【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

獏 (夢に喰われる)

2008年10月16日 12時31分08秒 | トカレフ 2 
獏 (夢に喰われる)


酒に呆(ホウ)けて迷い込みしは、異形な世界。


自分、気がついたら大草原の真ん中で、嵩高(カサタカ)い草に囲まれ、
土漠色した乾ききった地面に這い蹲っていた。
突然なにがおきたのかと、少し訝る気持ちが急に爆発的パニックとなり脳裏を駆け巡った。
何かに背中を抑えつけられ、其れが精神の乱れと重なり、張り詰めた緊張感で躯を動かそうとしても重かった。
呼吸を止め息を詰めていたので、息苦しさで胸が張り裂けそうになる。
苦しさで新鮮な空気をとの想いが募り、荒い息を始めると、
眼の前の乾いた地面から立ち昇るは埃っぽい泥煙。
其れを息で吸い込み続けると口腔内、砂を噛む感覚になり喉奥が粉塵で乾きイガラッポクなる。

幾度も土混じりの唾を吐くが、地面に唾以外の水滴が重なりながら滴り落ち続けていた。
其の滴が、自分の顎先や眉の辺りからの汗だとは、想いもしなかった。
慌てて辺りを見回すと、背中に大きな地雷を載せた人々が叢に潜んでいました。
服とは呼べない襤褸な軍服を纏った男や、まだ幼顔の女性や老人らも雑じっていた。
全員が、背中に地雷を載せ、蒼白な顔を引き攣るかと緊張させながら、叢で這い蹲っていた。
直ぐに自分、背中の重さは、同じように地雷を背負っているのだと、気がついた。

旧大日本帝国陸軍の、野戦用対戦車地雷を其のまま背負い、個人用特攻兵器にと転用し爆雷にと。
背中に負う重量は、人が駆けるのには重すぎて、敵が自分に向かってくるのを隠れ潜んで待つ重さ。
敵が此方にと来れば、自分が自分ではない兵器物に為り、確実に死ぬ物の重さ。
戦車の装甲は分厚くて、爆雷ぐらいでは破壊できないから、人が背負う地雷で壊しやすい無限軌道をと。
自分を踏みつぶす戦車の無限軌道を間近で見れば、キット恐怖以上の感情に為る筈。
そんな事には自分、絶対に耐えられない。


ナンでこないなトコに居るねんっ!


肘をつき起き上がろうとしたら、後方から叱声が飛んできた。

其処っ!動くなっ!


あんた、逃げるんかっ!

顔じゅう泥と汗に塗れ眼ん玉、此れ以上ないほどヒン剥きギラツカセタ隣の男に言われた。

おまはん男やろっ!泣くなっ!

言われ自分が泣いているのに気がついた。

アホっ!オナゴモ気張ってるんやで、自分だけエェ目するなっ!ドアホっ

別の男にも罵るように言われた。


突然、、周りから、幾つもの堪え切れずな、嗚咽みたいな啜り泣きがしてきた。


済まんけど、自分、ドナイなっとるか分かりませんねん。

誰もナンも解らんわいっ!そやけどなワイらが此処で踏ん張らんかったら助かるモンも助からんやろもっ!


突然遠方から馬のいななきが聴こえてきたので、首を持ち上げ観る。
雑多な銃器で武装した、大陸馬賊の騎馬の一団が、草原の草波を蹴散らし勢いよく疾駆っしてくる。
其の後から、大勢の民間人が走りながら追いかけてきていた。
其れらの人々の手には武器とは名ばかりの、棒キレや竹やり、良くて空き瓶製の即席火炎瓶が。

地面を微かに振動させながら近づいてくる騎馬群の先頭で一番を駆け、
馬賊衆団を率いていたのは、旧陸軍将校用乗馬服姿の、あの若い女だった。

騎馬団が目の前を横切り、暫くして追従していた民間人らが走り過ぎようとしたとき、
空気が擦られるような連続音が此方に近づくと想った瞬間突然、自分の目の前。
必死の形相で突っ走る民間人集団のど真ん中で、地面が沸騰した。

何処までもと、地平線まで続く緑の大草原は連続する爆発により、
見渡す限り、勃発し続ける泥土の噴流群で埋まり、人の群れと地面が破壊され空にと昇る。
自分、爆発の衝撃で大揺れする地面に鼻がつぶれるかと顔面を、此れ以上くっ付け様がないほど押し付けた。
全身に降り注ぐ、爆発した火薬滓の臭いと焼け焦げた泥の臭い混じりの土砂の中、頭を抱えていた。
頭上で無数の砲弾が、空気中を飛来し通過する擦過音がし、直後に連続した着弾の爆発。
そして遠くからの、長閑なほどの間延びした砲声音。

遠くからの砲声は、地面の爆発の後から届いてきた。
砲弾は、発射の音よりも速く大気中を突っ切りながら飛んでくる。

人の躯が爆発の衝撃で、バラバラで無数な破片状態にと分解され、
噴霧状の血糊とともに空高くと噴き揚げられる。
金切り声が辺りを駆け巡り、人の脅えと興奮した意識を抑えつける命令口調の号令が発しまくる。
自分、訳も分からず咄嗟で起き上がり、走ろうとしたら足首を掴まれた。

ドアホっ!立ったら見つかるやろ、ボケっ!

自分、馬賊の騎馬団が、地平線までもと埋め尽くす数える事も困難なほど莫大な数の重戦車の群れに、
其の赤い国の機甲軍にと、なんの躊躇もしないで喚声を挙げながら、馬を疾駆させ突貫するのに魅入ってた。
鋼鉄の小山のような重戦車の群れにと、全騎が怯むこともなく突っ込んで逝くのに。

転ばんかいっ!

此の時、上着の裾を掴まれ引き倒されそうになったとき、
周りの厳しい状況に我慢し耐えようとする自分の軟な根性も、此処までだった。

悲鳴を上げ抱え持っていた小銃を投げ出した。
背負った爆雷が外せ難くと雁字搦めに荒縄で縛られていたのを、銃剣で切り裂き爆雷を放り出した。
呼び戻そうとする怒声を背に、前線後方に向かって走り出し、逃げた。

躯の前後左右を銃弾が掠めながら奔り去る。
空気中を革鞭打つような唸りで飛び交う銃弾。
機銃の水平射撃の掃射で、辺りの草っ葉が何列にも渡って、刈られ、消え飛ぶ。

自分の走りながらの必死な喚き声は確かに発してるのに、己の耳に聴こえず。
息を喘がせ肩越しに振り返り観る、逃げて後にしてきた世界に音は消えていた。
何もかもが想いだしたくもないと、過去で過ぎ去り無音なで亡くなっていった。


随分走ってきたと想ったとき、露西亜兵のバラライカ(短機関銃)が連射される発射音が耳元で。
突然なことで如何仕様もなく、脚が縺れそうになり前のめりで地面に転がった。
咄嗟に頭を抱え、膝を引き寄せ胎児のように躯が丸まった。


「ダワイ、ダワイッ!」

顔面迷彩化粧で、露西亜軍の着古した野戦服の上にも雑草で迷彩を施した、
二名の凶暴そうな斥候兵が軍靴で、ワイの背中を蹴りながらやった。



夢なら、醒めろっ!

「ダワイ! ダワイッ!ダワイ!」


夢なら醒めろぉぅ!



自分再び、堕ちて逝きました。


  
  


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酔夢・獏

2008年10月15日 15時48分33秒 | トカレフ 2 
 


あの晩、誰もが喋るのを忘れていた。

誰かが何かを言えば、何かが壊れそうなほどの静謐な何かが
部屋の中に満ち溢れるように居座り続け、支配していた。


なんの物音ひとつしない静かな部屋の中は薄暗く、薄暗さの元の明りは庭に面した窓から斜めに降り注ぐ月光。
月の明かりは青白に近い白銀色だから、照らされた白っぽい影の部分っと、
窓下や床板の照らされない陰の部分、黒影色にとクッキリ切り分けられるように為っていた。

自分、黒い影の中で身動きもせず、静かに背中を壁にもたせかけ、闇に溶け込んでいればと。
聴きたくもなかった古い昔話から逃れられるかもと。
此の時、酔いが支配する、酩酊寸前の襤褸なお頭の中で、無邪気にもそぉ想っていた。
黒い影の中に、そぉっと紛れ込んでいたら、部屋の中の誰からも気づかれることもなく、潜んでいられると。


今に為ってあの時の出来事を色々と想い返せば、あの晩のバァさんの語り口調。
誰かに聞いて欲しい、言いたい、っと堪らなかったけど言えば如何なる事やらと想いながら、
随分と長い年月(トシツキ)、胸奥で我慢し続け、人に話すことも叶わぬことならば其の代わり、
永くと懊悩しながら反芻し続け溜めこんだもの、あの晩、あの医院の暗い部屋のあの場所でヤット人に喋れる。
だから早く喋ろうとして焦り逸る心を無理にと宥め鎮め、気持ちを抑えつけながら訥々と、静か語りしだしたんだと。

もぉぅ戻ることもできない今頃になって当時を振り返れば、漸くと気付くことばかりの、ダラケ心算。


自分、壁にもたれ繰り返し胸の中でゆうてました。
昔の終わってしもうた物事ぉ、ナンで今さら自分が聴かされなアカンねん。
バァさんの繰り言みたいになった言い方を、ナンで聴かなアカンねん。
ッテ想いながらコン時、ワイ顎を落とすように項垂れた首、小刻みに振ってたと想うねん。


ドッカ遠い所から聴こえるような、何回も自分を呼ぶ声がしたと想い顔あげた。

「チィフ、眠たいんかいな?」

医者が化けモンの寝転ぶベッドの向こうから話しかけてきたとき、
ロイド眼鏡の玉(レンズ)が月光を反射し、無機な白っぽさで閃くように瞬き輝いた。

「ワイ、帰るわ 」

自覚ない酔いは痺れた自分の脚を忘れさせ、途中までしか立ち上がれなかった。
その代わり、壁を背中で擦り伝いしながら床板にと、音発て真横に倒れてしまった。

音は刹那で止み自分が倒れても、誰も少しの身動きなどせず、無言で視線だけぉ注いできた。
為に部屋の空気は動かず、ユックリと棚引くように浮いてた煙草の煙。
斜め射す白銀色の月光の影の中、淡い静か銀色輝きで浮かんでいた。

暫く痛さを堪え横になっていたが、躯を動かした者はいなかった。
部屋の中でする音、自分の呻き呟きだけ。

自分、酩酊気分だけじゃぁなく、聴いてたバァさん語りのせいで気分は重くと滅入っていた。
呑み助の厭らしさで横に倒れても、咄嗟で両掌に掴んで庇ったグラスの中に残った酒。
首を持ち上げ喉の奥にと一息で流し込み嚥下させたら、露西亜の酒が喉で鳴る音がした。
自分では気にならないほどの微か音が、静か部屋内ではケッコウな音で鳴ったようで、
みんなの視線が改めて自分に突き刺さりながら集中してきたのが、酔いの肌でも粟立ち判った。
だから部屋の暗さな雰囲気は、瞼を閉じてても堪らないほど眩しかった。

部屋の中が真横に観える視界の目尻、上隅からバァさんが床板軋ませながら近づいてきた。
直ぐ傍らで立ち止まり佇んだバァさん、酔いの錯覚か、バァさんの若い頃なんか見たこともないのに、
屈託のない満面笑顔の若い娘姿で姿勢よく立ち、自分を見下ろしてくる。

旧大日本帝国陸軍将校の軍服を、華奢な細みの躯に纏い、乗馬ズボン姿で
銀の月の光を、艶を込めた輝きで反射させるほどに綺麗に磨きこまれた、
膝下までの革長靴を履いてた。

両手を腰に当て両肘を張り、右腰の手脂の滲み込んだバンド辺りには左肩から伸びた、
細い革帯に吊られた、デッカイ軍用拳銃の納まった蓋つきの革サックが装着されてるのが、
薄暗さの中でも窺えた。

艶な細い手指をしなやかに動かし、慣れた手つきで革サック蓋の留め金、微かに金属音響かせ外した。
ユックリとした動作で丸っこい軍用拳銃の銃床を握り、銃把に指を添えながら抜いた。
細い銃身の根元辺りから下に伸びた銃と一体型の弾倉が視え、銃後部の撃鉄に親指。

バァさん、 艶然と微笑みながら、革長靴の鞣(ナメシ)た皮革独特の音させながら、
爪先だけで両脚を相撲取りが蹲踞(ソンキョ)するように大きく開き、しゃがみ座りする


「ぁんたぁ知っとぅ、拳銃で人が撃たれるとぉなぁ、ホンマニな小さな穴がポッカリ空くんやでえ 」

誰かが含み笑いしながら、笑いを堪える断続的な息継ぐ音がした。

「知らんがな、ナンやねんっ!」
「小銃やったらなぁ、一発腹に喰ろうたらな、背中に柘榴みたいな肉割れすることもあるねん 」

「重機(重機関銃)なら、胴躯真っ二つになるなぁ 」 医者の嗄れ声やった。

「ダワイ、ダワイ、カバンッダワイッ!」 タドタドシイ大和言葉で露西亜の化けモンが。


自分キツク瞼を閉じ、奥歯を噛み締めていた。
我慢しようもなく、苦い汁が喉の奥から湧いて出てきそうやった。
瞼の裏が赤色輝きに染まると、若い女の声がした。

「なぁ、カッきゃん一服しぃな。 ホレ 」 

促され目蓋を開けると直ぐ眼の前に、軍用乗馬ズボンの膝を大きく割り開き、
しゃがんだ若い見知らぬ女が居た。
開いた左太股の膝辺りに肘をついた手指先には、消えかけた燐寸の軸。
もう片方の此方にと伸びている腕の指先、火が点いた細巻きの煙草。
吹口には、真紅の口紅がベットリっとな感じで付着していた。

「ホレ、吸いぃ 」

女が喋るとき口から煙が漏れるように吐かれ、ワイの唇に無理やり煙草が刺しこまれた。
煙草を前歯で銜えたら、酔いで味が解らぬ舌先に、濃い口紅の味がした。
鼻腔の奥で、化粧の匂いも嗅げていた。

あの晩の慰めは女の口紅の味と匂いやったけど、其の味を再び眼を瞑り味おうてると聴こえた。
乾いた金属音が。

「ぁんた、撃ったろかぁ 」

乾いた音は、撃鉄が起こされる音やった。


自分、今でもハッキリと憶えています。 瞼を開けるのが辛かったのを。
開けると、取り返しのつかない事が起こるかもと。


瞳にクッツクほどの目前に、視界を蔽うほどの真近くで。
今わの際の瀬戸際の、招かれても逝きたくもない深遠な世界を覗き込ませそうな、
深くと黒い色の穴、銃口が。


自分、途轍もない恐怖に駆られ、キッチリ小便漏らしズボンの前を黒く濡らしながらやった。
両眼(マナコ)が、開きっぱなしの引き攣る上瞼に隠されながらやった。


止め処となく逝きたくもない闇にと、深くと、堕ちて逝きました。





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白系露西亜人 

2008年08月03日 02時22分17秒 | トカレフ 2 



満州歴 康徳12年7月
大和歴 昭和20年7月

世界は 1945年7月 
   



白系露西亜人 (狼狩りの名人:教授)


