いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

日本の電機の失敗の研究・・・東芝もシャープも90年代にスマートフォンを作っていました。

2016年04月12日 23時31分31秒 | 日記

シャープが台湾の鴻海に身売りし、東芝は白物家電を中国の
美的集団に売却しました。つい10年前まで、日本は家電王
国で、日本の電機メーカーは圧倒的な強さを持っていました。

 民主党が政権を取っていたころ、円高を放置し、1ドル=
75円というようなとんでもない円高になってしまいました。
 ひとつには、この円高で、日本の電機、とくに家電は、国
際競争力を失っていくのです。

 ただし、円高だけではありません。
 日本の電機メーカーは、時代の先を行くような製品を開発
しながら、それを市場で生かせないのです。
 ひとつの象徴は、スマートフォンです。
 アップルがiPhoneを市場に出したとき、当時、アップ
ルを率いていたスティーブ・ジョブズが、最後まで気にしてい
たのがソニーです。彼は、「ソニーは、なぜ、スマートフォン
を出してこないんだ」と不思議がっていたことが伝えられてい
ます。

 実は、東芝とシャープは、1990年代に、もう、スマート
フォンの原型を作り、市場に出していました。
 当時、まだスマートフォンという言葉はありませんが、東芝
とシャープの製品は、うまく育てれば、世界標準の製品になっ
ていた可能性が高かったと思います。

 当ブログは、2012年11月に、東芝が1990年代に出
したスマートフォンを取り上げています。
 実は、私は、東芝が出した直後に、そのスマートフォンを買い
、実際に使っていました。それがまだ手元にあり、その写真と
ともに、原稿にし、当ブログに掲載しました。
 東芝が、白物家電を売却したいま、もう一度、そのときの原
稿を、加筆・修正して、再度、掲載します。
          
          ***

     
 日本の電機メーカーが、苦しんでいます。
 個別企業の低迷というころではなく、日本の電機産業が低
迷しているといっていいような状況です。

 低迷のひとつの象徴は、スマートフォンでしょう。

 現在、携帯電話がどんどんスマートフォンに置き換わって
いますが、日本のスマートフォンの市場で圧倒的に売れて
いるのは、まず、アップルのiPhoneです。
 アップルに対抗するスマートフォンとして、アンドロイド系
の機種がありますが、アンドロイドも、仕様は基本的には
グーグルが定めたものです。しかし、アンドロイドの仕様が
あったからこそ、日本の電機メーカーもスマートフォンを
作ることが出来ているのです。
 ただし、世界的には、アンドロイド系のスマートフォンは、
韓国のサムスンがトップのシェアを占めています。
 さらにまた、アップルはアイフォンの仕様を公開していない
ので、アイフォンはアップル以外、作ることはできません。
 結局、スマートフォンの世界では、日本の電機メーカーは
マイナーな存在になっています。 

 スマートフォンのような小型のIT機器は、本来なら
日本の電機メーカーがいちばん得意な分野でした。
 その分野で、日本がマイナーな存在になるとは、少し前なら、
ちょっと考えられないような話です。

 スマートフォンで、日本企業は、いったい、何をして
いるのか。
 日本企業はどうなってしまったのでしょうか。

 実は、日本の企業は、早くも1997年に、iPhone
やアンドロイドに先駆けて、スマートフォンを出していました。
 東芝が「ジェニオ」
 パナソニックが「ピノキオ」
 という製品を出していたのです。

 せっかく、画期的な製品を作っておきながら、市場に浸透
することなく、姿を消しました。
どうしてそんなことになったのか。
日本の電機メーカーの「失敗」のひとつとして受け取り、
「失敗の研究」をする必要があります。
今回は、「失敗の研究」をするための重要な例として、
お読みいただければと思います。



 東芝の「ジェニオ」を、私は、1997年に買いました。
 当時は、まだ、スマートフォンという呼び名さえありません。

 その「ジェニオ」の実物が、手元に保管してあります。
 それを紹介しますので、いかに先を行く製品だったかを、
ご覧になってください。 

 まず、ジェニオの全貌です。
 手前にあるのは、サイズを比較するために置いたシャープペン
シルです。


 どうですか?
 デザイン的にはちょっとごつごつしていますが、見るからに
スマートフォンでしょう。

 このジェニオは、透明なカバーがあって、カバーが開きます。
 開けたところをご覧になってください。

 なかなかしゃれているでしょう?

