青空の下に茅葺き屋根の本堂が姿を表します。こちらは山の中腹にあって標高が高いこともあって、境内や



手水舎の屋根には先日の雪がまだ残って、陽の光に照らされてキラキラと輝いていました。



立派な茅葺き屋根の本堂の前には



御本尊の薬師如来坐像の指から繋がる五色の糸が結ばれた御結縁柱が立てられています。訪れた参拝客は順番に柱に触れて、御本尊との縁を結んでいました。

その隣には



鉄筋コンクリート造の宝物殿があります。こちらの御本尊は



平安時代中期の鉈彫の名品として名高い秘仏の薬師三尊像です。 その他に薬師三尊を収める御厨子やそれを守護する四天王像や十二神将像、丈六の薬師三尊像や阿弥陀如来像など、25点の国の重要文化財があります。

今日は初薬師ということで、秘仏薬師三尊を収めている御厨子が御開扉され、



御導師様によって法要が挙行されました(上の写真は2016年に行われた法要の様子)。ただ、例年なら上の写真のように参拝客も参列しての法要となるところ、新型コロナウィルス蔓延防止の観点から今年は法要中の同席は叶いませんでした。

その他にも境内には



本堂と同様に茅葺き屋根の鐘堂があります。通常こうした鐘楼の柱は四隅に四本ですが、こちらの鐘堂の柱は



一隅に三本の柱が建てられています。一節には四隅合わせて十二本の柱が、薬師如来の眷属である十二神将を表しているともいわれています。

一通り境内の冷たく澄んだ空気を満喫してから、ゆっくりと山を降りました。毎年ある薬師粥のお振舞いがコロナ対策で中止になってしまったのは残念でしたが、それでも御縁日ならではの厳かな雰囲気を味わうことができて、幸せな気持ちになることができました。

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残雪の朝と七草粥…?

2022年01月07日 21時02分45秒 | 日記
昨日の雪から一夜明けて、今朝は快晴の空が広がりました。ちょっと気持ちよかったので、早朝に有酸素運動がてら散歩してみることにしました。

日が当たるところは雪も溶け始めていましたが、ちょっと日陰に入ったところでは





まだ雪が白く残っていました。ただ、あちこち見ながら歩いていると



足元の凍結に足を取られそうになるので気が抜けません(汗)。

さて、今日は人日の節句です。本来は3月3日や5月5日といったゾロ目の日が節句ですが、1月の節句は元日ではなく7日となっています。

この日、古代中国では7つの野菜を入れた羹(あつもの)を食べる習慣がありました。これが平安時代に日本に伝わって、7種類の野草を入れた七草粥を食べる習慣になりました。

ということで、私も七草粥を食してみようと思ったのですが、かつてはどこのスーパーに行っても売られていた七草セットが、どういうわけだか今年はどこに行っても見当たりませんでした。どうしたものかと思っていたら



こんなものを見つけたので、今年は中華風にしてみることにしました(汗)。

ところで、以前小学校の子どもたちから『お粥』と『おじや』と『雑炊』の違いを聞かれたことがありました。皆さんはご存知でしょうか?

簡単に言うと調理法の違いで、おじやと雑炊は炊いたご飯で作るのに対し、お粥は生の米から炊いて作ります。また、雑炊は一度ご飯を洗って粘り気を取ってから作るためサラサラしているのに対し、おじやはご飯をそのまま使うためトロトロな仕上がりになります。

要は料理屋の鍋のシメにご飯をブッこむのは雑炊で、わざわざご飯を洗わずに作る自宅の鍋のシメに作るのはおじやということだそうで、具があるか無いかはあまり関係ないのだそうです。そして、ちゃんと生米からお粥を作ろうと思ったら、かなり時間がかかるものとなります。

そんなことを思いながら、今年は中華風に人日の節句を過ごしたのでありました(笑)。

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初雪に聴くドビュッシー〜《子供の領分》から第4曲『雪は踊っている』

