【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

幻の国の 任侠女の為れの果て

2008年01月31日 01時31分57秒 | トカレフ 2 
   


深夜に知り合いの医院に電話をしたら、医者の奥さんが出た。
受話器の向こうから不機嫌な声で、旦那はただいま大鼾で熟睡中だと。
バァさん、そこをなんとかお願いします、とっ猫なで声で泣きついた。
モシカシテ、頼みを聞いてくれなかったら、駄目もとで怒鳴り散らしてでもと思っていた。

「仕方がないはね、あなたの頼みなんだからぁ 」
 
ッデ、起こしてみると。

受話器を耳に押し当てつゝ待つ間、照明を落として薄暗く、、人気のない駅構内を見渡した。
壁際に公衆電話機が並び、隣との仕切り板越しに振り返ると待合室には、
緑色ペンキも所々禿げかけ、傷跡だらけに為ってる無人の木の長椅子が並んでいる。

バァさん、それを不思議な物を見ているような感覚で眺める。
今まで、近くで商いしてたけど、コナイナ晩い時間に此処に着た事はなかったなぁ、っと。
なんだか初めて観るよぉやなぁ、寂しいなる風景やなぁ、バァさん心がシンミリする。
機関車の吐き出す煤煙で、煤けたように薄汚れた高い天井の大きな部屋には、
物音一つしない、ヒッソリトした静かな雰囲気が満ちていました。

バァさん、この静かさは、今の自分が置かれている身の周りの状況だと、
なんだか心寂しさに包まれているような感じに為ってくるわぁ!っと。


寝ていたところを無理に起こされ、不機嫌の極みな医院長に怒鳴られた。

「コナイナ夜中になんの用やッ!いくらあんたの頼みでも、コナイナ時間やったらロクデモないコッチャロッ!」

ッと、大きな嗄れ声で一気に捲くし立てられ、怒鳴られた。

「寝起きでそんだけ元気なら、アンジョウやってますんやなセンセェ、ゴリッパなこって 」

ッデ、緊急事態で今そちらに向かってる。っとバァさんが無理強い。

「そぉか、ホナ待ってるがな ホレ 」

受話器を奥さんに渡そうとしたのだろうが、直ぐに喋りだす。

「アンタは来ぃひんのんか?」

「ウチは店がおますがな、〇〇が乗せて行ってますよって、門を開けといてんか、お願いしますな 」

「アイツが来るんか、アイツなぁ・・・・・」

「せんせぇに不義理してるゆうてましたわ、ワテに謝っといてくれッテ 」

「判った、そぉかぁアイツがなぁ、そりゃ楽しみや ホレ 」


暫くは、奥さんと互いの近況報告しあって、電話を切った。


バァさん、一息ついたような顔して、火の点いてない煙草を前歯で噛んで駅から出てきた。
歩きながら割烹着のポケットからマッチを取り出しかけたら、何かを想いついて、フトッ立ち止まる。
ッデ、慌てたようにもう一度、駅構内に小走りで戻り、公衆電話機の受話器を掴む。

「モシモシッ!ヨッパライが暴れてますねんッ・・・!ハァ?何処って?駅前ですぅ・・・」

言葉での嘘ゴト絵描きは、バァさんにしたらそんなに難しくはなかった。
昔はモット、厳しい状況下で喋ったもんやったなぁット、ツクヅク想いながら店に戻った。

カウンターで斜めに為ったままの、割れ硝子引き戸を掴んで歩道の側に倒す。
未だ割れずに残っていた硝子が割れ、粉々な破片が舗道や道路に飛び散り、
それが店の明かりで輝き、黒い道の上に星屑が広がった。
ガラスノ破片を載せてる木の腰掛を幾つか掴み上げ、同じように舗道側に投げた。
カウンターの中に戻り、中身が入った数本の一升瓶とビール瓶や、その空瓶も道に向かって投棄した。
幾枚かの皿や、鍋と蓋も顔を上げずに、落ちる先を視もしないで投げる。
コップと徳利も投げると、今度はバァさん、自分の着ている汚れた割烹着の懐から取り出した。

露西亜製の、デッカイ軍用拳銃。

異人の死にぞこないの男が、運転手に狙いを定める寸前で取り上げたブツだった。
バァさん拳銃を、細かい硝子の破片が、タクサンくっ付いてる俎板の上に載せると、ジッと見つめる。