 付属のタッチペンで画面を触って操作します。
 その画面の左側に、操作するコマンド群が並べてあります。
 コマンド群のアップを見てください。

 ご覧になれますでしょうか。
 左上に「インターネット」とあります。
 すでにインターネットに接続できたんですね。
 真ん中あたりには、
  「ノート」「分類」
 とあります。
 これは、ジェニオに文書を記録しておくコマンドです。

 そのすぐ下には、
  「スケジュール」「アドレス」
 があります。
 その日の予定を書き込んだり、メールアドレスを記録したりする
ことができたのです。
 
 さらにその下には、
  「メモ」
  「アプリケーション」
 があります。
 メモには、文字通り、メモを書き込むことができました。
 アプリケーションは、非常に大事で、ジェニオ用のソフトを
このコマンドで操作するのです。
  
 一番下には、「メニュー」もあります。

 どうですか?
 いまのスマートフォンと、ほとんど変わらないでしょう。
 スマートフォンとして、十分な機能を備えているのです。

 いまのiPhoneと並べて写真を撮ってみました。

 
 もう一枚、別の角度から撮りました。


 どうでしょう?
 サイズなど、そんなに変わらないでしょう?
 画面の大きさも、ジェニオは負けていません。

 デザイン的には、さすがに、iPhoneは洗練されていて、
ジェニオは、ちょっとごつごつしています。
 しかし、ジェニオが出たのは1997年ですから、2016年の
いまから見て、もう19年も前のことですよ。

 19年前というと、iPHONEどころか、音楽を聴くiPOD
も、まだ出ていないころです。

 これが、ビックカメラなどの量販店で市販されて
いたのです。
 ただし、売れませんでした。
  
 電話は、PHSを搭載していました。

 私は、当時、すぐにこのジェニオを買いました。
 駅などで、ジェニオを耳にあてて、通話をしていると、
そばを通った人が「これはいったい、なんだろう?」という
表情でちらちら見ていたものです。

 こうやって、改めて、並べてみると、
 1997年に発売された東芝のジェニオは、
 2016年のアップルのiPhoneと比べ、遜色がありません。

 すばらしいでしょう?
 こんなものを、日本の企業は、いまから19年も前に作っ
ていたのです。
 世界を1周も2周もリードしていたのです。
 うまくやれば、これが世界標準になってもおかしくなかった
のにと思うと、非常に残念です。
 なぜ、これが失敗したのか。
 その「失敗の研究」が非常に大事になります。
 日本のIT企業が巻き返すには、この「失敗の研究」が
絶対に必要です。

 それにしても、素晴らしい機械でした。
 これが、1997年に市販されていたわけです。
 いま見ても、ほれぼれします。
 19年も前にこれだけの製品を出しながらと思うと、
本当に残念です。

19年前にこれだけのものを出しながら、なぜ売れなかった
のか。
 なぜ、静かに姿を消してしまったのか。

 日本の電機産業の復権には、こうした「失敗の事例」をしっかり
と分析し、「失敗の研究」を、進める必要があるように思います。
 
 シャープのスマートフォンも、私の手元に置いてあるはずです。
 ちょっと行方不明になっているのですが、見つけ次第、ご紹介
します。
 ちょっとくやしいぐらい、素晴らしい製品ですよ。

 では。



記者のたたずまい・・・「保育所落ちた」のツイッターにテレビ番組で拍手した記者は。

2016年04月10日 23時04分07秒 | 日記

 きのう、政治家の言葉が汚くなったという話を書きました。
 ついでに、記者のたたずまいについても書いておきます。

 民進党の山尾議員が国会で取り上げた「保育所落ちた。日本死ね」
というツイッターのことです。
 もう一度書いておくと、どこかの母親が、子供を保育所に入れよ
うとしたが、残念ながら、受け入れてもらえませんでした。
 そこで、この母親は、自分のツイッターに、「保育所落ちた。女
性が活躍できる社会を作るんじゃないのか。全然活躍できないじゃ
ないか。日本死ね」というような言葉を書いたのです。
 それを、山尾議員が、国会で取り上げ、政府を批判したのです。

