むかしぃ、今日みたいなぁ 朝早くからの雨の日
まだ薄暗い時間に、悪女が声をかけて来ました。
「かきちゃぁ~ん、傘に入れてぇ 」 って。 背中にぃ
振り向いたら髪の毛濡れ濡れの女。
「なんやぁ、傘もささんとぉどないしたん ? 」
「うんぅ、おきたらぁ雨降ってるんやもぉんぅ 」
「降ってたって、傘ぐらい持って出てこんかいなぁ 」
「でもぉっ・・・・ 」 俯いて。
「ぇ・・・っ!」
自分、目ぇ逸らして、
傘越にまだぁ暗い空、見上げましたぁ。
俯く女の背の向こう 隠微がお似合いのホテル街。
ケバくぅ派手に光るネオン看板 雨に煙って瞬いてた。
女が大事そうに小脇に抱えてるんわぁ 多分着替えの詰まった、
雨に濡れた紙のショピンクグバック。
暫らく、お互い身体ぁくっ付けて 歩きましたわぁ。
バスの始発駅まで。 黙ったままで。
夜明け前の、切れかけた蛍光灯が瞬く停車場で、発車の待ち時間。
隅この、コーナーに設けられたカウンターだけの 喫茶。
まばらな人の中に溶け込んで、肘ぃ着いて啜りますねん。
熱いコーヒーを。
女と男の肩が触れ合う。 尚更肩を寄せてくる。
女の肌から仄かな安石鹸の匂い。 っが、嗅げる距離。
「お前なぁあかんでぇ、こないなことぉ何時までも内緒にできひんでぇ 」
「うん、そやけどなぁかきちゃん、あの人なぁムゥイカモォ!(六日)帰ってきぃひんねん 」
「ふぅ~んぅ、 そやさかいぃ言うてもなぁ・・・ 」
この女はん、実わぁ知り合いの 奥さん。
知ってる言うても この奥さんわぁそんなに深くわぁ知りません。
ただぁ先輩の奥さん。
時々、用事で 先輩の住んでるマンションの部屋に行くと、顔を合わせる程度。
この先輩が あんがい身持ちが悪いねん。
浮気の常習犯ですねん。 バレテモええねんこれ見よがしの。
奥さんわぁまぁまぁの女。 美人の部類やろかぁ。
それやのに何でって・・・・。
一度、先輩が病気で寝込んで、お見舞いに寄させてもらった時
何かが匂う寝室部屋で、奥さん言いました。
「この人、バチが当たったんやわあ!っ 」 吐き出す様やった。
「罰て? 」
「浮気 」
「してるん? 」
「いっつもしてる! 」
汗を浮かべた先輩の寝顔。 湿らせたタオルで拭きながら。
奥さん眼ぇにぃ涙ぁ 浮かべてた。
涙の雫ぅ 男の頬に滴った。
濡れタオルで自分の顔拭いて、言った。
「かきちゃん、彼女泣かせたらあかんよぉ~! 」
自分、黙って頷いた。
その頃わぁ自分。 四畳半一間の賃貸アパートの部屋が生活世界でした。
異性の匂いも形もありませんねん。
だから、先輩の部屋にいくと、何か違う世界が垣間見れている様でした。
でも、其処から帰るとき、何となく心が穏やかではぁ無かったん、憶えていますねん。
何がって聴かれても解かりませんねん。
兎も角なんとなくぅ。
「なぁかきちゃん、 うちぃ悪い女やなぁ 」
「ぅん、たぶんなぁ 」
「そやわなぁ、でもぉ うちだけが悪いんかぁ ? 」
返事の代わりにぃコーヒー啜った。
「これ、かきちゃん。預かっててくれへんかぁ 」
左の脇の下から、右手でクシャクシャの数枚の万札。
「何のまねなん! 」
押し殺して言う。 けどぅ、右手が正直にコーヒーカップ、皿に落とし戻し!
一瞬っ! 周りが静か。 直ぐに元にぃ
「怒らんといてなぁ! 堪忍なぁ 」
「何の真似やって! 」
「うん、これっ 稼ぎなんよぉ、昨日の晩のぅ 」
「え!っ。・・・・ 」
「怒らんといてなぁ! 怒らんといてなぁ、堪忍なぁ! 」
化粧の浮いた顔、歪んでた。 涙もいっぱい!
そろそろぅ 時間が。
早めの通勤客が詰め掛けて着ました。
場内が賑やか!
停車場出て暫らく雨の中 歩いて
早朝開きの喫茶店。
「何でこないなことしたんやぁ? 」
この店のコーヒー苦いだけ、それでも間持ちで啜りました。
「ぅん、うちぃ別れようと想うねん 」
モーニングのトースト。 喰わずに千切るだけ。
「別れるってぇ! そないな事ぉ理由にならへんやろぉ 」
「解かってる・・・。 だけどなぁお金。 無いねん。 仕方ないねんよぉ! 」
「ないって、なんでやねん? 先輩ぃよぉ稼ぎはるやろもぉ 」
「うん。 稼いではる、そやけどなぁ全ぇん部ぅ持って行きはるねん 」
「ぜっ全部か ?ぁ 」
「うん。 全部! 」
身体で稼いで別れる資金。
汗ばむ手で掴んで握って、握り締めて。
手のひらで丸めてクシャクシャで、幾つも煙草の焦げ痕の残るテーブルにぃ
コロン って転がってますねん。
このお金、持ってるんが見つかったら取り上げられるさかいにぃ
預かってください、お願いします! っやて。 だから預かりました。
お昼ごろまで居ました。喫茶店に。 ただただぁ聴くだけの為に。
なんにも結果ぁ出さずに別れました。
半月ぐらいの間に 何回も預かって溜まった金額。
驚くぐらいの金額。
「かきちゃんうちぃ今度わなぁ、あんたみたいな男ぉ捉まえるなぁ 」
駅のホームで最後に言いました。
「アホ!っ、なに言うねん。 身体ぁ気ぃつけるんやでぇ 」
「うん! かきちゃんもぉ 」
列車の扉閉まって 硝子の向こうで涙顔。
お口が パクパクなにやらぁ ?
悪女になる女はん、色々な気持ちぃ持ってはるねん。