ばぁさん、呟いた。

「今ゴロになって、なんでまたこないなん視なアカンねん・・・・・」

銃把を握り持ち上げると、何回か上下に揺すって重さを手計してみる。

『 モーゼルよか(ヨリモ)、軽いかぁ・・・・ 』

っと、若い頃に大陸で、命を託して手に馴染ませ使い込んだ重さを想いだし、
ひと時、忸怩たる想いにかられた。
心が郷愁で包まれてしまい、もの哀しいもので胸がイッパイニ為ってくる。
ばぁさん、顎を上向かせ、なにかを堪えて目を瞬き、鼻をヒト啜りした。

銃の上側、遊底部分の空薬莢排出孔に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
直ぐにばぁさん、眉間に皺を呼び眉をしかめる。
一度銃を腹の辺りまで下げ、口元をキツク結び一文字にして銃を眺める。
再び持ち上げると銃口に鼻を近づけ、鼻からユックリト息を吸い込んだ。

「ヤッパシするがなッ!(硝煙の匂いがッ!)」

それからのバァさんの手捌きは素早かった。

右手で握った銃把から弾倉を、左掌に落とすように抜き取る。
左手で弾倉を握るとそこから覗く、ドングリみたいな弾頭がクッツイタ銅色薬莢の弾丸を、
次々と菜箸で押して全部の弾を弾倉から丼の中に落とした。
銃身で、おでん鍋の中を掻き回し、隙間を作ると銃を鍋に沈める。
出汁で濁った中に沈めたので、拳銃が見えなくなる。
丼の中の弾丸は、布巾代わりの乾いた日本手ぬぐいで包むと、
流しの下のゴミバケツの残飯の中に突っ込んだ。

「ババァ!どないしたんやッ!」

突然の大声だったので、バァさん驚いてしまい、蹲っていたけど立ち上がった。
表にオート三輪トラックが、発動機音もなく停車していた。
遠くでエンジンを切り、惰性で近づいてきたのだろう。
助手席の男が此方に顔を向け、運転席の男が助手席肩越しに声を掛けてきていた。

「ババァ、なんぞ騒動あったんかッ?」

「ヨッパライやッ 」 ット、カウンターの中から怒鳴り返した。

「どいつや?」

「知らん客やッ 」

「飯ぃ喰わせや 」

「ぁほかッ!コナイナんで(こんな状況で)喰わせろゆうて、アカンッ!いねッ!(帰れッ!) 」


「ァホぉ・・・・コラッ!客やぞッその言草はないやろッ!」

ット助手席の男が言いながら、三輪トラックから降りようとするのを、運転席の男が肩を掴んで止めた。
バァさん、男たちが店の中に入ってきたら、小細工した苦労が駄目に為るので、慌てて店の前に出る。

「アンタら客やないッ! 悪いけどなッ ウチんとこにわコンといて欲しいねんッ!」

「なんやとッ!ババァや想ぉて手加減しとんのに、舐めとんかッ ワレッ!」

「アンタらウチの趣味やないッ!サッサトいなんかいッ!」


「ばぁチャン、どないしましたんやッ?」


突然の声の主を、三人が同時に首を動かし視る。
硝子の破片が散らばってない近さの舗道で、駅前交番の若い巡査が自転車に跨っていた。
巡査、自転車から降りると、その場に自転車のスタンドを立てながら喋る。

「ヨッパライやゆうて、本署から連絡がありましたんやけど、どないですのん?」

話しながら近づいてくるとき、硝子を踏みしめる厭な音がした。

「ぁ~、どぉもおぉきにですぅ、ご迷惑をお掛けしますなぁ 」

「ばぁチャン、ワザワザ本署に言わんでも、すぐ其処に交番があるやろぉ 」

「ホンマやわッ! そぉやったなぁワテ慌ててしもうてぇゴメンしてなぁ、、すいませぇん 」

「ぇえがなもぅ、ッデエライ目ぇにおぉた(遭った)なぁ!」

「もぉぅ凄ぉおましたんやでぇ!」

「そぉやろぉ、この有様みたら判るでぇ!」

「もぅワタイ、ホンマニぃ恐かったんデッセェ!」

「モソットはように、警察に知らせんとアカンでぇ 」


「アンサンら、なんですのん?」

巡査、突然オート三輪を振り向きながら訊く。

助手席の男が、「ワッ儂らぁ、メッ飯ぃ喰わんなん思ぉて、なぁ 」ット、運転席に同意を求めた。
オート三輪のふたり、この場から離れるタイミングを逸していたので、応えに詰まった。

