【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

夢想崩れ。(イケナイアルバイト)

2008年08月29日 00時28分24秒 | イケナイアルバイト (仮題) 
T3年生イケナイアルバイト。 (5) (最初の1話目)




(夢は夢。)

「おとおさんッ!おとおさんッ!おとぉおさんぅ。」

「ぁ、どないしたんやぁ、何処に居(オ)ったんやぁ 」
「ぉとおぉさん、おとおぉおさんぅッ! 」
「ナンや、どないしたんや、お前ぇどこにおったんやぁ? 」

胸の奥の何処かで、何かが透明に為りかけていました。
意識もしないで求めた暗さは、自分を隠すまで待ってはくれませんでした。

図らずも陥ってしまった暗闇は、其の透きとおる黒色で自分を優しく包み込んで、
忘れることなどしたくもなく、ただ想い願うだけの透明なものを奪おうと。

だから忘れることも叶わなかった。



(墜ちたら)

最初。自分がどうなったのか分からなかった。
アイツがお百度参りの橋から身を投げそうだと。
ッデ、駆け寄って引き留めようとしたら、自分が墜ちてしまった。

墜ちるまでの僅かな時間、チョット心が時メイていた。

(ナンや、簡単なんや)

心で想っていました。



(水の中から)

重たい水の冷たさは、自分の躯全部で感じていました。
水の冷たさで知った、醒めていなかった酒の酔い、如何しようもなく心地好いものでした。
水の中で視えるはずのないものにナニかを呼び掛けると、
自分の動かす口からは泡(アブク)が連なって出ていました。
声にならない声でした。

息は苦しくはありませんでした。 だから此の侭、深間な処までと希望していました。



(悪いのはウチ)

ウチは、自分が落ちるとばっかし思うていました。

掴んでた欄干から手を放すと、ナンだか眼の前の時間が真っ黒でユックリしてた。
ウチは放した手で空中の何かを掴もうとしていたと思います。
モシあの時にその何かを掴んでいたら、キットこぉぅ思っていたと思います。

あぁ、ヤット終わるんだぁ。やっとぉ。

そしたら、スカートの腰の辺りを抱っこされるみたいにされ、引き戻されました。
頬ッペタを叩かれたのは後まで憶えていたけど、どんな風にマスタァが落ちて行ったのかは分かりません。
暗かったし、ウチはあの時、どう言えばいいのかぁ?

心が何処かに在るような感じヤッタんです。

ザブン!ッテ 水の音がしたから橋の下を覗いたら、暗くて何も見えませんでした。
なんがあったのかと辺りを見たら、マスタァが居りませんでした。
タブンですけどわたしは頬の痛みから、マスタァはウチを叩いてそのまま落ちたんやと思います。
近道したあそこの橋の上まで、マスタァの後からついていってたけど、
暗かったけどマスタァ、脚がふらついてたのは知ってた。

あの人ぉなんだかぁ、悪酔いしているみたいヤッタんです。

今でも時々ウチは、あのままウチが落ちていれば良かったんだと、想うことがあります。
そんなとき、マスタァが落ちて死ななくて良かったとも、想います。
人って、アンガイ簡単に死ねるんやわぁッテ思います。

簡単に死ねるんだと解ると、簡単すぎて怖いです。
だから死に方を恐ろしくて、あれ以来アンマシ考えへんようになりました。

ッテ。 アイツ随分後で、ワイに言いよった。



(酔夢から醒めた)

突然、顎を何か力強い物で摑まえられるように支えられると、グングン上へと持ち揚げられ、首が水面にと浮かび上がった。
すると、「おとぉさんッ!」 っと叫ぶアイツの声と、湧き立つ水飛沫の中、知らない男の怒鳴る声が。

「アホッ!サッサトアッチへいかんか、コイツぉもってゆくさかい 」

耳奥に詰まった水のせいで、何処か遠くの彼方から聴こえてきているようだった。
自分、無意識に顎に掛った男の掌を外そうとしていた。

「ァホッ!動くなっ、泳ぎ難くぅなるわ、ダボっ!」

怒鳴られたので、顎を引っ張られる力に任せジッとした。
冷たさを感じなくなった水が時々顔の上を覆いながら、何処かにと引っ張られていました。

「おとおさんッ!おとおさんッ! おとぉぅさんッ! 」
「アッチへ行けゆうとろおもん、いかんかッ!お前も死にたいんかボケッ! 」

水が顔の上を流れ過ぎ、その度に水の中で眼を開けると水越しに、銀色に星が瞬く夜空が観えていた。
星の輝きを眺めながら、何処かにと身を任せていたら気づいた。
未だに心に透明なものが残っていることに。

そしたらまた堕ちました。
今度は吐き気催すような、最悪な気分の暗闇の中にでした。



(知らない男かも)

「ァンタらなんやねん?ドナイするつもりヤッタんやッ!」

怒鳴り声な物言いぃを、激しく揺れる車の後部座席で横になって聞かされた。

「止めてくれ 」
「喋るなっ!ドアホッ!」
「ぉとおさん、気がついたん!」

「なんや、ドナイなっとんや 」

「心中崩れや、お前ら 」
「違います、ウチが落ちたさかい助けようとしてくれたんです 」
「・・・・・・・ホンナラそいでえぇがな、ッタクゥ!」
「止めてくれッ!」

突然、軋むような急ブレーキ音がし、躯が前に飛んで前席の背もたれに当たると、
狭い後部座席との間の隙間に、挟み込まれるような感じで嵌った。

「ダボがッ!ナニ偉そうにゆうとんや、死に損ないがッ!」
「ボケッ 此処で吐いてもえぇんかッ!」

此の時ワリと元気な声が出たので自分、驚きました。

「ナニぃ?」
「ゲロやッ 」


後部扉が勢いよく開き、両足首を掴まれ力強く引っ張られた。
ドライブシャフトの山で頭を打ち、ドアの敷居部分でも後頭部を打った。

背中から地面に落ちた。 直ぐに気合を込めた短い声が飛ぶと横っ腹を蹴られた。
アイツの、「ナニしますのっ!」 っと叫ぶような悲鳴言葉が聞こえた。
全身に鈍い激痛が奔り、息つきがし難くなった。

「おとおさんにナニするんよっ!」 抗議の声。
「煩いッ!黙らんかいッ!」
「ナンで蹴るんですかッ!」
「蹴ったほうがよぉけ戻すんや、ダボッ!」

男が忌々しげに言ったのは、ホンマやった。
飲んだ川の水と今夜飲んだ酒、此れでもかと喉首筋を引き攣るようにさせ、ギョウサンゲロった。
道に腹ばいで側溝に首を突っ込むようにし、呻き痙攣しながらゲロ吐いてたワイの背中。
アイツ優しさで撫でてました。自分もぉぅ泣きそうやった。

「お前ら、ホンマニ親子か?」

男の訊き方、如何にも仕方がないわいな、ッテな感じの声でした。

「おとぉさんですッ!」
「お前と、オトンっの歳が合わんやろも 」
「おとおさんなんやってッ!」

「ホンナラそいで、えぇがな 」

男がワイの傍にしゃがむと、言ってきた。

「アンタ見たことあるわ。」

返事の代わりに、男の靴先にゲロってやった。
男、慌てて後ろに飛び退ると、足を後ろに引き想いッくそ蹴ってこようとした。

「止めてっ!」 アイツが男の脚に抱きつくように縋った。

アイツの着ている服、ズブ濡れやった。
濡れて肌に密着しているのが、通りすがる車のヘッドライトに照らされていた。

「抱きつくな、ボケっ!濡れとって気色悪いわ 」
「蹴らんといてくれるん?」
「分かった、もぉぅ蹴らんがな離せや。 」


「済まんけどな、戻ってくれんか 」
「ナニゆうとんや、医者に行くんが先やろも」
「おとぉおさん、病院いこぉ 」
「えぇねん、悪いけど戻ってくれや 」
「気分はドナイやねん?」
「吐いたらダイブよおなったさかい、医者はもぅえぇねん 」

「ッチ!死に損ないが偉そぉに、えぇわ戻ったるがな 」


(疑惑)

