ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。世界中の人がファシリテーターになればイイのに。

【いつもより長文】いじめ問題を斬る【そんなに長文じゃないか?】

2012-07-12 | 雑念

昨日はぶち切れの記事をたくさんの人が見てくれたようで

Facebookよりもブログの購読者の方が多いのが嬉しい限り

だからFacebookにも少しマンネリしてきた私はブログに長文を書き連ねることにする。

 

かといって内容のない長文は読者をがっかりされるので

テーマについて語る。

今話題になっている

「いじめ自殺と教育委員会」

 

へたに間違った情報を語ると炎上し個人情報がさらされるこの時代

あまり注目されない程度に自分の考えをしっかりブログに残しておきたい。

しかし評価する人ではなく、実践する人になりたい自分としては

この問題で大切な事と自分ができることに注目していきたい。

 

まず「いじめ」をなくす為に何を大人ができるか?

 

今の悪質な「いじめ」の原因は今の大人に原因があると思う。

素敵な大人がモデルとして身近にいないのだ。

そして青少年達の身近な大人、それは親と先生だ。

もしじいさんが「最近の若い者は・・・」と文句を言うなら、それは「あなた達がそういう次世代を創ったんだよ」ってことだ。

 

えっ?関係ないって?

自分が育てた子どもはちゃんとしてるって?

ちがうちがう。

その考え方は今の子ども達にそのまま反映しちゃってるよ。

「うちの子に限って」って古いよ。

 

だからって今すぐ他人の子どもを怒れ!って言ってるんじゃない。

意識をまず変えないといけない。

 

「世の中、先輩が後輩を育ててる」

 

この図式!シンプルなもんだ。

だから先輩は後輩の言動に責任を持つ!これ当然!親だけじゃない。

青少年による残虐な事件が起こったら、それは先輩である自分たちの問題であると認識することだ。

メディアのように「面白おかしいネタ」として批判の対象にしている場合じゃない。

逆にメディアのあり方を自分自身の仕事の中で考え直すきっかけにしないといけない。

 

今は逆に後輩(青少年)は社会的に過保護だ。

その「あまやかし」に「甘え」で返す。

それも先輩の教育不足が原因だ。

法律や教育手法、社会全体が少ない子ども達を守ろうと必死だ。

 

「守る」というのは「自分で生き抜く知恵」を伝え学んでもらう事だと思う。

鎧を着せたり、事前に敵を倒しておくことではない。

RPGのゲームでそんなことされたら子ども達は怒るぜ!

 

だから大人はまず「世の中こんなに面白いぜ!ワイルドだろぅ~?」ってとこを醸し出さなきゃならない。

なのに不幸な事件や不景気、政治家の悪さばかりが目や耳に入る。

そして学校での教育では先輩である偉人達の逸話が目白押しの歴史や国語、美術に体育・・・

全ての教科は先輩達の知恵と技術の結晶だ。

 

そんなことを意識して伝え教える教員は何人いるんだろう。

そしてそれは教員自身が意識するだけではだめで、しっかり生徒達が「先輩すげぇ。もっと知りてぇ」と思わせることが重要だと思う。プロである教員にはそこまで求めたいが酷だろう。

なんせ何の経験も持たない大学卒業後、すぐに先生になる新米教員は自腹で研修にも行かないんだから。

それで大学からやっているスポーツの顧問になんかなっちゃって、土日は試合。

「私は生徒達のことを考えて一生懸命です」の殻にこもっちゃうんだから、収集着かない。

部活専門の教師を新規で採用したら?給料は70%くらいでいいじゃん。

 

授業が「時間数が足りない」らしくそんな導入部分に失敗して理解力の無さを加えて「おちこぼれていく」青少年

そして評価の基準を生徒達も大人のまねをする。

テストの成績や通知簿の評価だけで人間全てを知ったように振る舞う。

「落ちこぼれた生徒」は自己防衛で力や組織を創ろうとする。

そして集団の心理を使って「いじめ」を行う事で自分を安全な位置に置く事で自己防衛を図るのだ。

 

挙げ句の果てに「表沙汰にしたくない」学校側の足下を見て、いじめばれたら転校すればいいじゃん程度にしか考えない。

今回の教育委員会の謝罪会見を見て全国の青少年がどう感じたかだよ。

 

まず学校は校長がしっかりリーダーシップをとって教育方針を打ち出す。

例:「うちの学校は、生徒達に未来に希望が持てるような世の中を大人達(教員・保護者・地域全体)で見せることと、先人たちの知恵と知識をわかりやすく生徒達に伝える事で学びの意欲を高めることを大切にします」

