バブル経済でにぎやかだった1988年、89年のころ、日本
は、世界中から注目を集めました。
経済だけではありません。
「日本」そのものが注目を浴びたのです。
とくに欧米で、日本的なもの、日本の空気、日本の文化を取
り入れようという動きが広がりました。
それを「ジャパネスク」と呼んだりしました。
そこで、「日本的なもの」を売り込もうというわけで、日本で
も、「日本的なもの」を満載したものが、作られました。
そのひとつが、映画の「天と地と」です。
角川映画だったと思います。
「天と地と」は、海音寺潮五郎の小説で、上杉謙信と武田信
玄という二人の武将の生涯を描いています。
NHKの大河ドラマにもなりました。
それを、映画にしたのです。
当時、たまたま、この映画を見る機会があったのですが、日
本的なもの、日本情緒をこれでもかと盛り込んでありました。
謙信と信玄が大部隊を率いて戦う場面では、画面いっぱいに鮮
やかな紅葉が映し出されます。
もちろん、春のシーンでは、画面いっぱいの桜です。
いざ戦いが始まると、部隊が実際にぶつかる様子ではなく、華
麗に着飾った騎馬武者が、紅葉を背景に、スローモーションで
ゆっくりと、まるで舞踏の儀式であるかのように、敵陣に向か
っ突き進んでいく。
上杉や武田の本陣では、寺や神社で、見るからに宗教的な色彩
を帯びた武将たちが整列している。
そうした様子が、それは見事な色彩で映像としてスクリーンに
映し出されるのです。
実に鮮やかな映像でした。
ところが、これが、全然おもしろくないのです。
映画としてみると、ちっともおもしろくない。
ストーリーが平凡だとか、戦闘場面に迫力がないとか、いろい
ろ理由はあるのですが、とにかく、見始めてすぐ、「ああ、これ
はおもしろくない」と感じました。
映像は見事です。
日本的なものは、これでもかと、ちりばめられています。
たぶん、おカネはかなりかかっている。
でも、おもしろくない。
一言で言って、退屈な映画でした。
実際、アメリカでもヨーロッパでも、ヒットすることなく、
終わってしまいました。
日本を世界に売り込むときに、この映画は、重要なヒントを提
示してくれます。
結論的にいうと
「いかにも日本的なもの」、「これこそ日本だ」と日本人が勝手
に思い込んでいるものを売り込むと、まず、失敗するーーとい
うことです。
欧米の人が「おお、これは日本だ」と思うはずだと、我々が勝
手に思い込んで作品を作ると、それがどんな作品であれ、欧米
ではまったく受けないーーということです。
映画「天と地と」は、その典型でした。
画面いっぱいの紅葉、満開の桜、寺と神社、着飾った武将、お
茶、生け花、着物と、「これが日本だ」というものが、次から次
へと出てきます。
ところが、それは日本人が勝手に「これが日本だ」と思いこみ、
「これなら欧米で受けるだろう」と漠然と信じていただけのこ
とでした。
別の言い方をすれば、日本的なものを技巧で作っても、まった
く受けないのです。
「どうですか、これが日本ですよ」「きれいでしょう」という、
えらそうな空気が、作品からにじみ出てしまうのです。
では、どうすればいいのでしょう。
次回は、それを考えてみます。