【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

深まる夜に映画館の前で。

2008年03月28日 17時03分56秒 | オレンジ (仮題)
   


繁華な飲み屋街の真ん中を、東西に走る魚町通りから南に三筋目が、十二陣屋前町通り。

あの頃の十二陣屋前通りは、片側一車線の対面交通で道往く車両の数も少なかった。
自動車の台数が増えた現在は、交通渋滞の解消の為にと随分前から国道二号線の、
東西に分けた一方通行化が実施され、十二陣屋前通りは西往きの一方通行に為ってしまた。
道路は三車線にと整備し直され、以前とは比べようがないくら通行量は増えています。

あの頃、深夜の十二陣屋前通りの交通量はそんなに多くはなかった。
近くの魚町や、塩町辺りの繁華街の電飾(ネオン)の灯りが消える頃になると、
通りで客待ちして並んでいた深夜勤めのタクシーが、飲み屋街から家路に着く飲み客や、
水商売で働く者らを乗せ、蜘蛛の仔を散らすように通りを走り去る時間帯が過ぎると、
行き交う車の数が随分と疎らになり暗さも手伝って、夜の街の雰囲気、
昼間の賑わう街の感じとはマッタク違うものに為っていた。

店がハネ(オワリ)、帰りに独りでチャリに乗って通りを進んで行くと、
あまりにの人ケのなさで、特に寒さが募る冬場などは、
今から独り住居の襤褸アパートに帰るのだと想うと、
なんだかなぁット、酷く心寂しい堕ちこんだ気分に為っていました。



深夜に無灯火のチャリで、目差す映画館に向かって十二陣屋前通りの北側舗道を走り、
ソロソロ映画館が近づいてくるなと想い、次の交差点の赤信号が点滅しているのを無視し、
チャリのハンドルを南にと向け横断歩道を渡った。
横断歩道の真ん中辺りで停まり西側を見ると、暗さで隠れるズット向こう側まで道路が続いてた。
首を巡らし東の方を観た。同じ様に幾つもの交差点が道路の先まで続いていた。
暗闇で観えない遠くの交差点の赤信号が点滅しながら輝くのが観え、
其処から自分の渡ってる交差点の赤信号の点滅まで、光の点滅が連なっていました。

チャリに跨って暫く観ていると、赤の点滅が、何か得たいの知れない物の怪の、
数珠繋ぎになった赤い眼が瞬き閃いているように見えてきた。
遠くの交差点に突然、上向きのヘッドライトの灯りが現れ、
赤の点滅信号灯に沿って、こちらに向かって走ってくる。

早朝配達の朝刊紙を、各地の配達所に運ぶ深夜便の貨物トラック。

ライトが近づくに従って、ジーゼルエンジンの唸り音が高くなり、
ミッションギアを、理やり変換するときの、金属の歯車が噛み合う、
厭な音も混ざって鳴って近づいてきていた。
トラック、急に速度を上げ、警笛叩きつけるような連打で発しチャリの直ぐ後ろを、
警笛音を長く引きずりながら爆走して走り去っていった。

自分、トラックが通過するときの、圧迫された巻き揚げるような風で、チャリごと倒れそうになる。

「ッチ!よぉぅブツケさらさんのやったら、煩そぉに鳴らすな、ダボがッ!」

ット、自分、立ち漕ぎしてチャリを乗り出しながら、毒ヅイタ。


道路脇の灯りが消えた真っ黒なビルの群、夜更けて眺めると、タダノ黒壁の連なりに為ってた。
チャリを漕ぎながら、近くのビルを仰ぎ見ると、黒壁がイッセイニ自分に向かって倒れくると錯覚し。
怯えさせる暗さナ物が、多勢で覆い被さって来るような感覚に囚われる。
街並みは薄暗い街灯だけで、暗さが其処ら中に充満していた。
朝までには未だ遠い、夜の肌寒さが身に染みる黒色な世界だった。