「今、コナイなんやからッテ、アカンゆうてましたんですわ 」

「残念やったなぁ、あんさんら 」

「ホナ、ワイら帰りますわ、ババァ、ぁッチャウ!バァさん元気だしんかな、ホナまたな 」

「へぇ、おぉきにでしたなぁ!此れに懲りたらもぅコンでよろしぃでぇ 」

発動機が動き出すと、青い排気煙がたちガソリンの燃える匂いがした。
男ふたりはキッチリ前を向いていたけど、奥歯を噛み締めているのが暗い中でも見て取れた。


「〇〇さん、アイツらになんぞ因縁でも吹っかけられましたんか?」

交番巡査、男ドモが消えると言葉使いや態度が改まり、丁寧な対応になる。
バァさんも、同じように為った。

「かましません、あんなんドナイでも為りますわ 」

「今ぁ被害届けだしはりますか、ナンやったらもぅ晩いさかい明日でもよろしいけど?」

「明日にしてもらえたら、嬉しいんやけど 」

「そんなら、この状況ぉ写真に撮らなあきませんねん、カメラ持ってくるように本署に連絡しますわ 」

「ご迷惑をお掛けしますなぁ!」

「このまま、片付けないで置いといてください 」

巡査、ユックリト自転車漕いで立ち去った。

その後姿を見送るとバァさん、緊張の糸が切れたのか、立眩みがして躯がヨロケル。
右足でたたらを踏むと、履いているゴム底の長靴が何かで滑ってしまう。
敷石地面を見ると、外国人の躯から滴った血が固まりかけ、血糊になったので滑ったようだ。

水を汲み置きしてるバケツを両手で提げてきて、ボコボコに形が崩れた柄杓で血糊に水をかける。
乾きかけの血糊は、ヤッパシなかなか融け難いわ、もぉうコナイなん厭やでッ!
あん時で十分やのに、今頃になってナンでこないな目ぇに遭わんとアカンねん、ダボがぁ!

ット、自分でも知らずに愚痴が、吐いて出てくる。

血糊に水をかけると長靴のゴム底で擦る。それを何回も繰り返す。
血の汚れは敷石の継ぎ目ぇの中までは、ナカナカ取れなかった。
仕方がない、ソヤケドこんなんでえぇやろも、ット想ったところで車が舗道に斜めに乗り上げた。
白タクが帰ってきたと想い、バァさん顔を上げると違っていた。

覆面パトが乗り上げていた。

直ぐに両方のドアが開き、助手席からはカメラが入った革のケースを持った縄澤が

「騒動やってなッ!罰でも当たったんかぁ?」 ット言いながら降りてきた。


バァさん、そおかも知れんなぁ、あん時の罰かも知れんなぁ。

っと、心底から想ったそうです。


ッデ、もぉぅ、忘れたと想っていた、人が背負いきれないものは、
何時かは其の重みで、心が参るんやわぁ・・・・・と。




   

夜の迷走

2008年01月29日 03時19分19秒 | トカレフ 2 
   


糸が切れた操り人形は、ただの木偶人形になる。
それが人の躯なら、人が背負う、人の定めの重さから逃れられた幸運な者かも。

だけどぅ、どんなに運命を変えようとして死に物狂いで足掻いても、
人の人生に雁字搦めに絡められた運命の糸から、
果たして人さんは、逃れることなんかできるんやろかぁ。

例えばどんな事をしてでも、運命を変えることができるものならば、
いったいそれはどんな方法なんだろう?
そして、どぅやったらその方法が手に入るのだろうか。
何処に往けば、それは知りえるののだろぅ?

だけど誰かが知ってるのだろぅ、その方法をぉ・・・・・・


遺棄された襤褸な人屑のようになって、バァさんの店の土間に横たわり、
グッタリト、糸の切れた操り木偶人形みたいに、全身から力の抜けたタダノ物体。
見たこともないような化けモンみたいな、馬鹿デッカイ男を運ぶことは、
生きている普通の人間を動かす、その何倍もの力が要る。


運転手、力が抜けキって躯がグニャグニャに為った大男の背後から、両脇に腕を回し、
なんとか抱え上げ、表の舗道に乗り上げて停めてる車まで運ぼうとしていた。

「姐ハン、モッソトそっちの方をモッテんかッ!」

「ソッチって、どこやのんッ?」

「足ぃもってどないするねんッ、コッチの膝の裏お持たんかいなッ!」

「持ってるがなッ!ぁッ!抜けたッ!わッ 」

バァさんの手には、巨大な四足動物みたいなバケモンの左足の、大きな靴だけが残る。
舗道に落ちたバケモンの踵が敷石を打つと、乾いた硬い音がした。
運転手、男を力任せに抱えようとしながら、それを観ていた。
ッデ、踵が落ちたとき、鈍い音じゃぁなく乾いた音だったから思わず問うた。

