時代の最先端をいくのは少女マンガだ---と、ずっと思ってました。
ひとむかしまえには、ストーンズとかジャニスなんかのロック勢が最先端きってた時代もあったんですよ。
でも、いまじゃ誰もロックが最先端だなんて思ってないでしょ?
僕も思ってない。
ええ、いまやロックは---ていうか、ロックってジャンル自体まだ残ってるのかな?---あっちサイドの音楽。
反体制のスタンスを売りにしてる音楽はいまもあるけど、そっちのカラーを売りにしてる打算のほうがどうも濃厚ですよねえ。
かつてのロックの精神をマジで継承してたと僕が思うのは、RC の故・キヨシローさんぐらいかなあ。
うん、あんだけハチャメチャでピュアだったロックもね、時とともに牙を抜かれ、青春期をすぎ成熟(?)して、いつのまにか物わかりのいい、座りのいい、保守的な大人の音楽になっちまったんですよ(トここでため息ひとつ)…。
ロックンロール・パパのひとりである、偉大なるチャック・ベリーはかつて「大人になるな」といいました。
でも、ロックは、その「掟」破っちゃったんだなあ---成功、金、女、栄華なんか諸々の媚薬にやられてね。
僕にいわせると、奴、「堕ちた」んですよ。
ですから、僕は、いまのロックには、まったく魅かれません。
ロックはもう、凄くない…。
凄いといったら、メジャーになって時代のプロデュースだとかやたらほざきたがる、そっち系の男性理念=いわゆる妄想企画症候群からまったく離れた周辺に、独自のスタンスでもって存在しつづけている、少女マンガのほうがよっぽど凄いって---。
マジ凄いスよ、少女マンガって。
どこが凄いか---それはね、男性マンガの屹立する世界が、いつも出世だとか闘争だとか(スポーツものも当然これに∩)の、いわゆる「社会的」なしがらみからどうしても離れられない息苦しい宿命を感じさせざるをえないものであるのに対して、少女マンガは、それとはまったくちがう恒星まわりを自転周回している、完璧に異種の惑星だってとこでせう。
ええ、少女マンガって実はとびきりエゴなんです---社会とか義理とかそんなモンはどうでもいいの。
大事なのは、ただひとつ---自分内の「胸キュン」だけ…。
この「割り切り」加減って、僕等男性陣からすると、もの凄えアナーキーな姿勢に見える。
だって、野蛮すぎじゃないですか、社会的通念をこれほど足蹴にする視点って。
でもね、逆にいうと、とっても新鮮で魅力的…。
僕は、15の春に、妹に借りた「りぼん」か「ひまわり」だかで(詳細不明、覚えてないの)まず「キャンディキャンディ」と一条センセイの「砂の城」、陸奥A子の乙女チック路線、あと、清原なつのセンセイのポエジー世界(そのへんの詳細は 徒然その19☆清原なつのによろめいて☆ で特集してます)にずっぷりハマり、つづいて、大学で借りた「ガラスの仮面」「吉祥天女」「四月の庭の子供たち」「なんて素敵なジャパネスク」、青池センセイの「エロイカより愛をこめて」等にハマり、年がら年中そればっか読みこんでたわけじゃないんですが、これらの作品の面白さにすっかり魅せられ、そのようなわけで少女マンガ界隈には、いつもアンテナ立ててたんですよ---。
そしたら、今年の4月、桜前線とともに、きたきたやってきましたー!