暗闇への怖さが、少しづつ芽生え始めた自分の心が、嫌になりかけていた。




晩い此の時間。

ヤット目差してた映画館に辿り着くと、上映中映画の、場面切り取り絵看板を照らすスポットライトと、
入場券売り場の上方で派手に点滅輝きする、電飾蛍光看板(ネオン)の光で其処だけが、
周囲が暗闇の中では明る過ぎるし眩しくて、なんだか周りの暗闇が逃げ去ってしまった様だった。

辺りが靄みたいな白く輝く空気に包まれ、浮き上がっているようやった。

ッデ、其処の人気のない映画館の前に、居(オ)った。


左腕を下に伸ばし、地元の店やない、神戸辺りの百貨店の名前が、
崩した太いロウマ字で描かれた、洒落た紙のショッピング袋ぉ、手に提げてた。

「ナニしとるんやッ?」
「待っとたとぉ 」
「誰ぉや?」
「誰ぇッテ・・・・」

返事せんで黙り込んで俯きました。

返事を待ってナントナク女を眺めると、薄いショールみたいな上掛けを両肩肌に纏わせていた。

胸の前で交差した、肩掛けショールを合わせ掴みしていた細ッコイ右手首、
頭上から降り注ぐ派手に瞬く蛍光管の光を、虹色輝き反射させるスパンコール散りばめたハンドバックの、
金糸を編みこんだ手提げ紐に通しその白い指の先、ホンマはエナメル塗って赤い色した爪なんやろぅけど、
派手に変色しながら瞬き輝く蛍光管の光を浴び、橙色に見えたりしてる。

「ぁんなぁ・・・・ 」

上げた顔、酷く想い詰めたような面相やった。

「ぁかんッ!ワイ臭いねん近寄らんといてくれ!」
「ぇッ!ナニィ?クックサイってぇ・・・・!ッ 」
「コンでえぇ、来るなッゆうとるやろッ!」

自分、如何にもなぁ・・・・っと、ツクヅクやった。


必死で見上げるように大きく見開かれた、長い睫毛の上目蓋。
コッチの想いなど考えず遠慮なく突き刺してくる視線。
何かを訴えてくるみたいな瞳は、ネオン反射させて煌いていたけど、
見開かれて剥き出しに為った眼球を覆うように、忽ち綺麗な水が溢れてきた。
紅い唇が少しへの字に為って一文字に結ばれると、目尻が見る見るうちに涙濡れ、

雫がッ!刹那で顔中を歪ませ背中を向けたッ!
ピンヒールの踵、夜の舗道に甲高く響かせるように打ち鳴らし、暗い向こう側目差すように走りだした。

自分、チャリを其の場に音発てて押し倒し追いかけた。

「待ちんか、ナニ走るやッ!」
「アンタなんか好かんッ!ウチぃもぅヨカとおぉ、どげんでんよかッ! 」

自分、急に走るのを止めました、懐かしさで胸が息苦しかったから。
直ぐに気を取り直し、駆け出し追いかけました。

走りながら、「ナッ長崎たいッ!」 逃げる背中にブッツケた。

音が消えました。ヒールの踵が硬い舗道を蹴る甲高い音。

自分、急に逃げる背中が立ち止まったので、慌てて前のめりに為りながらも止まった。
眼の前の背中が丸まって舗道にしゃがみ込み、ショッピング袋を投げ出して蹲った。
途端になんとも言えへんもんが、夜の中で聴こえてきました。
こないにぃ繊細なものかとな、細く尾を引く、か弱そうな啼き声やった。
啼き声はしだいに深く呻くような風に為り、其れがなんだか夜の重たい凄みの様だと。
あの時の自分の心では、そぉぅ感じられました。

