今日も気持ちの良いお天気の一日となりました。なので、午前中に溜まっていた洗濯物を一気に片付けて、午後からはゆっくりと過ごしていました。
ところで、今日4月14日はヘンデルの祥月命日です。

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685〜1759)は後期バロック音楽を代表するドイツ出身の作曲家、オルガニストで、イタリアで成功した後にイギリスで長年活躍しイギリスに帰化しました。同じ年に生まれたバッハが『音楽の父』と称されるのに対して、ヘンデルは『音楽の母』と称されることがあります。
その生涯をドイツ国内で終えた場合とは対象的にヘンデルはイタリアやフランスを経てイギリスに渡り、最終的にイギリスへ帰化しました。そこでヘンデルはオペラの作曲だけでなく興行主としても、更に《メサイア》に代表されるオラトリオの分野でも活躍していました。
1750年夏、ヘンデルはドイツ訪問の道中で乗っていた馬車が転覆して負傷してしまいました。その後ロンドンに戻ったものの翌1751年2月には左眼の視力の衰えが顕著となり、夏には片目失明者となりました。
間もなく右眼の視力も悪化してしまい、1752年頃には完全に失明したため作曲活動はできなくなってしまいました。その後も演奏活動だけは続けていましたが、1758年の夏にタンブリッジ・ウェルズで眼科医のジョン・テイラーによる手術を受けたものの、結局は成功しませんでした。
因みにこのジョン・テイラーというデュラン・デュランのベーシストのような名前の眼医者は、ヘンデルだけでなくバッハの眼の手術にも失敗して失明させています。なので、音楽史上では『音楽の父と音楽の母を失明させた稀代のヤブ医者』として有名です。
そして翌1759年4月14日、体調の悪化によってヘンデルは死去しました(享年74)。ヘンデルはウェストミンスター寺院に葬られることとなりましたが、ヘンデル自身はひっそりと埋葬されることを望んだにもかかわらず3000人もの民衆が別れを惜しむために押し寄せ、無数の追悼文が新聞や雑誌を賑わせたといいます。
そんなヘンデルの祥月命日に、今回は歌劇《セルセ》から、名アリア『懐かしい木陰よ(オンブラ・マイ・フ)』をご紹介しようと思います。
歌劇《セルセ(Serse)》または《クセルクセス』(Xerxes)》HWV 40はヘンデルが1737年から1738年にかけて作曲したイタリア語のオペラで、ヘンデルのオペラとしては後期のものです。オペラ・セリアであるにもかかわらずコミカルな内容を持つこの作品は、ヘンデルが書いた最初のコミカルなオペラでした。
《セルセ》は、アケメネス朝ペルシャの実在の王クセルクセス1世が、ギリシア遠征の時にヘレスポントス海峡に橋をかけようとしたという古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの著書『歴史』に見られる話を背景にしています。ただし話の大部分は虚構で、史実によるところはほとんどありません。
ヘンデルの他のオペラと同様、この《セルセ》も作曲者の没後は忘れ去られてしまい、わずかに冒頭のアリア『オンブラ・マイ・フ』のみがイタリア歌曲集に載せられて知られていただけでした。しかし、昨今では古楽の復興とともにオペラ全体が上演されることも増えてきています。
アリア『オンブラ・マイ・フ』は、《セルセ》第1幕冒頭でペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われるアリアです。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったもので、
Ombra mai fu di vegetabile,
cara ed amabile,
soave più
かつて、これほどまでに
愛しく、優しく、
心地の良い木々の陰はなかった
という短い歌詞をひたすら繰り返しています。
このアリアはソプラノのキャスリーン・バトルが1986年にニッカウヰスキーのCMで歌って以降、日本で爆発的に有名になりました。翌1987年の第38回NHK紅白歌合戦では、紅白初出場の佐藤しのぶがこの曲を歌唱しています。
ヘンデルはオペラでもオラトリオでも、嘆き悲しむ登場人物のアリアを長調で書くことが多く見受けられます。歌劇《ジューリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)》で実の弟に幽閉されたクレオパトラの嘆きも、オラトリオ《メサイア》で鞭打たれるイエスを見守るアルトのアリアも長調で書かれていますが、柔らかく明るい長調の調性が、かえって苦しみや悲しみを助長させるのです。
『オンブラ・マイ・フ』も、為政者たるクセルクセス1世の嘆きや悲しみの吐露を長調で絶妙に表現しています。アリアとしてもそうですが、ヴァイオリンやフルートといった楽器のレパートリーとしても愛奏されている名旋律でもあります。
そんなわけで、ヘンデルの祥月命日である今日は歌劇《セルセ》のアリア『懐かしい木陰よ(オンブラ・マイ・フ)』をお聴きいただきたいと思います。初演時にセルセを演じたカストラート(変声期前に去勢した男性歌手)を彷彿とさせるようなカウンターテノールのアンドレアス・ショルの独唱で、ヘンデルならではの『嘆きの長調』の美しさをご堪能ください。