一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

2014年・年末麺紀行4

2015-12-13 00:42:54 | 旅行記・その他の地域
今年も長崎県川棚の「あんでるせん」でマジックショーを楽しんだ。でもちょっと、行く日にちを間違えた。来週の19日にするのだった。
あくまでもこれは私の「イメージ」だから、何とも言えないのだが…。

(11日のつづき)
そろそろと歩いていくと、前方に百貨店があった。砂漠でオアシスを見つけた気持ちで、私は恐縮して入店する。階上のトイレで、本日2度目の快感となった。もしここに百貨店がなかったら、マジで大変なことになっていた。私は書店に入り、柳ゆり菜表紙の「フライデーダイナマイト」を買った。我慢できずに大惨事になっていたと考えれば、御礼の680円は安いものであった。
ちなみに百貨店の名前は「清水屋」といった。清水市代女流六段の笑顔が浮かんだ。
しばらく歩くと、年季の入ったラーメン屋があった。私のアンテナにピンと来たのだが、いま入るわけにはいかない。
改めて山居倉庫へ向かう。途中地元の人に聞いて何とかいう川を目指すと、橋を渡った先に山居倉庫があった。
倉庫は鮮やかに化粧を施し、12棟が整然と並んでいた。まさに威風堂々の趣である。裏手に回るとこちらは建築当時のままか、木目が黒く変色していた。その色が渋い。冷静に考えれば何てことはない建物なのだが、そこは小樽運河の倉庫群に通じるように、ある種のノスタルジーがある。
遊歩道をはさんで大欅がそびえ、なるほどこれは確かに、一幅の絵にしたいところだ。
その奥に行くと、大きな土産物屋が入っていた。さすがに酒田市、客をタダでは帰さないのである。
私はあんぽ柿を買う。あんぽ柿とは干し柿の一種で、半生のようなもの。中はジューシーで、私はどちらかというと、こちらのほうが好きだ。
山居倉庫の見学はこんなものでいいだろう。橋を戻ると、コミュニティバスの停留所があった。「るんるんバス」といい、この路線は火、木、土の運転だ。1日4本しかないが、今日は火曜日、運行日だ。しかもしばらく待てばタイミングよく15時45分の酒田駅行きバスが来る。大いに興味を惹かれるが、これに乗るわけには行かない。
私は徒歩で、先ほどのラーメン屋に向かった。酒田市のラーメン屋は、その7~8割が自家製手もみ麺らしい。だからどうだということはないけれど、ラーメンに対する意気込みを感じるではないか。
店は大通り沿いにあり、屋号を「三日月軒」といった。中に入ると、ばあちゃんがカウンター向こうの厨房に入っていた。4人掛けのテーブルが3、カウンター6の小さな店だ。むかしウチの近所にこれと同規模の中華料理屋があったので、懐かしくなった。

さらに驚くべきはそのメニューで、中華そば(小)550円、(中)600円、(大盛り)750円、チャーシューメン750円しかなかった。つまりラーメンしか作っていないということだ。これは逆に期待できるではないか。ラーメン一本で勝負してきたのだから、よほど旨いラーメンを食べさせてくれるのだろう。
私は(中)を頼む。しばらく経つと、じいちゃんが出前から帰ってきた。この役割分担で、二人は数十年を営業してきたのだろう。
待望のラーメンが運ばれてきた。さっそく食べるが、麺は手もみで、美味い。ただ、スープがかなり薄味だった。…と、私のような味オンチはつい文句を言ってしまうが、二人はこの味で勝負してきたのだ。
今、加藤一二三九段の将棋内容に文句を言う人いまい。生ける伝説、加藤九段の将棋が見られるだけでありがたいのだ。
ここのラーメンにも同じことが言える。老夫婦のラーメンを食べられることが奇跡なのだ。毎日食べても飽きない味、といえた。

店を出て、今度はアーケード街を通って酒田駅に向かう。
駅に近いところでお茶屋さんがあったので、100gほど買う。おまけに2015年のポスターカレンダーをくれた。こうしたサービスがうれしい。
今日の宿は新潟市内を取ってある。前夜の調べでは、長岡に3,800円で大浴場付き、いかがわしいビデオが無料のホテルがあったのだが、早く宿に着いてテレビを観たかったので、見送りとした。
酒田駅から、17時24分発の羽越本線に乗った。時刻を調べるのにスマホしかないから面倒だが、新潟には21時08分に着くようだった。
今夜は明石家さんまの「踊る!御殿3時間スペシャル」があり、これを観たいのだ。
が、しばらく列車に乗って再びスマホを繰ると、今度は新潟着が21時24分になっていた。…このロスはどこから来たのだ…?
私はとりあえず、20時57分に新津で降り、信越本線に乗り換える。この新潟着が21時24分で、確かにこれは合っていた。では、さっきの21時08分着の表示は何だったのだ?
真相はこうだ。新津の途中の新発田で20時17分に下車し、白新線に乗り換えるのだ。この新潟着が21時08分だった。つまり最短距離で行けるところを、私は迂回してしまったわけだ。
新潟駅に降りても、ホテルが容易に見つからない。さんざん道に迷って、ホテルに着いたのは22時08分になっていた。さんまスペシャルも3分の2以上が終わり、夜の予定が瓦解した。
ただ、本日最終ランナーの信越本線の車両が、昭和の製造というレトロ?なもので、これに乗車できたのは幸運だった。
(つづく)
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