「悟られないように物見に出かける際には、賢い狼を狩るときのように相手に感づかれたらいけません。
 あんがい生き物の何かを感じる感覚は、あんたらが想う以上に鋭いもんですよ。人も同じですからね。」


っと、もうすぐ大陸独特の蒸せる夏が来ようかとする時期に、帝政露西亜時代の肩章が剥ぎ取られた
着古した冬季用将校服と革長靴で身を固めた、老いた白系露西亜人の狩人が物静かに喋りだします。
その語り慣れた口調、懐かしくて深く頭を垂れ聞き入ると、随分昔な感じで想い出す、
今のヤサグレタ生活なんか想いもつかなかった頃の、某学び舎で外国人教授の講義を聴いているようだった。

露西亜人の老いた狩人は話を中断し、肩から襷に提げた長年月風雨に晒され、
元の茶色な革染料の色も判りにくいほど褪せ落ちた古革の鞄から、
凝った繊細な彫り物が施された海泡石のパイプを取り出した。

其れは長年月、老狩人が愛用し、程よく煙草の脂(ヤニ)と手脂が染み込んで、綺麗な飴色艶をしていた。
パイプを掌の中で弄びながら、もう片方の手で上着の懐から煙草の葉とパイプ用燐寸が入った、
此れも元は綺麗な金糸で刺繍がされ、今は金糸も抜け落ちて襤褸に近い布袋を取り出す。
狩人、此方にと向けた視線を逸らすことなく、傍らに置いた袋を一度も見もしないで、
中から煙草の葉を三つ指で摘まみパイプの火皿に詰め始め、
指先の感覚だけで煙草の葉ッパを火皿の奥にと、程よい硬さになるようにと押し込んだ。

燐寸の軸が普通の燐寸よりも長いパイプ用燐寸で、煙草の葉全体に火が回るよう時間をかけ、
露西亜人特有の高い鼻梁の鼻と、パイプを銜えた唇の隙間から幾度も紫煙を吹かし火を点ける時、
狩人の鋭い眼差しは、少しの揺るぎもなく此方の目の奥を覗くような感じで、だった。
此方は、恐ろしい感じで迫る鋭い視線を外したいのを我慢し、負けじと瞬きもせず逸らさないで受け止める。
あぁ、自分は今、此の方に試されてるッ! だから外せなかった。 心して受け止め続けた。

紫煙が夕方近く吹き出す風に乗り、此方にと棚引いてきたとき煙の臭いは、パイプ専用煙草の芳しい香りじゃぁなかった。
自分らが手巻きでよく吸う、支那煙草のイガラッポイ匂いに近い香りがした。
此のご時世、本物のパイプ煙草には滅多とお目に掛かれなかったので、支那煙草で間に合わせているのだろう。

先に視線を外したのは、狩人だった。
皺深い顔が横を向きながら、薄く開けた唇から青い煙を吐き出し二度頷いた。
再び講釈が始まった。 口調は、先ほどまでの説教紛いの調子がなくなっていた。
自分には、地味深い親しみが籠っているように感じられ、心の中で感謝の念が湧いてきていた。
此の方は自分が内地に居たとき、若さゆえに他に目もくれず学んでいた某学び舎の、
あの尊敬していた異国の教授と同じ種類の方なんだと。
自分の胸内の感謝の念は、喜びの感覚に変わり始めてくる。


斥候兵は、ケッシテ音も立てずにと静かにし、生き物に為る事を拒みなさい。
其処に生えてる草木や、獣道があれば其の獣道と同じ気持ちになりなさい。
四つ脚の獣のようにと歩けば、直ぐに見つかりあなたは狩られますからね。
用心しなさいよ。

ぇッ、じゃぁどんな風にって? フムッ だからね、地面を這うんですよ。

地面に張り付く苔のようになりながら、喰おうとする獲物に忍び寄る蛇のように音ナク進むんですよ。
其の時に肝心なのは、時間なんか気になさらない方がいいかな。
気持が逸ってしまい焦りますからね。 
意識の持ちようなんですよ。
焦る心は観えるものが視えなくなり危険だよ、命取りだね。

目指す目的地にアナタ方が辿り着いたらね、息もしないで無口にお為りなさい。
喋るのなら、其処の風よりも静かにして話しなさい。
あなたが、そぉぅッと囁やくように呟いてもね、アンガイ遠くまでと渡ります。
其れを人の耳の鼓膜は、自然が発てる音と人がなす音とにですよ、ケッコウ聞き分けられます。

極意? そんなものはありゃぁせん。ほぉっほっほっほほぉぅ

老人が唇を窄めて笑うと、窄めた唇から支那煙草の小さな煙の輪が連続して生まれた。

いゃッ 笑ろぉてごめんなさいな、そぉだなぁ、ぅ~んぅ。
あるとするなら、最後の最後まで、誰にも見つからないことなんだよ。
戻ってきても、あなたが何処かに往っていたなんて、マッタク想われないことかなぁ。

其処に居たと悟られないで、誰にも感づかれずに見られたと思われない。
要するに、誰にも判らずに黙ったまま盗んで必ず戻ってくるんです。
自分が眺めて見届けたものをね、全部盗んで必ず帰ってくるんだよ。
 
だからね、あなたはね、人じゃぁなくなるんですよ。ただの写真機か映写機にね、おなりなさい。
ご自分のふたつの眼で観たものを、ケッシテ絵に描こうなんて想わないことだよ。

タァネェ(大姐) アンタには息子たちが世話になってる。だから儂が行ければいぃんだろうけどなぁ。
今はもぅ、時期がわるい。皆にはすまんことよ。
向こう(国境の北側)じゃぁ、儂も散々悪さをしすぎて今度見つかれば此れもんだろうから、チト具合がわるい。
それになぁ、ダイタイ儂の躯がもぉぅ、満足にゆうことを聞いてくれんようになった。

っと、誇り高き老いた狩人は、陽に焼け筋張った首筋を、大きく無骨な手指を揃えた手刀で、
ボンの窪み辺りを後ろから切る真似をして、仄かに笑いながら喋っていた。

少し前屈みで和式の床几の端っこに腰かけ其の傍らには、口径が今まで観たこともない大きさで、
銃身が丸棒じゃぁなく八角柱のような、よく手入れされた古い狩猟用の銃が置かれていた。
其の銃身は普通の銃よりもヤケニ長く、銃床や機関部等の銃の操作に邪魔にならない要所には、
赤や青色など奇麗に輝く宝石が埋め込まれ、露西亜皇帝の紋章、双頭鷲が彫り込まれた装飾が施されている。
だけど何箇所かは宝石が無くなり、石が嵌め込まれていた浅い穴が穿たれていた。


「此れが国境から、向こうまでの絵(地図)じゃよ。」

別れ際に教授、済まなさそうな顔をしながらだった。

「それじゃぁ、お気をつけて、おやりなさい。」 ット、老獪そうな雇われ狼狩の猟師が言いました。

「じぃさん、もぅ此の土地には戻らんのか?」 仲間の一人が歩き始めた狩人教授の背中に訊いた。

「そぉさなぁ、時期が悪いのはアンタらも承知しておるんだろぉ、違うか?」 歩みを緩めないで背中をむけたまま言う。

「此の国の雲行きは、昔から悪かったさッ!」 


沈む夕陽を背に猟師は立ち止まる。振り返った。


「タアネェ アンタは賢い、お互いに身の振り方には気をつけねばな 」

「お達者で、ジィ様 」

「息子たちを頼むよ、タァネェ ッ!」


立ち去る後姿は可也な歳とは思えぬシッカリとした足取りで、背中には銃身が馬上槍のように長い、
古式な猟銃を袈裟懸けに背負い、手には後ろから着いてゆく驢馬の轡の革紐を巻きつけていた。

暫く先ほど教えられた事を、胸の中で反芻しながら遠のく驢馬と人の後姿を見送くっていると、
地平線の向こうまでもと続く開墾畑に沈みかける夕陽が、人と驢馬の影を赤色に包み込んで呑みこんでしまいそうだった。

遠のくじぃさん此方にと、驢馬と揃いの長い影を引きながらぁ でした。


「あの爺さん、今は雇われ猟師ですけどな、昔は此処ら辺りの軍閥に請われ、軍事顧問としてケッコウな待遇で雇われていたと聞いとります。
 ナンデモ蒋介石の国民党軍にも一時は関わっていたそうですわ 」

「そぉかぁ、だから下の息子が赤(ソビエト軍:赤軍)から脱走したお陰で、協力してくださったのか 」

「じぃさんの絵が手に入らなかったら、今度の計画はドオニモならんとこでした 」

「じゃぁ、イッパイ呑んで今夜に備えて寝るか 」

「じぃさんにも、一本土産で持たせてやればよかったですね 」

「ぁあ 」


生返事をしながら片目を瞑り、赤い石を瞳にくっつくかと近づけ、地平線に沈みかける夕陽に翳すと、
目の前の視界が視たこともないような、綺麗過ぎるほどの赤く煌めき輝く、途轍もない紅(クレナイ)色一色に染まった。
自分の今までの、ロクでもない生涯のケジメの最後は、キットこんな色の最後になるのかも知れないなぁ。


石は、狩人教授が自ら愛用のナイフの切っ先で、銃の引き金上部の機関部に嵌め込まれていた
濃い赤色の宝石を外し、お礼だといって手渡してくださった。
眼から、宝石を下ろすと夕陽は地にと沈み、辺りには残り茜色が薄らとぅ だった。


戦後、大陸からの引揚者は口々に言います。 大陸の夕陽は、沈む際が特に美しかったと。 綺麗だったと。




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【The night when night is deep】

2008年08月01日 01時38分14秒 | トカレフ 2 


満州歴 康徳12年7月
大和歴 昭和20年7月

世界は 1945年7月 

大陸の夏の始め頃、深夜に国境を超えた。



【はたしはあの晩】

漸くの想いで河を渡り終えた。
長い時間水の中に浸かっていたので、躯が冷え切ってしまていた。
酷い疲れを覚え、暫くは河原を埋め尽くすかと群生する背高い夏草に囲まれ、仰向けになって横臥していた。
濡れた裸の胸は夜の空気に曝され、肺が新鮮な空気を求め喘いでいたので、黒い影で大きく波打っていた。

激しかった心臓の鼓動、星を眺めながら休憩していると、次第に治まりかけていたが、
夜の漆黒な静寂の中に迸り出そうな、堪えようとしても出てくる悲鳴じみた喘ぎ息、
鎮めるのには暫くの時を要した。

酸素の希薄さに喘ぐ肺、鍛冶屋のフイゴみたいに大量の空気を求め続け、
喉奥の気道を何時までもと、勢いよく流れる空気の圧力で押し開け続けていた。

息が荒げるのを堪え、背高い草を濡れた躯で押し倒した隙間に横臥し、
其処から覗ける限られた視界で、夏の夜空の煌めく星々を下から眺めていたら
内地では見たこともない背高い草の生い茂る河原には、夜が緊張感で騒ぎ出し、
夜の漆黒な闇、煌めく黒色で輝きだし勢いよく奔りだすかとな、狂気な雰囲気が漂っていた。

耳の鼓膜は、緊張感に満ちた脳内に新たに溢れでる警戒心で、ナニか不自然な物音がしないかと、
静かすぎる暗闇の何処かに求める、不審音を捜し続けていた。
夜を静かに騒がし鳴いていた夏虫ども、叢に侵入した人間に驚き鳴き止んでいた。
暫くは夜の世界、人の喘ぐ息音だけのシジマな世界になっていた。

躯が動こうとする衝動が湧いてくると、次第に地虫どもの鳴き音が戻ってくるのを、欹てていた耳が聴きつけた。
耳元の直ぐ傍、草の根元辺りから鳴き声が聞こえ始める。
鳴き音(ネ)は、静かな夜では大きく聞こえ、未だ耳奥の水が抜けきらず、聞こえ難くなっていた鼓膜。
自分でも思わずな快さな音に、喜んだ。

夜が黒色で凍りつくかと張り詰めていた緊張感は次第になくなりかけ、柔らかさな星降る夜になってきていた。
姿が観えぬ虫たちの鳴く様は、無数の壊れかけのサイレンや鈴の音などが混じり合い、
互いに競いながら、暗さの中で忍び鳴きしているようだった。

国境の北側の夜は、現実逃避な穏やかさが満ちてきていました。



【回想】

ジッと身動きせず息を整えながら耳をソバダテ、辺りを警戒する。
黒色な群生する背高い草の谷間から覗ける夜空は、狭い視界の中だけで観える星が、
取り囲む草の先を仄かな影で見せるように、瞬くように白く煌めいて輝いていた。
目前に手を翳すと、峡さな視界で望める瞬く星影の中に、自分の手形の分だけ星が消えた。
胸の中では心拍鼓動が、馬橇馬場(バンバ)競争のときに打ち鳴らす、早鐘のように奔っていた。

此の時、こんな状況は何時もの事で慣れていて、
少しも怯えはなかったけど、その代りに想うことがあったそうです。

「巧くやれるさぁ、露西亜の教授教が教えてくれたからな 」

 っと、ソット声を出さずに呟けば、これから先の計画事が巧く運ぶかもと。

「いつまでも、こんな馬鹿やってると、いつかは死にやがるなぁ 」 とも。


不覚にも、そぅシミジミ想えば人の胸の内では、我が身でも気づかない何かが生まれるんだわさぁ。
心細くはなかったけれど、はたしは此の時代に面白いように弄ばれているなぁ。
見知らぬ土地で、星を眺めるような深間な時刻、暗闇で反芻する教授と仰いだ知恵者の教え。
コンナ状況では、巧くいくかどうかは確かめようがないけれど、素直な気持ちで受け入れるしかないなぁ。

ッデ 此の世からオサラバすることがあれば、最後くらいはジタバタ足掻いたりしたくはないよぉ。

終わりがない、永い夜がいつまでも続けばいぃよねぇ。 



夏の夜、寒さを覚えていた濡れた膚、乾き始めていた。



【The night when night is deep:夜が深い夜】
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真夜中の向こう側。

2008年06月28日 22時56分48秒 | トカレフ 2 
  


康徳12年7月中旬 (満州歴)

 真夜中の向こう側に


月ない暗闇の晩、渡れば他国な国境の河
黒影な両岸に挟まれ星明かりを映し仄かな白さで輝いていた。


大陸での泥沼な戦争も終盤近くになってくると、日本とソビエト連邦間の中立条約が未だ有効なのに、
河を挟んでソ満両国の国境警備兵が、互いに巡回しあいながら警戒し睨みあっていた。

