真冬の凍てつく夜 銀色の満月の晩に
古い隧道の中で 夢想世界のような幻を視ました
この世は 何処の世界も 多くの迷いと苦悩ばかり
悩むことが苦しくて 逃げ込みました いつもの逃避場所に
冬の終わりごろ 一冬の積もった雪で樹木も覆われた
水晶鉱山の 見捨てられた古い隧道
逃げ込んだ暗闇を手探らば 観えるならば 煌く水晶の鉱脈壁
わたくしを包むは 吐く息も観えない暗黒色の空気世界
闇に伸ばし手先が 水晶の切っ先鋭い結晶に触れ 切れました
縮める指先の爪の間 小さな刺し傷から
ゆっくりと滲み出る 真紅の赤色血玉
闇に 赤く輝く血の影が 黒く滑らかな水晶の床に 点々
漆黒の暗闇ならばの 輝かぬ水晶
痛みし刺し傷の指先 再び触れます
真っ黒な 鉱脈に
赤く輝きし血が描きます 六角結晶の切っ先に
赤く 赤く 赤く 点々
黒色空気の中に 赤く輝きながら尖がります
切っ先の赤 幾つも 幾つも並びました
暗闇に 赤き尖がり輝き 隧道の闇に消へる奥までと
隧道を歩きながら首を巡らせ 過去を振り返ると
赤の点々 背後の闇に連なり 観えなくなっていました
まるで小さな小悪魔の 足跡みたいに
赤い色が凍りかけていました 闇に消えかけた奥のほうでは
輝きが朧気にと 微か仄かにと 赤は消へ入りました
天の 暫らく雪雲に隠れていた銀色満月 やっとお顔が
刹那 銀色のお顔が 光の瞬き輝き
燦燦と降りました 水晶の山に
鋭き銀閃光 山を覆う雪 事も無げに刺し貫きます
一瞬で水晶の山が 煌めきました
軋みながら吼えるが如くに 水晶の隧道は鳴動しました
隧道内世界は瞬く間に 一変しました
宙の月の 銀色世界に変貌
醒めて滑らかに光る 水晶の床に わたくしは腰から尻餅
思わず手で空を 掴み損ねて 指先から赤い血の玉が
赤く輝き散りながら 銀色水晶世界に 散花
思わずに眩しさで 顔を膝に 頭を抱へて
鳴動が鳴り止んでも暫らく 其の侭
光を溜め込んだ水晶 限りに眩しく煌めく 隧道
光り光り光り 見渡す限りの光りの煌き世界
直ぐに真っ暗 外は吹雪 雪嵐が山を白で埋めます
隧道に再びの暗黒闇 隧道の奥には 消へかけの銀光り
確かに瞬いたかと そして闇に消へました
歩き始めて直ぐに 裸足の爪先に何かが
拾って手で確かめて 手鏡かと
感触は 水晶硝子
氷の様に冷たき肌触りの 握り柄まで硝子の一枚板
透明硝子の手鏡 ハッキリと手にする重さが 現実かと
暗闇の中で顔を覗いて視たい 自分の
奥から冷たき黒い風が 首筋に 嘗める様に戯れる
鏡を眼の前の闇に翳します 赤く輝く血で濡れていました
輝く指紋がついて 闇に赤く浮かんでいました
裏表が無い 模様のない透き通っている
多分 水晶で出来た 手鏡の形の物
わたくしは 水晶の片面に水銀を塗らなければと
ふと そぅ想います 鏡ならばと
もう一度 暗闇に翳し 覗きました
血が濡れて光っていました
光は闇に はっきりと浮かんでいました
わたくしの顔は 隠れて視えませんでした 闇に隠れて
何故か詰めていた息吐き出して ほっと胸を撫でると
闇の向こうの鏡翳す空間に 自分が視えました
知らない顔で 鏡に映って視えました