それが、この眉月じゅんさんの「恋は雨上がりのように(小学館)」だったんです。
雑誌見て知ったんじゃない、地元の本屋で表紙見て、なんかピンときたの。
で、会社行くとちゅうのファミレス店内でささっと読んじゃったんですけど、いいっスわ、これ。
僕、ひさびさ魅せられましたねえ…。
ま、ストーリー自体は、非常に単純なんですよ、この作品。
17才の無表情JKが、バイト先のファミレスのバツイチ・45才店長に恋をするっていう、いってみればそんだけの話。
奇をてらったり、ポエジーを全開にして、作品全体が歪んじゃう、みたいなカルトな手法も使ってなくて、ま、バランスのとれた、クラッシックな正当路線の書き方だといえるんじゃないかな。
絵も、この眉月さんは正統派---あ。このひと、線、綺麗ですねえ!---だけども、読みすすめていくうちに、いつしかこの17才ヒロイン・橘あきらの恋心に、なぜだかぐんぐん引きこまれていっちゃうの。
橘ちゃんが店長から電話がかかってきて、嬉しくてつい脚をバタバタさせたり、雨でずぶ濡れになったまま超・ストレートに「あなたのことが好きです」と告白したり、そのあたりのシーンのみずみずしさと内包された胸キュン・パーセンテージは、ちょっと文章じゃ表現しきれない。
----うん、わかるわかる…。恋愛初期のアレって、たしかにそうだったよなあ…。
橘ちゃんのまっすぐな目線につられて、記憶の底にあったほろ苦い記憶の数々が、いつしか呼びさまされてきたり…。
葬ったはずのそれらの記憶が蘇るのは、さぞ厭だろうと本能的に忌避してたんだけど、出戻ってきたそれらの過去とこうして対面してみると、案外、このシチエーションって不快じゃないんですよ。
それどころか物語を読みすすめながら、僕は、このほろ苦い再会を結構楽しんでいる自分に気づいたりもしたんだな。
橘ちゃんに惚れられるこのラッキーな店長さん、どうやら隠れ文学好きらしいんです。
で、作者は、この店長さんに、橘ちゃんとの初デートのあとでこんな風にモノローグさせてる、
----ハハ…やっぱつまんなかったか。当たり前だ、こんなオッサンと。
自嘲に慣れたひと特有の、人生に対して斜に構えたあの独自の猫背目線で。
けれども、そうやってことあるごとに実生活のニヒリズムに帰りたがる、そんな店長のくたびれきった心情を、17才の橘ちゃんが、もちまえの純な目線と表情と言動とでもって、そのたびに感動に満ちた別位相の人生ロードに強引に引きもどしちゃうわけ。
店長は、そんな橘ちゃんの若さと純な恋心とについ見惚れてしまう。
そして、同時に、橘ちゃんが、自分を連れていってしまうかもしれない「場所」をひそかに予感し、恐れてもいる。
----しきりに、胸が締めつけられるのは…その若さと純粋さ。そして、もう若くはない自分へのいたたまれなさ。周りの目だけが理由なんじゃない。なにより俺が、傷つきたくないんだ…。(2巻:店長モノローグより)
冴えない中年族である店長は、橘ちゃんの放つ眩しいオーラから、どうしても目が離せないんです。
いいっスねえ--惧れと期待との繊細な相克…。
橘ちゃんが最初の告白のあとの雨の宵、バイト先の「ガーデン」の事務所で、店長に自分の告白の返事を迫るくだりなんかは、特にたまんない。
----あと店長、あの日あたしが言ったこと本気ですから。あたし店長のこと好きなんです。店長はあたしのことどう思いますか? 返事を、きかせてください…。
なんちゅーストレートさ! 打算も計略もなんもない、無心の彼女のこの再告白は、読者の目線を強引に絡めとります。
この物語のなかには、そんな純粋な「きらきら」感が、ええ、まさに雨上がりのように横溢してるんですね。
彼女が好きになる店長の45才って年齢も、物語的に凄く効いてる。
世間を知って、ちょっとばかしすり切れてもいる、店長のいくらか引いた、翳りのあるこの視点があるからこそ、ヒロインの橘ちゃんの恋路の「純さ」が、余計に浮かびあがってまぶしく見えてくる構造っていうか---。
よくある少女マンガなんかだと、世間的目線をあえて排除したうえで、自分たちだけの、手狭だけど純粋な恋愛ポエジー空間を構築して、そのなかでなんとなく自己充実しちゃう、なんてパターンがわりかし多いわけ。
でも、「雨上がり」はちがうね---ちゃんと、大人側の視点も組みこんだまま、この恋愛をていねいにデッサンしていこうとしてる。