「アンタ、ナンであないな所に居ったんや?」
「ナンヤ、助けてやったワイになにゆうんや。」

「痴漢か、アンタ?」

微妙にハンドルが振れ、車体が微かに揺れた。

「チカンなん?オッチャン。」
「ァホ!チャうわいっ!」
「ホナ、ナンであないな時間に独りで神社の森に居ったんや 」 

「ナンもないがな、お前ら助けてもろぉてナニゆうねん 」

「オッチャン、ナンであないなトコに居ったんぅ?」
「アンタ、覗き魔やろ。」

「お前らぁ 」




流れ任せな夜の為せる出来事は、時々です。

想わぬ悪さを仕出かします。




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In a dream 

2008年08月23日 03時30分05秒 | イケナイアルバイト (仮題) 
T3年生イケナイアルバイト (4)



(夢の中)

白木のカウンターにとまると、何時ものように白磁二合徳利の熱燗が、食い物を注文するより先に出てきた。
最初の一杯は、カウンターの向こうから割烹着七分袖の腕が伸びてきて、目の前に置かれた熱燗用耐熱硝子コップ
五分目少々だけ注いでくれる。

逸る呑みたさで口にコップをと運ぶと、鼻腔に酒の芳しさが。
チビリっと舐めると、舌に燗酒の熱さな旨味が沁みた。

隣の席ではアイツが身体を捻って後ろを見上げていた。
その横で大女将が、穏やかな優しい眼差しでアイツを見ながら、
壁に留められ並んだ御品書きが描かれた木札を指差し、食い物の説明をしてくれていた。

猪口を舐めもってアイツの幼い背中を観ると心の中が騒ぎ出し、
忸怩たる後悔する想いで溢れそうに為ってきた。
今夜、此の店にコイツと着たのは間違いだったのかもと。
夜更けた晩に、他に事情があろうとも、未成年の者を連れまわす罰が当たったなぁ、とも。

「なぁにぃちゃん、その娘(コ)ぉはアンタのなんや?」

案の定、自分の左隣の男が訊いてきた。
最初、此の店に入ってきたときから、興味シンシンすぎるで。っとな目ツキ顔まるだしやった。
自分普段なら、この男とは此の店の客の中でもケッコウ仲のいぃ方だったので、
訊かれたことには素直に応えていただろう。
タダ今夜は自分でも、自分の意識が如何にか為り掛けているのに気づいていた。
今夜、幾度となく口に含んだ酒の酔いも手伝い、ナニもかもが厭になり、

ッチ! ダボが。 要らんこと訊いてドナイするんやッ! っと少し凶暴におなりかけ。
だからもぅ、訊かれたことに応じるのも億劫になってきていた。

「ワイの娘やがな、ナンか用なんか。」
「ぃや、よぉッテ、なんも無いわな 」
「○○ッ、お前に興味があるんやッテ、挨拶したれ 」

(注:ホンマの名前なんか言えません。マシテ仮名なんかで言いたくない。)

「ぇッ、ぁッあいさつですかぁ 」

「そや、したれ。 ホンナラこの人かて得心するさかいな 」
「なんでウチが挨拶したらえぇの?」
「ムスメがなんで挨拶せなアカンねん。ゆうとるんやけどなッ! 」

「ぇッ、なんもワシ挨拶してくれ言うてへんのやけど 」

「挨拶せんでもえぇねんて、ホレ、サッサと食いな 」
「ぅん。」

「なんやねん、エライからむやないか、どないしましたんや 」
「済まんな。娘と久しぶりなもんやさかいな、何方さんにも邪魔されとぉないねん 」

自分この晩、頭の中の意識は酒の酔いに負けていた。
酒精に痺れはじめた意識の何処かで、ユックリト透明になりかけている物、ありました。

カウンターの中で人の吐く薄紫の煙草の煙が、人の頭の高さで棚引きながら店の奥の厨房にと。
意思があるように漂うその紫煙を眺めながら、透明に為りかけてるものがマッタク消え去らないようにと、
有線の低い音量に絞った流行歌(ハヤリウタ)聞き入ってるフリし、此れ以上ヨッパラッタら駄目だと。
胸の中、足掻くような感じで必死で堪えていました。


「帰ろぉかぁ 」

そぉっとワイの肘をツッツきながらやった。

「ギョウサン食ったんかぁ 」
「ぅん。 」
「かぁちゃん、腹空かして帰ってくるんやからナンゾ購(コオ)て帰えろか。」
「要らんッテ言うよぉ 」
「なんでや 」
「寝る前に食べたら太るッテ 」
「あないに細いやないかぁ、なんでや? 」
「ぅん、前と比べたらよぉ痩せたさかい、もぉ前みたいに肥りとぉないゆうとったぁ 」

「ナンで痩せるんや?」
「ぇッ! ナンでぇッテぇ 」

言葉に詰まり、ワイを見上げてた視線が泳ぎながら逸らされ顔を伏せた。
自分、直ぐに気づいた。もぉぅ酔いが吹っ飛びそうやった。
ホトホト自分の料簡のなさにはぁッと、舌を噛み切りたいほど後悔し情けなかった。
人が痩せるゆぅたら、況してや肉体労働なんかしたこともないような女が痩せる。
原因は重い病か、ヨッポドな気苦労で精神的に参ってしまう、痩せるしかなかった。

「ホナ、帰ろか 」
「ぅん 」



(お百度参りの時に渡る暗い橋の上で)


ふたりで夜を見上げると、月はなく深い紺色の空に星が低く輝いていた。

「家まで送ったろ 」
「えぇわぁ、独りで帰れるぅ 」
「此処らは痴漢が出るねんで 」
「ぅん 」

コイツが母親とふたりで住ん居るのは、川向うの国鉄線路近くの借家だった。
近道で、車が行き交う本通りを歩かずに、田圃の中を突っ切ることにした。
あの頃は、今なら何処にでもあるような防犯燈なんか整備されておらず、
夜中に表通りから狭い路地裏に入ると、足元も覚束ないような暗さだった。

「ホレ、手ぇ引いたろ 」
「ぅん 」

後ろに伸ばしたワイの腕に追いつこうとする幽かな足音がした。
手先に何かが触れたので掴むと、白布(キレ)巻いた手首やった。
放して握り直すと、冷えた小さな手ぇやった。

古い民家の土塀に挟まれた路地は直ぐに終わり、黒い影の田圃が広がる処に出た。
其の黒影の中の農道、舗装されず土が剥きだしだったので、夜目にも仄白く浮き上がっていた。


川向う、田圃の中のコンモリとした鎮守の森。
其処の小さな社に祭られているお稲荷さん。

その神社に此方側から川を渡って行くのに戦前から架かっている、
人の往来がやっとなほどの幅しかない、昼間観ると元の朱色も剥げ落ちた古い橋を渡っている途中、
後ろから付いてきてるはずのアイツの足音が急に聴こえなくなった。立ち止まって振り返った。
アイツ、橋の袂の対の木燈籠の仄かな燈明の陰になり、黒い影で橋の外の闇に浮き上がっていた。
橋の真ん中あたりの欄干に手を添え、暗闇に身を乗り出し橋の下を覗いてた。

「なんか居るんか 」
「観えないよぉ 」
「そっか、暗いさかいな 」

「ぅん 」 っと、返事はするけど、身は乗り出したままだった。

暗さを見透かし暫く影を眺めてると、ナンだか不吉なものを感じた。

「ナンヤ、もっと此処に居りたいんか?」
「ねぇマスタァ、コッカら飛んだらドッカニいけるかなぁ 」

自分、咄嗟に息を呑み、アイツの問いに応えることができなかった。

「ドッドッカって?」

「マスタァ ずっるいわぁ!」
「なんがや?」
「ウチがナンか訊いたら、イッツモ逆訊きする 」
「ソッそぉかぁ 」
「ぅん、する。」

「そぉなら、ワルカッタな 」
「マスタァ、ウチぃ誰に認めてもろぉたらいぃんやろかぁ 」

「ぇッ! 」



夜は 暗闇は 暗さで包んで視え難いもんやけど 人の心は隠してはくれませんでした


今でもね、あの時にアイツの影がね、黒い中に堕ちて逝く夢を見ますねん。






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忘れ物な世渡り。(イケナイアルバイト)

2008年08月20日 17時37分59秒 | イケナイアルバイト (仮題) 
 
T3年生イケナイアルバイト。 (3)