そして具体的な指導はチームビルディングなどによって学年団として取り組む。

まあ「そんなの前からやっています」が答えだろうね。

とは言いながら本当の意味でのチームで活動しているかは疑問の残るところ。

だって「チームビルディング」という授業は戦後行われていないし、今現在もやっていない。

「仲間が大切」っていう学級目標を教室に貼り出して、言葉で言い聞かせるくらい。

 

実際、教員自身が「仲間」や「チーム」の定義付けもできない方が多いはず。

私が学校に行って校長室で「チーム」を学ぶには日々のトレーニングと教員の指導力が必要ですと訴えてもピンとくる校長は少ない。(注意:鹿児島での実感です。教育の地域格差があるかもしれません。このことは別の機会に)

 

教員ばっかり責めてもいかんということで。

やっぱり保護者だろうね。

まず「やさしい子に育ってほしい」とか「強い子に育ってほしい」などというが、

まずは親自身が強いのか?やさしいのか?と。

自分にできない事を子どもに求め、やっぱりできない事の腹立たしさを学校や自分以外のせいにしていることが多くない?

低学年時にはそのような夢のある子育て理論を展開される親御さんたちは急に周りが塾に行かせ始める時期に焦って我が子を塾に行かせる。まあ子どもにとっても学校のクラスとは違う塾での生活も悪くないと思えるんだろうけど。

実際私自身も塾に通ってた。

そして成績順にSクラス・Aクラス・ソレ以外というクラス分けが為され、テストの総合得点のみでクラスが入れ替わるという壮絶な競争世界にいた。私はSクラスの最下位あたりをうろちょろしてたまにAクラスに落ちたりしていた。

今考えると「まぁああああああああああぁぁぁぁたく意味が無い日々」だった。

だってその7年後くらいには大学を卒業し一流企業に就職して1年も経たずに辞職した私は塾での学びなどみじんも意味が無かったと言えるから。

 

そんな話はさておき保護者の話。

ではどうしたらいいのか?

まあ基本ですが、「家が一番」と思わせる事でしょうね。

甘やかすのではなく「見守ってくれる」「大切に思っていてくれる」と感じてもらうことじゃない?

「そんなことすでにやっています」という方はそれでいいと思う。

しかしその状態からさらに欲を持って「うちの子に対して」学校側に愛を求めていたりしてない?

それが蛇足。

学校を見守る事は大切だが、学校を信じて任せるしかない。

口出しするのはダメ。邪魔。役割分担をきちんとした方がいい。

 

そりゃ学校にいる時間の方が長いし、友達といる方が楽しいに決まってる。

だからその時間をきちんとゆるしてあげる度量が欲しいもの。

そして家族の時間も少ないながら大切にして、「ほっとする」時間を作ってあげてほしい。

子どもは学校と部活と友人関係や塾で「疲れている」んだよ。

その休憩場所であるHOMEでさらにめんどくさいことを求めてくるからめんどくさくなる。

そっとしておいて、見守る。

これは親になった自分自身が子どもの頃、親にやってもらいたかったことであるはずなんだけどね。

 

ここまででかなり長い文章になってしまっているので、

そろそろだと思うんだけどどうしよう。

あと自分はどうするのか?ってところ。

自分自身はやっぱり面白い世の中であることを実践して表現して発信する。

 

結局ライフスタイルの「いちプロ」にもどっちゃうんで。

今後とも自分自身が面白いと思っている事が、世の中を幸せにするんだと信じて実践し続けたいと思う。

では

 

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【愚痴注意】自分の「キレる」という能力(愚痴が続きます。ご気分を害される恐れあり)【愚痴注意】

2012-07-11 | 雑念

久しぶりにキレました。

僕には不慣れな乗用タイプの草刈り機

よくアメリカ人が庭で乗っているアレ

 

そのベルトが切れかかっていてメンテナンスをお願いしていた中小企業の整備会社

名前は出しませんが今の時点で激切れでございます。

 

事件は本日雨模様のキャンプ場でおこります。

私は手で持つタイプの草刈り機で細かい作業を行うか

広場(テニスコート4面くらい)の草を刈るかを迷い

結局久しぶりでメンテナンス後の安心の乗用タイプの草刈り機で広場を選択した。

当然メンテナンス後数日なので快調に走り出す草刈り機

スピードも少しあがって快適

雨も小降りになり広場全部できるかな?

