土曜の夜の深夜零時過ぎに、珍しく客足が途絶えた。
艶消し朱色で漆塗りした重たい入り口扉、吊り下げた小さな金鈴が鳴り開いた。
外の様子を表に窺いにいってたマネージャが、赤煉瓦外壁と扉の横に吊り下げてた、
【十八才未満の方入店お断り】の小さな白木の札差と無垢の真鍮製
【営業中】の札を持って戻ってきた。
「ボン、換えとけッ!」
「ハイ 」
こちらを見向きもしないで投げられ、放物線を描いて飛んできた二つの札を掴み、
直ぐにカウンター奥の天板跳ね上げ、踝まで埋まるかとな赤絨毯フロアーに出ようとしたら、
壁に銀盆(シルバー)用にと誂えた棚に腰が当たり、棚に重なり収まった銀盆、
派手な音を発てる。
「チッ!」 誰かが舌打ち。
聴こえぬフリで直ぐに入り口横のクロークカウンターに入り、
表の看板や階段灯の電源を切る。
【準備中】の札を掴んで左肩で扉を押し、店の外に飛び出した。
朱塗り扉額縁の上辺り、階段上から降り注ぐ表からの薄明かりでも、
ピカピカに輝く真鍮製の鈎に、コレも真鍮製で鈍く輝く地金の上に、
黒の燻し文字で【準備中】と書かれた札を吊り下げる。
薄暗い階段、足元を視ずに面を上げ、地下入り口を視ながら駆け上がった。
舗道の電飾置き看板の電線を手繰って、
ビルの基礎を取り囲む植え込みの中に手を突っ込む。
弄って、基礎埋め込みのコンセントから、差込コンセントを抜くと置き看板の灯りが消えた。
両手で看板持ち上げ、慣れた足取りで階段を駆け降りる。
扉前の踊り場に看板を置き、扉を開けようとしたら内側に開いた。
店内の明かりを背に妓の姐さんたち、営業衣装の夜会服(ドレス)の、
剥き出しの肩肌に、其々の通勤用の私服上着を肩肌に引っ掛けた、
帰り支度で出てくる。
「ボン、お疲れッぇ!」
「ボンやん、ワルサせんとはよ帰るんやで 」
「ボン、えぇコトしぃやぁ 」
「ボン・・・・・ 」
イチイチお疲れさん、おぉきにッ!せえヘンがな、なんヤネン?っと、応じる。
「映画ぁ行くんかぁ?」
「ぇッ? 」
「早仕舞いやさかい観ぃに(オールナイト)ゆくんかぁ? 」
「チョット通してんかぁ、アンタら 」
「ぁ、ゴメンなさいッ!」
「スンマセンッ!」
「アンタら、コナイナ狭いトコ(入り口付近)で示し合わさんときんかぁ 」
「ぁ、イヤッ〇〇さんチャィますわぁ、もぉぅ! 」
「ァホッ! アンタぁこの娘(コ)ぉに恥ぃかかさんときんかッ!」
「ぉ姐さんッ!違いますぅ!」
「チョット、えぇ加減にしぃやぁ、後がつかえてますんやでぇ 」
ッデ、ゾロゾロと連なりながら、女の妓が全員お帰りに。
背中で扉を押し開き、其のまま後ずさりで看板を店内にと。
倶楽部がハネ、後片付けが全部済んで一息つき、就業終わり間際に
ドッカで飯ぃ喰ってそれからやな、お楽しみはっと想い、
厨房から出かけたら、イッツモ優しい先輩から、
「ボン、ホレッ大事なお土産やッ!」ッテ、ヨク押し付けれらてたわ。
エラソウニ先輩風ブンブン吹かせながら、調理場の隅を指差し示すは、
大きめな、黒色ビニール製業務用ゴミ袋。
其のゴミ袋を両手に提げ、地下から表通りの舗道にと。
明かりが落とされた暗い階段、奥歯噛み締めて登ります。
階段上がると、周りのビルの電飾看板で少しは明るい魚町通りの舗道を、
ゴミの集積場に指定された公園まで、チャリのハンダル片手で操作し、
もう片方の手には二つのゴミ袋を提げ、チャリのペダルをやね、
『怒ッァホッ!ウスラ先輩ッ野郎ぉッ目ェがぁ!!ダボッがぁ! 』
ット、悔しさ任せの勢いで漕ぎマクリ、未だ酔い足りず妖しげな酔眼で辺りを見回し、
千鳥歩きでウロツクホロ酔い人サンらぉ、酒臭さが漂うドブ池舗道の水面を、
水スマシしのように素早く交わして駆けます。
ゴミ集積場の山積のゴミ袋群に向け、
自転車で通過しながら手にしたゴミ袋を投げた。
「わッ!痛ッ!!」 コレ、自分の悲鳴
「クッ臭ッあッ!」 コレも
ゴミ袋を勢いよく投げたつもりが、イッペンに二袋もよぉ投げきれず、
一フクロが自分の顔に当たって破け、ペダル漕いでる太腿に落ち、
ペダル漕いでいたので、膝で跳ね上げられ地面に落ち、
ゴミをそこら辺に撒き散らしなが転がった。
コケそうに為ったチャリを急停止させ、
慌てて掌で顔をなでると汚さが尚更顔中にぃッ!