だから真夜中に、流れ音だけの静かな河面に近づけば、
穏やかな夏の夜にしては物騒な、緊迫した雰囲気が辺りに満ち溢れていた。

闇夜な夜半過ぎ、夜の暗さに溶け込んで、夜が蠢くようにしながら南の満州国側から、
前もって指定された、河畔近くの叢に囲まれた岩場まで、関東軍国境警備兵巡回の隙を突き、
絶対に発見されないようにと長時間な匍匐前進も厭わず、用心を重ねながら忍びよった。
岩場までの匍匐中、頭や顔面から吹きだし流れる汗、顎先を伝い地面にと連続して落ち続けた。
息が喘ぎ、悲鳴じみるのを殺しながらだった。

幾度も土埃混ざりの汚れた汗が目にと沁み、涙目になるのを何度もキツク瞼を閉じ耐える。
漸くの想いで岩下に辿り着くと暫くは、俯きながら地面の上に重ねて揃えた両手の甲に頬を載せ、
夏の夜の暑さと、長時間匍匐する緊張感で激しく喘ぐ息を整えた。


岩と地面の間に、教えられていた物はないかと、両手の指先の感覚だけで辺りを弄る。
直に右手の指先が、周りを囲む背高い草の根元を縫うように這う、細い紐を突き止めた。
紐を音がしないように岩陰の方に用心しながら手繰っていく。
手先が何かに触れ、落ち葉を踏むようなガサツイタ音がした。

ガサツキ音は、虫の鳴き声だけの夜の中では、ケッコウ大きな音に聴こえた。
直ぐに手を引き、巡回中の警備兵が聴きつけて走って来ないかと、耳を澄ました。
暫くは身を固くし動かずにいたが、ナニも異常がないようだったので、
今度は音がしないようにとソット手を伸ばし、音の正体は何かと確かめる。
草を太く束ねたもので平たく編んだ物であり、周りと同じ草が添えられ偽装されていた。


一昨日の深夜、此処まで荷物を運んできて隠し置いた者が、荷物を隠した岩の割れ目穴が、
巡回する警備兵に発見されないようにと、草で編んで作った隠し蓋だった。
蓋と添えられた草は、日中の暑い日差しに晒されていたので、よく乾燥し少し触っても音がした。


夜の暗闇の中では微かな音でも、遠くまで良く通るので今度は音がしないよう、
ユックリトした動きで横に退けると、横穴みたいな岩の割れ目が現れた。

喉の渇きが、我慢できないくらい募ってきいたが、暗くて視えない中に手を入れ、
隠され置かれていた物を掴み、手前にと静かに引き出した。


引き出した物は、軍隊が遠征時などに用いる丈夫な帆布製の大きな軍用衣嚢で、
暗闇で手汗をかいた掌で触ると、手肌に滑るような感触がした。
普通の汎布製の衣嚢は、編み糸が太く織目も詰め過ぎるくらい細かく織られ、
非常に丈夫に作られていて、耐防水性が普通の物よりも高かった。
衣嚢の手触りは布の手触りだが、割れ目から引き出された衣嚢には、特別な加工が施されていた。
布の表面と裏側に黒いゴムの被膜が薄く塗布され、耐防水性が更に強化された物だった。

戦争などの有事が勃発した際に備え、敵前上陸作戦などを敢行するのに先駆け、敵地上陸地点調査の為、
密かに侵入する斥候兵や極秘任務の破壊工作員などが、海や川から敵地に侵入する時、
携行する武器や無線機などの装備品が濡れないよう用いるのが、此の防水衣嚢だった。

近距離なら浮き袋代わりに使用でき、木製の輪ッカが何箇所か取り付けられ、
泳ぎながら輪ッカを引っ張れるようになっていた。
侵入作戦時の装備品の数量により、衣嚢に括りつけて浮力が調節できるように、
衣嚢と同じように薄ゴムで防水加工が施された、小さい衣嚢みたいな子袋が付帯されていた。


闇で手元が窺えなかったが、衣嚢の首は浸水しないようにと二重に折り返され、
丈夫な革紐で幾重にも巻かれているのを、慣れた手つきで解いた。
中から小さな防水袋や、陸軍兵の夏用下帯(半ズボン)と黒い長袖の上着を取り出した。
辺りを窺いながら上半身を起こし前屈みになる。匍匐前進するときに肘や膝などを傷めないようにと
暑さを我慢し着ていた、分厚い生地に石綿繊維が混じった鉄道蒸気機関士が着る濃紺色の乗務服を脱いだ。

身一つの素っ裸になると、躯内に熱を浴び汗と土埃で汚れた肌が、夜の涼しい川風に晒される。

ズボンを掴み、背中が汚れるのもかまわず上向けになり、両脚の膝を持ち上げ下帯を穿く。
寝転んだまま上着を羽織ろうとし、少し背中を持ち上げ袖を通しかけたが、
以前何回か服を着たまま水に入り、泳ぐ動作が鈍くなって困ったのを想い出し着るのを止めた。
急いで脱いだ服などを丸く纏め、サッキ取り出した防水子袋に入れ、暗くて手元が視えなかったが
手捌感覚だけで子袋の口紐をキツク結び、衣嚢が納まっていた岩の割れ目穴に突っ込み、
草編みの蓋で元のように閉じ、穴を隠した。

再び腹這いになり、衣嚢から闇の向こうまで伸びている細紐を手繰り、紐伝いに叢の中を匍匐で進む。
向かう河岸は直ぐ其処だったが、衣嚢を引っ張り肘膝を使う匍匐前進だったので、可也な時間が経つ。
急ぎたいと逸る心を、教えられたとおりに宥め、焦らず慌てずな感じで静かに進んだ。


今夜のような仕事のときはいつもなら、胸や下腹部に黒染めのサラシを巻くはずだった。
だが此の物不足のご時世では布が手に入らなかった、ヨッポド白いサラシを巻こうかと考えたが、
夜目にも真白い布では、警備兵に見つかり易いと考え諦めた。


漸く叢から直ぐの、水が緩やかに流れる浅瀬に出るも、肘膝や裸の胸が河原の石で擦れ痛む。
想わずに出る呻き声、顎を噛みしめ殺し、鼻息荒げながら衣嚢を叢むらから浅瀬にと引っ張りだす。
熱もつ躯が浅瀬の冷たい水に浸かると、傷めた肘や胸が冷やされ気持がよかった。
喉の渇きを癒そうと、面を水に浸け水を口に含みかけたが、之から否でも飲むからと想い止めた。

此処まで手繰りながらきた紐の先、河の中へと伸び、その先を目を凝らし窺う。
浅瀬から少し深め、星明かりで輝く水面上に僅かに覗く杭の頭を見つけた。
衣嚢を浅瀬に置いて杭に近づき、杭伝いに水面下に右腕を沈め探る。
短い二本のロープの切れ端が繋がっていて、水の緩やかな流れの中で揺れていた。
さらに下の方まで腕を伸ばし杭の根元付近を弄ると、斜め上流の対岸から水面下を、
河を渡るように伸びてきた、ロープが繋ぎ止められていた。
杭の結び目近くには輪が作られていて、其の輪に両腕を肩まで沈め衣嚢の首からの紐を通した。
紐が解けないようにと何回も通し直して巻きつけ、固く結んだ。


衣嚢を置いた浅瀬に戻ると、下帯の後ろポケットから細い革紐で太めに編んだ二尺ほどの組紐をとりだす。
自分の左手で衣嚢の木の輪ッカを拳で握るようにし、拳の上から革の組紐で絶対に離れないようにと、キツク輪ッカに結んだ。
紐を引っ張ってキツク結ぶ時、紐の片方を奥歯で銜えていたので唇が擦れて切れた。

唇を舐めながら浅瀬から杭近くまでまで衣嚢を引っ張るときに、
もう片方の後ろポケットから、折りタタミ小刀を取り出し前歯で銜えた。
すると、切れた唇の血を舐めた味と、小刀の鉄の味は似ているなぁっと。

折タタミ小刀を手首の一振りで刃を起こし、沈んだようになって水に浮かんだ衣嚢を引き寄せる。
水面下のロープが杭の根元に繋がった近を探って、小刀で切りだす。
ロープガ切れると直ぐに小刀の刃峰をズボンに当ててタタミ、後ろポケットに戻しながら衣嚢に跨り抱きついた。


跨り抱きついた衣嚢は、緩やかな河の流れに任せるように、ユックリト斜めに河を横切るように下流にと進みだした。
河畔沿いでは水の流れは緩やかだったが、斜めに横切りながら中央辺りに近づきだすと、
急激な感じで流れの速さが増し、衣嚢は水の抵抗で激しく上下に浮き沈みしだす。
長いロープで繋がれ、激しい流れに逆らうように上流に頭を向けた衣嚢は、激しく水中で何度も回転する。
必死さで衣嚢から離されまいと自由な右手で輪ッカを掴み、固く口を結んで息を詰めていた。
両腕両脚で衣嚢に抱きつき、直に渡り終えると我に言い聞かせながら堪えるが水の勢いは強烈だった。

水は強烈な圧力で鼻や口から容赦なく入ってくる。
鼓膜は水の中に沈むと激しく水の吠える音を聞く。
自分の躯と衣嚢の上下も関係なく回転し続けていた。

息もできず急激な流れに身を揉まれ続けると、意識が遠のき何処かにと逝き始める。
両手の握力が自然と抜けてくる。繋ぎとめていない右手が離れたのが判ったがどうしようもない。
息苦しさで酸素不足な脳が悶え足掻く感覚は、何時かは逝くかもしれない処みたいな物に包まれかけてきた。

もぉぅこんなことは止めよう。今回で終わりにしたい。っと薄れかける意識の中で想う。

朧げになる意識の代わり、透明感な甘い感覚で包まれそうになってきた。





突然な感じで、緩やかで穏やかな流れの水中にいた。


気がつくと自分が今何処にいるのか判断できず、仰向けで横になっていた。
顔が何かに触られていた。目を開ける前からそぉ感じていたが。
今の状態が飲み込めていなかったので、起き上がろうとして手を引っ張られ水の中にと沈む。

思わず息を吸ったら気管に水が入り、水中で咳が出たら記憶が戻った。
水の中に引っ張られたのは、左手首を衣嚢に括りつけていたからだと、想いだした。
衣嚢に掴まって咳きこみ水面に頭を出すと、河岸から川面に垂れ下がり茂る木の枝に当たった。
咳が出るのを慌てて堪え、耳を澄ました。河の水が穏やかに流れる音がしていた。

河を渡る前、浅瀬の杭に繋ぎとめられていたロープの長さは、衣嚢に繋ぎ直して河を渡り終えると、
此方側の河岸の、川面に垂れ下がる木の枝の下に着くように長さが調節されていた。


暫くは耳を澄まし、衣嚢に掴まって浮いていた。
河の冷たい水に浸かっていると、躯の体温が低下し震えが出そうなくらい寒くなってきていた。
直にも岸に上がりたいのを我慢し、耳を澄まし続けたが水の流れる音と、
小さな虫の鳴き声以外は、何も聞き取れなかったので周りは今のところは安全だと確信した。
ユックリト躯を立て、寒さで強張る脚を伸ばしかけたら川底の石を踏んだ。立つと上半身が水の上に出た。
直ぐに水の中に蹲り、左手を衣嚢の輪ッカに繋ぎとめていた革の組紐を、取り出した折りタタミ小刀で切る。

河面を覆うように群生する叢の中に匍匐で入り、仰向けになって寝転んだ。
背高い黒い草影が周りを取り囲んだ狭い視野の中、掴めるかと想うくらいな距離感覚で、
無数の、青白く瞬き輝く星が眺められた。



ソビエト領に、入った。


   

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想う心 黄昏

2008年06月06日 10時39分13秒 | トカレフ 2 
  


満州暦 康徳12年

 8月初めの頃 

ソ連邦との国境線から南に在る、関東軍国境守備隊駐屯地が在する町。


町から北の方角を眺めれば、遥か地平線上には、夏でも白い雪を冠みたいに頂く
土漠色をした峻険な山の連なりが望めます。其の山脈の向こう側。
切り立った断崖に挟まれた深い谷間が、満洲国とソ連邦の国境線になります。

谷と言っても、日本人が想い描くような狭隘な谷間とは違う、向こう側の崖までの距離、
数百メートルはあるような深い渓谷が、大きく蛇行しながら何処までもと続くものでした。
谷底を流れる河の水は冬には厚く凍りつき、夏になると乾ききった涸れ谷にとなっていた。
大昔から涸れ谷の季節になると、山脈の北と南から大勢の人々が交易の為に、
谷底を通って行き来しては盛んに交流していました。
時には南北の民族間に紛争が生じれば、此の谷は重要な戦略道路となった。

大日本帝国陸軍軍部は、北のソビエト連邦と戦争状態に陥ればソビエト軍が此の谷底を利用し、
南の満洲国にと侵攻してくるだろうと予測し、山脈の険しい自然の要害を利用し、
莫大は費用と長年月を費やし築き上げたのが、国境線に沿った幾つかの防衛要塞群でした。
硬い崖巌の内部には、当時としては最先端の掘削土木技術の粋を結集し、
通路や兵員の居住区、弾薬庫などの軍事施設が蟻の巣のように穿たれた。
敵からのアラユル攻撃を想定し、ドノヨウナ攻撃にも耐えうる難攻不落な堅牢な造りの山岳要塞だった。
要塞には大口径の要塞砲が対岸の山の向こう側、ソビエト領を睨むように据えられていた。

要塞部隊への兵員の補充や交代、飲料水や食糧、軍需物資などの搬送は山脈南の麓までは、
軌道幅が狭い線路が先の国境守備隊の町から敷かれていて、小型の豆蒸気機関車で繋引された、
物資運搬用有蓋トロッコ列車で運ばれていました。
国境守備隊駐屯地の町は、山岳要塞への弾薬や軍需物資などの重要な兵站基地で、
町の色々な建物や施設が、要塞部隊兵員らの休養や、慰安の為の役割を担っていました。


町と駐屯地の間には、遥か南の、満州鉄道本線からの支線、単線鉄道の線路が横切り、
レールは駐屯地敷地内の駅構内に引き込まれていた。
駅舎の建物は、当時此の辺り一帯を支配していた某軍閥将軍の屋敷兼司令部だった。
露西亜が赤化し帝政が崩壊する前の、白系露西亜人建築技師がワザワザ招聘され設計した、
欧州風な、素焼き赤煉瓦造りの、僻地の駅にしては珍しく洒落た造りの建物だった。
其れを後になって関東軍が、国境要塞建設の秘匿と後方支援の兵站基地を設ける為、
匪賊討伐と称し軍閥を掃討し、建物と周りの土地を強制接収したもので、
外観は以前の儘に内部を補強するように遣り替え、軍事目的に転用した。
中の造りは有事が発生したさい、防衛陣地として利用できるよう頑丈に造り替えられた。
線路は遥か南方の満州鉄道本線から、茫漠たる原野を切り開いて此の地まで敷かれていた。