くらいのご機嫌でそのゴーカートを走らせる。

 

広場に入り草を刈る刃をスタンバイして20Mくらい走った時に何処からともなく

見覚えのあるベルトが飛び出した。

そう草刈り機の中でエンジンの回転運動を刃やタイヤに伝えるVベルトと言われるソレ

目を疑った。

メンテナンスしてすぐの草刈り機から一番飛び出したらイカン部品である。

 

心なしか雨が強くなってきた。

雷もごろごろと音をたてはじめた。

 

そのメンテナンスの返り際にその整備士が言い残していた言葉

「バッテリーも交換したほうがいいですよ」

その不穏な流れが的中

バッテリーがこんな広場の端っこでストップ

イライラがピークに近づく

 

歩いて事務所に戻り軽トラとバッテリーケーブルをとってエンジンを再スタート

Vベルトを拾って今日の草刈りのテンションは急下降

かろうじてタイヤへつながるベルトじゃなかったようで前には進む

 

とぼとぼと倉庫までたどり着き、今度は軽トラを取りに歩いて広場に向かって行く。

この頃には「苦情を言ってやる!クレーマーになってやる!」と固く誓っていた。

 

事務所に戻り黒く汚れた手を洗って落ち着いてからそのメンテナンス会社に電話。

聞き覚えのある声、あの「バッテリーが・・・」と言っていた奴

結局メンテナンスをしたのもそいつ

 

最初は静かに状況を伝えた。

ここでせめて「すみません」を相手が選択してくれていたら・・・

その怒りの鉄拳までのレールはハッキリ視界に浮かんできた。

 

言い分はこうだ!

タイヤにつながる部分のベルトの交換をお願いしますと言われたから交換した。

そしてそのときは異常がなかったと判断しました。

と、来た!

 

ふざけんな!

 

こっちはその草刈り機で草を刈るのが目的である。

タイヤの部分のベルト交換が終了したらこっちはお金を払うと思っているの?

すでに請求書レベルで会社同士の手続き中であるらしい。

 

私自身の財布からお金が出て行ってないから見過ごすのか?

いや違う。

仕事ができない、腹が立って。

受話器を持つ手が震えていた。

 

関西弁が怒号のように溢れ出て、皮肉屋の自分もこんなにきれいに切れられるんだと感心したくらいだ。

 

「その時は異常がなかったと判断した」

「で?」と答えた。

「今実際どうなの?」

 

結局「すいません」の一言も言わず最終的にはこう言って終わらせようとした。

「どういう状況なのかわからないので走ります(車でそちらに向かいますの意)」

 

その対応が正しいのか?

順番が間違っていると思う。

まず謝罪だろ?

メンテナンスを請け負っている者としての責任はまず客への落ち度を認める事だろ?

それからだろうよ、再点検は。

だって信頼を失ったメンテナンス会社にもう一度メンテナンスしてもらうかね?

あきれてものが言えなくなって「おぉ。」と答えた。

 

午後から彼が来る。

私は冷静に対応できる自信がない。

 

あやまらない彼の考えはこうだ。

自分が悪いかどうかわからない状態だからあやまったらどんな責任を取らされるかわからないから、見てから判断しよう!なのだ。

レバル低すぎる!(まあ同じレベルで私も怒っているんだが)

 

草刈りをしたい時にできる環境を整えることが大切であるはず

そのためのプロのメンテナンス整備士にわざわざ来てもらっているんだから(有料)

その環境を整えた直後に草刈りができない状況になったことが「落ち度」だっていっているんだよ僕は!

その具体的な原因(ベルトをきちんとはめる技術の無さなど)について怒っているのではない!!

おそらく原因を究明して技術的な説明をしてくるだろう、この後。

 

まあでもきちんとキレて良かった。

ストレスがたまるだけだから。

もう午後やってくるおっさんなんてどうでもいい。

草刈り機が直ろうが直るまいがどうでもいい。

俺のこのストレスが発散できたらそれでいい。

このおっさん一人に労力を使って永遠「落ち度」の位置関係を語っても理解されないだろう。

 

今、とんでもない雷雨がキャンプ場上空を通り過ぎた。

草刈り機を運転していたらびしょ濡れになっている。

今は事務所で仕事ができる。

これは当然、俺の判断力である。

決しておっさんのメンテナンス不足による恩恵なんて思えない。

あいかわらずの直感人生である。

 

先日も嫁に「いつも助けてくれる人が周りにいるよね」と言われた。

確かに高校1年くらいからずっとかもしれない。

今まで途切れないくらいそんな人がいる。

干渉し過ぎず見守ってくれる素晴らしき隣人。

これからも一生いるような気がする。

 

そのかわり変な腹立たしい人間も絶えず周りには蠢いている。

気をつけねば!

こんなストレス発散ブログをこんな最後まで読んでくれた人ありがとう。

これからも腹立ったらこんな文章を書いちゃうかもしれませんが大目にみてやってくれい!