「なんやねん、コイツの脚はセメントかいなッ!」

「ゥンショッット!重とおて!・・・・・ギィ・・ッ!やねん 」

バァさん、外人の両脚を歯ぁ喰いしばりながら脇に抱え込んで喋るので、
ナニを言ってるのか、ハッキリ聴き取り難くかった。

「ぇ~!なんやって、聴こえんがな?」

「義足やってッ 」

「ギソクゥ? なんや?」

「脚ぃないねん モそっと上手に運ばれんのんかッぁアンタッ!」 

ッデ、バァさん、人が力んで奥歯を噛む歯軋り音、久しぶりに聞いた。

「やかましぃわいッ!ぅ!・ぅん・ギリッ!」 ット。

「ぁッ!チョット待ちんかッ 」

「もぉぅ!ドナイヤねん!ッ」

「ッ!血ぃやがな!」

運転手、その言葉に驚いたのと、力尽きかねて男の躯を投げ出した。
男の後頭部が舗道に落ちると今度は鈍い音がした。運転手直ぐに男の黒いコートの前を開く。

「脇腹やな、姐ハン焼酎やッ 」

「アホッ!こないな時になにゆうねんッ!」

「(傷の)消毒やがな、忘れたんかいなダボがッ!」

バァさん、憎まれ口に反応しないで一升瓶を取りに行く。


「そないにケチらんとギョウサンかけんかいな 」

「アンタの車が汚れてもえぇんかッ 」

「ぁッそやな、チョットよぉ見えるように開くわ 」

「チョットあんた、ウチのデバ(包丁)やがな、なにすんねんッ!」

「緊急事態やがなッ!」


運転手、手馴れた感じの手捌きで、男の衣服を包丁で切り開いた。


「刺し傷やな、アンガイ浅いんとチャウの?」

「脂肪が厚いみたいやから、此れヤッタラえぇかもしれんなぁ 」

「アンタの診たてはえぇ加減やからなぁ 」

「姐ハンにゆわれとうないがな 」


「どないしたんやッ!」 ット、突然ッ、ふたりの頭の上から訊かれた。

男に覆いかぶさって傷を覗き込んでいたふたり、驚いて言葉もなく首を後ろに回し見上げる。


「ナッなんやもぉぅ!アンタかいなッ!脅かさんときんかぁ、ァホッ 」

「ニィチャン吃驚させたらアカンがなッ!ほんまにぃ! 姐ハン何方ハンやッ?」

「ぅぅん、チョットな・・・・、知り合いやねん 」

「ぉかんッ なにあったんやッ!」

「アンタにおかんゆわれとうないッ!」

「誰にやられたんやッ!」

「知らんがなッ!」

「知らんで済まんがなッ!」

「知らんもんは、知らんゆうてるやろ、アホかッ!」


「チョットチョット姐ハン、コナイナ時に喧嘩はないやろぉ、ニィチャン手ぇ貸してんか、なッ 」


ッデ、三人がかりでなんとか男を車の後部座席に押し込んだ。

「姐ハン、ワイの車に乗せるんわえぇけどな、どないしたらえぇねん?」

「せんせぇに、電話入れとくさかいに連れていきんか 」

「センセェ・・・ッテ誰や?」

「〇〇医院の先生やがな 」

「ぇ~、アッコはアカンで 」

「なんでや?」

「ワイ、不義理してるさかいになぁ 」

「アンタの不義理がなんか知らんけどな、緊急事態なんとチャウんかいなッ!」


「はよぅ(ハヤク)せんと、死によるがなッ!」
 
先に車の助手席に乗り込んだ、若い男が怒鳴る。

「ウチ、電話しとくな 」

バァさん、駅構内の公衆電話に向かって走り出した。
その背中に、運転手が怒鳴る。

「ワイが謝ってるゆうといてなッ!」

バァさん、後ろを視ないで手ぇ振った。

運転手が車に乗り込むと、煙草の煙に混じって血の匂いがした。
走り始めると、運転席のドアの窓を全開にする。

「今日は、ついてへんなぁ・・・・・」

「なにがですんか?」

「ニィチャン、姐ハンのなになん?」

「身内の者ですわ 」

「身内ッテ?」

「訊いてどないしますのん 」

「別にぃ 」

医院はそんなに走らなくても直ぐに着く距離だったけど、
運転手にとっては、長い時間だと感じた。

『トコトンついてへんがなッ!厄日やでッ!ボケがぁ!』

ット、心で毒づいて、大きく息を吸う。
無性に腹が立っていたが、何処にも持って往きようがなかった。
助手席の男を盗み視ると、ジャンバーの前が少し開いてて、
ズボンのバンドに、鈍い輝きの得物を差してるのが視える。