 簡単に紹介すると、そういうことになるのですが、ご覧のように、
非常に曖昧な内容で、どこか、ふわふわした感じがします。
 というのも、「どこかの母親」「どこかの保育所」「なんらかの理
由で子供が入れなかった」ということになって、とらえどころがな
いのです。
 文章を書くときの要素として、よく、5W1Hというようなこと
を言います。
 実際に、原稿を書いているとき、5W1Hを意識しているかとい
うと、意識しているわけではありませんが、でも、できあがった原
稿は、自然に5W1Hが入っています。
 わざわざ、5W1Hなどという言い方をしなくても、「だれが」
「いつ」「どこで」「何を」「なぜ」(5W)、「どうした」(1H)と
いうようなことは、普通に原稿を書いていると、文章の中に自然と
入ってくるものなのです。

 しかし、この「保育所落ちた」のツイッターには、この5W1H
が、ほとんど、ありません。
 どこの母親が、何年何月に、どこの市町村の保育所で、なぜ落ち
たのか。
 「どこの」とか「何年何月に」とかが分かっていないので、なに
か曖昧になってしまうのです。

 でも、この母親が、自分の感情を、そうやって、自分のツイッタ
ーに書くのは、別にかまわないのです。
 自分の思うところをツイッターで発信するというのは、個人の行
動としては、おかしなところはありませんし、批判されるようなこ
とでもありません。

 ただし、きのう書いたように、国会議員が、それを国会で取り上
げるとなると、話は違う。そうなると、非常に公的な話となってし
まいます。個人のつぶやきではなくなってしまうのですから、どこ
の保育所なのか、なぜ落ちたのか、つまりは、5W1Hを、山尾議
員が、しっかり把握しておく必要があったのです。

 それが、きのう書いた話です。

 このツイッターがすっかり有名になった後、4月の初めでしたが、
TBSの夕方のニュース番組で、キャスターの堀尾氏が、このツイ
ッターの全文を読み上げたのです。
 すると、コメンテーターとして、系列の新聞社から出席している
女性記者が、うれしそうに、ぱちぱちと拍手したのです。
 このツイッターを、よく書いた、と言いたいような拍手でした。

 この拍手と、そのうれしそうな顔には、がっかりしました。
このコメンテーターは、新聞記者です。この記者は、ツイッター
の「保育所落ちた。日本死ね」という言葉を、政権批判ととらえ、
よく批判した、という感じで拍手したのでしょう。
 しかし、このコメンテーターは、新聞記者です。
 新聞記者であれば、保育所の待機児童の問題は、自分で調べて自
分で原稿を書き、世に問うのが本当です。
 それをせず、「保育所落ちた。日本死ね」というような個人の感
情論に、拍手を送るとすれば、それは、新聞記者ではないだろうと
思うのです。
 この記者は、このツイッターの内容が、正確なのかどうか、いっ
たい、どこの保育所なのか、なぜ落ちたのか、取材して確認したの
でしょうか。
 していないと思います。
 もし万一、このツイッターの内容が正確ではないとしたら、拍手
を送った自分の行動に、どう責任を取りますか。
 この記者は、記者として、あまりに軽率だったと思います。
記者なら、拍手などしていないで、自分で取材して、原稿を書く
のが本当です。
それは、記者としてのたたずまいの問題です。







政治の言葉が汚くなってきました・・・相手のミスをあげつらうのは、もういい加減にしませんか。

2016年04月10日 01時26分27秒 | 日記


 政治の言葉が汚くなってきました。
 このままでは、政治がますます嫌われてしまいます。

 いちばん近いところでは、民進党の山尾議員です。
 保育所に子供を預けようと応募したけれど、残念ながら受け入れ
てもらえなかった母親が、自分のツイッターに「保育所落ちた。日
本死ね」と書き込みました。
 山尾議員は、このツイッターを国会で読み上げ、政府の対応を
批判しました。これは注目を集め、自民党もうろたえました。
 そこで民進党は、民主党から民進党に変わるにあたって、山尾議
員を政調会長に抜擢しました。