(違う意味での邂逅。)



「ホレ、なっ判るかぁ 」

っと、問うても顔を此方に向けず、黙ったままで丼から食い物を箸で摘み上げていた。
だから、自分の左手の甲を目の前に突きつけてやった。

「なんですかぁ、此れぇ?」
「火傷の痕やがな 」

アイツの箸の動きが止まり、ワイが手を引っこめると、視ていた手の甲に釣られ顔をあげた。
古傷の火傷痕は、今ッデは時が経っていたので、表面はツルンっとした白ッポイ丸さで、左手の甲に残っていた。
パット見には、一円アルミ硬貨くらいの白い斑点みたいだった。
其れは、酒を飲んだり何かに興奮して躯温が上がると最初は薄らとした赤みが差しだし、暫くすると真っ赤になった。

「ヤケドって、こんな風な白いんかなぁ?」
「イッパイあるやろ 」
「ぅん、小さいのがイッパイぃ、どないしはったんですかぁ?」
「若い頃にな、悪タレもんらに舐められへんようにやったんやで 」
「ナメラレへんよぉってぇ、意味が判らへんわぁ 」

「根性焼きやぁ 」
「ふぅ・・・・・・ン、熱そぉやねぇ 」
「ぅん、熱いがな。 そやけどな、熱いけどせなアカンかったんやで。」
「なんでぇ?」
「こんなショウモナイもん見せて、なんもアンタニ自慢してるんとチャゥさかいにな。」
「ぅん、わかっとぉ 」
「ただな、コンナンするんも自分の表現の仕方やった想うねん。」
「ヒョウゲンぅ?」
「やった時の若いころは、なんも考えんかったけどな。」

「今やから想うんやけど、誰かに自分を認めて欲しかったんやろな。」

「アンタの手首かて、そないに切りまくるんも此れとおんなじやろ。 違うか。」

「ァホっ、酌なんかせんでえぇがな 」

子供が徳利の首ぉ摘まんで、ワイの目の前のコップに注ごうとしていたのを、
白布(シロキレ)巻き付けた細い手首を掴んで止めた。
咄嗟なことだったので、想わずな強く握りをしてしまった。

「ハイッ 」 脅え声で   

「ぁっスマンスマン、おっきい声だしたな、ごめんやで 」
「ハイ 」
「あんな、店出たらな、ぅんでえぇねん 」
「ハイ 」
「・・・・・・なっ、ぅんでえぇ、ゆわんかったか、なッ 」
「そやかて、マスタァは大人やし、ハイでいぃんと違いますぅ 」

「・・・・・好きにしたらえぇわ 」


場所は、自分が店が終わってから、いつも帰りに寄っていた、飯屋 
(ット言うか田舎作りな衣酒屋風ヤッタ)。
ナニかコイツにえぇもん食わせたろぉ想っていたけど今みたいに、
深夜営業しているファミレスがあるような時代じゃぁなかった。

夜更けて開いてる店といえば、深夜営業の大人相手の呑み屋か如何わしい風俗店ぐらいでした。
幾ら今夜が土曜の晩でも、小娘連れて入れる店も限りがあるもんやから、
自分が普段から馴染みにしている、知り合いが遣ってる店に。

「えぇか中に入ったらな、ワシのことぉ、オトォさんって呼ぶんやで、判ったな 」
「ぇえ~!ッそんなん嫌やわぁ 」
「ぁほぉ、コナイナ夜中にお前を連れて中に入ったらな、ワシがなんぞ悪さを仕組んでる想われるがな 」
「ホナ帰る 」
「店のタイショウは知り合いやけど、客の中にはナンでも詮索したがるもんも居るがな。そやから便宜上や 」
「ウチ帰るわぁ 」

「判った。イネや。もぉうえぇ 」

「ぁッ、怒りはったんですかぁ?」

聴こえたのは少し慌て気味な声だったのを無視し、表の暖簾を掻き分け引き戸を開けた。
背中で引き戸を閉じてたら、チョットヤケクソ気味なんが聴こえた。

「なにするんよぉ、おとぉさんぅ締め出さんといてぇ!」


自分、心でほくそ笑みしましたがな。
幼気ない小娘を、上手に手玉に取って操縦するんも、ホンマニ疲れるわぁ!

 ヤッタ。





「ぉッ!あんたハンもとぉとぅ、幼女趣味に走ったんかぁ 」

っと、白木のカウンターに座る間もなく飯屋のタイショウが言ってきた。

「ハイハイ、走りますがなどこまでもなぁ 」

自分、隣の席にアイツがよじ登るようにしながら座るのに、椅子が安定するように押さえていた。

「幼女ッテ、ウチのことやろかぁ?」 娘ッコ。

「子供は他におるんかッ! 」 傍らの見知った客。 此の店ウチ(内)だけ限定の呑み仲間。

「ぇらい見んうちに大きゅうなったなぁ 」

っと、シミジミとアイツを眺め、ナニやらな感慨を込めて言いながら、奥から出てきたのは此の店の大女将。

手には店の屋号が手書きの墨文字で、殴り書きしたような大きな湯呑を載せた茶色い手盆。
大女将の小皺が刻まれた手、年を重ねても元は白魚みたいな、綺麗な肌だったのが分かる細い指だった。

盆の縁のニスが所々剥げ落ちていた。

「ェッ、ウチとおぉたこと(会ったこと)ありますのぉ?」
「ぁれ、覚えとらんの?バァバぉ 」
「ぉかぁはん違いますねん、コイツは〇〇と。」

「ホッ、そぉなんか?」

ッデ、タイショウが肴の小鉢をワイの目の前に置きながら、助け船を出した。

「観れば判らんかぁ おかぁさん、ちょっとオボコすぎるんチャウかぁ、まぁコレやろぉけどな 」 小指を立ててた。

「ぁほぉ、ゆわんとき、ァテはそないにボケておらんわ 」

おかぁハンを宥めようと喋りかけたら、肘を突かれた。

「○○って、誰なん?」
「ぇッ!ソッそんなん、知らんでもえぇ 」

「・・・・・・ぅん 」

「好きなんゆうてナンぼでも食うたらえぇさかいな、遠慮したらアカンで 」
「ぅん 」


自分、泣きそうやった。



忘れもんが多かった自分の人生、少し呪かけた。





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自傷癖(イケナイアルバイト)

2008年08月19日 17時48分24秒 | イケナイアルバイト (仮題) 

T3年生イケナイアルバイト(2)
 


(母親)


或る日の昼下がり、アイツの母親が訪ねてきた。


「ぁッ、おかぁさん済みませんッ!娘さんをお許しもなく勝手にバイトさせてしまって」 
「ぁッ好いんですいぃんです、コチラこそ娘がご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんぅ。」

実は母親と会話したのは、此の時が初めてでした。
何回か店には娘が居ない時間、夕方近くお客で訪れていました。
タブン母親が出勤前に、ウチの店の様子を窺いに来ているのだろうとは想っていました。
だけど、自分も此の人も娘のバイトのことには触れもしませんでした。
自分はなんとなく、母親が店に来るたびに座りの悪い心地がしていました。

この日は、何時もの夕方頃じゃぁなく、珍しくも昼下がりでした。
お顔の感じは夕方の出勤前みたいな、お水系の化粧がしていない殆ど素ッピン顔状態やった。
夜勤め女の普段の想いを隠す、綺麗系の化粧じゃぁなかった。
観ていても上品な感じで、人前で恥をかかない程度の化粧でした。

「あの子ぉ此処でお世話になった頃から、チョット変わってきたんですよぉ。」

以前は学校には滅多と行かず家に籠りっきりで、母親の私とも口をアンマシ利いてはくれなかった。
此の土地には、私が離婚してから引っ越してきたので、周りに友達もいなくて寂しい想いをさせていた。
今の学校ではナカナカ馴染めなくって、タブン苛められているのかも。
っと、気持の中に何かを溜めこんでいて、今ならその何かを話した方がぁ っとな物言いでした。
話の途中、奥の席に他の客が座っているのに初めて気がついた様な感じで、口を噤んだ。