「ニィチャン、あんた筋モンの玄人かいな?」

「オッチャン、それがどないしたん?」

「どないもせんがな、そやけど素人には見えへんさかいになぁ 」

「ナンも知らへん方がええこともあるんやで、オッチャン 」

「そぉやな、ぅん、そぉやな 」

「オッチャン、ぉかんの店の常連かいな?」

「昔からの知り合いやがな 」

「昔ぃ?」

「ぁあッ 」

「何時からや?」

「おまえな、知らんでえぇことかて在るんやで、なぁ 」

「そらそぉやな 」


医院に着くまでふたり、なんにも喋らんかったそうです。






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深夜稼ぎの男

2008年01月15日 16時16分04秒 | トカレフ 2 
  


あの晩 「それ」 に気づいたのは、深夜に街を流す、白タクの運転手ッだった。

この男、昼間はチャンとした正業に就いていたが、夜中にワッパ握って夜稼ぎしていた。
家族も居ない独り身の気安さで、夜をもてあますくらいならと、繁華な飲み屋街で白タクを流していた。
陸運局には、正規のタクシー営業の届けをしてません。 だから白ナンバーでの隠れ営業です。
馴染みのホステスらの、店への送り迎えや、倶楽部やキャバレーなど、お水系の飲み屋からお声が掛かれば、
それらの店の酔い客の送迎を、請け負っていた。
昼間に時間と体力が許せば、飲み代を溜め込んだ悪質な客ドモへの、
集金とは名ばかりの、荒っぽい取立て事に参加していた。


最終列車が出発し、トックニ午前零時を過ぎ、人気もなくなった国鉄駅前では客を拾えそうもなかった。
夜も午前をまわるほど深まると、寒い外を歩く人にも滅多と出くわさない。
客を捕まえようと、駅前ロータリーのタクシー乗り場から離れた所で停車していると、眠気を催してくる。
何回か欠伸を噛み殺し堪えていた運転手、駅南の自分の家に一度戻って少し仮眠しようと。
ッデ、モットモ早く家に帰り着くにはと、近道になる番外地直ぐ傍の踏切を渡るつもりだった。
だけど、夜もこんなに晩い時間に為ッテくると、少し小腹が空いてきていた。
だから、夜食をバァさんの店で採ってから、家に帰ろうとした。

駅前のロータリーを過ぎ、慣れた手さばきで左にハンドルを切り、アクセルを緩め惰性で車を走らせる。
そのまま、バァさんの店前の舗道に片輪を乗り上げ、車体を斜めにして停車。
無意識に車のエンジンを切ろうとしたら、突然ッ!甲高い汽笛音が聴こえたので、少し驚く。
フロント硝子越しに斜めになった夜の外を観ると、番外地踏切に夜行の蒸気機関車が突っ込んでいく。
車のドアを開けたら、列車の過ぎる轟音や、蒸気機関車の甲高い汽笛の音に負けずに
踏み切り警鐘連打音 ハッきりと聴こえた。

バァさんの店の入り口まで、線路の方を視ながら車の後を廻った。
闇に溶け込むよな、黒色煤け艶消し塗装の貨車、それを幾両も長く連ねた貨物列車。
それが鉄の線路上を走り、踏み切りを通過する煩すぎる轟き音。
連続した夜汽車の悲鳴じみた汽笛が喚き、夜の冷たい風に乗って石炭が燃える、
鼻の奥の粘膜を刺すような、刺激臭がする煤煙も漂ってきていた。

運転手、先ほどまでの眠気が、ナンだか吹っ飛んだような気に為った。

店の引き戸を開けようとしたら、列車の通過する轟音の中、微かに聞き覚えのある音がッ!
初老まじかな運転手、本能で首を竦め腰を折り身を屈めた。
微か聞こえでも、何かが弾けるような音だったから。
若い頃に身についた、危険を察知する本能。