あの女ぁ、必死で堪え泣きしてましたんやろなぁ。

丸まって震える背中を見下ろす自分の心、訳も判らずに突然襲ってきた罪悪感に、
此れでもかと蝕まれた途端ッ! 痛み以上の痛さ無い激痛に遣られてしまいます。


「なぁ・・・・泣くなや、済まんけどなイッショニ映画ぁ観ぃひんかぁ?」


周りの暗さナ静かさが、あないに堪えたのは自分、初めてやた。


女の目の周りの化粧が乱れ、頬肌の濡れた跡、時おり通る深夜タクシーのヘッドライトに照らされていました。
自分、そんな女の姿を見るのも初めてでした、何時もは倶楽部で玄人女の顔しか視てなかった。
アンガイ、幼い童女のような顔していた。横顔背け、シキリトハンカチで顔を拭きながら訊いてくる。

「ナンバ観るとぉ?」
「洋画やねん 」
「ナンでもよかよぉ 」

自分、踵を返すようにして映画館の方角に歩き始めました。
背中にぃ、話しかけてきます。

「ぅちな、佐世保産まれとぉ 」
「そぉか、ぉいわ佐世保の沖の島たい 」
「ナンデ此処におると?」
「そげんこと、どげんでんよかと 」

耳を、背中の向こうに向かってソバダテテた。
ピンヒールの音が、何処か遠くへ逝ってしまわへんかと想ったから。

「なぁ、上着ば脱ぐとぉ 」
「なんでや?」
「よかけん脱いで 」

女、紙のショッピング袋に手ぇ突っ込んで、何かを弄りながら言いよった。
ナニがかと、判らなかったけど、サッキの後だったので言う事を聞いてやった。

「裏返しで持ットットぉ 」

映画館の蛍光電飾の瞬きに、小さな硝子の小瓶が照らされた。
中の琥珀色の液体が揺れる。
自分が広げた上着の内側に、真面目腐った顔して丁寧に噴霧する。

「なんやねんそれ?」
「よか匂いがする香水 」

厭な汚水の臭い、えぇ匂いのコロンを噴霧して、なんとか隠そうとしてくれていた。
眼の前の女が、ストンって感じでしゃがみ、ズボンの前にも噴霧しだす。

「駄目とぉ、無くなったぁ 」
「よか、チョットその瓶の蓋、開けんか 」
「なんばすとぉ 」

ズボンの後ろポケットから、ウイスキーの小瓶を取り出し、ネジ蓋の封を切った。

「貸さんか 」

女の掌の小瓶ぉ、指先で挟んで摘むとき手肌に指が触れ、チョット心がぁ!
臭い、完全に無くなった訳やなかったけど、随分とましに為りました。

「ウイスキーコロンたいね 」
「美味しか匂いすっとぉ 」

女が、自分の口の中にも吹き付けると、コッチに瓶を向けてきた。

「ぁ~んせね 」

恥ずかしかったけど、言いなりになりました。
夜の暗さに助けられました、真ッ昼間やったら絶対に出来ないことやった。
口の中以外にも、口の周りの肌に霧が纏わりつく感じがした。
厭な臭いはしなくなり、自分の胸の中には、
酒精噴霧以外の何かに酔った気持ち良さがしてきていた。

空きっ腹。

突然な感じで、腹の中が空っぽの感覚が蘇ってきた。

「飯ぃ食うたんかぁ?」
「ぃいやぁ、食べとぉなかとぉ 」
「なんやそぉか、腹減ったなぁ 」
「ぅん、よかと、チョッドつとよ 」

ッテ、再び紙ショッピング袋の中を弄りだし、直ぐに取り出した。

「コレ、食べてくれんねぇ 」
「なんやねん?」

「ぁんなぁ、アンタがよおぅ映画観るって聞いとったけん、オールナイトやったらお腹が空く想うたと 」

「ナンデ今夜観るちゅうて判ったんや?」
「判らんと、じゃけんいっつも持ってきとったとよ 」
「毎週土曜日にか?」
「いけんとぉ?」
「ァカンことないがな 」
「そんなら、映画ぁ観ながら食べてください 」


男はね、ケッコウ、こないな女の遣り口には、コロって参りますネン。
おボコイわいなんか、イチコロでっせ。




オレンジ・3



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