食いモン屋の営業用のゴミ袋の中身なんか、タイガイ汚いもんやねん。
二つにへし折って捨てた割り箸なんかで、袋には無数に小さな孔が開いてますねん。
其の孔から、中の残飯ゴミから染み出る汚水なんかが垂れてます。
チャリで走ってきた道路を振り返って観ると、臭わす汚水の雫の跡が、
黒く濡れた小さな点々となって連なり、向こうの街角までぇッテ。
直ぐに集積場の後ろ、公園の汚いトイレに駆け込んで冷たい水で顔を洗います。
口に水を含んでウガイもします、何回も歯茎や歯ぁもススギます。
漸くトイレから出てきて、衣服を改めると衣服には汚水の雫の痕がぁ!
自分、此の晩、ホンマニ情けない想いがイッパイで悲しかった。
ッデ、災難に遭った晩は土曜日で(正確には午前零時を過ぎてたので日曜日)、
映画館はオールナイイト上映中。だから朝まで好きな映画が観れますねん。
自分、日常的に金欠だったあの頃の一番の贅沢が、好きな映画を観ることやった。
今の世みたいな、手軽に映画のビデオが借りられる、レンタルビデオなんかがない時代。
映画を観るなら、街の大きな映画館でしか視れなかった時代。
当時は、映画俳優の高倉さん鶴田さんなど、東映の仁侠映画真っ盛。
ヤクザ映画を観終わって、映画の主人公に為りきった観客さん。
映画館から出てくると、タイガイみなさん肩を怒らせたり、
横に銜える極道の煙草の吸い方を真似した、妙に男気取りした人さんが多かった。
ッデ自分、何故か極道物はアンガイ観ていません。
邦画よりも洋物系が好みやったんですよ、棲んでる世界がお水系やのにねぇ。
観てくれ風体なんかぁ、ケッコウ随分な和風面(醤油ツラ)してますのになぁ?
自分、服が汚水で濡れ汚れ、鼻が曲がるかとな臭さに辟易してしまい、
飯喰う元気も失せたけど、このままじゃぁアマリにも自分が惨めやったので、
セメテ映画だけでも観てやろうと想いました。
臭さ誤魔化しに煙草を咥え、シキリニ吸いまくって煙で臭いを誤魔化そうとしたけど、
如何にもぉぅ、我慢するしかなかった。
イッソノコト、映画を観ながらチビチビ舐めようかと、
ズボンの後ろポケットに忍ばせ用意してきた、
ウイスキーのポケット瓶の中身を、汚れた服に振り撒いて、
臭い消しに使ってやろうかと。
『アカンッ!ソナイナモンに酒つこうたら酒飲み作法の御法度もんやで、
邪道やッ!ダボがぁ!』
ッテ。チャリ漕ぎながら独り毒づき、映画館のある現在は西行の一方通行になってる、
十二陣屋前通りの北側舗道を、あの時絶対に観たかった【時計仕掛けのオレンジ】
ッが上映されてた映画館目差し、情けなさを堪えてチャリのハンドル握りながら、
乱れた心静めるようにユックリと、チャリのペダル踏んで゛行きました。
オレンジ・2