2022年01月06日 19時10分35秒 | 音楽
今日、関東地方では初雪が降りました。昼前からチラチラと降り始めた雪は午後になるとかなり勢いを増していき



本厚木の駅前も植え込みの上にうっすらと雪が積もっていました。

街中は人が歩いて踏んでしまうため、地面が白くなるまでにはなりませんでした。それでも駅からほど近い公園に行ってみると



2センチほどの雪が積もっていました。

子どもたちがキャアキャア叫びながら遊び回っている間にも



雪は絶え間無く降り続いていて、その間を



自転車に乗った少年たちが危なっかしいハンドルさばきで通り過ぎていきました。ふと見るとベンチの上に



誰かが作った小さな雪だるまがチョコンと座っていて、何ともいえない微笑ましい気持ちになりました。

その後も雪はしんしんと降り続き、辺りはどんどん白くなっていきました。特に花壇や植木には結構な高さの雪が積もっていて、近くの植え込みでは



赤い蕾を膨らませ始めていた沈丁花に白い雪が積もって、何とも趣深い光景を作り出していました。

さて、そんな降りしきる雪を観ていたら、ふとドビュッシーの『雪は踊っている』というピアノ曲が頭に浮かんできました。

『雪は踊っている』はピアノのための組曲《子供の領分》の第4曲で、静かに降る雪を窓辺で飽きることなくじっと眺めている子供たちの前で、ゆっくりと舞い降りてきた雪の妖精が地表を白いビロードで覆っていく様を表現したトッカータです。正に、今日の粉雪降る日にピッタリの音楽だと思います。

そんなわけで、今日はドビュッシーの《子供の領分》から『雪は踊っている』の演奏動画をお楽しみいただきたいと思います。今夜も冷えますから、暖かくしてお休みになってください。


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絶品コーヒーぜんざい@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2022年01月05日 21時15分12秒 | カフェ
今日は二十四節気のひとつである小寒、寒の入りです。それに相応しく、今日は一段と風の冷たい日となりました。

そんな中、今日は用事があって川崎市の溝の口まで出かけていました。そして、帰り道の田園都市線のあざみ野で途中下車して《雫ノ香珈琲》に立ち寄ることにしました。

寒空の下を歩いてお店に向かい、ほぼ満席状態の中カウンター席に座りました。今日はオーダーするものをほぼ決めていたので、迷わず



『コーヒーぜんざい』をお願いしました。

抹茶茶碗のような器の中に濃い目に淹れられたコーヒーが張られた中に、



栗の甘露煮と焼き餅と粒餡が入っています。そこに生クリームがトッピングされていて、器の中でいい感じのグラデーションを作っています。

とかくコーヒーぜんざいというと『ぜんざい』寄りに作られた甘いものが多いのですが、こちらのコーヒーぜんざいは正に『コーヒーのぜんざい』という感じで、しっかりとコーヒーの風味を堪能できます。ともすると甘ったるくなりがちな白玉ではなく焼いた餅が入ることによって必要以上の甘さがコーヒーを邪魔することなく、むしろ焼き餅の焦げ目がいい感じに風味のアクセントとなっています。

伺ったところ、ぜんざい化するにあたってあんことブレンドすることを念頭に様々なコーヒーを試した結果、カフェオレのためにブレンドした苦味の効いたものを使用しているとのことでした。今までにもいろいろな喫茶店でコーヒーぜんざいをいただいてきましたが、個人的にこんなにしっくりくるものをいただいたのは久しぶりです。

今のところ期間限定メニューだとのことですが、できればレギュラーメニューに昇格してもらいたい…と思っています。またひとつ、楽しみなものが増えました。

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今日はペルゴレージの誕生日〜隠れた名曲《サルヴェ・レジーナ》

2022年01月04日 19時45分45秒 | 音楽
今日も風の冷たい一日となりました。明日は寒の入りですから、むしろこれから益々寒さがつのってくるわけですが、久しぶりの冬らしい冬を堪能しております。

さて、今日は今年初の誕生日シリーズにしてみようと思います。今日1月4日は、イタリアの作曲家ペルゴレージの誕生日です。



ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710〜1736)はイタリア・ナポリ派の作曲家で、特にオペラ作曲家として、後のモーツァルトやロッシーニに受け継がれるオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)の基礎を築いた人物として知られています。

幼い頃から音楽の才能を現したペルゴレージは1731年にナポリ音楽院を卒業し、翌1732年にオペラ・ブッファ《妹に恋した兄》を初演して最初の成功を収めました。1733年にはサン・バルトロメオ劇場でオペラ《誇り高き囚人》を初演しましたが、残念ながらこちらは失敗に終わりました。

