このブログで前に書いた話ですが、もう一度、書いておきます。
海彦、山彦の話です。
日本の神話には、海彦、山彦という兄弟が登場します。
天孫降臨の神様の一族で、うみひこ、やまひこ と読みます。
子供のころに童話として読んだという方も少なくないと思います。
海彦は、海岸の家に住んでいます。
非常によく釣れる釣り針を持っていて、毎日、海で漁をし、たくさんの魚
を獲って、豊かに暮らしています。
山彦は、山に住んでいます。よく土を耕せるクワや、上手に草を刈るこ
とのできる鎌を持っていて、農業をして穏やかに暮らしています。
海彦と山彦は、もともと兄弟ですから仲が良く、互いに、海のものと、山
のものを、交換していました。
ところが、問題が起きます。
海彦と山彦は、ある日、釣り針とクワ・鎌を交換し、海彦が山で、山彦
が海で生活してみようということになったのです。
山彦は、海に漁に出て、毎日、たくさんの魚を獲っていたのですが、あ
るとき、釣り針をなくしてしまいました。
海に落としてしまったのです。
それを知った海彦は、ものすごく怒り、釣り針を返すよう要求します。
山彦がどんなに謝っても、海彦は許しません。
山彦が、自分の鎌をつぶして100本の釣り針を作って渡し、
「これでもう許してください」
といっても、海彦は、自分の釣り針じゃないとだめだと言い張ります。
山彦は困り果てます。
――というのが、神話のストーリーです。
日本は、豊かな土壌を持つ山の国である一方で、四方を海に囲まれ
た海の国でもあります。
「山」、というより、「陸地」、「農地」ですね。
陸地の人々は、はるかな昔から農業で暮らしてきました。
この人たちが山彦です。
一方、海で暮らしてきた人々は、魚を獲る漁業で暮らしてきました。
漁業だけにはとどまりません。
毎日、船で外に出るので、当然、海外との貿易もするようになります。
魚を獲っていたはずが、いつの間にか、貿易まで始めるようになってし
まいます。
この人たちが海彦です。
日本という国には、
農業で暮らす山彦と、
漁業や貿易で暮らす海彦
がいるのです。
山彦と海彦の仕事や暮らしは、もちろん、かなり違います。
同じ国に住んでいるのに、まるで違う仕事や暮らしです。
ただし、というか、もちろん、山彦と海彦は、お互い、収穫したものを交
換して、豊かに暮らしているわけです。
さて、そこで、TPP(環太平洋経済協力)です。
TPPは、自由化を進める交渉です。
TPPに賛成する人たちは、電機や自動車のように、海外との貿易で暮
らす人たちです。
そうです。 海彦です。
TPPに反対するのは、海外から安い農産物が入ってきたら、とても
暮らしていけないという人たち、農業の人たちです。
そうです。山彦です。
TPPは、日本においては、海彦と山彦の対立です。
日本でのTPPの議論は、まったくかみ合いません。テレビの討論番組
でも、お互い、言いたいことを言って、ケンカ腰になって、それでおし
まいという感じです。
それは、海彦が海彦の主張をし、山彦が山彦の主張をするからです。
お互いが、それぞれの主張をするだけでは、議論がかみあうはずもあり
ません。
貿易で生きる海彦にとって、TPPは非常に重要な交渉です。
自由化されたほうが、自分たちの生産したものは海外で売りやすく
なります。
それに対し、日本の土地に生きる山彦にとっては、もっと広い土地
で作る農産物が自由化によって安く入ってきたら困ります。
政府がTPPに積極的――と伝えられれば、海彦は喜びますが、山
彦は困ったと思います。
日本は、海彦と山彦の両方が住む国です。
そのことを忘れてしまっては、TPPの議論は進みま
せん。
海彦は、TPPが自分たちに有利だと思うから賛成します。
山彦は、TPPが自分たちに不利だと思うから反対します。
海彦と山彦の対立の構図をそのままに残していては、TPPは
前には進みません。
日本が戦後、ここまで成長し、経済大国になったのは、海外に打っ
て出た海彦の活躍が大きい。海彦がいなければ、日本経済は、ここま
で大きくはならなかったでしょう。
このまま日本が豊かな国であるためには、海彦が働きやすいように
する必要がある。
しかし、その海彦の食卓を支えてきたのは、まぎれもなく山彦です。
山彦がいたからこそ、海彦は家に帰って、安全でおいしい農産物を
食べることができ、また次の日、仕事に戻ることができた。
海彦がさらにしっかり働くには、山彦の支えが絶対に必要なのです。
山彦も、海彦が作った電機製品や自動車で、陸での生活が豊かになっ
ている。山彦にも、海彦の活動が不可欠なのです。
海彦と山彦が、けんかをしていては、日本という国は立ち行かなく
なります。
TPPに参加すると有利だというのは、海彦はよくわかっている。
日本としては、海彦を支援する必要がある。
しかし、それで山彦が不利になるというのであれば、山彦をしっ
かりサポートしてやる必要がある。
あるいは、もし、山彦の心配が、根拠のないもの、ただの杞憂に
すぎないのであれば、それをちゃんと山彦に説明しないといけない。
日本経済のことを考えると、TPPには参加する必要がある。
しかし、それが海彦だけのことを考えたものであってはいけない。
TPPでどうなるかを、山彦にちゃんと説明しないといけない。
日本には、海彦と山彦の両方が暮らしていて、それぞれが
お互いにとって大事な存在ですし、なによりも、海彦と山
彦があってこその日本です。
すべては、そこをはっきり認識することから始まります。
しかし、いまは、海彦と山彦の対話があまりに少ないよう
に思えます。
海彦と山彦が対立しているとき、その対話を促すのは、政
府をおいて、ほかにないでしょう。
政府は、知らん顔をしたり、ほおっかむりをしたりせず、
海彦と山彦の対話を本気になって進めなければなりません。