音に躯が応え、勝手に躯が動く。

大慌てでタクシーに戻り、怯えとモドカシサデで震える指先で摘んだ鍵を、ナンとか鍵穴に入れドアを開ける。
運転席から助手席に飛び込むようにしながら寝ッ転がりに、うつ伏せ。
直ぐに脳裏で、素早い思考が命令する、昔の経験どうりに周りの状況を把握しろと。
ダッシュボード越しに前方を窺うと、踏み切りの赤色警告灯が忙しなく点滅してるのが観える。
観ていると、モット手前の線路際で幾度か瞬間閃光ッ! 発したのが視えた。
その度に闇が明るく切り取られ、静止画のような貨物列車の黒い車体が浮き上がった。

ナンデやッ! っと想いながら堅く目蓋を閉じると、残像がッ!

閃光の中に浮かび上がる、黒い貨車が目蓋の裏側っでッ!
決して写真を写すときの、フラッシュが焚かれる輝きじゃぁ無いッ!
尚更頭をハンドルよりも深く下げ、ダッシュボードの下に潜り込みたいと運転手。
もぉぅ忘れたと想っていた昔の、恐怖体験な恐さで小刻みな震え、躯を襲てきました。

先の大戦の折、応召した大陸での鉄道守備隊に勤務してた頃に、命懸けの夜間戦闘で幾度となく体験した、
銃火器類の放つ閃光と同じ光だッ!っと、確かに聞き覚えのある銃声混ざりの、発射の閃光だッ!と。
運転手、寝ッ転がって暫くは死んだように息を殺し、耳だけを過敏にして活かしています。

長いと感じるほどの夜行列車の過ぎ行く時間。

列車が通り過ぎ、辺りが静かになっても耳を澄まし続けていました。
戦時中の戦闘経験は、忘れたつもりでも躯と本能が忘れずにいたから。
興奮で、両のコメカミや心臓が激しく脈動し、躯中に緊張感が漲り溢れる。
血管内の激しい血流で、平常心の神経が圧迫され今にも頭が爆発しそうやッ!
頭の中で、『ナンデや?ナンで今ごろ銃声がするねんッ!』
っと辛抱しながら想い続けます。


助手席側の窓ガラスが叩かれた。

ヒッ!っと、心臓の鼓動、止まるかとッ!
息を呑み抱えていた頭を尚更シートに押し付けます。

ッデ、ハテ? っと。

銃弾が窓硝子を貫通した音にしては、おとなしすぎる。 其れよりも銃声が聞こえなかった。
ッデ、顔を上げ上目遣いで見上げると、鼻息で窓硝子が曇るほど近づいて此方を覗き込む人が。

くぐもった声が 「どないしたんや?」 訊いてくる。

大きな溜め息みたいな、息を詰めていた吐く息。
その安堵の音、狭い車内中にぃ、渡りました。


兎も角、イッパイくれと運転手。 何も訊かずにバァさん、冷酒のコップを手渡す。
運転手、直ぐに掴んだコップを傾け、ギュッとキツク眼を瞑った。
顎から雫を垂らしながら慌てたように一気に呑み干す。

「アンタぁ店の中に入ってくる想ぉたら、躯ぁ折って離れたさかい、どないしたんや?想うたわ 」

「スマン済まん、チョット勘違いしたみたいやねん 」

「なんや?勘違いゆうて 」

バァさん、ビヤグラスをカウンターに置きながら訊く。

「もぅえぇねん 」

「ホレ 」 っと、バァさん、ビール瓶の首を振って、注ぐからカップを上げろと。

「頼んでへんがな、ワイ 」

「色無い死人見たいな顔してるよって、景気づけにぃワテの奢りや、ホレ 」

「済まんな 」

注がれるとコレも、一気しました運転手。空けたコップに注ぎ足します、怪訝顔のバァさん。

「よぉいけるやないの、今夜は 」

「ぉおぅ、もぉう今夜は止めや、こいで(コレデ)帰るんやもぅ 」

「そぉかぁ 」

「ぅん 」

どないやねん?っと無理にと訊かずにおく、此処ら辺りの礼儀作法。
お互いに黙り込み、後は店内静かなもんヤッタ。
運転手、酒のんで、食って、落ち着くとぉ・・・・・
再びの、睡魔見舞いの、欠伸噛み殺しやった。