駅構内のホームの造りも、最前線の駅ならではで、当時最新式だった国産戦車の鉄道輸送のおり、
積み下ろしがし易いように普通の駅のホームりは随分と広く造られ、戦車の重量に耐えうるものだった。
単線路を挟んで両側に併設されたホームは、戦車などの軍用車両が貨車から降ろされると、
直ぐに駐屯地の中や、北の前線に向け移動し易いようにと、ホームの両端は緩い傾斜の坂道だった。
ホーム全体は、今は赤錆が浮いているが、ココら辺りがまだ開墾される以前の原野と同じ、
泥漠色に迷彩塗装されたブリキ葺きの屋根に覆われている。

守備隊の建物群や駅舎とは別棟で、機関車の整備や荷物の搬入所を兼ねた、
同じように屋根に迷彩塗装を施された大きな建物が何棟も併設されていた。
各棟の中には、厚い鋼板で装甲が施された装甲列車が収納されていた。
車両の前後には、小口径砲が搭載された砲塔が据えら、機関銃や小銃などの銃身が、
側面の銃眼から針鼠のように突き出せるようになっていた。
一番大きな建物には、長い装甲列車を前後で繋引する為に、
大陸鉄道専用の大型装甲蒸気機関車が、二両収納されていた。

警備隊隊員の宿舎なども付随していて、他にも軍需物資倉庫などの建物群、
周囲に高く土嚢を積み重ね、天井にも土嚢を積み上げた掩蔽式の待避壕が観え、
鋼材を櫓状に組んだ、無線の電波塔を兼ねた背高い物見櫓の上では、
空に向かって伸びた一本の旗竿の先に、一流の吹き流しが穏やかな大陸の夏風に吹かれ、
舞うように揺れているのが、広大な駐屯地の周囲を取り囲む、有刺鉄線鉄条網柵越しに覗えた。

町や駐屯地付設して、軍事教練と閲兵時に使用する大広場の周囲には、
開拓民団が開墾した耕作畑の畝が、見渡す限りに広がっていた。
町の郊外には、開拓民が此の地へ入植する以前から、原野を踏み固めたように整地した、
陸軍管轄の飛行場があり、同じように飛行場の周りを取り囲むように幾つかの、
開拓民団村や酪農牧場などがありました。

飛行場は有事の際などに備えての緊急事態使用が目的で、普段は軍の高官が、
時折視察に訪れたりしたときと、月に数回ほどの連絡便が飛来するだけでした。
上空から飛行場を望めば、滑走路がハの字に並んでいます。

町には民間の建物は殆どなかったけど、医療設備の整った陸軍病院や兵士慰問用の、
ケッコウな和風造りの観劇場と軍委託の慰問団宿泊用の旅館や、酒保などが軒を並べていて、
僻地の町とは思えない、賑やかな街並みを呈しておりました。

町の設立当時の状況は、国境要塞群の造営整備中で、兵站基地としての役割と、
要塞群建設の秘匿防諜と機密保全の為に、国境防衛策の一環として創設された町でした。
軍が駐屯地の周りに開拓民団の入植を許可し、開墾を勧めたのも、
駐屯地の機密漏洩防止が一番の目的でした。
開墾事業には別の見方もありました。当時軍部の方針では、食糧などの物資は現地調達が原則で、
開墾事業を勧めたのも、現地部隊自給自足の方針が基になっていました。
守備隊の兵隊には、多くの地元開拓民団の壮年男子が現地徴兵されていたので、
入植者の身内の者が多かった。
太平洋戦争が勃発するまでは、春秋の農繁期には軍事訓練の合間に農作業に従事する、
イワバ屯田兵のようなものでした。



開墾された緑の耕作畑が何処までもと広がり、其れに囲まれた国境守備隊駐屯地の町。、
開墾畑を遠目に望めば、ワザワザ本土から苦労して連れてきた骨格逞しい農耕馬が、
農婦に従って畝を耕すのが窺え、時折、馬のイナナキが風に乗って聴こえてきます。
平和で長閑な雰囲気に溢れたような、何処までもと広がる耕作畑の風景でした。

耕作畑の長い畝の中では、農作業に没頭する農婦が、地面に座るのかと腰を低くし、
丸めた背中には夏の眩しい太陽が焦がすかと照りつけていました。
野良着の背中は吹きだした汗で黒色に濡れ、後頭部を日よけの支那の三角帽子が載ってます。
周りをスクスクと育つ緑の作物に囲まれた農婦は、何も考えず、忙しなげに作物の手入れをしていました。
だけど動かす手元とは関係なく、知らずに脳裏に浮かんできます。
最近民団の仲間内で噂し合う気になることが。
 

「噂はウワサやろうからね、とぉちゃんも息子たちも、キット大丈夫なんだわさぁ 」


知らずに呟くと知らずに頷き、額から流れる汗玉は、頬から顎先を伝い地面にと垂れます。
作物の緑の汁と、泥で汚れた手元には、汗とは違う雫も落ち続け、手の甲を濡らしていました。
真夏の朝は、夜が明けるのが早かったけど、まだ暗い内から起きだし農作業に勤しみます。
昼間の眩しい日差しの下、躯が猛暑な熱気で包まれると、知らずに家族を想う心を、
暑さが惑わしながら、マスマス農作業に没頭させ忘れさせよと。


だけど、作業が終わる日暮れが近づくまで、何度も何度も、胸の中で呟いていました。


此処の入植地、働き人はご婦人と老人。っと、幼き子供たちばかり。
頼れる男手のいない、限りなく不安な毎日が続いていました。



其れも、もぉ、終わろうとしていました。





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教授への御礼の手紙。

2008年06月02日 12時05分59秒 | トカレフ 2 
  


教授、お父様の資料を御提供してくださるとのこと、凄く嬉しいです。

ありがとうございます。

ですが、わたしの物語の構成力と筆力では、大事な資料を生かし切れるとは想いません。
今回の「満洲編」は「トカレフ」の中での、番外地の「バァさん」の若い頃のお話しなんですよ。

当時の時代背景とお話の都合上、満州国を取り上げています。
本当はモット簡単な説明的内容にするつもりでした。
だけど、何時ものことなんですけど、何回も訂正などして書き直すうちにですね、
今のような話の流れになってしまいました。

以前は、何かを書き込み始めますと、アンガイ考えなくても話が進んでいきましたのが、
昨年辺りから悩みだしてしまい、自然と遅筆になってきています。
ブログ以外でも、それまでは他の事を色々と掛け持ちでやれたのが、邪魔臭さが先に立ちまして、
気持ちが億劫になりだし、根気が続かなくなってきていました。

元々、わたしの性分は、目の前に危機が来ない限りは知らんフリ。
ッテ考えの怠け者なんですからね、仕方が御座いません。
それに今更、此のだらけた性根を矯正できるとは想っていません。

加齢による脳年齢の衰え現象が、段々と進んできて思考力が劣化してきているみたいです。

横道に逸れました。ごめんなさい。

書籍などの満州国関連資料とは違って、一個人の方の大事な物ですからね。
キット今まで何方も覗いたこともない、内容なんでしょう。
ですが、自分などには勿体なく想われます。

私が頂いても、わたしのボケた頭では、有効に活用することができるんでしょうかねぇ?

;ット言いますのは、今回のお話が之から先どのような事態になるのかは、自分んでも分からないのです。
一応、物語の粗筋は考えておりましたけども、他の今までの作品でもですね、
最初に考えていたとうりに行きました試しがございません。

大概考えていたのとは違ってくるんですよ。

だからこの先、物語の都合上、満洲国についての記述で行き詰まるような事態になりますれば、
キットお父様の大事な資料が要りようになり、随分と助けられると想います。
それまで大事な資料が、要るか要らないかも解らないのに、自分の手元に置いとくのは心苦しいのです。

その折には真に勝手ながら、遠慮なくお願い申し上げたいと想っています。

どうか、宜しくお願いいたします。



教授、温かいご支援、ありがとうございます。





教授 お礼の手紙を記事にしました。お許しを。


あの時代

2008年05月28日 13時22分22秒 | トカレフ 2 
帝国ノ終焉  


【滿洲國】

満州国元号
 大同 1932年3月1日~1934年2月28日
 康徳 1934年3月1日~1945年8月18日

大同元年(1932年) 国号を満州国と制定
康徳元年(1934年) 愛新覚羅溥儀満州国皇帝即位
康徳12年8月18日 皇帝溥儀退位宣言 満州国崩壊


康徳12年8月(1945年) 昭和20年8月
 盛夏 太平洋戦争末期

国境の向こう側では。

歴史の中に埋没し、幻となって消え去ってしまった大陸の国、満州国。
その満州国の北方、赤色革命で誕生した ソビエト社会主義共和国連邦との国境線は、
亜細亜大陸の東方、日本海へと続いておりました。

先の第二次大戦中 ソビエト連邦は、欧州戦線でナチス独逸軍との戦いに勝利し、
自国の戦争は終焉を迎えたにも関わらず、強大な赤い軍隊を祖国に凱旋さずに、
満州国との国境線近くにと大移動させ、大日本帝国との戦争に備え始めておりました。

ナチス独逸軍との数年越しの激し戦闘で、飛行機、戦車などの近代兵器による戦争とはどのようなものかと、
十分過ぎるくらいに豊富に学んだ赤い国の赤軍兵士たちは、長期に渡る過酷な戦いで疲弊していたので、
漸く故郷に帰れると思っていましたが、欧州戦勝利に酔いしれる間もなく、戦闘で使用した武器弾薬などの、
近代的兵器や莫大な軍需物資と共に、欧州と亜細亜を結ぶシベリア鉄道の貨車に載せられ、
遥か東方の、ソ満国境付近や日本海の北方、樺太方面へと大移動をさせられていました。


当時、満州国北の守りは、大日本帝国陸軍の関東軍部隊が担当していました。
長い国境線を挟み対峙するソビエト連邦は、日ソ平和条約が締結していても満州国存続の脅威だった。
故に関東軍は帝国陸軍の中でも、各種兵科数の多さや、多種多様な火器類の兵装など優遇しされ、
対ソ戦に備えた最新式の戦車など近代的兵器を装備をし、本土の陸軍部隊より軍備が整っていた。
軍事訓練も、国境防衛戦だけに限らず、ソビエト領土に侵攻する事も視野に入れた激しいものでした。
だが当時の世界各国陸軍の軍事力の状況は、帝国陸軍の軍部が予想するようなものではなく、
戦車や火砲などの兵器を造る鉄鋼だけを見ても、資源を輸入に頼る国の装備する兵装は、
一部を除き世界の水準には達しない兵器が多く、其れを装備するにも数が少なすぎるのに、

我は無敵だ世界最強の軍隊だ。 ッと 関東軍は自画自賛していました。

太平洋戦争開戦時、帝国海軍の米軍ハワイ基地奇襲作戦成功と、其れに呼応した、
南洋諸島攻略戦と、東南亜細亜各国での勝利の勢いに乗る帝国陸軍でしたが、
太平洋戦争が開戦する以前から軍部には、懸念するものがありました。
其れは、赤色革命成功で台頭してきた共産国家の ソビエト連邦の存在でした。
軍部は近い将来、対ソビエト戦は必ず勃発するであろうと想定し、傀儡国家満州国北方の、
ソ満国境付近で、数次にわたる関東軍軍事演習を実施しながら軍備を整えていました。
演習や軍事教練で鍛えられた若い現役兵士が勤務する、精強無比だと豪語する、
精鋭部隊が抽出されては、続々と南太平洋の南方戦線にと、移動させられます。


物量に勝る連合軍相手の太平洋での戦いは、日本軍が予想もしなかった激しい消耗戦でした。
戦争を遂行するための資源に乏しい日本は、次第に劣勢状態に陥り戦況は悪化する一方。
軍部は悪化する戦線を立て直したかったが、日本軍は太平洋と亜細亜全域に戦線が広がり、
其の為に南方に回せる戦力が枯渇状態で、如何したものかと熟慮の結果、白羽の矢が立ったのが、
対ソビエト戦に備え軍備が整っていた満州国防衛部隊の関東軍。

太平洋での戦線維持と、あわよくば攻勢に出んものと関東軍精鋭部隊が増援の為に、
対ソ連戦に備え備蓄していた軍需物資と共に抽出され、南方にと移送されます。
だが部隊を乗船させた輸送船が、消耗戦線に到着するまでの航海中に敵潜水艦や爆撃機の攻撃に遭い、
数え切れないほどの船舶と共に、数多くの陸軍の精鋭部隊が貴重な増援物資と共に、
南海の深い海底にと、兵士の無念な悔しさ噛む想い諸共沈んで逝きました。


戦争も、日本軍が緒戦の勝利で我は無敵だと思い上って酔いしれている間に、
連合国は初期の敗退を戦訓として取り入れた戦略と、亜米利加国の豊富な資源と、
それを活用しての、当時の日本では考えられえないような、高度な工業生産能力全てを、
戦争遂行に必要な物だけを製造するように絞り、最新式の電波兵器や航空機など、
莫大な軍需物資を製造し、連合国軍は強大な軍事力を持つにいたった。
開戦時の敗退し続けてていた、弱体な連合軍とはマッタク違う軍隊にと、変貌していた。

物量戦で挑まれると後が続かない日本軍。報復的攻勢作戦で挑まれては負け続け、
次々と南洋諸島の島々や、東南亜細亜の占領地を陥れられていました。

軍事目的に利用できる資源が限られていた日本。
占領地からの資源の輸入も、敵潜水艦などの徹底した妨害で阻止され、
物資豊富な連合国相手との消耗戦が長引けば、戦況も悪化し劣勢状態。
次第に追い詰められた軍は、転進と称しては占領地から撤退したり、
戦線を維持する為に派遣される増援部隊や物資の輸送も阻止されては、
島に上陸侵攻してきた米軍に対し、守備隊兵士全員の玉砕戦でしか対抗できなかった。

満州で備蓄していた大量の軍需物資は、激しい軍事訓練で鍛えられた部隊と共に、
南太平洋戦線に移動させられ、無敵皇軍だったはずの関東軍は段々と見る影もなき、
末期的見掛け倒しの張子の虎にと御変身。
為に満州国北の守り、ソ連邦との国境防衛線は、ズタズタの細切れ状態。

綻びダラケの隙間ダラケ。


南方に移動しないで満州に居残った部隊の国境守備隊では、兵士の定員割れも甚だしく。
進入してくる敵機を邀撃し、防空と制空権確保に努める戦闘機や爆撃機などの航空機。
満州の広大な大平原での陸上戦に用い、大いに貢献する筈だった虎の子の戦車などの車両。
長い国境線の重要拠点に構築された要塞や、守備隊陣地に据えられ北方のソ連軍に対し、
睨みを効かしていた大砲などの重火器類は取り外され、その殆どが南洋の消耗戦線にと抽出され、
貨物輸送船での航海中に攻撃を受け、兵員諸共撃沈させられていたので、
満洲残留部隊の戦争に備える兵装などの軍備は、お粗末極まるような状態でした。