 子供を保育所に受け入れてもらえなかった母親が「保育所落ちた。
日本死ね」と自分のツイッターに書き込むのは、それはそれでかま
いません。私は、「日本死ね」というような言葉は嫌いですが、そ
れを、母親が、自分の怒りとして、自分のツイッターに書き込むの
は、まったく自由です。この母親は、よほど、怒ったのでしょう。
それはそれでかまいません。

 しかし、それを、政治家が、国会議員が、国会という公の場で、
どや顔で読み上げる。読み上げて、首相を批判する。
 そうなると、話は違ってきます。
 母親は、自分の怒りを自分のツイッターに書き込んでだけです。
 それを国会議員が、国会で読み上げると、母親ひとりの話ではな
くなってしまいます。

 もし、国会議員が、保育所の待機児童のことを取り上げて批判し
たいのであれば、国会議員は、自分で調べて、自分の言葉で批判す
るべきでしょう。
 国会議員はが自分で調べ、自分で実際に待機児童の現状を国会で
紹介するのであれば、それは、大変素晴らしいと思います。
 しかし、そうではなく、ただ「日本死ね」というような感情的な
言葉を国会で読み上げ、首相を批判するとなると、ただただ、感情
論でモノを言っているだけです。

 この母親が書いた保育所は、いったい、どこの県、どこの市町村
にあって、どういう状況で落ちたのか。
 そんな基本的なことが、これでは、まったく分かりません。
 それで批判しても、批判されたほうだって困ってしまうでしょう。

 子供が保育所に落ちた母親が「日本死ね」と言うのは、それは個
人的な感情ですから、それはそれでしようがないと思います。
 しかし、国会議員がそれを取り上げたら、もう、国会議員の個人
的な感情ではなく、国会議員による極めて公の発言になってしまい
ます。公の発言になる以上は、議員も、その保育所がどこの市町村
にあって、どういう状況で落ちたのか、ちゃんと確認しておく必要
があります。
 それをせず、ただ、首相に、「どう思うか」と尋ねても、しよう
がないでしょう。

 その山尾議員は、一転、週刊新潮に、事務所の不透明な経費のこ
とを書かれました。山尾議員の事務所は、ガソリンを異様にたくさ
ん購入していたのです。
 そのことを書かれると、山尾議員は、1週間たってから記者会見
し、「秘書がやりました」と発表しました。

 自民党の議員が不祥事を起こし、釈明会見で、「秘書がやりまし
た」「私は知りませんでした」というのは、毎度おなじみの光景で、
野党・民主党は、それを「秘書の責任は議員の責任だ」と追及して
きました。議員も辞任するべきだというわけです。
 山尾議員の「秘書がやりました」というのは、自民党の議員のお
なじみの釈明と、まったく同じです。
議員は辞任しなくてもいいのでしょうか。

 自民党の丸川環境相は、テレビのアナウンサーでした。声がよく
通ります。
 民主党が政権に就き、自民党が野党に転落したときのことです。
首相は鳩山由紀夫氏でした。丸川議員は、声がよく通るので、いろ
いろ、ヤジを飛ばしていました。
 鳩山首相が、普天間基地の移転問題で苦しい答弁をしていたとき、
丸川議員は、よく通る大きな声で「ルーピー」とヤジを飛ばしまし
た。「のろま」というほどの意味です。それを、鳩山首相がしゃべ
っている最中に、2度、3度とやったのです。
 テレビの国会中継でその場面を見ていましたが、民主党だけでは
なく、自民党の議員も、このヤジには、戸惑っている感じがありま
した。実際、中継のマイクは、「うるさいなあ」という議員のつぶ
やきを拾っていました。
 
 その丸川議員は、環境相に任命されました。
 任命された途端、原子力に関する失言を、民主党から追及され始
めました。丸川環境相は、放射線の基準の決め方は科学的ではない
というような発言を、どこかの講演でしていたのです。
 民主党は、その発言を取り上げ、ねちねちと丸川環境相を批判し
ました。
 丸川環境相は、結局、おわびをせざるをえませんでした。
 これは、民主党も、「ルーピー」とやじられた仇を討ったような
ものです。