っと、店の裏。線路側の壁に何かが当たるような音が。

「なんやぁ音ぉしたなぁ? 」 バァさん。

「したぁかぁ? 」 続けざまの、先ほどの一気が効いてきて、赤ら顔の運転手。

「・・・・したがな 」

「鼠やろぉ・・・・」

今度は、違う音がした。

「なッ?したやろ 」

「おぅ・・・した 」

ふたり、耳を澄ました。

隣の店との間の、路地とは言えん狭い所を何かが蠢いていた。
安普請の一枚板の外壁。その線路側から舗道側にと、無理にと何かが擦り付けられてるような音。
何かを蹴飛ばすような音も混ざってる、タブン空のビール瓶が入ってる木枠とか、空の一升瓶だろう。
ッデ合間に、獣の呻き声のようなのも聞こえてきた。

運転手、呑もうと持ち上げたコップ、途中で止まったまま。眼ぇで音を追う。
バァさん、怯えた顔して、手に持っている菜箸の先で音を追っている。

怪奇な音、狭い隣との間を抜け舗道までッ!

突然、引き戸が内側に倒れたッ! 何かに無理にと押されッ!
割れたガラスノ破片、店中に飛び散る。
引き戸、カウンターにもたれるようにして、倒れるのが止まる。

吃驚した運転手の手から、コップ ドッカに飛んでいった。

バァさん、悲鳴とは違う何かを大声で叫びだした。


暫くはふたり、ナニが起きたのかと、ボンヤリと茫然自失してました。
ッデ、ふたり同時に正気に戻り喋りだす。

「なんやッ!」

「ウチがしるかいなッ!」

「なんやッテ!」

「知らんわいなッ!」

訳も解らずに、互いに怒鳴りあっていた。
それでも流石に運転手のほうが、修羅場の経験が豊富なのか、状況の飲み込みが早かった。

「チョット待てッ なんか居る(オル)がな 」

「ぇッ? 」

運転手が指差すほうを観れば、倒れた引き戸の表側の下に、大きな獣が一匹横倒しッ!

「ぁッ! 」

バァさん、何か訳ワカラン言葉を発しながら、近づいていった。
運転手がバァさんの後ろから覗き込んでみると、蒼白なほど色白い顔の外人が観えた。

「何処のヤッチャ、こいつはッ!」

「ウチの知り合いやがなぁ!」

「シッ知り合いって姐さん、アンタのパトロン、異人かいなッ!」

「ぁほッ!ゆわんときぃ、ぁッ!危ないッ!」

「ヒッ!」 っと運転手、声にも為らん悲鳴上げ、カウンターの中にぃ逃げ込んだ。

何故なら横倒しの異人の腕が、ユックリト持ち上がり、熊の掌みたいなんに握られた、
デッカイ軍用拳銃の銃口が、運転手に向けられようとしていたから。
その腕にバァさん、圧し掛かるようにして押さえた。

運転手、カウンターの中のおでん鍋が懸かってるコンロの下側で、震えながらバァさんが話す言葉を聴く。

『露西亜人が、ナンで此処に居るんやッ!』

運転手、今夜、何回目かの、ナンでやッ!ヤッタ。

言葉の意味は解らずとも、凍てつく厳寒の俘虜収容所で聞き馴染んだ言葉は、
あれから何年も過ぎていても、運転手、忘れるはずも無かった。

「あんたッ!手貸しんかッ!」

「嫌やッ!」

「アイツらが、来んうちに隠さなあかんねん、はようしんか!」

「嫌やッ!」

「あほッ!いつまでも逃げるんかッ!ボケがッ!」

「もぉうコイツラの顔、見とぉないッ!」

「頼むさかいに、手ぇかしてんか 」

ッデ、動きました、躯が勝手に。それは、微かな声でも聴こえてきたから。

「ダワイ、ダワイッ!」 っと。死にぞこないの、外人の声が聴こえたから。



自分、後からこの話を聞いたとき、自分と同じような目ぇに遭う人も、居るもんだと。

なんだか可哀そうだと想う前に、心が少し軽くなるのを覚えました。




   

叶わぬ雪の旅宿。

2008年01月05日 01時50分24秒 | 幻想世界(お伽噺) 
  