店長と橘ちゃんとのそれぞれの「今」を、リアルに、かつ、ポエジーにも溺れず、真正面のアングルから見つめながら。
僕が特に好きな場面は、そうだな、バイト中、スマホを忘れてチャリで店をでたお客を、橘ちゃんが元・陸上部の俊足でもって追いかけるこのシーン---
これ、物語中のふたりのキャラを、象徴的に総括しちゃってるシーンなんですってば。
恋になんの迷いも躊躇もなく、心のままにまっすぐダッシュをかけちゃう17才の若い橘ちゃんと---
彼女のそんな若さがまぶしくて、愕きとかすかな惧れとに同時に引き裂かれる思いの店長と…。
いいなあ---ほんの1ページのシーンに、これだけていねいにいろんな思いがパッケージされてるなんて。
語り部のこの誠実でまじめな梱包姿勢に、イーダちゃんはとっても魅かれるものを感じます…。
× × ×
ここでヘンな分析は、僕はなるたけ慎みたいんだけど、これ、ひとむかしまえの「高校教師」とか「幸せの時間」だとかでさんざん退廃の円弧を巡ってきた、ここ3、40年ばかりの恋愛の流行が、ようやくのこと一巡して、あの「伊豆の踊子」みたいな純愛路線に回帰しようとしている、いわゆる先駆けの作品なんじゃないかなあ。
まえから僕ずっと思ってたんだけど、いちばんHなのってやっぱ「純愛」ですよ。
どんな不倫ものより、乱交・変態ものより、「純愛」のほうが絶対H---。
肉の交換はどこまでいっても所詮それだけのものだもん---恋の基本は、やっぱ、目線の交換、そこから相手の気持ちをそれとなく探り、想像し、相手のたったひとつの言葉で、あるいは目線で、途端に幸せになったり不幸になったり…。
このドラマチックな展開こそ、2000年来つづいてきた恋の王道ですよ。
退廃も、乱交も、変態ものも、SMも、ま、それなりにいいけど---僕は、クラッシックな純愛ものがいちばん好きです。
ほかのものはいざ知らず、やっぱりさ、恋愛だけは、きらきらしていなくっちゃ!
で、いきなし話飛ぶんだけど、この「恋は雨上がりのように」に出会うまえは、僕、魚喃キリコさんに凝っていたんです。
彼女の作品、みんないいんだけど、ベストをあげろっていわれたら、やっぱ「blue(マガジンハウス)」かなあ…
キリコさんは、眉月さんとちがって完璧詩人タイプのマンガ家さん。
セリフも絵もコマわりも線も、なにからなにまで痛いひとでして。
ものすごーく繊細で優しいんだけど、その優しさって、なんか見てるのが辛いタイプの優しさなのよ。
ちょっとレズっぽくもある、中二病的要素も加わる恋愛模様を、これ、描いたものなんだけど、ここまでポエジーが溢れまくっていると、もう読んでるだけで辛く息苦しくなっちゃうから、アンチ・キリコのひとなんかもたちまちでてきそう。
僕は、このひと、超・大好きなんですけど…。
ただ、ネットに作者の顔写真がでてたんで見てみたら、あんまりフツーの美人さんなんでびっくり!
僕は、てっきり、あのシャンソンのブリジット・フォンティーンみたいなひと想像してたんだけど、こんな一般美人の顔でもって、こんなに痛い作品を生みだせるもんなんですねえ。
天は2物を与えたのかあ(ズルイ、とややひがみつつ)…チッ。
結論として、「恋は雨上がりのように」---傑作です。
僕は、2日でもう5回くらいこれ読みました。
でも、飽きない---傑作ってそうなのよ。
店長と橘ちゃんの幸多き今後を祈りつつ、今夜はこのへんで筆をおこうと思います---では、Bye!(^0-y☆彡
追記:ただ、この作者さん、男性だって可能性もちょいありますね。僕はあんま調べないで書いちゃったんだけど。
掲載雑誌も月刊スピリッツという青年雑誌(?)だというし、厳密にいうと、少女マンガとはちがうのかもしれません。
視点もときどき男性目線感じるし。作者さんの性別を御存じの方がおられたら、ご教授されたし曼珠沙華。m(_ _)m
◆本日、「恋は雨上がりのように」3巻でてたんで買いました。おっそろしい展開! それに、なんてリアルな話の膨らませかた! この作者さん、才能凄いわぁ。僕の予想をこえたレベルの展開です。メルヘンチックだったストーリーに、ふいに往年のイタリア映画が混入してきた感じ。橘ちゃんはどうなる? 下人は盗人になれるのか? 緊急展開4巻やハリー!