【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

情けの死劇 

2006年01月05日 13時07分41秒 | 幻想世界(お伽噺) 
 

未だ朝陽は昇らない、寒い早朝に目覚めた時
黒い空は雪雲が低く垂れ込め、温泉街を覆っていました。

 それは
和風旅館の竹林囲いの内庭に 降り積もった雪が、
築山の下の、隠し庭園灯の仄かな明かりを受け
二階のわたしが寝ていた部屋の 飾り丸窓の細格子障子が
薄っすらと仄白く 照らされていたので
 分かりました。

わたしは お布団の中から、明けた障子で薄明るい天井を 見詰めていました。

「わたしはその時 不思議と後悔はしていませんでした・・・戸惑いもです。
 それよりも 上手くやれるのかなぁって 思っていました
 だから本当に 後悔なんかしていません・・・多分
 ぇえ 今もです 此れからもしないでしょぉ・・・・きっと」   

 そぉ、お話ししました。眼の前の方に。


あの日の朝は、前の晩から降り続いていた雪が、いったん止んでいました。
だから夜明けの時刻には、珍しく太陽が昇るのが観れました。
一面、雪化粧の庭を お日様が、夜明け色の黄金色に刹那に染めるのを
あの人はみていたそうです。
開け放たれた旅館の、二階の窓の敷居に座り、眺めていたそうです。
そして想ったそうです。

 こぉ・・・綺麗って。

身体の芯まで凍りそうな、雪景色でした。
 そうです。



部屋から薄暗い廊下に出ると、通りかかるのは朝早くから、立ち働く仲居さん。
小声で、おはようございますと言いながら、軽くお辞儀です。
玄関横の帳場の老人に、お願いしました。

 傘を貸していただけたら、とっ。

「お客様、外はまだ雪は降ってきますから、御用なら言ってくだされば、わたしどもが致しますけども」
「ぃいのよ、これから人に会う約束があるから、ちょっと出かけたいだけです」
「じゃ、お車を お手配い 致しましょうか」
「ぅぅん、いぃの」
「・・・・じゃぁ」

 怪訝そうな顔をしながらも、奥に。

暫らくして戻ってくると 旅館の名前が入ってる番傘を 貸してくれました。
手渡してくれながら、「雪道は歩きにくいから、ヤッパリ車を」 っと。顔を曇らせます。

「いぃの、その時はその時だから」 っと、玄関先まで見送られます。


あの細く絞った紙袋を小脇に挟んで、お借りした番傘を差さずに 旅館を出ました。
表に出ると、夕べの温泉街の喧騒が嘘のような、雪静まり具合。
明けかけた外は、一面。迫るような雪化粧。

雪は、昇る朝陽を反射していたので 眩しかったです。
細い川を挟んだ両側の道は、柳並木も古びた木造橋も、真っ白。
川からは、この街特有の温泉湯気が、硫黄の匂いと共に立ち昇っています。

素足に紺藍の女下駄。
下駄先と赤い鼻緒が濡れてきました。
足指が冷たさで、です。

雪が踏まれて鳴きます。

肩には女物の丹前縞の広袖の綿入れ。
前身頃の襟には旅館の名前。
その下は やはり、旅館の冬物の厚手の着物。
冷たい肌には夕べの、寝間着代わりの浴衣。


雪が、粉雪がね、降り出してきましたそうです。
きっと 番傘の柿渋の紅が、綺麗に咲きましたでしょう。
傘の柄を肩に、紙の袋をその脇に。空いた手を袂に。
そして、暫く歩いて、温もりを求めて 前襟から胸元に。
手のひらに ふくらみが、柔らかなね。

 その 柔らかさが、 哀しかったそうです。


昼を過ぎ、夕方になっても降る雪は 止みそうになかったです。
赤い鼻緒下駄・・・・寒さを堪えて、足踏みしていました。
いつまでも、随分な時間。

わたしは、路地裏の鄙びた旅館を、表通りから眺めていました。
其処までの雪道は、何方の足跡も刻まれてはいません。
其処に、自分の足跡がつくのが なんだかいけない事のような。

だから、川の柳並木の雪化粧の下で、佇んでいました。
暫らくすると、益々凍えそうなので、少し歩いては、また
其処に戻ってきました。

何度も何度も、繰り返しました。それを、何度も。


番傘、畳まれていました。髪と、肩が雪で濡れます。
頭から仄かな湯気、肩からも。
悴む白い手指に白い息、吹きかけます。
顔を白く凍えさせながら。


わたしは、其処まででした。
見かねて耐えられずに、近づきました。背後から。

「もぉ、帰ろぉ」

振り向いた濡れた髪の顔、驚きで妙に歪んでいました。
でも、堪らないほど綺麗でした。
それ、止め処もなく多分です。

 私の心から何かを 奪って逝きました。

「帰ろぉ、なぁ」
「 ・・・・・!」
「許しておあげ、もぉよそぉ。許してぁげよぉ・・・・ねぇ、帰ろぉ」

見る見るうちにでした、眼に涙がです。
わたしのね、眼にですよ。涙がね。わぁ~!って。
あの女(ひと)の顔、視えなくなってしまいます。

眼を瞬きながら、半分雪に埋もれた番傘、拾いました。
下を見たとき、白い足の指爪と赤の鼻緒がね、濡れていました。
わたしね、顔。あげれませんでした。
涙が、赤に誘われて、再びにでしたから。
積もってる雪に、小さな穴が幾つも。
密やかに空いて往きます、幾つもね。

 そしたら、あの女が傍に。

蹲りました。濡れて垂れた髪が眼の前に。
両手の縮かんだ指のままで、顔を覆いました。
雪の上に、湿った紙袋が、音も無く。

 拾います、落ちた袋を。

傘を開いて、彼女の上に、掲げます。
嗚咽が、暫らく・・・・ぃぃえ、随分とでした。
後ろ襟から覗く 項が、細かく震えていました。


袋はね、中にはね。
入ってました、細い鋭い得物が。
それ、暖かかったです、女の肌温もりでね。
わたしが、一昨日無くした、調理用の刃物でした。
此れで、如何にかしようと、寒さの中でね。

 わたしの堪えは 其処まででした。

番傘がね、ガクガク揺れますねん。
上の雪が落ちてきて、あの女の背中に降りますねん。
悲しみがね、襲ってきますよぉ~!
心がね、悲鳴を挙げ続けますよぉ~!

 刺身包丁、川に投げました。

その時、何故か。傘まで落ちました。
赤い傘が、くるくる回りながら川原に 落ちますねん。
真っ白な川原にね、くるくるって。

 落ちますねん







                    作、時異空やでぇ~・・・ぇへ!