それでも根強く、我は無敵だと表向きには豪語していた関東軍。

実態は精鋭なベテランの現役兵士も数少なく、戦う為の兵器などの軍備も整っていない、
中身は、マッタクの丸裸の丸腰状態。
欧州戦線で、ナチス独逸軍相手の激烈な近代戦に勝利した赤軍相手では、
マトモニ戦える、本物の戦争に通用するような、精強精鋭な軍隊ではなかった。


戦争も終焉近く為ってきますと、戦いを遂行するのに必要な戦略物資が不足してきます。 
兵士などの人的資源も例外じゃぁナク、兵士どころか農夫、漁師、工場の労働者など、
総ての産業の働き手が枯渇し、それを補うことも困難になります。
その残り少ない働き手までもが軍隊に徴用されれば、必然的に労働力が手薄になり、
代わりに未成年者の女子らが勤労奉仕隊となり、工場などで労働を担います。

ソ満国境を守る多くの守備隊駐屯地でも、次第に活きの良い若い現役兵士は居なくなり、
自軍の兵員割れを遺憾ともし難くなった日本軍、間に合わせの員数合わせの為、
軍隊勤務を既に一度は勤めて退役した中高年層を再召集し、それでも不足するので、
招集年齢を引き下げ、幼顔の若年者まで臨時徴兵していきます。
満蒙開拓民団の、年配の男衆たちまでが現地応召させられて、老兵に。
その息子たちや甥っ子の、若年層の男子まで大慌てで招集した、幼年兵。
それらのニワカ兵士を無理にと、国境線の守備隊陣地に兎も角送り込んでの緊急派遣で、
皆は慣れぬ軍隊勤務に服務させられ、残り少なくなった現役兵と共に陣地に籠ります。



康徳12年8月(1945年) 昭和20年8月 盛夏 

敗戦間際に、ソ満国境守備隊陣地で任務についていたのは、臨時応召のニワカ兵士ばかり。
緊急事態で軍事教練や訓練など間に合わないからと、満足に戦い方も教えられず。
兵士に与えられた個人携行する武器といえば、旧式の小銃。
その銃も兵士全員に支給するほどの数も揃わず、銃に込める弾薬も不足していました。
兎も角、後から物資は必ず送ると空約束し、大急ぎで国境の守備任務に着かせます。
大陸の酷暑な八月には絶対必需な飲料水や、体力を維持する糧秣も十分に携行させず。
軍需物資の不足は、死に物狂いの敢闘精神で補って戦うのだ!
っと、無茶な訓示を言い聞かせては、国境の守りにと送り出していました。

近代戦は、精神論などマッタク通用せず、鋼鉄と其れを破壊する火力の融合なのだと。
当時の、此の国の軍隊では、マッタク教えてはくれませんでした。 

無理無茶な戦争の代償はいつも、何も知らされない者が背負わされます。
その払いきれないほどの重たいツケ、偉い人の誰もが責任を執ろうとしません。
逃げ場もない戦場で、無念を飲み込んで黙ることしかできぬ者が流す己の血と、
我の肉体の破壊とで賄い、無理にと補わされて、イチ個人の人生がお終いです。



ソ満国境近くの開拓民団村、近くには守備隊駐屯地が在る。

働き手の男衆を根こそぎと言っていいほど、軍隊に採られた多くの入植地では、
男衆が出征したあとに遺された家族の者、女子供、老人らが酪農や農作業をしようと。
だけど、頼れる男たちが居ないことには、どう頑張っても無理なことでした。
満州人を臨時で雇ったり、中国人農夫を手配しナントカ農業経営を維持しようとしました。
ソ連邦との国境線に近い僻地の開拓民団では、日が暮れて一日の農作業が終わると、
開拓民団の寄り合い所(集会所)に集まっては、日本に戻ったほうがいいのだろうか、
戻るならいつがよいのか、其れとも此のまま此処に留まるかと、
幾ら話し合っても結果が出ない、堂々巡りな相談を毎晩続けていました。


八月になる少し前から、未だ明けぬ夜明け前になると、農家の屋根スレスレや、
開墾畑を翳めるような低空飛行で、闇に溶け込むような黒色複葉機が飛んでいた。
八月に入ってからは明るい昼間に飛んでいた。

人々は、慄きながら言います。
真夜中に北の方角から、なにか得体のしれない大きな音が聞こえると。
音が煩くて、眠れないときがあるとも。



慄く望まぬもの、突然目覚めたように襲ってきた。




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終わった時代

2008年05月23日 14時22分25秒 | トカレフ 2 
  


月の明かりが射しこまず、マッタクの暗闇ならば、キット闇は優しさで包んでくれたんだろぉぅ。



此処から何処かにと逃れることもできず、タダ床板の上で横たわることしかできない。
心には、遣りきれぬ想いだけがフツフツと湧いてきては悔いとなり、
今の状況に陥った境遇を嘆くことも叶わず。
聞きたくもない部屋の中の会話が聞こえてくるが、耳を塞げない。

胸の中は諦めに支配されだし可なり滅入り始めた思考じゃぁ、
聞くなッ、ヤメロッ! ット自分に言い聞かせてみても、
何でや?ット 求める好奇心を鎮めることもできずに、
次第に興味が湧いてきて、ジット動かないフリで聞き耳をたてていた。


あの時の状況は、今でも時々、想わぬ時に頭の中に鮮明に蘇ります。
自分が求めずとも、記憶から遠のくものはなく
忘れるものは想いだしたくもない、昔の忘れ形見の片鱗だけかも。


窓から月光の冴えた銀色な静か光が斜めに降り注ぐ。
其の光景を背景にし、異人が横たわる寝台を囲みながら酒を酌み交わし、
異人と同じ言葉で喋り合う話の内容はマッタク理解できず、
何処か異次元な国の言葉にしか、自分には聞こえなかった。


「ぁんたぁ、飲むかぁ?」


ヤット聞こえた知り言葉が、誰に向けられたものか判らなかった。

「コレ、かッキャン・・・・ 」

ット、床板を軋ませながら近寄ってきた。 バァさんが。


床板に頬を載せ眺める低き視界は、横向きな、其れなりな感じで観えていた。
銀色な窓からの月明かりを背負い、光の陰の中でバァさんの影が蹲る。
そして、バァさんの影の中に透明な液体が満たされた、ファショングラスが浮かんでいた。


「ワイやったら、いらへんで 」

「遠慮せんでえぇんや、飲みんか、なッ 」

「喉ッ乾いとらんッ! 」

「水やないがな、ホレ、露西亜の酒や 」


自分、慣れた感じで首を持ち上げられ、唇に硝子が触れた。

「ぃッいらんッ!」

っと言おうとしたら、開いた唇の隙間から液体が流れ込んだ。
直ぐに口から出そうとしたら顎下に手が添えられ、持ち上げるようにされて口を塞がれた。
吐き出すこともできず飲み込まされたら、再び咳が出かけむせる。

傷んだ咽喉の粘膜が、火の酒の熱味で責められた。

「我慢しぃ!ッ呑むんやッ 」

喉の奥から熱せられた塊が食道を焼きながら下り、胸の中を通って胃袋にと。
胃粘膜壁が急速に熱で覆われるような感覚がし、直ぐに腹の辺りに暖かさが貯まり始める。

自分、唇のグラスを思わず払い除けようとした。

「ナニするねんッ!」

振り上げ途中のワイの手首が強い力で掴まれた。
バァさんに顎を掴まれていたので、目玉を動かし上目使いで視る。
医者が中腰で屈みこんでコッチに片腕を伸ばし手首を掴んでいた。

「おとなしゅうに飲んだらえぇねん 」

ット、ワイの顔を覗き込みながら言う。

ロイド眼鏡の白っぽく光る二つのレンズ、ワイを諭すように頷く。
言うことを素直に聞くしかできななかった。 だけど、不思議やった。
我慢して露西亜の酒を飲み下していたら、不思議やった。
あれほど咳きこんで、激しく感じていた喉の痛みが消えてゆく。

「どんなんや?痛みは?」

掴まれていたワイの手首が放されたので、バァさんのグラス持つ細い手首を掴んだ。
ワイの手にバァさんの掌が添えられると、焼けつく味の次に来たのは、
痛みを熱さな酒で包んで、痛み止めされたような感覚でした。
医者が、ワイの背中を壁に凭れるように上躯を起こしてくれた。
壁際に胡坐をかくように座ると、バァさんがワイの掌にグラスを握らせ言う。

「コレ、持っとき 」

「足らんかったらゆうんやで 」 ット、医者が言いながら、

ワイの目の前の床に、露西亜の酒が半分くらい詰まった透明の瓶を置くと寝台に戻る。
瓶の中では、透きとおった液体が月明かりを映し、煌めき揺れていた。


バァさん、煙草に火を点けると、喋った。

「ぁんたには、迷惑バッカシかけてもたなぁ 」

ッテ喋るとき、言葉と一緒に煙が口と鼻から出てきて、自然な感じでワイの口元に煙草を近づける。
ワイ、当り前な感じで唇を薄く開き、煙草を銜えた。
サッキ大咳した後なので用心しながら少し煙を吸ったら、大丈夫だった。


自分、訊きました。

「どないなん? 」

「どないって? 」

ワイの顔の真ん前近くで静止していました、バァさんの顔。

バァさん、立ち上がりかけの中腰姿勢のまま逆訊きしてきた。
訊きかたは、歳いっても綺麗な切れ長の目を、尚更細めに眇めながらだった。
ワイの目玉を覗き込んでた顔が少し離れると、バァさん再び腰を下ろした。
ワイと同じように床に胡坐座り。


≪バァさんの面、あの時は部屋が暗かったし、自分も頭が酒精で遣られかけていて、
アンマシ窺がえなかったんやけど、今想い出すとナンヤぁ妙に、妖しいぃ雰囲気漂わせていた。≫


「ワイな、なんも解らとコのザマ(様)やねん、もぉぅ勘弁してくれやッ なッ!」

「ナニが解らないんよ ? 」


自分、突然気づきました。部屋の中が静かなのを。
医者も、ママぁも、異人までもが、黙りこんでジット聞き耳を立てることに。


「訊いてどないしますねん?」

「どないするって、訊かなわからんやろ、ナニかいなワイだけが蚊帳の外なんか?」


バァさん返事の代わりに傍らの瓶を掴んだ。
ワイが床に置いた飲みかけのグラスに、露西亜の酒を注ぎたした。
ナミナミと溢れそうなグラスを口元まではユックリと運び、唇が触れると後は一息で飲み乾したッ!


バァさん、俯き加減で銜えた煙草に、燐寸の火を近づけると言いました。

「ホンマニ聴きたいんやな? 」

「訊きたいがなッ! 」


指先で摘まんだ燐寸の軸の黄色ッポイ炎が、喋る息で揺れていました。
小さな炎に照らされたバァさんの顔、歳には似合わん、妖しさでイッパイやったッ!

数回、大きく胸を膨らませながら煙草を燻らせると喋りだした。


「あんたには、あの時代がぁ・・・・・ワカランやろなぁ 」

「ジダイぃ? ッテなんやネン? 」



自分、間違いを犯しました。

世の中には、訊かんで良いもんならば、聴かずに置いとくモンも在る。
ッテ、此の時には知る由もなかったから。



自分、バァさんの噺の途中で再び、床に寝転びたくなっていました。
何も聞かず、何も知らなくて済むものならば、唯、ヨッパラッテ眠りたかった。

だけど寝れば、月の銀色の光の陰で横たわり、周りを薄暗さで満たされて寝れば、
其処はマルデ、負傷者で溢れ返った、阿鼻叫喚ナ状況の野戦病院の中で、キット横たわっているのだろう。




長い夜が、永久(トワ)な夜になりました。




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既視感ナ長イ夜

2008年05月19日 01時54分44秒 | トカレフ 2 
  


眩暈は治まらなかった。 視界の中に深くと暗さが広がってきていた。
イッソのこと、このまま意識が堕ちてくれたらばと。
自分、何処かに逃げられないものかと、願いました。
部屋の中には異人が醸し出す怪しいもの、イッパイに詰まっているようだった。


呼吸が困難になってきた。 断続的にしか息ができないッ!
胸が、肺が、熱く熱を浴び始めていた。
心臓の鼓動が、激しいコメカミの血管脈動で感じられる。

息できぬ苦しさが、妖しげな気持ちよさげに為りかけていた。


異人の腹の上で顔を横向きに押さえつけられ覗く、元々暗い部屋の中の風景。
視野が狭まりながら真っ赤に染まり、真っ赤から赤黒い世界にへと堕ちてゆく。
此の侭、苦しさから逃れられないのなら モット暗さを増してきて、
再びあの夜の時に戻るんだろうかと。

あの晩、国鉄駅近くのバァさんの店がある番外地と、駅裏に抜ける踏切の間の線路内で、
鉄のレールの傍らで恐怖に駆られ暗闇透かし覗いた、異人の青い瞳が脳裏に蘇ってきていた。


段々と既視感は自分を虜にしながら薄れていき、代わりに諦め感を強めながらだった。
必死で起き上がろうとしたけど、躯が自分の意思どうりに動かせない。
マルデ自分の躯じゃぁなく、猫に睨まれた小さな鼠が絶対的な恐怖のあまりに、
筋肉が引き攣り、凍り固まっているみたいに、だった。


「此の人が、ァレは何処に在ると訊いとるんやけどな?」

頭の上から降ってくる咳き込むように話す医者の声、自分の耳には、
何処か深い洞穴の奥から響いてくるようだった。

異人の矢継ぎ早な異国言葉は、唾の飛沫と共にワイに向けられ飛んでくる。

「チィフ、アンタに預けたもん還せゆうてるで 」

聴こえる咄嗟な感じの翻訳言葉、ワイの手首を掴んで放さない異人の、
熊の掌みたいな手指を、医者が一本一本引き剥がすようにしながらだった。
異人が喚き言葉を喋ると、怒鳴るよぅな異国言葉で医者が応じる。
ワイが無理な体勢で顔を埋めている異人の腹、喚くたびに大きく揺れるように蠢いた。
暫くはワイを間に挟んで、訳も解らない言い争いみたいな会話が飛び交っていた。


もぉぅコンナン!嫌やっ!堪忍してくれッ!止めんかいッ!
っと、怒鳴り散らしたかった。


ッデ、ワイ、自分の躯が想うように動かせなかったのは、アンガイ素直な異人の、

「ダァ 」 ット

呟くような声が聴こえ、痛いほどの強さで手首を掴んでいた腕とは違う、
片方の丸太みたいに頑丈そうな太い腕を、ワイの背中から医者が重たそうに降ろしたとき、
マッタク身動きできなかった原因はこれかと、漸く気づかされた。

ユックリと起き上がると、寝台から咄嗟な感じで後ろに飛び退いたッ!