北の、知らない国から木枯らしが、雪風をつれ夜の街で舞っていた。

白い闇が狂い舞う港街、遠き潮の香りで満ちていた。

夜更けた静か街の向こうがわ、闇を透かし望んでも観へぬ、夜の闇に蹲り隠れし連山。 

夜が明ければ、朝焼け茜に染まりし綺麗な雪化粧、キッと被ってます。


古きは欧州辺りの独逸風洋館造りな、古風な小さき旅宿(ホテル)。

雪降る朝の曇る明かり、重たき両開き硝子窓から。

其処は、雪嵐の港に面しています。

両に分けられ、窓辺の額縁に吊られしは、真紅色誂えカーテン。


朱色ベッチンクロス仕上げの紅き室内壁、の際に座る小さな卓には、手回し式喇叭蓄音機鎮座まします。

此処で、人目忍んで隠れ過ごしし、昔の叶わぬ人々の想いが重なる、古色な時代がかりし部屋。


眠れぬふたり、視へぬ夜の向こうを窺えるかもと、潮で曇りし硝子小窓の向こうがわ、

無理にと頬をよせあい、互いに求めて指を絡ませ繋ぎ、晩を覗き続けました。

一夜では、互いの心、貪りがたしなと、続かぬままに。


傍ら真紅のテーブルクロスの上、淵が金色クリスタルロックカップ載ってます。

其れ、細かく砕かれし硝子かなと凍れる氷入り、カップの淵より盛り上げ、硝子の肌を濡らしてました。

其処に注がれし琥珀色液体、其の時、密やかに鳴らすは静かさな音。


とくッとく ッと、 とくッとく ッと微か音がする。


琥珀色注ぎしは、白鳥(シラトリ)の細き首の如くなクリスタルデカンタ。

あなたが、小芥子人形みたいな小さきクリスタルの栓を閉めるとき、硝子が擦れ触れあう、静か音。

秘めて、静か淫靡な部屋のなか、隅々まで漂い聴こえましょうかと。


あなたの艶な振る舞い、なにかを隠す薄暗がりで見つめれば。

自分は逃げてみようかと、足音忍ばせ験してみましょうかなと。

其れは心置きなく妖しげで、誘うような、混濁な酩酊世界へと。


露で濡れしグラスの肌、小さき露の雫が伝います。

負けれればと望みし想い、いっそそうなればと伸ばす手よりも早く。

グラスの肌、あなたの白き指にて優しく掴まれる。


「こんどはいつなのぉ?」 この囁き、わたしの胸にと刺さる。

「・・・・こんど?ッテ 」 苦しさな、無意識装い喋り応じ。


っと言いながら、わたしの疲れし裸の腕、空を掴んで手を伸ばしたまま。

そうかと、想いより逃げたものを取り戻せそうもなく、ゆっくりと諦め下げました。


わたしは問われて、判らぬふりの、卑怯者 でした。


指を絡め握り合ったおまえの冷たき手の指、静かに、そっと引かれようと。

それが嫌さできつくとつかんで握り、冷たき指、引き戻しました。


おまへの白さな指、わたしにキツク掴まれ赤く染まりました。

指爪の赤色エナメル、暗い黄色い明かりの角灯ランタンで照らされ、柿色輝き。

琥珀色液体、細き指の柿色舞台の中で、砕き氷といつまでもと廻る、ダンス。


おまへの濡れたかとな滑り輝きの唇、傾けしグラスの淵、妖しげに挿み。

小さき顎上向き、顎下の白き咽喉すじ密やかに動き、熱き琥珀が流れ堕ちる印し視た。


天井から吊られしは、暗き明かりのシャンデリア。

蝋燭の黄色き輝きお、暗き瞳を一途として見つめるは、哀しき涙目なおまへ。

グラスを降ろしても、面は上にと留まり、顎下がらず鼻を啜る音、一度聴こへ。


哀しさは、苦しさ以上だと、昔ぃ訊きました。

苦しさは、慣れぬものだとも、思い知らされました。


ふたりは、何処(イズコ)かにと。

窓辺より、暗さな意識の向こう側、霧笛は何処からでもと。

港より、咽喉を擦れるような、悲鳴じみた鳴き汽笛。

幾度も、胸の中で反響しろと、幾度も。



高見な山の中腹、見送りをと旅宿の木造手摺のバルコニー。

冷たき寒さ風、吹き荒れていました。

わたしが見下ろす連絡船、雪の中の出航でした。


降る雪が、なにもかもと隠すなら、何時までもと眺めていました。

隠せぬは、嘘な覚悟で固めた、思い上がりな独り善がりでした。



「もお一度、逢える事なんかないよね 」

「・・・・・かもなぁ 」

「だけど、もお一度ぉ・・・・ 」


「狂ってやるかもぅ 」


狂えるものなら、此処から堕ちたかった。

互いに求める楽さは、何処までもと堕ちれればのことでした。





  
新年、あけましておめでとうございます。

今年も、わたしはキッと、気侭我侭なんでしょう。

お許しを。



  


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