民主党が政権を取っていたころ、民主党の閣僚も、失言が多かっ
たのです。
 民主党の経済産業相は、福島原発の周辺の街を視察に行き、記者
団に感想を聞かれて「ゴーストタウンみたいだった」と答えました。
自民党は、鬼の首を取ったように、これを批判し、経産相は、辞任
に追い込まれました。
 民主党の復興担当相は、宮城県知事に会いに行き、知事が自分よ
り後に部屋に入ったことに腹を立てて、「来客を迎えるときは、自
分のほうが先に部屋で待っているものだ」と非難しました。そして、
それを見ていた報道陣に、「いまのこと、書くなよ」と脅しました。
その際、俺は新聞やテレビの上の方の人を知っているんだからーー
というようなことまで言ったのです。

 自民党も民主党も、同じようなことをしている。
 お互い、同じようなことを批判しあっている。
 悲しいのは、批判の対象が、政策ではないことです。
 相手の議員や閣僚の失言や落ち度を批判、非難しているだけなの
です。
 ここには、政策論争というものがまったくありません。

 相手の落ち度を批判し、それで、自分の党の支持率が上がるのな
らまだしも、民進党の支持率は、発足当初から低迷しています。

 民進党の岡田代表は、こうやって自民党の落ち度を探し出して、
それをたたけば、それで民進党の支持率が上がると思っているの
でしょうか。
 岡田代表の言動を見ていると、残念ながら、どうも、そのよう
です。

 相手の落ち度やミスを追及し合うというのは、昔からあったこと
です。
 しかし、最近の政治は、それがちょっと度を過ぎています。
 自民党も民進党も、こんなことばかりしていると、国民は、どん
どん、政治から関心をなくしていまいます。
 国民が政治に無関心になってしまうのが、実は、いちばん怖いの
です。
 相手の落ち度をつつきあうのは、もう、いい加減にしませんか。


大きなニュースがあふれています・・・でもきょうは、唐突ですが、「あさが来た」です。

2016年04月03日 22時50分15秒 | 日記


 しばらくブログの更新をしない間に、実にたくさんのニュースが
ありました。
 東芝が家電部門を中国の企業に売却し、シャープは、会社そのも
のを台湾の企業に身売りしました。
 日本経済はたぶん景気後退に入りました。では、来年4月の消費
税率の引き上げは、どうするのか。
 そもそも、アベノミクスは、どういう展開を迎えるのか。
 安保法制が、施行されました。 

 保育所に入れなかった母親が書いたSNSが、思わぬ波紋を投げ
かけています。私は、このSNSは、品がなさすぎて、個人的には、
好きになれません。
 それを取り上げた民主党の山尾議員は、おっと、もう民進党です
が、その政調会長に抜擢されました。
 と思ったら、自らの政治資金をめぐる疑惑が表面化し、一転、窮
地に立たされてしまいました。
 民主党は、いま書いたように、民進党として再出発しました。た
だし、先行きはどうもあまり芳しくはないような感じです。
 山尾議員の資金問題をはじめ、週刊文春と週刊新潮が気を吐いて
います。
 乙武君は、不倫のことを書かれ、苦しい立場です

 ワシントンでは核サミットが開かれ、アメリカと中国の対立が鮮
明になってきました。しかし、マイケル・ピルズベリー氏の「10
0年のマラソン CHINA2029」という驚くべき告白による
ならば、アメリカは、たぶん、まだ、だまされたままです。
 中国は、虎視眈々と、覇権国家を目指しています。中国は、いず
れ、アメリカをしのぐ超大国になるつもりなのでしょう。
 世界中でテロや地域紛争は収まらず、ベルギーは、イスラム過激
派によるテロに襲われました。
 