 

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七夕の願い~夢のビデオチャットイベント~

2012-07-08 | 雑念

昨夜の「七夕の願い~夢のビデオチャットイベント~」と称して、

Google+のハングアウトというもので遊びました。

結論は「楽しい」

文字情報でFacebookやTwitterでのチャット的なこともできるし

文字や絵文字のチャットもできるけど

ビデオ同時でその場に集まってリアルな表情が観られるのは別次元だった。

みんなで集まっている一体感はweb上のむなしさを超えていた。

完全に人のぬくもりさえも感じられるごまかされないリアルだった。

これは使える!というか衝撃!

ゲーム界でもwi-fi通信やアドホック(同時通信ゲーム)の方向に向かっている。

なぜか?

web上の無限の世界感にリアルを追求したら自然にここに向かって行ったんじゃないかとも思える。

とにかくハングアウトが面白い。

今後は日程を決めて番組制作をしていきたいと思います。

そう!最初は「会議」をするためのビデオチャットと思っていたけど、

もっともっと無限の可能性を感じた。

活用しないテは無いのだ。

遊びのフィールドがまたひとつ増えたような気がする。

みんなでレッツハングアウト!

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だから言ったじゃない、感動するって。

2012-07-07 | 雑念

いちプロフリペ Vol.1(PDF)がダウンロードできるのは>>>こちら

こんなにブログ更新してなかったの?
やばいよ、やばいよ(出川風)

ということで冒頭の「いちプロフリペ Vol.1」がめでたく発行になったことをお知らせ。
これでブロガーの面目がたったというもの。(別にだれもブロガーとは思っていない)

嬉しかったのはフリペ発行に必要な原稿を忙しい中、そして記憶の薄い中、絞り出すように「いちプロとの想いで」を文章にしてもらって送信までしてくれた方々がいること。中には忙しいから厳しい、とわざわざ電話をしてくれた人もいるくらい。
ありがとうございます。きっとその人は「あっ、書けばよかった」と思える作品が仕上がっているとは思うが。

私は小学生の時から国語が苦手科目のひとつだった。
接続詞や漢字の小テストは満点とれても、文章問題や夏休みの読書感想文、卒業文集などは地獄。
当然、文字数の多い小説などには目もくれなかった。

それがなんの因果かフリーペーパーを発行し編集するという暴挙にでている38歳。
そう、私はなんやかんやとアラフォーなのであります。

世間では常識はずれのアラフォーは大抵仕事での成功を果たし、ちょいワル親父的に部下達に慕われるあこがれの存在であるはずですが、私は仕事は転々として金銭面での成功とは言いがたい地方アルバイターであります。まだ仕事しているだけいいけど・・・。

旅人が微妙な自由人となり社会とかろうじてつながっている。
そんなギリギリ住所非不定非無職のおっさんであります。

しかしそんな私の唯一自慢できる作品が「いちねんせいプロジェクト」という団体。
当然ひとりで作ったのではなくみんなと一緒に目標を決めずに手当り次第に持ち寄った粘土で文化祭のモニュメントを作ったら意外に素敵な作品に出来上がったよね?という雰囲気。

今回の「フリペ」の発行に漕ぎ着け、皆の感じている事をまとめていると月並みだが「やってよかった」と率直に感じている。
そしてこんなに深く感性に響いているんだと嬉しく思った。

そう「いちプロ」は感性の奥の奥に響かせていきたいのだ。
じわっと「何で面白いのかわからない、けどまた参加したい」とか「正直しんどいけど、いかねばならない」とか。
最高に面白い企画やイベントは「るるぶ」や「◯◯ウォーカー」で見つかるけど、
するめのようにじわじわ効いてくる感性の奥底にアプローチしているイベントは「いちプロ」だけでしょう。

だってそもそも「いちねんせいになったら」という歌を実際やってみようというイベントはmixiなどのSNSで募集され200~300集めるイベントだそうで。でも私はそのイベントに全く参加したいと思わなかった。
当時は「偵察のため」と称して仲間増やしたろうかとニヤッとしたこともあったが、
今になって思うと「あまり意味なかったね」と。

やっぱり「いちプロ」が先駆者を二番煎じしているように見えて、かなりのオリジナリティを持っている事に気づいたから。
確かにテレビの面白企画をパロッたり、動画の編集では参考にさせてもらっていることには違いないのだが。

あらためて「いちプロ」で遊んでくれる人たちへ
いつもありがとうございます。
これからも愉快な大人になって一緒に遊んで下さい。
結婚しても、子どもができても、家を買っても、どこに住んでも、
けがをしても、病気になっても、
80歳になっても、

「一生いちプロします!」

ええっ!!!!最後もパクリ????
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