いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

オスプレイの配備・・・国民が反対しているのは野田首相と民主党の姿勢です。

2012年07月25日 16時44分49秒 | 日記

米軍の輸送機、オスプレイが、反対運動のなか、山口県
岩国市に運び込まれました。
オスプレイは、どうして、こんなに反対されるのでしょ
う。
背景には、せっかくの政権交代を実現させた民主党への
失望、大いなる失望があります。

09年の夏、政権交代を実現させた民主党に、有権者、
国民は、多くのことを期待しました。
多くの期待がありましたが、すべての期待の根っ子にあ
ったのは、「自民党とは違うなにか」をしてほしい、
「自民党政権とは違うなにか」をしてくれるのではない
かーーということだったと思います。

「自民党時代とは違うなにか」というのも、これもたく
さんありますが、その根本にあるのは、
「開かれた政治」
ということだったのではないでしょうか。

自民党の政治というのは、政治家と官僚が、国民の見え
ないところで、政策を決めてしまう。
このことについては、稿を改めて書きますが、自民党の
政治家は「政策」を、財務省や経産省、外務省、農水省な
どの官僚に丸投げしていました。

財政政策は財務省が作ります。
通商政策や産業政策は経産省が作ります。
外交は外務省が担当します。
農業政策は農水省が実施します。

自民党の政治家は、各省庁が作った政策を承認するだけ
だったのです。
ただ、各省庁が政策を作るとき、自民党には、各省庁に
影響力のある政治家がいて、そういう政治家が、「実力者」
「有力な政治家」とされていました。
それが、自民党時代の政治、正確には、自民党時代の政
策決定だったのです。

こういう政策決定の方法だと、国会がほとんど何の役割
も果たしません。
こういう政策決定は、その過程、プロセスが、国民の目
には全く見えません。

政策が、いわゆる「密室」で決められていたわけです。

「政策」がどうやって企画され、どうやって決まってい
くのか、主権者であるはずの国民には、何も見えない。
 国民は、そうした「閉ざされた政策決定」「密室の政策
決定」を、いい加減にしろと思った。
政策は、我々の目に見えるところで企画・立案し、我々
の見えるところで決めてほしい。
簡単にいえば、「開かれた政策」「開かれた政策決定」を、
国民は、望んだのです。

政治には、「政局」と「政策」があると、何度か、この
ブログで指摘してきました。
いまここで話をしているのは、「政策」のことです。
「開かれた政治」と言ってしまうと、政局と政策の両方
にわたってしまうので、話が錯綜します。
そのため、あえて、「開かれた政策」と書いています。

そう。
歴史的な政権交代を実現し、政権についた民主党に、国
民は、「開かれた政策」を期待したのです。

決して、具体的な個々の政策を期待したわけではありま
せん。なにも、新幹線を作ってほしいとか、飛行場を作っ
てほしいとか、そんな具体的なことを期待したわけではあ
りません。
そういう個々の政策ではなく、
オープンで清新な空気、明朗な空気を、
国民は民主党に期待したのです。

さあ、そこで、オスプレイです。
オスプレイは、安全なのか、危険なのか。
海外でオスプレイが墜落する動画を見ると、いかにも危
なそうな飛行機に見えます。
一方で、専門家、たとえば軍事評論家の岡部いさく氏は、
「いま配備されている古いヘリコプターのほうが、よほど
危険です」と分析しています。
 野田首相は、「政府として安全性を確認するまでは、オ
スプレイは運用しません」と述べました。
 それを受け、防衛省は専門委員会を作り、オスプレイの
安全性を調査することを決めました。

 いや、違うのです。
 野田首相は、民主党は、肝心なところで間違えています。
 そんなことではないのです。

 防衛省の専門委員会の調査で、
 「オスプレイには危険性のないことが分かりました。オ
スプレイは自動車より安全です」
 という結論が出たとしましょう。
 そして、野田首相が
 「国民のみなさん。オスプレイが安全であることが確認
されました」
 と宣言したとしましょう。

 沖縄や岩国の住民は、これで納得するでしょうか。
 納得するわけがありません。
 沖縄や岩国の住民以外の国民も、納得しないでしょう。

 専門医委員会が「安全」という結論を出し、野田首相が
「安全です」といっても、国民は「はい分かりました」と
は言わないのです。
 国民は、納得しないのです。

 どうしてでしょうか。
 国民が政権交代で民主党に期待したもの、すなわち、
  「公開された政策決定」
  「オープンな政策決定」
  「明朗で清新な何か」
 を、民主党政権、そして、野田首相が、どこかへ置き去
りにしているからです。

 国民は、オスプレイに反対しているわけですが、なによ
りも、それ以上に、オスプレイ配備に至る野田首相と民主
党政権の姿勢やありように疑問の声を挙げているのです。

 オスプレイの配備には、沖縄と山口の住民だけではなく、
知事や市長も反対し、知事や市長が、政府に、オスプレイ
の配備を中止するよう、何度も申し入れました。

 ところが、政府、そして、野田首相は、こうした声に、
まともな対応をしてこなかったのです。
 野田首相が、一度でも、オバマ大統領に、「オスプレイ
は、国民感情を考えると、いまは、配備できません」と申
し入れたことがあったでしょうか。
 一度もありません。
 野田首相がオバマ大統領に、オスプレイの配備中止を申
し入れ、それをオバマ大統領が断ったというのならまだし
も、申し入れさえ、ないのです。

 国民は、
「民主党の政府なら、こういうとき、国民の側に立って
くれるはずだ」
という思いを持っています。
 自民党の政府なら米政府と米軍の言いなりだろうけれ
ど、民主党の政府なら米政府にも米軍にも、おかしことは
おかしいと言ってくれるーーそう思ったからこそ、国民は、
09年夏、政権交代を実現させたのです。

 ところが、実際には、危険だとされるオスプレイを、国
民に対し、何の説明もなく、受け入れてしまう。
 これなら、自民党政府と何の変わりもありません。

 国民がNOと言っているのは、ただ単にオスプレイの配
備ではありません。
 国民がNOと言っているのは、オスプレイの配備を国民
に何の説明もなく受け入れてしまう野田首相の姿勢、民主
党の姿勢に対してなのです。

 悲しいことに、野田首相は、そのことを、何も分かって
いないようです。