サイフォン用の攪拌竹ヘラで其の客を指し、言ってやりました。

「アイツぅ気にせんでよろしいです、客とチャイますわ友達ですねん。口は滅多とおらん堅い方ですさかい、なぁ 」
「ぉッおぅ 」
「スミマセン、変なお話を聞かせてしまって、ごめんなさい 」
「ぁッボボッ僕ぅ、なぁんも聴いてませんから、キィ気ぃにせんといてください 」

自分もそうですけど、普通の人さんと会話する時には、コンナ場合タイガイ無理して丁寧語で喋ろうとします。
だけど普段、滅多と話さない言葉が急に頭に浮かぶはずもなく、突発性吃音状態まるだしですわ。
友人も丁寧語など言い難い事この上なく、直に読みかけの新聞に目を落とした。

「ぁのぉぅ 」

母親は何かを言いかけるが、思い直したのか喋るのを止めた。
暫くの間は店の中には静かさがおった。
珈琲を淹れていたので、沸騰するサイフォンがポコポコ鳴っていました。
其れと、アルコール燃料が燃える匂いもしていました。
日頃は、そんなものは気にもかけなかったけど、この日はぁ・・・・・

チョットなぁ、此の母娘にぃナンがあったか知らへんけど、如何にもなぁっと。
自分、サイフォンから漂ってくる珈琲の匂いを嗅ぎながらでした。

アルコールランプの火加減を見る振りをして奥の席の友人を視た。
友人、スポーツ新聞を広げていたけど、母親を横目で盗み見していた。
アルコールランプの炎越しに、目が合うと顎を母親の方に小さく振った。
ッデ、サイフォンを攪拌しながら話しだそうとすると、切迫する感じの声が先に聴こえた。

「それとぉ危めるんです 」
「アヤメルぅ?」

「自障癖があると、精神科のお医者様がぁ・・・・」

真夏の蒸せるような暑い中でも、長袖しか着なかった娘の左手首には、いつも白い布(キレ)が巻き付いていた。
時には白布の上から、タブン自分で編んだのか、安物ビーズ作りのカワイイ腕輪がしてあることも。
ドンナ客商売でも、不穏な何かを感じさせるものは御法度です。
誰が見ても、年がら年中左の手首にサポーターじゃぁあるまいし、包帯を巻き付けてるとぉぅ。
世間の人間は、アンガイ見ないようで観ています。人の何かをと詮索する目で。
だけど自分、そないなんマッタク気にもしませんでしたから、娘に外せとは言いませんでした。


母親に聞くまでもなく、左手首のことは自分知っていました。
暫く前、店がハネる頃(閉店間際)に、コンナ事がありました。

「それナ、切ったんか?」
「ぇッ! 」

急な問いの返事に詰まり、顔がチョット虚(ウロ)ってました。


最後の客が引け、椅子を後ろの壁際に退かし掃除を始めようとしていたアイツをカウンターの中に呼んだ。
中に入ってきたアイツから箒を取り上げ、食器を洗えと言ったら少し困惑顔をした。
ッデ、自分、ワザと言いました。手首の布(キレ)が濡れるから外せ、っと。
アイツ、本当に困ったような表情のコッチを上目視線でした。
自分、知らんフリしてカウンターの外に出て、掃除を始めました。

「ナンで煙草の灰ぉ、絨毯の上に落とすんかなぁ、ダボめぇ!」
「マスタァ、汚いのにねぇホンマニもぉぅ!」
「自分チノ畳の上にぁ、よぉ落とさんクセして余所でするんがイッチャン悪質やッ!」

ッデ同時に 「ダァボォゥ 」 っとハモりましたわ。

塵取りを取りにカウンターの中に戻り、アイツの後ろを通ろうとすると、アイツ背中で隠そうとした。
其の背中を向けるやり方が気になり、流しの中を覗くと、両の手を洗剤の泡のなかに埋めるように浸けていた。
だけど、手首までは隠せてはいませんでした。
泡を手首に無理にとくっ付けるようにしていたけど、隠しようがなかった。

「それナ、切ったんか?」
「ぇッ! 」

「返事はぁ? ナンか言わんかっ切ったんやろも 」
「ハイ 」

聴こえんほどの微かな返事やった。

「コナイナときにはな、ぅんでえぇねん 」
「ぅん 」
「いとぉ(痛くは)なかったんか 」
「ぃいやぁ、いとぉなかった 」
「ホンマか?」
「ぅん 」
 
「いとぉないってなぁ、心はなぁんも痛まんかったんか 」
「エッ!」

「なんも感じんと我を切るん、難しいぃんやけどなぁ 」
「ぅん 」

アイツ真っ青な顔を俯かせ、チョット躯がフラツイテた。

左肘掴んで、ユックリ泡から引き出してやったら、細っこい手首から肘にかけ、
何箇所も赤細い傷痕が走ってた。 古いものは赤褐色に変色していた。
流石に血管が浮き出ている内側辺りには傷痕は少なく、親指の付け根、手首周りが一番多かった。
良く視ると、シャツの袖を捲りあげた右腕にも、数は少なかったけど同じような傷痕があった。

「ヨッシャ今日は土曜や、ナンかえぇもん食いに行こか、なッ 」
「ぇッ、ゥチぃお腹ぁ空いてませんぅ 」
「ァホぅ、コナイナ状況で帰す訳ないやろもぅ、付き合え 」
「行かなアキマセンのぉ 」
「ナンヤ、夜中にドコゾのしょぉもないモン(者)と逢引でもする気なんか 」
「おッぉ、おりませんぅ! 」

「ホナ、つきあえ 」


店仕舞いが終わり、表通りに行くまで互いにナニも喋りませんでした。
そやけど、無口やけど、なんかぁ通うもんがあるなぁ ッテ。
まぁワイの勝手な想い込みやろうけどなぁ。

流石に土曜の深夜は走る車も多く、普段なら店が引ける時刻なら街燈が少ない此処ら辺りは、
痴漢騒動が多いくらい随分と暗いのが、切れ目なく走ってくる車のヘッドライトに照らされ明るかった。

肩越しに振り返ると、後ろから付いてくるアイツの幼顔の頬ツペタ。
サッキは真っ青やったんが赤みが差していました。

自分、此の時不意に想いました。

あぁ、ボクって優しいぃなぁ。ット 



ダケドモ直ぐに、用心せなアカンなぁ・・・・・トモ






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T3年生イケナイアルバイト。

2008年08月18日 15時59分20秒 | イケナイアルバイト (仮題) 
  

(乙女の涙)


昔ぃ、カウンターだけの小さな喫茶店ぉやっていた頃、近所のトアル女学生が蒸し暑い夏場になると、
一杯のアイスコーヒーで、客が居ようが居まいが関係なく、ネバッテいました。ホトンド毎日。
朝から晩まで日中(ヒナカ)通してカウンターの一番奥の席に居座ってた。

(ホンマは季節に関係なく、店に入り浸っていた。)



「マスタァ お家でナンかぁ聴くのぉ?」

ット、カウンターの向こう側から、無教養な自分にはマッタク何が何やら訳のわからん参考書を、
広げた帳面(ノート)の上に放るように投げ出し訊いてきた。
言い方はいつもの上目づかいで、大人を嘗め切ったような為口調でした。

「ナッなんかッテなんがや 」
「歌ぁ 」
「聴かへんわ 」
「聞かへんわッテ、モット言い方があるのと違うぅ、お客さんやでぇウチぃ 」

ッデ当時、客に出す珈琲はサイフォンで淹れてましたので、点てるときに茹だったコーヒー豆を攪拌するのに使用する
手製の孟宗竹で作った竹ヘラで、カウンター上の真っ赤なプラスチィック筆箱を軽く叩きながら言ってやりました。

「どこぞの客がコナイなトコ(カウンター)で勉強するんやッ。 ァホか、ッチ!」 っと。
「なぁんもぉぅ邪魔してないさかいにぃえぇやん 」

「ッチ 」

「ココぉ涼しいぃやろぉ、はかどるんよぉ 」
「ナニがや?」
「お勉強ぉ 」
「ナン遍もゆうけどな、家でせんかい家で 」 (勉強をデッセ。)
「ヤッパシぃ家出した方がえぇんかなぁ、ウチィ。 」
「ェッ お前はドァホカっ!」
「アホッって今さらなんと違うんよ、判っとらんわぁオッチャンわぁ!」 