それにもかかわらず、この《誇り高き囚人》の幕間劇として作曲されたインテルメッツォ《奥様女中》が歴史的な大成功を収め、オペラの歴史に大きな変革をもたらしました。この《奥様女中》をめぐっては賛否が大きく別れたことによって『ブッフォン闘争』とよばれる白熱した議論が展開され、ひどい時には意見の対立から決闘沙汰まで起きたといいます。

1735年、オペラ《オリンピアーデ》をローマで初演したものの失敗してナポリへ戻ったペルゴレージはこの頃から結核のため体調を悪化させ、オペラよりも宗教音楽の作曲に取り組むようになりました。1736年にはナポリ近郊の聖フランチェスコ修道院に療養に移り、そこで知己を得たナポリ在住貴族の集まり「悲しみの聖母騎士団」から委嘱された《スターバト・マーテル(悲しみの聖母)》を余力を振り絞って書き上げましたが、まもなく26歳で夭折してしまいました。

ペルゴレージの評価は彼の死後どんどん高まっていき、様々な作品が新たに世に送り出されました。しかし実はその多くがペルゴレージの名を騙った偽作で、20世紀に入って全集を編纂するにあたって精査したところ、かつてペルゴレージ作といわれていたものの殆どが残らなかったといいます(汗)。

ペルゴレージ作品で有名なものは、先程も書いたインテルメッツォ《奥様女中》と《スターバト・マーテル》でしょう。ただ、どちらも演奏時間が40分以上かかる作品なので、今日は《スターバト・マーテル》と同時期に書かれたといわれる《サルヴェ・レジーナ(元后憐れみの聖母)》という作品をご紹介しようと思います。

この《サルヴェ・レジーナ》は《スターバト・マーテル》ほど有名ではありませんが、ほぼ同時期に書かれたこともあって《スターバト・マーテル》の兄弟的な存在となっている作品です。甘美で流麗なメロディや切々と歌われる下降半音階に寄り添う和声は、人気オペラ作曲家ペルゴレージの面目躍如たるものがあります。

そんなわけで、今日はペルゴレージの《サルヴェ・レジーナ》の演奏動画を転載してみました。26歳の青年作曲家が遺した渾身の祈りの音楽を、じっくりと御堪能ください。



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宇賀辯財天冬桜

2022年01月03日 18時10分48秒 | 神社仏閣
今日もいいお天気に恵まれました。ちょっとボ〜…ッとしていると、ついうたた寝してしまいそうになります。

そんな中、年賀状の返事をポストに出しに出かけた足で、厚木市寿町にある



宇賀辯天社に参詣しました。自宅の仏壇に宇賀辯財天を勧請している身として、こちらの御社への参詣は外せません。

こちらの境内には年の瀬に咲き始める『冬桜』の木があるのですが、今日見てみたら



花数は少ないものの、それでも寒空の下に可憐な花を咲かせていました。寒風吹く中での桜の花というのも、またいいものです。

今年の箱根駅伝は復路も青山学院大学が制し、総合優勝もものにして終わりました。相変わらず繰り上げスタートは観ていて悲しくなりますが、今年もいい試合展開を観て胸が熱くなりました。

さて、明日から世の中が正月休みモードから通常モードへと、少しずつ切り替わっていくことになるかと思います。私も音楽教室や小学校の勤務が始まってもいいように、少しずつダメ人間モードを解消していこうと思っております…。


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箱根路観ながら年賀状

2022年01月02日 13時36分40秒 | 日記
今日は午前中は家でゆっくりと過ごしました。それでもテレビで箱根駅伝を観ていると、つい力が入ってしまいます。

今年は青山学院大学が2年ぶり5回目の往路優勝を果たし、2位に帝京大学、3位に駒澤大学が入りました。特に第5区を走った青山学院大学1年生の若林君の走りは、区間賞にはならなかったものの素晴らしいものがありました。

さて、今年も我が家には



音楽教室の新旧生徒をはじめとした各方面から様々な年賀状が届きました。昨年はコロナ禍の緊急事態宣言下で迎えた新年ということで年賀状の内容もどこか不安気でしたが、昨年後半から新規罹患者数が落ち着いてきたこともあってか、みんなそれぞれに無事新年を迎えられているようでした。

さて、箱根駅伝往路の結果も出たところで、あとはデスクワークに勤しみたいと思います。

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