一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

懐かしい名前

2024-06-08 19:55:50 | 愛棋家
最近、アレッ?と思ったこと。日本将棋連盟、4日の公式戦の結果に、懐かしい名前を見つけたことだ。「立石径」氏である。第14期加古川青流戦1回戦で、貫島永州三段に勝っていた。
立石氏といえば、いまを去ること30余年前、17歳のときに奨励会を三段で退会したことで知られる。その理由が振るっている。なんと、医師を目指したいというものだった。
奨励会に入るような少年は、小さいころから将棋三昧で、まあ勉強もそこそこやっただろうが、寝ても覚めても将棋将棋で、ほかの夢が入る余地がないと思っていた。
ましてや立石氏は「17歳三段」で、四段の保証はないものの、その後も精進を重ねれば、かなりの確率で四段になれる。それを蹴って医師になる、と。これが大いなる野望で、誰でもなれる職業でないのに、それを志したのがすごい。当時将棋界では「そんなに将棋界は魅力がないのか」の嘆きも聞かれたものだった。
立石氏の師匠は有吉道夫九段。有吉九段もビックリしただろうが、快く送り出したと思われる。少年の夢をつぶす権利は誰にもないからだ。
それにどうであろう、棋士と医師だったら、医師の方が、より多くの人に感謝されるのではないか? 私は、立石氏の奮闘を願わずにはいられなかった。
その後の立石氏の消息はまったく分からなかった。ただ、立石氏の離脱で、代わりに四段になれた棋士がひとりいたことは事実だ。
そんな立石氏が、突如加古川青流戦に出場し、現役三段に勝った。この棋戦に参戦する三段は四段の実力がある。そこで勝ったのだから、立石氏の実力に衰えはなかったのだ。これが地味にすごい。
そこでいろいろ調べてみると、退会後立石氏は夢を実現し小児科の医師になり、結婚し、子供を2人もうけていた。そしてその子らに将棋を教えたところ、自身も触発され、将棋熱が再燃したらしい。
しかも立石氏は昨年の全日本アマチュア将棋名人戦にも兵庫県代表で出場し、ベスト16に入っていた。なるほど、昨年すでに、一定の結果を出していたわけだ。
加古川青流戦のアマ参加は、今期は3名。もちろんアマ予選を勝ち抜かなければならないが、たぶん兵庫県の開催だったため、そこまで参加者が多くなかったと思われる。そこで立石氏は結果を残し、今回の出場に至ったものである。
ちなみに立石氏は2回戦で、井田明宏四段に屈した。立石氏の視線はいま、どこにあるのか。現在49歳の立石氏が棋士を目指しているとは思わぬが、もし棋士編入試験を受けることになったら愉快だ。先は長いが。
ちなみに、第5期で優勝した稲葉聡アマ(稲葉陽八段の実兄)は今期も出場し、3回戦に進出している。
稲葉アマにも注目したいが、今回はちょっと、霞んでしまった。
コメント
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