つもりが後ろに勢いよく倒れ、激しく背中と後頭部が壁に衝突した。
衝撃音、廊下や他の部屋にも轟いて聴こえそうなほどの音発てる。
押さえつけられ肺に留められていた息が、喉を削るよな音発てて出てきた。

壁際でナントカ踏ん張って立っているワイに医者が近寄り、ワイの両肩に手を置き、
ワイの顔面スレスレまで顔を寄せ訊いてくる。

「チィフ、ナニ預かってるんや?」

「ナッ ナツ! 」

ナニを?っと喋りかけたら、躯が堕ちるように前屈みに為り激しく咳が出た。
喉が痛いほど焼けるその咳のセイで、マタ気づかされた。
異人の腕が背中を圧迫押さえしながら、もう片方の大きな掌の指ではワイの喉首をかぁ!
ット気づかされると此の異人、コンナンするのに慣れてるわっ!
人の息の仕方を、首の絞め方で調整してる!ッ

今までに絶対ッ人をぉ・・・・・


停滞し熱くなっていた血液の流れが戻り、急激な感じで首筋の血管を駆け昇るッ!
暗く狭まっていた視界が多少は明るく開けてくる。
月の銀色な輝きに染まる部屋の中が見渡せるようになってくる。
だけど逆に躯の方がついていかなかった。
自分、背中を壁に凭せ掛けたまま、腰が抜けるような感じで床にと。


「ぁんたらナニ騒いでますんや?」

バァさんが部屋の扉の隙間から顔を覗かせ、訊いてくる。
扉を大きく開きながらバァさんが部屋に入ってくると、横たわるワイを全く無視し、
ワイの面のすぐ傍らを、バァさんの細い足くびが歩いていくのが、横向きの視界の中で視える。
バァさん、寝台に近寄ると覆い被さるようにしながら廊下の方を振り向きもしないで言う。

「お元気そぉやから、ァレこっちに持ってきてんかぁ 」

廊下から、ママぁの声が応じた。

床に崩折れ伏し瞼を閉じて聴くバァさんの声、何処か懐かしげな声やった。


そやけど、ナニを持ってこいやろなぁ?
もぉぅ、コレ以上の面倒ぉ堪忍してくれやぁ!


「先生ぇ、このコぉ大きゅぅなりましたやろぉ 」

「ぉッおぅ!、アイツ(シロタク運転手)がウチに担ぎ込んだ時には驚かされたけどな、直に判ったわ 」


ワイ、バァさんと医者の声で、もぉ此れ以上はないほど遣られた気分になった。
なになん?コノコって誰やねん? 反吐が出そうやった。

「おぃ、其処で吐いたらコッカら叩き出すさかいになっ!」

慌てて口の中に溜まった生唾飲み込んだら、荒れた喉に引っ掛かり再び激しく咳がっ!
今度は我慢なんかしなかったから、喉を焼けつかせながら咳は、限りなく迸り出続けた。
咳で顔が紅潮するのがわかり、熱もつ思考が意味なく空回りする。


自分、ヒョットしたら、後戻りなんかでけへんくらいに、ズッポリとぉ! ッテかぁ?



あの晩みたいな長い夜が 再び訪れてきた。




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堕ちるなら何処までもと

2008年04月11日 01時28分26秒 | トカレフ 2 
   


夜更けた肌寒い晩


午前零時を過ぎた肌寒い晩、知り合いの頑固な医者がやっている、
少人数患者の入院設備しか整っていない、古い小さな街医院を訪ねた。 
其の医院、大正時代の中期頃に、医者の親父さんが開業していた。
建物は、建設当時に流行っていた欧州風な木造建築。

当初、医院が開業された街中では、古い木造の和風建築が軒を並べていたので、
此の病院のような欧州風の建物は、随分と垢抜けた建築物だった。
当時の医者や弁護士などのハインテリ層や、ハイカラ好みの金持ちなんかの間では、
ケッコウモテ囃されていた造りだった。

太平洋戦争の末期に此の街は、深夜の無差別爆撃、絨毯爆撃に遭った。
その空襲の時、延々数時間にも渡って夜の黒い空を埋め尽くすかと群れなす、
超重爆撃機(B-29)の腹から、バラ撒かれるように無数に落とされた焼夷爆弾で、
街全体が炎に包まれた。
一晩で街は、中心部の周りを水濠に囲まれた城郭だけを残し全焼した。
戦後の長い期間、街を挟むように東西で北から南にと流れている二つの河の間は、
見渡す限り一面の焼け野原が何処までもと続き、広がっていた。

医院の建っていた辺りの建物も、軒並み空襲で焼けてしまったが、
医院は奇跡的に被災を免れ、平面な焼け跡に、ポツンっと、一軒だけ建っていた。
だから病院は戦前の面影を色濃く遺し、ナニヤラ一種独特の風格を醸し出していた。

焼け残った戦前のままの古い病院、戦後になって復興された街中の近代的な建築物とは、
医院の南側の二階まで続く独逸風な漆喰壁に残る、空襲時に近所の建物が燃え、
其の炎の高熱を浴び醜く焼け焦げた痕や、濃厚な煤煙で包まれ黒く汚れてしまい、
其れが未だに黒ずんだ染みとなって壁に浮き上がり、随分古めかしく観えていた。
だから病院の建物は、一昔風な随分と時代がかった感じがしている。
夜は未だしも昼間に病院を眺めると、周りの街並みとは甚だ調和が取れずに違和感だらけ。

近所の子供らが毎朝小学校に通うとき、医院の前を通ると、

「マルヤケのがれの〇〇ビョウイン ビョウキしたならキセキデなおすぅ頭のやまいはよぉなおさん」

っと、揶揄ともなんとも取れにくい、囃子を歌いながらだった。



非常灯などの保安設備がなかった古い時代、夜中に入院病棟の暗い廊下を、
懐中電灯も燈さずに歩くとき、物音をたてないようにと随分な気を使いながらです。
為るべく足音や、息を潜めてと歩かなければ為りません。

だけど夜更けた晩に、一癖二癖もある一筋縄ではナカナカな、老獪なトシマ(年増)女らと、
病気以外の目的で此の医院を訪ねると、タイガイろくでもない酷い目ぇに出遭います。
後から幾ら後悔しても仕切れず、後の祭りで如何にもなりません。
幾ら時間が経った後でも想いだし、悔やんで嘆くこと、幾度もと後悔は深くと。


潜めて息する空気中、外科病院独特の消毒薬液以外のなにかが含まれていた。
嗅げば己の精神が侵され、自分でも知らぬ間にと狂気に駆られるから。
心が惑わされ、闇雲に騒いで萎えてしまいそうな何かが、漂っているかと。
其れは常人には無臭ナ匂いだから、魔物に憑かれし者だけが嗅げましょう。
狂いかけた意識でしか嗅げない、そんな厭な臭気が、
暗い廊下の奥の、黒い空気に混ざって漂っていました。


部屋の電燈ガ全部消灯され、陰気な雰囲漂う夜間の入院病棟独り部屋。
部屋の明かりといえば、窓に吊るされし暗幕みたいな重たいカーテンが開け放たれ、
其処から斜めに射し込んだ、月の冴え冴えとして凍えるような
青白きな冷たき光線だけでした。

部屋の中、月の明かりで照らされし白銀(シラガネ)色世界になった部分と、
真っ黒な影絵世界にと、キッチリ区分けされておりました。

眼の前の寝台(ベッド)の上、差し込む月明かりを背に浴び横たわっていた。
異界からの物ノ怪みたいに窺える、大きく絶対に人とは想えない黒き図躯影。
その物躯を眺めていると、マルデえたいが知れない化けモンが寝そべってるようだった。 
モトモト入院患者用のベッド、寝ている患者の診察治療をなるべく傍でしやすいようにと、
患者一人が横になるだけの大きさの作りだから、デッカイ化けモンが寝ッ転がっている様、
子供用の小さき寝床で、四脚の獣が無理な体勢をしながら寝そべっているようだった。

自分の背後、サッキ閉め忘れて薄く開いたままの扉の隙間から、
細い筋となって入ってくる廊下の窓からの明かり、隣のビルの屋上に設置されし、
電飾看板の瞬く薄明かり、月の明かりの陰になっている異人の双眼を射し照らし、
二つの目ン玉が光を反射し、醒めたように青白く瞬き輝く宝石みたいな対の光となって、
黒い影を背景にし、暗さナ中に浮かんでいました。

自分、其の得体の知れない黒影の中に浮かぶ対の、
妖しくも綺麗な青い瞳に魅入られていました。


ジット此方をと見つめくる青色視線、刹那も瞬きもせず見つめてきます。
此の世のものとは想われぬ、青い瞳の背景の大きな黒き影。
マッタク少しの微動もいたさず、妖しげな視線、無音な部屋の向こう側から此方へと、
覗き込むようにと、暫くのあいだ音ナク自分に注がれていた。

微かな物音一つしない静かな部屋の中、寝台の鉄パイプ手摺の向こう側。
窓際の傍ら、患者用小卓に載っている古い電燈スタンドから、
スイッチを入れる小さな音が鳴り、豆電球(補助灯)が点される。
豆電球の光は、スタンドを覆う薄絹製電灯傘のせいで、柔らかな黄色い明かりだった。
だけどそれでも未だ、病室内は窓から斜めに射し込む月からの、
冷たい明かりに支配され、薄暗かった。


燐寸(マッチ)が擦られる音がして、医者の顔が暗さの中に浮き上がる。
黄色ッポイ小さな炎が、ユックリ動いて煙草を銜えた口元に。
手首の一振りで燐寸の炎が消えると、人の影の中に赤い点が浮かんでいた。
赤い点、数度輝きを増したら、溜め息混じりな感じで煙が吐き出される。
月光の冷たく冴えた光に照らされし青い煙、部屋の中をたゆたうように漂います。
其れは、其れ自体が何かの生き物で、意思を持っているかのようだった。

「ナニ戸惑ぉとるんや、コン人とは知らん仲でもないやろも、コッチぃこんかい 」

ット、医者。長年の喫煙で声帯を傷めた、可也なシワ嗄声で話しかけられた。
自分、青い目が閉じられ観えなくなり、蕎麦殻の枕に頭が沈む音がしたので、
ベッドの傍にと近づいた。

「吸わんか 」 煙草の箱が此方にへと、ベッドの向こう側より差し出される。
「貰うな 」 っと、手を伸ばし受け取ろうとしたら、手首を掴まれた。

手首を掴まれた刹那脳裏に、あの晩の国鉄線路内での悪夢ナ出来事が蘇った。
自分、シッカリ眩暈を覚え、膝ドコロカ脚全部、腰から下の力が抜け堕ちてしまい、
後ろにヨロケテ倒れそうに為った。
想わず、もう片方の手でベッドの手摺を掴もうとしたが、遠近の感覚が歪み、
手摺の鉄パイプを掴みそこね、空を握って突くような姿勢のまま後ろにッ!


手首を恐ろしい力で引張られ、前にと態勢を引き戻されたとき、
腹部をシコタマ鉄のパイプに打ち付けさせられた。
其の勢いで、ベッドの中に倒れ込んだら息が出来なくなった。
自分の喉首、突然細くなったような感じで大きな掌の中に納まっていた。

想わずキツク閉じた目蓋の裏で、赤い火花が飛び交うッ!
大きな手首を両手で握り、離そうとしたけど無駄だった。
火花は益々で、目蓋の裏全体が真っ赤な血の色に染まる。
暫く両手の指爪で大きな手首を引っ掻きながら足掻くが無駄ッ!
首を締め付ける力は少しのっ揺るぎも無く、加わったまま。
意識が遠のきかけると、火花が次第に亡くなってゆく。

黒き世界が、我を招き始めくる。

息できない苦しさが、命の最後の穏やかな甘美な感覚に取って代わろうとした刹那、
耳元に異国の喋りが囁かれた。
言葉の意味、ナニを喋ってくるのか解らずも、最後のは理解(ワカッタ)。


「ダワイッ! 」


自分、此れが悪夢ならば、此の侭醒めずに最後までもと。
何処までも堕ちて往きたいと、ツクヅク想いました。

其の方がキッと、此れから先の厄介ごとから逃れられるから。



堕ちるなら、何処までもと。



tokarefu 2




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≪番外地≫

2008年03月11日 13時34分06秒 | トカレフ 2 
   

或る日ワテの連れ合いの、よぉぅデケタ妻サンが 

「おとぉサンッ!少しは動かないと駄目ぇよぉぅ 」 ット。


此処最近の普段のボク(ェッ?ぁッ!ワハハハハハッハハ・ボクヤッテッ!ァハぁハ・ハ・ハハッ)の生活がですよぉ。
ボクとしてはやね、トッテモ怠惰なカナリ素的な状態に首まで、ドップリと浸かったようなんでして、ハイ。

ッデ、それじゃぁ妻としての立場上、一応デモ夫の健康管理に気をつけネバと、ッテ妻サン想いましたとさ。
例へやね、盆暗(ボンクラ)な怠け者なァホぉ亭主でもやで、ッテ。
ッデ、上記のような、禿げましのお言葉をオッシャッタ。

ぁッ!チャウッ、≪励まし≫↑デッセ、ワテ禿げてマヘン!

まぁ本音をやね、言えばやね、ホンネハキッと今からコナイナ怠惰で安易な生き方されてるとぉ・ッチ!ッテ。

≪コ奴はコレカラ先キッと呆ける・ゼッタイ惚ける・ハヤバヤト痴呆になる・ッデ確実に寝たきり状態にナルッ!≫ット。

せんでもえぇ先の苦労は、今から未然に防がなアカンッ!ッテ。

ッデ、まぁ上記の記述はやね、ワタイの勝手な思い込みによる邪推ですよ、ジャスイ。
断っておきますけどなぁワイの妻サン、ケッシテ上記のような嫌味事はゼッタイに想いも為さらないお方ハン。
ワタイが邪推するのも失礼極まるようなコッテスねん。 ェェ、タブンネ・・・タブン

デェ、アマリにも毎日シツコク耳にタコができそうなくらい、健康管理なお言葉をオッシャルので、
先日、歯の治療にとイツモノ知り合いの歯科医院にお世話になりに行くのにね、
愛車のチャリ(ジテンシャ)のペダルぉ、必死のパッチの勢いでコイデ寒い中お出かけしましたよ。
ッデ、ただ行って帰るのもなんだからと其の日は、少しぃ街中をウロウロしてきました。




地下に降りたところに在った、カーブミラー。
コンナンぉ、地下で観ますと、チョット不思議ななぁ・・・・・ッテ



此処は駅前の大通りの地下に在ります駐輪場ですよ。
レンタルの観光貸し出しチャリ(自転車)も置いてます。
ケッコウ大勢の観光客さんが借りていましたよぉ。
まぁ、小さな街ですからね、チャリでのんびりと、アッチコッチと周るのも良いと思いますよ。




此処 ≪トカレフ≫ によく出てくる ≪踏切≫ の現在の姿です。
昔はやね、踏み切りの上の新幹線の高架も御座いませんでしたよ。
ナンにも特徴がない、何処にでも在りますタダノ踏み切りでした。




ッデ、道の右側に国鉄の線路があり、駅の南に渡れる歩道橋の下辺りから駅までの狭い間がやね、
≪番外地≫ が存在してた場所で、陸橋の真下から少し駅よりに ≪バァさんの店≫ が。

道路もね、コナイに御立派な道やなかったんですよ。
簡易舗装の、片側一車線の道幅でした。




ッデ、道のコチら側のビルの下辺りでお眠り中の剛の者ハン。
昔も今も ≪ツワモノ≫ はイラッシャルッ!