「ォッおオッおっちゃんッテかッ! ぉッ前ぇなぁ・・・・還さんかいッ!」

夕方近くで腹が空いてるやろと、サンドイッチ用の食パンにアイスクリームを挟んだヤツ出してやってた。
頭にキテその皿を引きあげてやろぅと、カウンターの上に手を伸ばすと逃げよった。
ナンも飲まへんかったら食べにくいだろぅから、お冷のコップに牛乳を注いでやったのを手に持ち、
スペシャル思い遣りアイスサンドイッチパン、口に銜え持って、座っていた椅子を後ろに倒し逃げた。

「アホッ!道具(勉強)もって帰らんか 」
「ソナイなもんいらんわッ 」 ット聴こえました。タブン。

小さな躯で入口の扉を押しながら、タブンネ。
口に銜えてましたからねもの言いはハッキリとは。

此の娘ッコ。 今で言う登校拒否症状だろうかぁ。
コイツが中学三年の時、通っている学校には内緒で時々ウットコの店でアルバイトしていました。
パット見ドッカ暗そうな感じだったが、知ってみるとアンガイ素直で明るかった。
バイト仕事の飲み込みも早く、忙しいときの手際がスコブル宜しかった。


コイツとの関わりは或る日の晩、客が引け店じまいする時刻に
空き巣や泥棒なんかよりもよっぽど巧く、コッソリと静かに店に入ってきました。

「スミマセンぅ、よろしいですかぁ 」
「エッ、もぅ看板消えてますやろ、終いですがな 」

人が店に入ってくる足音も、入口の扉が開くときの、錆びた蝶番が軋む歯の浮くような音もしなかった。
自分この時、下見て最後の洗い物していたので、突然暗いカウンターの向こう側から声がし驚いた。

此の時の娘の表情、緊張感丸出しだったのが、店内の照明を全部落とし、
洗い場真上のダウンライト光だけの薄暗さの中でも窺えた。

「ぁのぉぅマスターさんぅ、お願いがあるんですぅ 」
「・・・・・・サンは要らへんがな、なんやねん?」
「働かせてほしいんですけどぅ 」
「働かせろって、何処で?」
「此処ですぅ 」
「誰がや? 」
「ウチですぅ 」

「ウッウチって、ァッアンタかいな?」

夜更けに娘っコ独りでやで、此処ら辺りじゃぁアンマシ宜しからぬ噂しかせぇへんような、
ウラビレタ小さな茶店に入って着て、見知らぬ大人を捉まえてなぁ、働かせろッテかぁ?
コイツの温いドタマぁ(頭)、どないな料簡してるんやッ! ダボがッ!ぁ。

ット、第一印象はスコブル最悪の部類やったなぁ。ホンマニ。

「アンタ歳ぃナンぼやねん?ッテか学年は何年や?」
「中三ですぅ 」
「中ボウやったらバイト禁止やろが、ウットコは子供は雇わんし家のモンが心配してるがな イナンか(帰れ) 」
「誰も心配なんかせぇへんわッ!」

突然な感じの強い口調やったので、オッチャン、チョット驚きましたがな。

「ナニ言うてるんや帰れ、ダボがッ!」

自分、休めていた手を再び動かし、今度はワザと食器が割れそうな音たて洗い始めました。

「サッサト出てけッ!」

なぁんも言わんと、ジッと俯いたまま突っ立てましたわ。

まぁ、興味は湧いてきてました。
夜中に未成年の者が、然も子供みたいな娘ッコですからね。
自分の悪い癖で、何にでも頭を突っ込まないと気がすまない性格。
ホンマニわいもアホやった、要らんことする性分は騒ぎ事招きな禍の元ですなぁ。

「帰らんのやったら、ソナイなとこにボォ~っとしとらんと、ナンゾ注文せんかッ、ボケ!」
「ぇッ?」
「オッチャン忙しいさかいにな、チョット待っとれや、話だけ訊いたげるさかいな 」
「ぅ、ぅん 」
「ナンヤ返事の仕方も判らんのか 」
「ハッはい 」
「其処の公衆(電話)ツコウてえぇから家に連絡しぃ、此処に居るゆうて 」
「誰もおりしません 」
「ナンヤ誰も居らんってか?」

「おかぁさん、〇〇に働きにいってます 」

川向うの繁華街にある、水商売の店の屋号でした。

落としていた店内の灯りを再び点けた。 未成年者を暗い中で置きながら会話しているのを、
近所の口差がない者らに観られ、此れ以上宜しくない噂を立てられるのも厭だった。
表歩道据え置きの、店の屋号が記してる珈琲会社提供の電飾看板を店内に引き入れ、
他の客がまだ営業してると勘違いして来店しても、閉店だと断りを言い易いように扉の前に置いた。

ッデ、後片付けが終わってから飲もうと淹れてた珈琲が、冷めてしまっていたので、
店の燐寸でアルコールランプに火を点し、サイフォンの下のフラスコを温め直しだす。
其れから流し台下の扉を開き、サントリー白の徳用大瓶の首を掴み持ち上げた。
カウンターの外に出て、コイツの隣の席に止まり、目の前に荒い音を発て置いてやった。

「ナニ飲むんや?」
「要りません 」
「ナンも遠慮せんでえぇがな、なんや?」
「ホンマニ要りません 」
「ホンマか?ホンマニ要らんのやなッ!珈琲屋に働きたいゆうて嫌はないやろぉ 」
「キライッ!やないんです、お腹がぁ 」
「腹がどないしたんや? 躯が弱かったら働かれへんぞ 」
「スミマセンぅ、ナンか考えると痛くなるときがなるんですぅ 」
「ホォぅ、神経かぁ?」

「ハイッ!」
「ぉッ! えぇ返事やがな、オッチャン笑うで 」

ッデ、笑ってやったらこの仔ぉ釣られて、えぇ笑顔で笑ってました。

「胃の神経には牛乳がイッチャんや(タブンネ、知りませんけどタブン)、飲むか 」
「頂きますぅ 」
「できるやんかぁ 」(返事がね)
「はいッ 」

「ハイはもぉぅえぇ、イチイチ煩いネン。 ぅんでえぇで 」
「ハッぃ、ぁッ! ぅん 」

ニタリってなぁ、大人びた感じで笑ってた。

「其処のお冷のコップに、中(カウンター)の冷蔵庫の真ん中の扉や、自分で淹れてきんか 」
「ぅん 」

ホウロウびきのチョット大きめのマグカップに、温めた珈琲をマグ゜の半分位まで注ぎ、
サントリー白を縁から少し盛り上がるまで、溢れて零れないように用心し、ナミナミと注ぎたした。
盛り上がりに唇を近づけ勢いよく啜ると、ジュルっと音が奔った。



煙草の煙を顔に吹きつけてやったら、煙たがる素振りもしなかった。
吸いかけの煙草の箱を、目の前のカウンターに放り投げ言いました。

「一服しぃ、遠慮したらアカンで 」

店の燐寸を手渡そうとしたら、首を振った。

「ウチぃ吸ったことないですぅ 」
「ほぉか、そらぁえぇコッチャ 」
「ぅん 」
「返事はッ!」
「はいッ!」

もぉぅ訳わからんわッ!ってな顔してました。

「ナンで中ボウが学校に嘘ぉ吐いて、アルバイトせなならんのや?」
「ウチとこ貧しいんです 」

「マッママッ貧しいぃッテか? 今どき聞かん言い草やなぁ 」
「ハイ 」

 幾分か顔を伏せ、上目づかいやった。

「アンタの親御さんボク、よぉ知ってるんやけどなぁ 」
(ボクってね、一応ワイかて正しい大人の振りすることもあったんデッセ。ハイ)

「ぇっ!そぉなんですか、ナンで知ってますのぉ?」
「お父ぉさん、振り込んでくれへんのかぁ?」
「フリコンデぇ・・・・・?」
「生活費ぃやがな 」
「そんなことぉないけどぉ・・・・・」

今やったら個人情報の露洩で訴えられかねませんやろなぁ。
けど、訊いたのはマッタクの出鱈目の当てズッポウで、カマ掛けでした。
それまでに客として数回、母親と一緒にモーニング食べに店に顔を覗かせてましたからね、
その時の会話の内容で、近くの借家で母親と二人暮らしなのは把握してました。