 朝霞市で誘拐された女子中学生が2年ぶりに救出されましたが、
容疑者は、表情を見ると、サイコパスではないかと疑われます。
 
 スケートの羽生結弦選手は、世界フィギュアで韓国系カザフスタ
ンの選手に進路を妨害され、大声をあげて意外な一面を見せてくれ
ました。その動揺が影響したのか、せっかくSPは1位になりなが
ら、最後の最後で逆転を許し、2位に甘んじました。

 大きなニュースがあまりにも続きます。
 どこか一回、取り上げるのをパスすると、次々に新しい大きなニ
ュースが登場してしまい、書くタイミングを失ってしまいます。
それに最近は、ちょっとしたことがネット上で炎上してしまうと
いう傾向が強まっています。ですから、ニュースを取り上げるとき
は、それなりに覚悟を決めて書かなければならず、なにやら、妙に
せちがらい状況になってきました。

 しかし、そうはいっても、書かなければなりません。
 また改めて、更新回数を増やしていこうと思います。

 さてそこで、ごく軽い話題をひとつ、取り上げておきます。
 ちょっと唐突な話題です。
 NHKの朝のドラマ「あさが来た」が4月2日の土曜日で終わり
ました。
 このドラマ、おもしろかったですね。

 私は神戸生まれですが、主人公の波瑠さんの大阪弁は、みごとで
した。大阪の人だとばかり思っていたら、東京の人だったんですね。
あまりに上手なので、それこそ、びっくりぽん、でした。
 玉木宏さんも、上手な演技でした。大阪弁がうまいと思ったら、
玉木さんは京都の人でした。
 近藤正臣さんも、かつての2枚目俳優のイメージはすっかり消え、
年配の人を演じると、お見事、という感じです。同じNHKの「吉
原裏同心」でも、いい演技でした。
 友近さんは、もともとコメディアンですが、これならもう、俳優
として立派にやっていけます。
 ディーン藤岡さんは、これで大ブレークしました。失礼ながら、
途中、どこかショーンK氏にだぶるイメージがあったのですが、こ
ちらは本物です。

 達者な役者さんばかりで、これはNHK以外にはちょっと無理と
いう配役でした。
 なにより、あさの明るさが、うれしかったですね。

 おっと、きょう書きたいのは、そういうことではなく、最終回の
話です。
 最終回、あさは、信州(ですよね)の高原で、大学の学生と食事
をし、自らの人生を語るのです。
 その趣向はいいのですが、しかし、まことに残念なことに、風が
強すぎました。
 あまりに風が強いので、出演者は、みんな、髪の毛が乱れていま
した。あさや、女子学生は、髪の毛をまとめたヘアスタイルでした
が、それでも、髪の毛が乱れて額にかかっていました。
 男性は、髪の毛をまとめないので、強風で髪がばさばさとあおら
れ、苦労していました。
 あさや学生の後ろに木が立っていましたが、その木が風で揺れる
ほどの状態でした。

 監督は、爽やかな高原で、明るい太陽を浴びながら、あさが学生
の前で人生を振り返るという情景をイメージしていたのだと思いま
す。
 しかし、いかんせん、風が強すぎました。
 強風のため、その情景が崩れてしまいました。

 最後の最後、高原の向こう側に、亡くなった旦那様(玉木宏)が
現れ、あさが駆け寄っていく。
 そこで、あさが死んでしまったのか、まだ元気に生きていくのか、
その判断は、視聴者にゆだねようということだったのかもしれませ
ん。
 この場面を作り出すために、高原での情景を設定する必要があっ
たのでしょう。
 最終回を高原でやったのは、そのためだと思います。

 しかし、風が強すぎました。
 風が収まるのを待てればよかったのでしょうが、そうなると、天
候次第ということになり、役者さんたちのスケジュールを、そうい
つまでもおさえておくわけにはいきません。
 だから、あの強風の中で、撮影を強行したのでしょう。

 監督にしてみると、残念だったでしょう。
 役者のみなさんも、残念だったと思います。
 見ている側も、残念でした。
 画竜点睛を欠くとは、まさしく、このことでした。

 風が強いときは、室内で撮影するというオプションがあってもよ
かったかもしれませんね。

 最後の最後、まことに、ちょっとだけ残念でしたが、でも、半年
間、本当に楽しみに見ていました。
 どうもありがとう。