コの、お師匠ハン、トッテモ幸せそぉなお顔ヤッタッ!

身なりもサッパリとして清潔そうやから、浮浪者じゃぁオマヘン。
チョットお酒を召されて、少し此処らで休憩中ですんやろなぁ。


モットイッパイ懐かしさに逢いましたんやけど、マタ今度。


ホナバイバイ


    

苦い酒

2008年03月01日 15時26分08秒 | トカレフ 2 
  


「バァさん、ほなそぉゆうことやで、なッ 」
「わかった、そやけどアンタしだいやからな、あとで知らへんゆわんときや 」

縄澤、覆面パトのドアを開け、バァさんの顔を暫く見つめてから邪魔臭げにぃ

「シツコイわっ、何遍も言わんかて判っとるがな 」 っと。
「アンタの約束、空(カラ)が多いさかいにな、念押しや 」

縄澤、助手席に乗り込もうと身を屈め、片足をクルマの中に入れかけていたが、
その動きを止めそのままの姿勢で、ドア窓のハンドルを回しガラスを下げ始める。
ッで、開いたドア枠から何かを言いたげな様子でバァさんを見上げ、
躯だけを滑らかにと助手席にもっていき、ドアを閉めながら座った。

「バァさん、アンタに似合わんこと言うてるで 」
「なんがやねん?」
「・・・・歳ぃいったなぁ、アンタもぅ 」

パトのタイヤが勢いよく舗道の縁石から降りると、車体が大きく揺れた。
エンジンが甲高く唸り、後輪が勢いよく回転すると悲鳴みたいな鋭い音がする。
タイヤゴムが焦げる臭いのする青い煙りと、ガソリンが燃焼する濃厚な排気ガスの臭いを残し、
踏み切りを渡らずに西に向かい、私鉄電車の高架橋下の向こう側、暗い中に走り去ってゆく。

バァさん、暗さな中に消えゆくパトの後部ランプが、完全に闇に溶け込んで観えなくなっても、
暫くその場に立ち竦んで暗い向こう側を眺めていた。
っで、薄い肩を萎むように落とし、背中を丸めて大きな溜め息を吐く。
サッギで意識して緊張感を保っていたバァさん、張り詰めていた緊張の糸が切れ、
必死で堪えて詰めていた精気、急に躯から抜け堕ちた。
自然と膝頭から力が抜け、地面観て歩く脚が棒のようになり、また立眩みがするのかと。
俯き加減で下見て歩いていると、頭の中が悔やみな想いで満杯に為ってくる。
胸の心は何処にも、もって往き場のない懊悩で溢れかえっていた。

「もぉえぇわ、もぉえぇ、コンナン堪えたってほしいわぁ、今ごろに為ってっなんやねんッ! 」

我知らず、愚痴の小言が自分でも気づかずに、自然と口に上ってくる。

疲れ果て座り込みたいのを如何にか我慢したバァさん、暗い敷石舗道に散らばって、
星明りで輝くガラスの破片を厭な音たてながら踏みしめ、店に戻った。
店内に飛び散ったガラスノ屑を箒で掃いたりして跡片付けをしていると、
ガラスが無くなった引き戸から、表の冷たく凍える夜風が吹き込んできた。
その寒さのせいか背中から腰にと、刺すような痛みが奔る。
そして、今まで感じたこともない惨めな想い、心の中にぃ重たく居座ってきていた。

「官憲になぁ、今さらなぁ、縄澤のァホに世話にぃならなァカンのんかなぁ・・・・・」

バァさん腰を曲げて流し台の下を覗き込み、以前からそこに納めて在った、
封を切っていない、まッ更な一升瓶の首を掴んで持ち上げた。
薄暗い裸電燈の下で瓶の商標を眺め、まだガラス屑が載ってる木の俎板の上に置く。
後ろの棚から湯飲み茶碗を取り出し、割烹着の裾で軽く拭って、黄色っぽい電燈明かりに翳す。
拭き具合を確かめるように見つめ俎板の上ニ置くと、湯飲みの底からガラスを擦る厭な音。
仕方がないので湯飲を右手で掴み、左手指の爪先で一升瓶のコルク栓の封紙を剥がすと、
唇を歪ませて捲り上げ、剥き出した犬歯で瓶のコルク栓を銜え抜き取った。
バァさん、横向いてコルク栓を吐き出し、瓶の首口に鼻孔をもってゆき、酒精の匂いを嗅いだ。
暫く眼を閉じ匂いを嗅ぎつづけ、目蓋をユックリと開けると、頷きながら小さく呟きました。

「何時以来なんかなぁ 」

っと、ナンカを懐かしむような、シミジミとした口調でした。


湯飲みの中身が、残らず咽喉の奥にと流れ落ちても、
湯飲みを銜えた顎は上がったままで、下には降りてきません。
上向いた口元から、酒の雫が首筋にと流れ伝った細い跡、
黄色い電燈明かりに照らされ、金色に濡れた細い道にぃ為っていました。
それからは、何杯か立て続けに呑み下しました。

幾杯目かを呑んだ頃、近くの踏切から遮断機が降りる警鐘音が聞こえてきます。
耳を澄ませば遠くで、汽笛が鳴るのが判りした。
汽笛の音は、次第に近づいてくるのか、ハっきりと聞こえ出します。


バァさん突然しゃがみ込むと俯いて、濡れた口元を湯飲みを掴んだ手の甲で擦り、
頬に溢れる涙を伝わせ、堪え切れずな嗚咽混じりで喋ります。

「ぁんたぁ、スマンよぉ・・・・ゴメンよぉウチぃ堪えきれづに飲んだんチャゥンやでぇ 」

細く念仏を唱えるようなぁ、哀しみ啼きでした。


店の裏側の線路から、始発列車がユックリと国鉄駅のホームに入る合図の汽笛、
甲高く鳴り聴こえると、バァさん益々背中を震わせの啼き声でした。


始発が出発し随分経ってから、漸く立ち上がったバァさん、
少し明るくなりかけた表を見て、こぅ想ったそうです。


 明けは、もぅすぐやなぁ・・・・・





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終わりにしたい夜

2008年02月18日 15時33分37秒 | トカレフ 2 
   


バァさん、眼の前の縄澤の背中に向かって喋った。

「アンタが来んといてほしかったわ 」
「ソラ済まんかったなッ 」

縄澤、振り向きもしないで応える。

「ぉいッ!もッとコッチの方ぉ写さんかい 」

道の真ん中で若い刑事が蛇腹式カメラを構え、ヨッパライが暴れたことに為ってる現場を写していた。
その縄澤の後輩刑事、縄澤が指差す方に動くとき、道路に飛び散った硝子の破片を踏みながらだったので厭な音がした。
暗い夜にカメラの強烈なフラッシュが瞬き眩しい発光、ガラスの破片が飛び散った路面を舐める。
バァさん、辺りは昼間よりも明るく為るなぁ、っと感じた。
光の眩しさに反射神経が刹那で反応し、目を瞑ると残像が目蓋の裏で蒼白く輝いた。
若い刑事、一回写すたびに慣れた手つきでフラッシュ電球を交換する。
それを観ているとバァさん、昔ぃおんなじようなコトしてる光景みたなぁット。
ナンや知らんけど今夜は、昔を想いだすことがよぉけ起きるなぁ、とも。

もぉぅ疲れてしもぉたわ、ワテ。 と小声呟き。
今夜はコレで、サッサトお終いにしたいなぁ、っと想い縄澤に声を掛けようとした。

「縄澤ハンッ!」

後輩刑事が懐中電灯で舗道の敷石を照らし、声を掛けてきた。
バァさん、喋りかけた言葉を飲んで言いそびれる。
縄澤なにかと、視に行こうとして一歩踏み出す。

バァさん、縄澤ノ背中を見ながら若い刑事が敷石を指差すのを、目の隅で盗み見ていた。
若いのが敷石地面を指差す意味、何かと感じ取るとバァさん、
慌てて心が動揺したのを男たちに悟られないようにと、何気を装って縄澤に言う。

「もぉぅこんでえぇんとチャウんかぁ?なぁ 」

被害現場の写真を撮り終えるのを待てずに、ッとの雰囲気で縄澤の背中に訊いた。
縄澤振り返ると、バァさん両腕を腰に当て、縄澤の目を覗き込むような姿勢だった。

被害現場の写真を撮っている縄澤と若い刑事を如何にかして、早く帰るようにしなければ。
今夜、苦労して色々と絵空事を描いたのが無駄になる。

何とかしないと・・・・・ッチ!

ット、バァさん心で舌打ちすると、コレじゃぁカキやん(某倶楽部のチーフ)の真似事やでッ!
我知らず想わずなで、バァさん自然と含み笑いをしてしまう。

「バァさん、ナニが可笑しいねん?」
「ナニがて、唯のヨッパライの騒動ごとやのに、エライ念入りなんしますんやな想うたからやないか 」
「その、念入りなんせんかったら、後でワイらが下手打つがな、違うか?」
「そらぁそやなぁ・・・・・」
「なにかぁ?あんたぁ、ワイらが念入りにしたらなんぞ困ることでも在るんか?」
「ぇッ!ナッなにもあらへんわいな 」

バァさん想わぬ優しげな、縄澤の猫なで声のツッコミに驚き、返答に詰まる。

「ところでなバァさん、ナンや聴かなんだか?」

縄澤、キッチリ無表情な能面顔して、バァさんの顔を透かし診る窺い言葉。

「なにおや?」
「聴いたヤツがおるんやけどな 」
「・・・・なに言いたいねん 」

縄澤、バァさんの質問に答えず、暗い眼差しで見つめてくる。
ッデ、目線をバァさんの顔から逸らさないで、おもむろに上着の懐に手を入れた。

「ぁんたッ、ナにしますんやッ!」
「なに虚(ウロ)ってるんや?」

縄澤、笑わない眼で、口元をほころばせながら喋った。

「ナッなんもないがなッ!」

縄澤、ニヤついた顔をバァさんの面に近づけながら懐からユックリと手を抜く。
指の先まで細い針金みたいな鋼毛な黒毛で覆われた手には、煙草の箱が握られていた。

「チャカでも出す想うたんか?なッ!」
「想わんわッ!」
「ホナ、ヤッパかぁ? なッ?」

バァさん、再び言葉に詰まりなんと言おうか迷った。
縄澤、益々大きな顔を近づけてくる。
バァさん自分の心が怯んでくるのが判り情けい物、胸イッパイに広がった。

「縄澤ハン、血ぃでっせ 」

マズ、縄澤の首だけが、後輩の声がした舗道を見ようと後ろ向きになる。
バァさん、必死で堪えていた縄澤の視線の呪縛から開放され、ユックリト息を吐き出す。
縄澤の躯、左足を軸にして踵を返す。
上着のポケットを弄りながら縄澤、後輩に向かって歩く。

バァさん、意識と躯がスッカリ疲れてしまい、荒れた店先に椅子も持ち出し座った。
刑事ふたりは互いの首を、懐中電灯に照らされた敷石寸前まで近づけ、
小声で話し合っていた。

縄澤、地面を観たままで喋ってきた。

「バァさん、コッチに着てか 」
「なんやねん、もぅシンドイがな 」
「済まんけどな、コッチ着てんかッ!なっ」

仕方がなかったから立ち上がると、疲れ過ぎたのか本当の眩暈に襲われた。
突然、夜を観ている視界に星が飛び交い、直ぐに真っ暗になりかけたので、
慌てて両の手で椅子を弄り触って、ストンっと腰を椅子に落として、座り戻った。

「アカンッ!」

バァさんの悲鳴に男ふたり、同時に顔を上げバァさんを観た。

「どないしましたンや?」 若い方が不思議そうに。
「ナンや、顔色わるいでッ!」 古参刑事が、顔に似合わん心配声で。
「立眩みやわ 」
「なんやそぉか、ホンマニ心配させなや、ぉい、手伝ぉたり 」

若い方がバァさんに近づき、バァさんの後ろに廻って両脇に手を添えて立たせた。

「アンタぁ年寄りを労わらんのんか?」

バァさん縄澤に向かって、恨めしそうな声で訴えた。

「ァホかッ! 冗談やないで、あんたがそないなもんで参るかいな 」
「ウチかて女なんやで、ァホにしないなッ!」
「ゴチャゴチャゆうてんと、コッチャ来いな 」

若い刑事が、バァさんの腕を握って付き添うのを、肘を振って断り歩き出す。
歩きながらバァさん、縄澤の尋問にどないして言い逃れしようかと。

『コイツはホンマニ厭らしいぃヤッチャッ!ダボがッ!ボケがッ!クソっが!死に晒せッ!』っと。

一歩進むゴトに、壊れてしまいそうな心で、一言づつ毒突゛く。

「バァさん、儂が憎いわなぁ 」
「ぁあッ!モノゴッツ憎いでッ!」

縄澤、ヤッパリなぁと頷き、視線を地面に戻しながら訊いてきた。

「そぉか、ホンデ此れな血ぃやろ?」
「なにがや?」
「よぉぅ観んかいな此処 」

懐中電灯を促すように揺すり、明かりで地面の敷石の継ぎ目を照らす。

「ワテ、目ぇ悪いさかいに見えまへんなぁ 」
「バァさん此処、あろうた(洗った)んか?」
「ヨッパライが反吐はいたさかいにな、汚いさかいに水流したんやで 」
「ヘドぉ吐いたぁ・・・・」

っと、縄澤が怪訝そうな声をだしたので、バァさん背筋が寒くなった。
なんや、なにがおかしいねんッ! っとバァさん必死でナニも感じない風な顔作り。

「あんなバァさん、ヘド吐き戻すほどのヨッパロウタ人間が、コナイニ暴れられるんかッ?なッ!」

縄澤、顎をシャクルようにしながら喋り、周りの嵐の跡のような有様を示した。
その声の静かさ、犯罪容疑者の胸の中で、決して言い逃れが出きるものかと。
言い聞かせるような喋りかただった。

バァさん弱気に心が遣られかけ、ヤッパシぃ、ソロソロ罰が当たる頃合なんやろかなぁ、っと。

「ワテなぁ、被害者なんと違うンカァ・・・ぇッ!」 

突然、バァさんを見上げる縄澤の顔が明るく照らされた。
バァさん、振り返ると白タクが少し離れた舗道に乗り上げかけていた。
ッチ!ァホがッ!帰ってコンでえぇのにッ!ダボがぁあッ!

