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ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

停電

2019-03-16 | 雑念
朝から停電

今日は朝から夕方まで停電らしい。

蒸し暑さで起きた。

つまりWi-Fiがない。

このブログも更新できないからどこかのカフェに行って更新しないといけない。

日本との連絡もとれない。

僕の今の心境を物語るような孤独。

プログラムを終了したが、仲間は次のプログラムが始まっているようだ。

僕は3/18の明後日に飛行機に乗る。

だから今日はひとりぼっち。

こらはいつも、あえての延長。

すぐに日本に帰るのが嫌いだから。

このひとりで孤独感を感じるのは何か気持ちがリセットする。

あの壮絶な2週間×2タームは僕の精神的身体的な疲労や興奮のもうひとつのパワーが落ち着くまでに数日かかるのだ。

このまま日本に帰ると、その3つ目のパワーが僕の中に落ち着く前に日本の生活がソレをグチャグチャにしてしまいそうだ。

日本人が自殺者が多い理由はひょっとして、その第三のパワーを自分自身が大切に扱っていないからではないだろうか?

そう言えば、大学生に多いのは「人生に意味を見出せません」「なぜか熱くなれない」などの一見モチベーションが足りない人たちが多い。

しかし何故かモチベーションを上げるというだけの感覚では何故か長続きしないのだ。

ひょっとするとその『第三のパワー(仮)』を整えたり、火をつけたりする事がこれからの日本人には必要なのかもしれない。

僕がその誰も教えてくれない第三のパワーを確信を持って言えるのは、『旅』が教えてくれたからかもしれない。

精神的・身体的にも整っていく感覚。

旅をしてフラットに何もしていない状態の時に自分の存在が実感できるような感覚。

いわゆる宗教的なもの(ちなみに僕は宗教には熱心ではない)

自然界(外界)と自分自身とがひとつになるような感覚。

八百万の神々との融合。

な、なんかっ!

閃いたかもしれないっ!


足りないこと

2019-03-15 | 雑念
完了

今回の春を終えて

何を感じているのか?

2週間の大学生対象のプログラム。

僕は今、未熟さを感じている。

それは僕の表現力。

人の心に響く表現力が足りない。

いや、そもそも感受性も豊かでは無いのかもしれない。

そんな思いが芽生えている。

どうしよう?何しよう?
もうちょっと考えてみる。

悲しい結末とは

2019-03-14 | 雑念
最終日、クロージング

このプログラムのラスト。

自分が何を持って帰るのか。
モヤモヤして帰るのか。
結局自分で決めることになるのだ。

僕たち大人がいくら外圧をかけても
本人に意思がなければ全く動かない。

人は興味関心から動く。

人と表面的な話をするのは、
深い話をしたく無いから。

その時その時を選択する。

『諦められてしまう』

これが他者との関係性で最も悲しい結末である。


その瞬間に

2019-03-13 | 雑念
いよいよ、最終プレゼン

その前日にどんな事を伝えたら?

でも「やるしか無い」というのは間違い無いのだ。

当然、ビジネス側からはプレゼンの注意事項を伝える。

それが最も欲しい情報だろう。

ならば僕が出来ることは?

もう漠然的だが、人生の話しか無いと思った。

「諦めそうになる瞬間」

その瞬間にもう一歩チャレンジする。

その事を伝えよう!

プレゼンを作る夜。必ず諦めそうになる瞬間が来る。その瞬間にもう一歩チャレンジしよう!

このプログラムの最中にもう一歩進めた自分を日本に持って帰ろう!


良い奴ら

2019-03-12 | 雑念
メッセンジャーでは伝わらない。

ぶっちゃけ話そうぜ!
そこから始まった。

夜遅くに始まった。
僕たちFTチームが思っていること全部言おう!

僕は「みんながしたい事、声に出そう!」「FTチームに気を使わなくても良いよ」

そんな思いをダラダラ語った。

そして
みんなが思っていることは?

大学が閉まりつつある。

誰かがボソッと「みんなで晩飯食べたい」

そして10ターム全員34名はバンブーという店に予約なしで押しかけた。

FTチームに疑問や言いたいことがあるなら、モヤモヤを払拭しよう!

そして22:00過ぎに始まって、24:00まで続いた。

僕と話がしたい、と真正面をマークしてくる者。震えながら「目上の人が苦手です」と伝えにくる者。

BCでこうしてほしい、帰らないでほしい、4人バラバラに座ってほしい、など要望も様々言われた。

そのひとつひとつを丁寧に飲み込んだ。

その事情や意図を説明するのではなく、彼らの要望をひとつひとつ噛み締めた。

そして評価、見立てをするのを一旦やめた。

すると何やら若い奴らが集まってワイワイして、僕みたいなおっさんも仲間に入って下さい!と誘われているような感覚だった。

嬉し恥ずかし、結果嬉しかった。

良い奴らだ。