此ノ晩 昔ノ出来事 語リマショウ
何故ナラバ 過ギ逝ク年月 忘却ォ育テテハ クレマセンデシタカラ
或る晩君は、男言葉でボクの背中に
「なぁ どうだったんだよぉぅ? 」 っと。
其の言い方、ナンだかボクには聴き慣れなくッテ、耳に馴染めなかった。
「どぅよ? 」
ボクは聴こえないふりして、聞き流しました。
君、今までそんな喋り方、致してましたか?
そのとき、仄暗い四畳半の部屋の空気、心の重さで眺めれば
黒曜石の表面みたいに、綺羅綺羅と艶黒く輝いてました。
二人、ボクと君。 何時もの普段の感じ じゃぁ無くなっていました。
夜に向けて、開け放たれた窓から、遠くの夜汽車の汽笛の音
二人の此の先を、なんだか暗示するように細く長く っと微か聴こえ。
暗さな夜の雨間近な匂い、音ナイ穏やかな微風に乗って
冷たい冷気と共に、部屋の中にと忍び入ります。
降るかもっと、雨の匂いに感づけば、二人の別離
明け方になると自然な感じで、遣って来るかと。
湿気た空気が、そぉぅ醸し出していました。
「いつかまた 何処かで逢えるかなぁ 」
「 どぅして 逢いたい ? 」
「じゃぁ君は どぉよ 」
「ボクは どっちでも 」
「!・・・・・そぅなんだぁ 」
言葉の続き、傍にと近づく肌の温もりで、消え入りました。
部屋の暗さは、君の表情を隠していました。
男言葉が、君の心を物語っていたようなぁ・・・・・
っのかもっと、今では。
タブン此の時、暗い部屋の黒い空気の中を、童な顔の妖精が舞っていたかと。
視えぬけども、手で摑まえられないけれども、確かに小さな妖精たちが。
蜻蛉の羽みたいな、背中の小さな透明の羽、震わせて。
「ねぇ、何か聴こえたぁ? 」
「ナニ って? 」
「ブゥ~ッて 羽音みたいなぁなにかぁ 」
「虫が飛んできたんだろぅ 」
「ねぇ コッチぃ向いてよぉぅ 」
君の指、ボクの背骨にそって腰にと、微かなぞり。
ボクは眠たいフリして聞きました。
「明日はぁ 何時 ? 」 っと
そしたら気だるげに 君
「気が向いたらで いぃよぅ 」 って
「キップ ちゃんと買ってる ? 」
「・・・・・ヤッパリ 別れたいんだ 」
「そぉじゃないよ 」
「じゃぁ なんだよぉぅ 」
「・・・・・ 」
本心を口には出来ませんでした ≪今でも好きだよ≫ と。
無理にと言えば、喋れば、嘘が奔り出します。
何処までも、何処までも。
タブン、吐き通せない。
嘘なんかッ!
背中に、二つの柔らかさな暖かさがッ!
そぉぅっと、押し付けられます。
そして、柔らかさな熱が、優しく背中全体にぃ!
背中の、飢えてた肌が憶えている
優しいぃ柔らか記憶。
今でも。
ボクの前にと伸びてきた君の腕、ボクの胸板、這いました。
掌の心地好い冷たさ、お腹までもと、這いました。
ボクの耳元で、小さな羽音が鳴りました。
微かに、掌が微かに、肌を這うように。
羽音がね、微かに。
汗で湿った褥の、衣の磨れる音鳴らしボクは
君の方にと躯の向きを直すと、君がボクの唇に触れました。
生暖かな柔らかさな君の唇、迎えてきました。
妖精は、何かに怯えて逃げ惑いそうでした。
そぉぅ、明日の何かに。
憶えています事でしょうか、明日の、あの時まで。
いつものっと、戯れな慣れが、指で遊びました。
ボクの肌は、敏感に為ってきています。
君のせいで。
君の心は、熟れには着いて来ていません。
不惑な、ボクのせいで。
意識の中で妖精、何かに怯えていました。
逃げ惑うように、空中を輪舞する羽音、ボクの耳にと届きました。
ボクは其の音、耳で眺めてから、怯えの甘さを、コヨナク味わっていました。
「見送りにぃ 来ないんだ 」
「ぅん 忙しいんだよ 」
「そぉぅ 」
君の、ボクの背中に廻した腕の圧迫、強く為った。
ボクの背中で、妖精たちが蠢いてました。
汗交じりの皮膚感覚、鋭きまでのぅ熱感覚。
這いずり廻る、むず痒い程な快楽と、無限なと堕ち逝く失望感。
ドッチ着かずな、もどかしさ、深まる堕落感。
嘘が凄くな感じで、二人の仲にぃ入ってきていました。
窓の中に観得るは、降る雨の、稲妻に染まって輝く暖簾な雨筋。
窓の敷居乗り越え、冷たき冷気塊、二人が同衾し繋がってる褥までもとぅ。
汗が冷やされてきます。
冷たさぉ凌ぐ為にと二人 モット! っと抱き合いました。
幾つかの妖精、激しき愛撫に酔って、疲れて羽が止まってしまいました。
雨は、通り雨。 愛撫は一夜の物語。
ポトリ っと、堕ちてしまいました。
ポトリ って、堕ちてから、悔やみな物が胸のなかで
限りなく広がってきました。
地面濡らす雨音、羽音を殺しました。
「着てくれないってぇ ! 」
「泣くなよ 時間が空いたからなぁ 」
「・・・・ついでなんだぁ 」
「ぅん 仕方がないだろぅ 」
「嬉しいよぉぅ ! 」
列車の窓辺に置いた、ボクの手の甲、君、優しげにぃ撫でてくれてたぁ !
発車のベルの響き、駅舎中にぃ渡りました時。
ボクの手の甲に、濡れた君の頬、押し付けられてた。
ボクは此の時、初めて知りました。
寂しさは 頭の中の意識が憶えるんじゃぁなく
胸の中で、強烈にぃ感じるんだぁ !
悔しさも、同じようにぃ、胸の中なんだぁ !
っと。
遠のく列車、見送りながら想いました。
もぉぅ、妖精もぅ、何ッ処かにぃ逝ってしまうなぁ
って。