滋賀市民運動ニュース&ダイジェスト

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【1003/188:難病患者】難病の思い詩画集に / パーキンソン病の久保田さん出版

2010-03-23 23:02:02 | Weblog
【写真:久保田さんが手書きした詩と絵 / 詩画集「今を精一杯生きていたい」を出版した久保田容子さん=長浜市高月町】

 1万人に1人といわれる難病「若年性パーキンソン病」と闘う元小学校教諭の久保田容子さん(51)=長浜市高月町=が、詩画集「今を精一杯生きていたい 若年性パーキンソンの詩(うた)」(四六判、112ページ、文芸社)を出版した。1680円。病気に対する思いや、多くの人の愛で支えられていることへの感謝をつづった詩が、絵を添えて収められている。(上野満男)

■人生「精いっぱい前向きに」

 体に異変が起きたのは、11年前の40歳の頃。木之本町内の小学校に勤務していた。朝、目が覚めると、右手の指が1本しびれていた。2、3日たってもしびれは取れない。気になって病院に行った。異状はない、との診断だった。そのうちに肩が凝り固まる。右手が自由に動かせない。右手に左手を添えて字を書いた。

 鍼灸(しん・きゅう)治療やマッサージなどを試したが、一向によくならない。退職を決心。校長に慰留されて休職を選んだ。それでも症状は悪くなる一方だった。別の病院で神経内科を受診するよう言われ、ようやく「若年性パーキンソン病」と分かった。43歳の時だった。

 「渡された薬で、体がうそのように動き、字が難なく書けました。いつ動けなくなるか分からない。後悔しないよう、精いっぱい生きていきたい、前向きに生きていこうと思うようになりました」

 休職中、いろんなことに挑んだ。パン作り、洋服作り、パッチワーク、カラオケ……。好きなことをしていると、調子がよかった。2年間後に復職した。「もう一度働ける喜びを感じました」。しかし、薬がなかなか効かないことがあった。家族から「無理せんといて」と退職を勧められた。48歳の時に教壇を去った。

 詩を書き始めたのは、退職後、薬の効き具合を確かめ適した薬を選ぶために入院したのがきっかけだった。入院中は自分を見つめられる時間になった。真っ白なノートに筆ペンで日々の様々な思いをつづってみた。心が落ち着いた。退院後もペンを握った。詩集にまとめてみようか。詩に合った絵を筆ペンで描いて添えた。そんな手作りの詩集を同じ病気の仲間に贈ったら喜ばれた。第3集まで作った。

 でも、体調の優れない日が続く。「詩集がほしい」と心待ちにする人たちに何とか早く届けたい。そうと思っても、自分の体が思うように動かせない。落ち込んでいた時、友人に「何かに挑戦してみれば」と励まされた。これまでに書きためた絵入りの詩90点を、文芸社(東京)へ送ったところ、出版が実現したという。

 久保田さんは「この病気になったことで、教師を続けていては出会えなかった人たちとの交流が、詩集を通じて生まれました。読んでくれた人たちからは『ありふれた、当たり前のありがたさを知った』『苦しいことに負けずにがんばりたい』などの反響がありました。自分への励ましのために書いていた詩で、いろいろなことで苦しんでいる人たちの役に立てたら、うれしい」と話した。問い合わせは文芸社広報部(03・5369・3060)へ。

《キーワード》

「若年性パーキンソン」 病体の運動を円滑にする「ドーパミン」という神経伝達物質を作る脳内細胞が減ってしまう病気。40歳前後までの発病を言う。原因不明。手足が震えたり、筋肉が固まったようになったりするなどの症状が出る。若年性の場合、薬が効いている時と効いていない時がはっきりしている。薬が効いていない時の姿が理解されにくいのが患者の悩みだという。

(3月23日付け朝日新聞・電子版)

http://mytown.asahi.com/shiga/news.php?k_id=26000001003230003


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