「ホナなんでやねん?」
「ウチぃ、お金が欲しいんです 」
「金ぇッテかぁ?」
「ハイ 」
「ナンで中学生が銭いるんや?」
「ソナイなこと、絶対言はんとアキマセンのぅ・・・・・ 」
「絶対チャウけどな、銭ぃ要るんやぁったらぁ・・・・」

娘ッコ、チョット顎上向けて堪えてました。 涙目やった。
安造りのカウンターシャンデリア裸豆電球に照らされ、眼球が濡れ輝きしてました。

コン時、オッチャンは心が未だ優しかった頃やったからなぁ。
キッチリ騙されましたわぁ、乙女の涙に。 キッチリなぁ。

当時、全国的に珈琲専門店が大流行りしていました。
だけど、街中でケッコウ視かけていた珈琲専門店人気も、廃れかけてた。
メニューが珈琲だけでの勝負では、近々店の屋台が傾き閉店廃業に追い込まれる。

ホンナラ普通の喫茶メニューでも増やすかぁ、ッテ。

ッデ、出す商品(メニュー)が増えれば、それだけで今まで以上に手間が掛かる。
手間が掛かるのならば、今まで見たいに独りじゃぁマッタク賄えない。
じゃぁ従業員の一人も仕方がないけど増やさな、ァカンかぁ・・・

ット、マルデ悪循環の極み見たいな、お見本状況ヤッタ。


乙女の涙に負けたので、仕方がないから雇いましたがな。 ッチ、ッタクゥ!
学校に見つかれば、親戚の店の手伝いをやってると言い逃れる。
誰かに此処で働いてるとバレタ時点で、即バイトも中止してやめる。

「一つ約束してくれな 」
「ナンですかぁ?」
「学校はサボるな 」
「・・・・・・ぅん 」
「サボるんやったら無い話ぃやで 」
「ホナ、いつバイトできますのん?」
「晩飯ぃ食ってこい、それからやな 」
「中学生ぉ夜、労働させるんですかぁ!」

「ロぉッろぉどうッテなぁお前なぁ、ドアホッ!」

「ァホッってウチぃ 」
「今日みたいに夜中にウロウロしさらして補導されるよか、ヨッポドえぇがな、ボケッ!」
「ボケッッテぇ 」
「厭ならもぅえぇ、サッサトいねや(帰れ)」
「判りました、よろしくお願いしますぅ 」

「判ったんやったらえぇがな、明日から頼むさかいにな、エェカ?」
「ハイ 」
「未だ従業員チャウさかいにな、ぅん、でえぇがな 」

「ぅん 」

まぁ、明日になって夕方になってもコイツは来ないもんやと、踏んでました。
だけど予想は外れ、誰に教えてもらったのか、上手に薄化粧までしてやって着ましたがな。


「えぇか、ワシらの挨拶はな、おはようございますっや。 晩でも顔見たらおはようございますっや、判ったな 」

「ぅん、判った。マスターさん、おはようございますぅ 」
「サンは付けんでもえぇがな 」
「ぅん 」
「客にな、ぅんッテゆうな 」
「ぅん 」
「ワイにもや 」
「ハイ 」

「よろしぃ 」



  

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あなたに。

2008年08月12日 02時22分05秒 | メタルのお話し 
 

勝手ながら、チョット今夜は違うことを申します。


今夜もウットコみたいな、こんな軟派なブログを覗いて下さり、素晴らしい写真です。

なんてオッシャッテ下さる貴方、ありがとうございます。


毎回、身に余る御褒めの御言葉をしてくださって、ありがとう御座います。

タブン貴方は私と同年代かも、ならばと想像しております。

いつか何処かでお会いできればと。


叶わぬことゝ想いますけれども、何時かはと。



おやすみなさい。



     

【In summer warmth of the winter】

2008年08月11日 12時08分55秒 | 異次元世界 
  

(夏に冬の暖かさを:仮題)  



永い夜には 秘密がいっぱい御座います

キッと其れは 隠れ想いだからなんです

と、無理にと宥めすかす己の騒ぐ心の内なるものだからです


其処に棲まわし人の無意識な静謐さは 暗さが静かに照らし支配する

凍れる真冬の夜の帳の向こうから 隠れ音の如くにして

聴こへてこないものでしょうから 確かめたげなとあなたには

我儘想いが聞こえてくるからなんでしょう



耽る夜に 届かぬはずの音が聴こへ空耳かなぁと

外は暗い 真冬の縁側に吊しゝ瀬戸物風鈴ひとつ 緩き木枯らし風に震へ鳴き

一度だけ 幽かに一度だけ



春が桜を咲かせば 夜に愛で

梅雨が雨を撒けば 相合傘で濡れ

夏が暑さなもので包めば 汗がでふたりは互いに嘗めあい

秋には高きところの空気乾き 赤き夕陽は鮮やかに燃えて観えましょう 


再びの冬 閉ざすものと隠すのもは何処(イズコ)に



「ぁんたぁ 寒いよぉぅ 」

慣れで同衾せし女の小声 瞑る瞼の心が目覚めからと知らぬふり


「夕べ 寒くなかったのぉ 」

「なにが寒い 暑さなばかりの晩に 」

「うちは なんで寒がりなんかなぁ 」

想いつくものが 胸の中で仄かに去来しては隠れました



秋の深まりを待つときは 何もかもと 何処までもと

暑さが寒さな心想いをいたしましょう

なぜならば 冷え冷えな肌の寒さを感じるから

言わねども 聴こへてくることもあるかと

横に添い寝しは 白き着物の者だから

視えぬはずのものが 背撫で感じることもあるから


異界の者棲みしは 賽ノ河原の向こう側なれども

掛け布団などなき夏の褥にも 底なしな凍えるものが

後ろより おんぶされるかと寄り添ってきましょう


己の腕枕は静かに離され 脂な汗にまみれし肌蹴た胸には

白き透きとおりたる細き指が 撫でて這いましょう

冷たさな指先で触れられるゝは 誘いに参り始めたる叶わぬと想う心



「誘ってるのにぃ 」


ッ! イッ居ないはずのものが 声まで掛けられるなどとは ぁぁ!


寝返り打ちて声の主を観れば 暗き晩に溶け込むかとな

半透明のされこうべ(髑髏)寄り添いいたしておりました


我の背中に 永久(トワ)にと



寝不足招きな暑さナ夜には キット何処かで声なく笑うものがいましょう





 ホナ、バイバイ。






【In summer warmth of the winter:夏に冬の暖かさを】

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赤色エレジー

2008年08月07日 23時57分33秒 | 無くした世界 
赤色エレジー



若いころトアルお客に無理強いされ、この曲を歌わされた。

音痴だと、歌ったことがないと言いますと


「じゃぁ、ヤッパシ歌へや。」


素人さんじゃぁない方で断ることもできず

自分、ヤケクソ気分丸出しで歌いました。


生まれて初めて人サンの前で歌った歌が此の歌でした。


今頃、あがたさんの声で聴きますと、胸になんだか知らないものが湧いてきています。



もぉ少しぃ飲んだらぁ 泣くかもなぁ



おやすみなさい。


  


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三井 アウトレットパーク マリンピア 神戸

2008年08月07日 00時26分45秒 | メタルのお話し 



「ぉとぉさんぅ、暑くって何もする気がおきないよぉぅ!」

「ソッソやな、アッツイな・・?ッ・・・・・ナッナニがゆいたいねん?」

「べつにぃ ぉとぉさんはぁ暑いって想うことないのぉ? 」

「なぃのぉッテ(ワイかてニンゲンやで、ダボッ)、ぁッ暑いがな 」
(チッ もぉぅナンヤねん。 ぁッ! 何処か行きたいッテかぁ?) 