ドアが勢い良く開き「 バァさん、お礼にぃイッパイ呑ませぇやッ! 」

っと言いながら白タクから降りた運転手、バンッ!と派手な音させドアを閉め、
此方に歩きかけたら、縄澤らふたりの刑事に気がついた。

「ぁッ!旦那ぁ・・・・」
「ナンや、儂が居ったらアカンのんか、コラッ!」

縄澤、羆が獲物を狩るために潜んでいた藪から出てくるような感じで、ユックリト立ち上がった。

バァさん、もぉぅ!どないでもせんかいッ!
焼け糞気分、満杯やなぁ! アカンわっ!如何にもならんなぁ、っと。
それでもバァさん、俯き加減で如何にか為らんもんかと必死で思案。

「ぁッ、逃げよるッ!」

若い刑事の大声でバァさん、顔上げると運転手が白タクのドアを閉めるところだた。
直ぐにエンジンが唸り、車はバックで国鉄駅方面に逃走し、それを後輩刑事が走って追う。
車はロータリー辺りで急停車、変速ギアを前進に叩き込だ、ギアが噛み合う金属音が響いた。

アクセル全開で、タイヤ鳴らして急発進ッ!

車はそのままヘッドライトモ燈さないで駅前大通りを北に向かって、お城方面に走り去る。
追っていた若い刑事が、肩で息を喘がせながら戻って来るのを、少し離れた所で縄澤が迎えた。
バァさんが観ていると縄澤、後輩の肩に腕を回し耳元で何かを喋っていた。


「バァさん、ヤッパシなんぞ聴いたんと違うんか?」
「ワテがナニ聞きますねん 」
「サッキの車なぁ、誰かを此処で乗せたんとチャウんか?なッ!」
「あんたぁ、ナンデそないにワテに訊きますねん、なぁ?」
「バァさん、アンタしかおらへんさかいや 」
「ワテぇ?がぁ、ナにしたゆうねん、なぁ?」
「撃ち合いがあったゆう一報が入ったんや 」

「ぇッ!・・・・」

バァさん、息を呑んでしまいました。

「夜行の貨物列車の運転手が、此処の駅を過ぎて直ぐに発砲の光ぃ観たゆうてな 」
「何時ぅ?」
「列車の運転手が次の駅で停まったときに、コッチの警察に連絡しろゆうてなぁ 」
「・・・・ほんで?」
「儂らが此処に来ようとして署を出かけたら、バァさん所でヨッパライ騒動やろッ偶然か、なッ?」

「ナンゾの見間違いちゃいますのん?」 

「違うな、その人なぁ戦時中に向こうで(大陸で)満鉄の汽車の運チャンしてた人でな、夜中に高粱畑ぇ走ってたら、よぉぅ馬賊に襲われてたそぉな、警備で乗車してた鉄道守備隊との撃ち合いを何遍も観てるさかいに、絶対にぃ間違いないゆうてるそうやでッ 」

バァさん、嘘は吐けば吐くほど、ドンドン深海に嵌まって、沈み込むなぁ、っと。

「血ぃ、誰のんやねん? なッ?」

小声で訊いてくる縄澤の顔、暗かったけど想像できるなぁ、っと。
キッと、地獄の閻魔サンみたいな、お顔ぉしてますんやろなぁ、っても。


バァさん、ホンマニ忘れた頃にぃ、罰は当たるもんやわっ!ッテ。





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幻の国の 任侠女の為れの果て

2008年01月31日 01時31分57秒 | トカレフ 2 
   


深夜に知り合いの医院に電話をしたら、医者の奥さんが出た。
受話器の向こうから不機嫌な声で、旦那はただいま大鼾で熟睡中だと。
バァさん、そこをなんとかお願いします、とっ猫なで声で泣きついた。
モシカシテ、頼みを聞いてくれなかったら、駄目もとで怒鳴り散らしてでもと思っていた。

「仕方がないはね、あなたの頼みなんだからぁ 」
 
ッデ、起こしてみると。

受話器を耳に押し当てつゝ待つ間、照明を落として薄暗く、、人気のない駅構内を見渡した。
壁際に公衆電話機が並び、隣との仕切り板越しに振り返ると待合室には、
緑色ペンキも所々禿げかけ、傷跡だらけに為ってる無人の木の長椅子が並んでいる。

バァさん、それを不思議な物を見ているような感覚で眺める。
今まで、近くで商いしてたけど、コナイナ晩い時間に此処に着た事はなかったなぁ、っと。
なんだか初めて観るよぉやなぁ、寂しいなる風景やなぁ、バァさん心がシンミリする。
機関車の吐き出す煤煙で、煤けたように薄汚れた高い天井の大きな部屋には、
物音一つしない、ヒッソリトした静かな雰囲気が満ちていました。

バァさん、この静かさは、今の自分が置かれている身の周りの状況だと、
なんだか心寂しさに包まれているような感じに為ってくるわぁ!っと。


寝ていたところを無理に起こされ、不機嫌の極みな医院長に怒鳴られた。

「コナイナ夜中になんの用やッ!いくらあんたの頼みでも、コナイナ時間やったらロクデモないコッチャロッ!」

ッと、大きな嗄れ声で一気に捲くし立てられ、怒鳴られた。

「寝起きでそんだけ元気なら、アンジョウやってますんやなセンセェ、ゴリッパなこって 」

ッデ、緊急事態で今そちらに向かってる。っとバァさんが無理強い。

「そぉか、ホナ待ってるがな ホレ 」

受話器を奥さんに渡そうとしたのだろうが、直ぐに喋りだす。

「アンタは来ぃひんのんか?」

「ウチは店がおますがな、〇〇が乗せて行ってますよって、門を開けといてんか、お願いしますな 」

「アイツが来るんか、アイツなぁ・・・・・」

「せんせぇに不義理してるゆうてましたわ、ワテに謝っといてくれッテ 」

「判った、そぉかぁアイツがなぁ、そりゃ楽しみや ホレ 」


暫くは、奥さんと互いの近況報告しあって、電話を切った。


バァさん、一息ついたような顔して、火の点いてない煙草を前歯で噛んで駅から出てきた。
歩きながら割烹着のポケットからマッチを取り出しかけたら、何かを想いついて、フトッ立ち止まる。
ッデ、慌てたようにもう一度、駅構内に小走りで戻り、公衆電話機の受話器を掴む。

「モシモシッ!ヨッパライが暴れてますねんッ・・・!ハァ?何処って?駅前ですぅ・・・」

言葉での嘘ゴト絵描きは、バァさんにしたらそんなに難しくはなかった。
昔はモット、厳しい状況下で喋ったもんやったなぁット、ツクヅク想いながら店に戻った。

カウンターで斜めに為ったままの、割れ硝子引き戸を掴んで歩道の側に倒す。
未だ割れずに残っていた硝子が割れ、粉々な破片が舗道や道路に飛び散り、
それが店の明かりで輝き、黒い道の上に星屑が広がった。
ガラスノ破片を載せてる木の腰掛を幾つか掴み上げ、同じように舗道側に投げた。
カウンターの中に戻り、中身が入った数本の一升瓶とビール瓶や、その空瓶も道に向かって投棄した。
幾枚かの皿や、鍋と蓋も顔を上げずに、落ちる先を視もしないで投げる。
コップと徳利も投げると、今度はバァさん、自分の着ている汚れた割烹着の懐から取り出した。

露西亜製の、デッカイ軍用拳銃。

異人の死にぞこないの男が、運転手に狙いを定める寸前で取り上げたブツだった。
バァさん拳銃を、細かい硝子の破片が、タクサンくっ付いてる俎板の上に載せると、ジッと見つめる。

ばぁさん、呟いた。

「今ゴロになって、なんでまたこないなん視なアカンねん・・・・・」

銃把を握り持ち上げると、何回か上下に揺すって重さを手計してみる。

『 モーゼルよか(ヨリモ)、軽いかぁ・・・・ 』

っと、若い頃に大陸で、命を託して手に馴染ませ使い込んだ重さを想いだし、
ひと時、忸怩たる想いにかられた。
心が郷愁で包まれてしまい、もの哀しいもので胸がイッパイニ為ってくる。
ばぁさん、顎を上向かせ、なにかを堪えて目を瞬き、鼻をヒト啜りした。

銃の上側、遊底部分の空薬莢排出孔に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
直ぐにばぁさん、眉間に皺を呼び眉をしかめる。
一度銃を腹の辺りまで下げ、口元をキツク結び一文字にして銃を眺める。
再び持ち上げると銃口に鼻を近づけ、鼻からユックリト息を吸い込んだ。

「ヤッパシするがなッ!(硝煙の匂いがッ!)」

それからのバァさんの手捌きは素早かった。

右手で握った銃把から弾倉を、左掌に落とすように抜き取る。
左手で弾倉を握るとそこから覗く、ドングリみたいな弾頭がクッツイタ銅色薬莢の弾丸を、
次々と菜箸で押して全部の弾を弾倉から丼の中に落とした。
銃身で、おでん鍋の中を掻き回し、隙間を作ると銃を鍋に沈める。
出汁で濁った中に沈めたので、拳銃が見えなくなる。
丼の中の弾丸は、布巾代わりの乾いた日本手ぬぐいで包むと、
流しの下のゴミバケツの残飯の中に突っ込んだ。

「ババァ!どないしたんやッ!」

突然の大声だったので、バァさん驚いてしまい、蹲っていたけど立ち上がった。
表にオート三輪トラックが、発動機音もなく停車していた。
遠くでエンジンを切り、惰性で近づいてきたのだろう。
助手席の男が此方に顔を向け、運転席の男が助手席肩越しに声を掛けてきていた。

「ババァ、なんぞ騒動あったんかッ?」

「ヨッパライやッ 」 ット、カウンターの中から怒鳴り返した。

「どいつや?」

「知らん客やッ 」

「飯ぃ喰わせや 」

「ぁほかッ!コナイナんで(こんな状況で)喰わせろゆうて、アカンッ!いねッ!(帰れッ!) 」


「ァホぉ・・・・コラッ!客やぞッその言草はないやろッ!」

ット助手席の男が言いながら、三輪トラックから降りようとするのを、運転席の男が肩を掴んで止めた。
バァさん、男たちが店の中に入ってきたら、小細工した苦労が駄目に為るので、慌てて店の前に出る。

「アンタら客やないッ! 悪いけどなッ ウチんとこにわコンといて欲しいねんッ!」

「なんやとッ!ババァや想ぉて手加減しとんのに、舐めとんかッ ワレッ!」

「アンタらウチの趣味やないッ!サッサトいなんかいッ!」


「ばぁチャン、どないしましたんやッ?」


突然の声の主を、三人が同時に首を動かし視る。
硝子の破片が散らばってない近さの舗道で、駅前交番の若い巡査が自転車に跨っていた。
巡査、自転車から降りると、その場に自転車のスタンドを立てながら喋る。

「ヨッパライやゆうて、本署から連絡がありましたんやけど、どないですのん?」

話しながら近づいてくるとき、硝子を踏みしめる厭な音がした。

「ぁ~、どぉもおぉきにですぅ、ご迷惑をお掛けしますなぁ 」

「ばぁチャン、ワザワザ本署に言わんでも、すぐ其処に交番があるやろぉ 」

「ホンマやわッ! そぉやったなぁワテ慌ててしもうてぇゴメンしてなぁ、、すいませぇん 」

「ぇえがなもぅ、ッデエライ目ぇにおぉた(遭った)なぁ!」

「もぉぅ凄ぉおましたんやでぇ!」

「そぉやろぉ、この有様みたら判るでぇ!」

「もぅワタイ、ホンマニぃ恐かったんデッセェ!」

「モソットはように、警察に知らせんとアカンでぇ 」


「アンサンら、なんですのん?」

巡査、突然オート三輪を振り向きながら訊く。

助手席の男が、「ワッ儂らぁ、メッ飯ぃ喰わんなん思ぉて、なぁ 」ット、運転席に同意を求めた。
オート三輪のふたり、この場から離れるタイミングを逸していたので、応えに詰まった。

「今、コナイなんやからッテ、アカンゆうてましたんですわ 」

「残念やったなぁ、あんさんら 」

「ホナ、ワイら帰りますわ、ババァ、ぁッチャウ!バァさん元気だしんかな、ホナまたな 」

「へぇ、おぉきにでしたなぁ!此れに懲りたらもぅコンでよろしぃでぇ 」

発動機が動き出すと、青い排気煙がたちガソリンの燃える匂いがした。
男ふたりはキッチリ前を向いていたけど、奥歯を噛み締めているのが暗い中でも見て取れた。


「〇〇さん、アイツらになんぞ因縁でも吹っかけられましたんか?」

交番巡査、男ドモが消えると言葉使いや態度が改まり、丁寧な対応になる。
バァさんも、同じように為った。

「かましません、あんなんドナイでも為りますわ 」

「今ぁ被害届けだしはりますか、ナンやったらもぅ晩いさかい明日でもよろしいけど?」

「明日にしてもらえたら、嬉しいんやけど 」

「そんなら、この状況ぉ写真に撮らなあきませんねん、カメラ持ってくるように本署に連絡しますわ 」

「ご迷惑をお掛けしますなぁ!」

「このまま、片付けないで置いといてください 」

巡査、ユックリト自転車漕いで立ち去った。

その後姿を見送るとバァさん、緊張の糸が切れたのか、立眩みがして躯がヨロケル。
右足でたたらを踏むと、履いているゴム底の長靴が何かで滑ってしまう。
敷石地面を見ると、外国人の躯から滴った血が固まりかけ、血糊になったので滑ったようだ。

水を汲み置きしてるバケツを両手で提げてきて、ボコボコに形が崩れた柄杓で血糊に水をかける。
乾きかけの血糊は、ヤッパシなかなか融け難いわ、もぉうコナイなん厭やでッ!
あん時で十分やのに、今頃になってナンでこないな目ぇに遭わんとアカンねん、ダボがぁ!

ット、自分でも知らずに愚痴が、吐いて出てくる。

血糊に水をかけると長靴のゴム底で擦る。それを何回も繰り返す。
血の汚れは敷石の継ぎ目ぇの中までは、ナカナカ取れなかった。
仕方がない、ソヤケドこんなんでえぇやろも、ット想ったところで車が舗道に斜めに乗り上げた。
白タクが帰ってきたと想い、バァさん顔を上げると違っていた。

覆面パトが乗り上げていた。

直ぐに両方のドアが開き、助手席からはカメラが入った革のケースを持った縄澤が

「騒動やってなッ!罰でも当たったんかぁ?」 ット言いながら降りてきた。


バァさん、そおかも知れんなぁ、あん時の罰かも知れんなぁ。

っと、心底から想ったそうです。


ッデ、もぉぅ、忘れたと想っていた、人が背負いきれないものは、
何時かは其の重みで、心が参るんやわぁ・・・・・と。