アメリカで、トランプ大統領が就任しました。
トランプ大統領は、就任演説で、「アメリカ第一」を明言し、日
本のメディアも、それを大きく報じました。
これまでのアメリカの大統領は、就任演説で、格調高いことを言
うのが普通でした。
就任演説で、いきなり、しかも、はっきりと、「アメリカ第一」
を明言するのは、なかなか、ないことです。
アメリカの大統領が、「アメリカ第一」を掲げたというので、日
本でも欧州でも、戸惑う声が出ています。
今回は、あえて、異見を書いてみます。
どの国にせよ、大統領なり、首相なりが、自分の国を大切にする
のは、当たり前のことです。
日本の首相が、「日本のことが一番大事です」「日本が一番です」
と発言したら、おかしいでしょうか。
冷静に考えてみると、アメリカの大統領が、「アメリカ第一」と
言うのは、当たり前といえば当たり前のことです。
自国の利益を第一に考えない大統領や首相は、ありえないのです。
1990年代、日本は円高進行に苦しみ、アメリカやドイツ、イ
ギリス、すなわち、欧米諸国に働きかけて、なんとか、円高(ドル
安)を止めようとしていました。
具体的には、日米欧の中央銀行が、外国為替市場で、そろって円
売り(ドル買い)をするのです。そうすると、市場は、日本だけで
はなく、欧米諸国も、円高を止めようとしたいんだなと理解し、円
買いにブレーキがかかって、円高も止まると、まあ、そういうわけ
です。
これを、日米欧の中央銀行が市場に「協調介入」したと言います。
もっと言えば、「国際協調」です。
日本は、この「協調介入」「国際協調」という言葉が好きで、円高
を止めるため、欧米の中央銀行に、日本と一緒に、市場で円を売って
ほしいと要請してきました。
日米欧各国が、円を売ることで、外為市場に介入するわけです。
当時の新聞を見ると、「日米欧、協調介入」という見出しが、毎
日のように出ています。
ところが、円高は、なかなか止まりません。
というのも、日銀は一生懸命、円を売るのですが、アメリカやイ
ギリス、ドイツの中央銀行は、あまり円を売らないのです。売って
くれないのです。
「国際協調」「協調介入」と言うものの、アメリカやイギリス、
ドイツは、日本から要請されたので、ちょっとおつきあいをした、
という程度の動きしかしてくれないのです。
だから、外為市場は、「あ、これは、アメリカやイギリス、ドイ
ツは、円高を止めるつもりはないな」と見破ってしまうのです。
それでも日本は、アメリカやイギリス、ドイツに、頭を下げて、
協調介入をお願いします。
でも、ほとんど効果がありません。
そんなとき、アメリカ政府の通貨担当者が、政府をやめて、アメ
リカの名門大学の教授になりました。
大学に移ってすぐ、ちょっとした経済会議で、彼は、円高進行で
アメリカの立場について質問されて、こう答えました。
「円高を止めるための国際協調ということがよく言われる。しか
し、国際協調などというものは、ない。あるのは、自国の利益だけ
だ」。
彼は、円ドル相場の動きについて、大事なのは、アメリカの利益
だけだとはっきり言ったのです。
この人は、アメリカ政府にいる間は、そういう言い方はしません
でした。日本に対して厳しい言い方をする人ではありましたが、
「国際協調というものはない。あるのは自国の利益だけだ」とは、
決して言いませんでした。
しかし、政府をやめ、大学の先生になったので、気楽に発言でき
るようになって、本音を語ったのです。
ということは、アメリカの政府も、あるのは自国の利益だけだと
考えていた、ということです。
日本の要請で協調介入をしたことにはなっていますが、それは、
あくまでもちょっとしたお付き合いに過ぎず、円ドル相場も、アメ
リカの利益を考えて対応しますよと、まあ、そういうことです。
この人の発言で、日本と欧米、とくに日本とアメリカとの間で感
じていたギャップ、違和感が、すっと腑に落ちた思いがしました。
そうです。
あるのは、自国の利益です。
大事なのは、自国の利益なのです。
考えてみれば、当たり前のことで、自国より他国の利益を考えて
政策を実行する国が、そもそも、あるでしょうか。
でも、「大事なのは自国の利益だ」と明言してしまえば、それで
終わってしまいます。
そうではなくて、「大事なのは自国の利益だ」と心の中では考えて
いても、それを口にせず、オブラートでくるみ、相手には「はい。
分かりました。国際協調入しましょう」と言うのが、「外交」なので
す。
外交とは、各国が自国の利益を優先しつつも、ただそれだけでは
けんかになるから、それをオブラートでくるみ、相手とうまく合わ
せてやていくことです。
たぶん、日本は、そこが非常にナイーブなんだろうと思います。
外為市場で、円高を止めたい。日本が意を尽くして、アメリカや
イギリス、ドイツにお願いすれば、きっと相手も分かってくれる。
相手も分かって、「国際協調」をしてくれる。
日本は、素直に、そう考えてしまうのです。
そして、したたかなアメリカや欧州諸国に、してやられるのです。
そうやって冷静に判断すると、トランプ大統領が「アメリカ第一」
というのは、決して、おかしなことではありません。
アメリカの大統領にとっても、大事なのは、「自国の利益」つま
り「アメリカの利益」なのですから。
ただし、歴代大統領は、もう少しスマートでしたから、それを言
葉にしてはっきりと言ったりはしませんでした。
「大事なのはアメリカの利益」と思いながらも、それを、オブラ
ートでくるんで、相手の顔を立てていたのです。
オバマ大統領も、ブッシュ大統領も、クリントン大統領も、みん
な、そうです。彼らにとっても、一番大事なのは、もちろん、アメ
リカの利益なのです。でも、それをはっきりと言ったりはせず、そ
の考えを、上手にオブラートにくるんでいただけのことです。
ところが、トランプ大統領は、政治の世界にいた経験がないので、
そういうオブラートにくるむやり方をしないのです。
就任演説で「アメリカ第一」と言ってしまうのは、やり方として、
スマートなやり方ではなかったということです。
考えようによっては、そのほうが、誤解されずにいいかもしれま
せん。
日本は、円相場の「協調介入」「国際協調」で見るように、外交の
場において、どこか、非常にナイーブ、まことに素直です。
相手も日本と同じようにやってくれると、そう思ってしまいます。
それでは、してやられます。
トランプ大統領のように「アメリカ第一」とはっきり言ってもら
ったほうが、日本のようなナイーブな国にとっては、誤解を避けら
れて、もしかすると、よかったかもしれません。
「アメリカ第一」と言われると、誤解のしようがありませんからね。