「こんなに暑いともぉぅ涼しいぃトコがぁ・(デヘヘヘヘッ!)ねぇ・・・・」
(コレ想像です。妻さんはケッシテこないなお笑い↑かたはいたしまヘン。)


ット 愛する連れ合いハンと先日ぅ、会話いたしましたとさ。
ッデ 実はウットコ、家内事情はもぉぅ、カァちゃん天下。

 一応、ワタイみたいな甲斐性なしのボンクラな者でも、亭主は夫なもんやからね、
世間的にはワテの方がトップのようには、キット見えてるやろぉけども、ホンマニ精一杯の見かけ倒し。
諸々の言えまヘンがな事情により、ワタイの稼ぎは何処にも負けない、ゴリッパな低収入。

そやからまぁ、ボクの家長としての権威は、マッタク家庭内にはアリャシマヘン。

「ぁッ暑いんかぁ、ホナらドッカ涼しいぃトコでもいこかぁ 」
(ハイハイ、ワテは貴女の専属運転手、下僕の執事のリモコン奴隷のカレイです。ハイハイ)

「涼しいぃトコぉ?」

「ゥン イッツモお仕事ガンバッテもろてるさかいになぁ、今日は涼しいぃトコにお出掛けしょぉかぁ 」

「スズシイぃトコって何処ぉ?」

「ホレ神戸のナァ、須磨のぉ、ェットォなんやったかなぁ?」

「スマぁ?・・・・・ぁあ~ぁアウトレットぅ 」

「ソソソッそれ、それやがなぁ 」


まぁァ妻による、ワタイの精一杯の虚勢を、お見事にも見破ってからの、
キッチリ誘導尋問みたいな、持っていかれよぅですヮ。

ッデ、此処 【三井アウトレットパーク マリンピア神戸】 はですね、ワテも機雷やないトコです。(ぁッ!)

※誤字の訂正デツ。 【機雷】やのうて【嫌い】です。ハイ
(ですがココ、時々爆発的出費が起きますさかいになぁ、男連中にトッテハ地雷を踏むぅようなモンデスネン)

実際に此処でお見かけする、お若いアベック(今の時代やったらカップルかぁ?)さんら。
女は泡銭(アブクゼニ)ギョウサン持ってそうな男の腕に、キッチリご自分の腕を絡ませ、
トッテモお目々ランランお顔活き活きッ!なんでツ。

ッデ男の方はもぉぅアンサン、タイガイ昔観た古い西洋の映画の、北欧神話の物語で
ナンタラとかゆう舌を噛みそうな名前の神に、生贄を捧げる場面の其の生贄みたいデッセ。
































ッデ、散々連れ回されて、気分はもぉ黄昏やぁ~!





 ホナ、バイバイ



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白系露西亜人 

2008年08月03日 02時22分17秒 | トカレフ 2 



満州歴 康徳12年7月
大和歴 昭和20年7月

世界は 1945年7月 
   



白系露西亜人 (狼狩りの名人:教授)


「悟られないように物見に出かける際には、賢い狼を狩るときのように相手に感づかれたらいけません。
 あんがい生き物の何かを感じる感覚は、あんたらが想う以上に鋭いもんですよ。人も同じですからね。」


っと、もうすぐ大陸独特の蒸せる夏が来ようかとする時期に、帝政露西亜時代の肩章が剥ぎ取られた
着古した冬季用将校服と革長靴で身を固めた、老いた白系露西亜人の狩人が物静かに喋りだします。
その語り慣れた口調、懐かしくて深く頭を垂れ聞き入ると、随分昔な感じで想い出す、
今のヤサグレタ生活なんか想いもつかなかった頃の、某学び舎で外国人教授の講義を聴いているようだった。

露西亜人の老いた狩人は話を中断し、肩から襷に提げた長年月風雨に晒され、
元の茶色な革染料の色も判りにくいほど褪せ落ちた古革の鞄から、
凝った繊細な彫り物が施された海泡石のパイプを取り出した。

其れは長年月、老狩人が愛用し、程よく煙草の脂(ヤニ)と手脂が染み込んで、綺麗な飴色艶をしていた。
パイプを掌の中で弄びながら、もう片方の手で上着の懐から煙草の葉とパイプ用燐寸が入った、
此れも元は綺麗な金糸で刺繍がされ、今は金糸も抜け落ちて襤褸に近い布袋を取り出す。
狩人、此方にと向けた視線を逸らすことなく、傍らに置いた袋を一度も見もしないで、
中から煙草の葉を三つ指で摘まみパイプの火皿に詰め始め、
指先の感覚だけで煙草の葉ッパを火皿の奥にと、程よい硬さになるようにと押し込んだ。

燐寸の軸が普通の燐寸よりも長いパイプ用燐寸で、煙草の葉全体に火が回るよう時間をかけ、
露西亜人特有の高い鼻梁の鼻と、パイプを銜えた唇の隙間から幾度も紫煙を吹かし火を点ける時、
狩人の鋭い眼差しは、少しの揺るぎもなく此方の目の奥を覗くような感じで、だった。
此方は、恐ろしい感じで迫る鋭い視線を外したいのを我慢し、負けじと瞬きもせず逸らさないで受け止める。
あぁ、自分は今、此の方に試されてるッ! だから外せなかった。 心して受け止め続けた。

紫煙が夕方近く吹き出す風に乗り、此方にと棚引いてきたとき煙の臭いは、パイプ専用煙草の芳しい香りじゃぁなかった。
自分らが手巻きでよく吸う、支那煙草のイガラッポイ匂いに近い香りがした。
此のご時世、本物のパイプ煙草には滅多とお目に掛かれなかったので、支那煙草で間に合わせているのだろう。

先に視線を外したのは、狩人だった。
皺深い顔が横を向きながら、薄く開けた唇から青い煙を吐き出し二度頷いた。
再び講釈が始まった。 口調は、先ほどまでの説教紛いの調子がなくなっていた。
自分には、地味深い親しみが籠っているように感じられ、心の中で感謝の念が湧いてきていた。
此の方は自分が内地に居たとき、若さゆえに他に目もくれず学んでいた某学び舎の、
あの尊敬していた異国の教授と同じ種類の方なんだと。
自分の胸内の感謝の念は、喜びの感覚に変わり始めてくる。


斥候兵は、ケッシテ音も立てずにと静かにし、生き物に為る事を拒みなさい。
其処に生えてる草木や、獣道があれば其の獣道と同じ気持ちになりなさい。
四つ脚の獣のようにと歩けば、直ぐに見つかりあなたは狩られますからね。
用心しなさいよ。

ぇッ、じゃぁどんな風にって? フムッ だからね、地面を這うんですよ。

地面に張り付く苔のようになりながら、喰おうとする獲物に忍び寄る蛇のように音ナク進むんですよ。
其の時に肝心なのは、時間なんか気になさらない方がいいかな。
気持が逸ってしまい焦りますからね。 
意識の持ちようなんですよ。
焦る心は観えるものが視えなくなり危険だよ、命取りだね。

目指す目的地にアナタ方が辿り着いたらね、息もしないで無口にお為りなさい。
喋るのなら、其処の風よりも静かにして話しなさい。
あなたが、そぉぅッと囁やくように呟いてもね、アンガイ遠くまでと渡ります。
其れを人の耳の鼓膜は、自然が発てる音と人がなす音とにですよ、ケッコウ聞き分けられます。

極意? そんなものはありゃぁせん。ほぉっほっほっほほぉぅ

老人が唇を窄めて笑うと、窄めた唇から支那煙草の小さな煙の輪が連続して生まれた。

いゃッ 笑ろぉてごめんなさいな、そぉだなぁ、ぅ~んぅ。
あるとするなら、最後の最後まで、誰にも見つからないことなんだよ。
戻ってきても、あなたが何処かに往っていたなんて、マッタク想われないことかなぁ。

其処に居たと悟られないで、誰にも感づかれずに見られたと思われない。
要するに、誰にも判らずに黙ったまま盗んで必ず戻ってくるんです。
自分が眺めて見届けたものをね、全部盗んで必ず帰ってくるんだよ。
 
だからね、あなたはね、人じゃぁなくなるんですよ。ただの写真機か映写機にね、おなりなさい。
ご自分のふたつの眼で観たものを、ケッシテ絵に描こうなんて想わないことだよ。

タァネェ(大姐) アンタには息子たちが世話になってる。だから儂が行ければいぃんだろうけどなぁ。
今はもぅ、時期がわるい。皆にはすまんことよ。
向こう(国境の北側)じゃぁ、儂も散々悪さをしすぎて今度見つかれば此れもんだろうから、チト具合がわるい。
それになぁ、ダイタイ儂の躯がもぉぅ、満足にゆうことを聞いてくれんようになった。

っと、誇り高き老いた狩人は、陽に焼け筋張った首筋を、大きく無骨な手指を揃えた手刀で、
ボンの窪み辺りを後ろから切る真似をして、仄かに笑いながら喋っていた。

少し前屈みで和式の床几の端っこに腰かけ其の傍らには、口径が今まで観たこともない大きさで、
銃身が丸棒じゃぁなく八角柱のような、よく手入れされた古い狩猟用の銃が置かれていた。
其の銃身は普通の銃よりもヤケニ長く、銃床や機関部等の銃の操作に邪魔にならない要所には、
赤や青色など奇麗に輝く宝石が埋め込まれ、露西亜皇帝の紋章、双頭鷲が彫り込まれた装飾が施されている。
だけど何箇所かは宝石が無くなり、石が嵌め込まれていた浅い穴が穿たれていた。


「此れが国境から、向こうまでの絵(地図)じゃよ。」

別れ際に教授、済まなさそうな顔をしながらだった。

「それじゃぁ、お気をつけて、おやりなさい。」 ット、老獪そうな雇われ狼狩の猟師が言いました。

「じぃさん、もぅ此の土地には戻らんのか?」 仲間の一人が歩き始めた狩人教授の背中に訊いた。

「そぉさなぁ、時期が悪いのはアンタらも承知しておるんだろぉ、違うか?」 歩みを緩めないで背中をむけたまま言う。

「此の国の雲行きは、昔から悪かったさッ!」 


沈む夕陽を背に猟師は立ち止まる。振り返った。


「タアネェ アンタは賢い、お互いに身の振り方には気をつけねばな 」

「お達者で、ジィ様 」

「息子たちを頼むよ、タァネェ ッ!」


立ち去る後姿は可也な歳とは思えぬシッカリとした足取りで、背中には銃身が馬上槍のように長い、
古式な猟銃を袈裟懸けに背負い、手には後ろから着いてゆく驢馬の轡の革紐を巻きつけていた。

暫く先ほど教えられた事を、胸の中で反芻しながら遠のく驢馬と人の後姿を見送くっていると、
地平線の向こうまでもと続く開墾畑に沈みかける夕陽が、人と驢馬の影を赤色に包み込んで呑みこんでしまいそうだった。

遠のくじぃさん此方にと、驢馬と揃いの長い影を引きながらぁ でした。


「あの爺さん、今は雇われ猟師ですけどな、昔は此処ら辺りの軍閥に請われ、軍事顧問としてケッコウな待遇で雇われていたと聞いとります。
 ナンデモ蒋介石の国民党軍にも一時は関わっていたそうですわ 」

「そぉかぁ、だから下の息子が赤(ソビエト軍:赤軍)から脱走したお陰で、協力してくださったのか 」

「じぃさんの絵が手に入らなかったら、今度の計画はドオニモならんとこでした 」

「じゃぁ、イッパイ呑んで今夜に備えて寝るか 」

「じぃさんにも、一本土産で持たせてやればよかったですね 」

「ぁあ 」


生返事をしながら片目を瞑り、赤い石を瞳にくっつくかと近づけ、地平線に沈みかける夕陽に翳すと、
目の前の視界が視たこともないような、綺麗過ぎるほどの赤く煌めき輝く、途轍もない紅(クレナイ)色一色に染まった。
自分の今までの、ロクでもない生涯のケジメの最後は、キットこんな色の最後になるのかも知れないなぁ。


石は、狩人教授が自ら愛用のナイフの切っ先で、銃の引き金上部の機関部に嵌め込まれていた
濃い赤色の宝石を外し、お礼だといって手渡してくださった。
眼から、宝石を下ろすと夕陽は地にと沈み、辺りには残り茜色が薄らとぅ だった。


戦後、大陸からの引揚者は口々に言います。 大陸の夕陽は、沈む際が特に美しかったと。 綺麗だったと。




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【The night when night is deep】

2008年08月01日 01時38分14秒 | トカレフ 2 


満州歴 康徳12年7月
大和歴 昭和20年7月

世界は 1945年7月 

大陸の夏の始め頃、深夜に国境を超えた。



【はたしはあの晩】

漸くの想いで河を渡り終えた。
長い時間水の中に浸かっていたので、躯が冷え切ってしまていた。
酷い疲れを覚え、暫くは河原を埋め尽くすかと群生する背高い夏草に囲まれ、仰向けになって横臥していた。
濡れた裸の胸は夜の空気に曝され、肺が新鮮な空気を求め喘いでいたので、黒い影で大きく波打っていた。

激しかった心臓の鼓動、星を眺めながら休憩していると、次第に治まりかけていたが、
夜の漆黒な静寂の中に迸り出そうな、堪えようとしても出てくる悲鳴じみた喘ぎ息、
鎮めるのには暫くの時を要した。

酸素の希薄さに喘ぐ肺、鍛冶屋のフイゴみたいに大量の空気を求め続け、
喉奥の気道を何時までもと、勢いよく流れる空気の圧力で押し開け続けていた。

息が荒げるのを堪え、背高い草を濡れた躯で押し倒した隙間に横臥し、
其処から覗ける限られた視界で、夏の夜空の煌めく星々を下から眺めていたら
内地では見たこともない背高い草の生い茂る河原には、夜が緊張感で騒ぎ出し、
夜の漆黒な闇、煌めく黒色で輝きだし勢いよく奔りだすかとな、狂気な雰囲気が漂っていた。

耳の鼓膜は、緊張感に満ちた脳内に新たに溢れでる警戒心で、ナニか不自然な物音がしないかと、
静かすぎる暗闇の何処かに求める、不審音を捜し続けていた。
夜を静かに騒がし鳴いていた夏虫ども、叢に侵入した人間に驚き鳴き止んでいた。
暫くは夜の世界、人の喘ぐ息音だけのシジマな世界になっていた。

躯が動こうとする衝動が湧いてくると、次第に地虫どもの鳴き音が戻ってくるのを、欹てていた耳が聴きつけた。
耳元の直ぐ傍、草の根元辺りから鳴き声が聞こえ始める。
鳴き音(ネ)は、静かな夜では大きく聞こえ、未だ耳奥の水が抜けきらず、聞こえ難くなっていた鼓膜。
自分でも思わずな快さな音に、喜んだ。

夜が黒色で凍りつくかと張り詰めていた緊張感は次第になくなりかけ、柔らかさな星降る夜になってきていた。
姿が観えぬ虫たちの鳴く様は、無数の壊れかけのサイレンや鈴の音などが混じり合い、
互いに競いながら、暗さの中で忍び鳴きしているようだった。

国境の北側の夜は、現実逃避な穏やかさが満ちてきていました。



【回想】

ジッと身動きせず息を整えながら耳をソバダテ、辺りを警戒する。
黒色な群生する背高い草の谷間から覗ける夜空は、狭い視界の中だけで観える星が、
取り囲む草の先を仄かな影で見せるように、瞬くように白く煌めいて輝いていた。
目前に手を翳すと、峡さな視界で望める瞬く星影の中に、自分の手形の分だけ星が消えた。
胸の中では心拍鼓動が、馬橇馬場(バンバ)競争のときに打ち鳴らす、早鐘のように奔っていた。

此の時、こんな状況は何時もの事で慣れていて、
少しも怯えはなかったけど、その代りに想うことがあったそうです。

「巧くやれるさぁ、露西亜の教授教が教えてくれたからな 」

 っと、ソット声を出さずに呟けば、これから先の計画事が巧く運ぶかもと。

「いつまでも、こんな馬鹿やってると、いつかは死にやがるなぁ 」 とも。


不覚にも、そぅシミジミ想えば人の胸の内では、我が身でも気づかない何かが生まれるんだわさぁ。
心細くはなかったけれど、はたしは此の時代に面白いように弄ばれているなぁ。
見知らぬ土地で、星を眺めるような深間な時刻、暗闇で反芻する教授と仰いだ知恵者の教え。
コンナ状況では、巧くいくかどうかは確かめようがないけれど、素直な気持ちで受け入れるしかないなぁ。

ッデ 此の世からオサラバすることがあれば、最後くらいはジタバタ足掻いたりしたくはないよぉ。

終わりがない、永い夜がいつまでも続けばいぃよねぇ。 



夏の夜、寒さを覚えていた濡れた膚、乾き始めていた。



【The night when night is deep:夜が深い夜】
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