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霧の皿倉山




 久しぶりに、皿倉山に登りました。
台風の接近が、心配された25日(土)です。
10時に、ケーブル横の「煌彩の森コース」をスタート。
山の中は、風もなく蒸し暑く、
ただただ汗を拭うのみです。
夏の低山登山は汗びっしょりで、あまり好きじゃない。

それでも山頂付近まで来ると風も出て、いい気分!!
周りの草花を観る余裕もありです。

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山頂付近で見かけた花です。
ウツボグサ、 ???(黄色い花)
アザミ、 オカトラノオ


ヤマボウシの実がいっぱい。
(8月頃には赤く熟れるだろう)
下は「ハコネウツギ」


山頂です。
この日は台風の影響で、下の景色も霧・ガスで、見えたり隠れたり。
やっぱり、山頂は気持ちいいです。



(↑)天空広場で弁当を食べて、
ふと、山頂を見たら流れるような霧です。

えっ、大丈夫だったか?って、
我が庭、同然ですから。
毎度お馴染みの皿倉山でした。


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洞海湾を渡る


 久しぶりに(何年ぶりだろう?)、若戸渡船に乗りました。
若戸大橋が出来た時、廃止されるとの噂もあったが、
ドッコイ、今も健在です。 (北九州市営です。)

 若松・戸畑間の洞海湾の入り口を、わずか3分で結ぶ渡し船。
料金が20円、50円の頃までは覚えている。
改札口に箱があって、お金は直接その箱の中に入れていた。

 今では自動販売機でキップを買って、普通の改札です。
現金の直接投入の名物?は、
名物として残した方が良かったのになあ!
料金は大人100円、子供50円、自転車は別途50円でした。

★☆★ +∵・∴+∵ ~★☆★ +∵・∴+∵ ~★☆★ +∵

自動キップ販売機と、桟橋へと向かうお客さん。



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 (↓ 下の画像)          
上 船の到着を待っています。         
  (向こうに見えるのは戸畑のニッスイの建物)
中 渡し船(連絡船)の到着、          
   くき丸(19トン旅客定員110人)です。
下 係員にキップを渡して乗船です。(改札です。)



ピストン運転で、
「くき丸」は戸畑からの客2名を乗せて来ました。
若松からは、50人以上は乗ったかな?(3分間の船旅です。)



戸畑の渡し場です。
左にチラッと見えるのが、乗ってきた「くき丸」。



★ +∵・∴+∵ ~★☆★ +∵・∴+∵ ~★☆★ +∵


何で又、
  若松から船に乗って、戸畑に着いた~
なのか?

実は、「若松あじさい祭り」の帰りでした。
(だから、お客さんも多かった。)

19日(日)、梅雨の真っ只中、朝から怪しい天気、
それでも一応、止んでいたので、出かけました。



ここは若松南海岸通り、
若戸大橋をバックにアジサイが主役です。




 高塔山山頂のお祭り広場です。
若松名物の「五平太ばやし」の演奏をやっていました。

 下の写真に、
河童封じの地蔵尊が安置されているお堂が見えます。
今年は、ちゃんとお地蔵さんの背中の釘を確認しました。



山頂付近あったアジサイをご覧下さい。
(ちょうど、見頃でした。)




山頂から見た若戸大橋


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 元に戻って、また若松南海岸通りです。
旧古河鉱業若松ビル、
大正8年(1919年)建設、若松レトロ街の中心的な建物です。



 この旧古河鉱業若松ビルの中で見た、旧若松駅の写真です。
モノクロで分かり難いが、
建設は門司港駅・折尾駅と、ほゞ同じ時期で、同じ設計者?
現在の駅に建て替えられたのは、昭和5x年?。

現在の若松駅

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若松あじさい祭りに行ったのは、3年連続です。
若松と言えば河童、「たゞ、河童で有名だ!」
ってことしか、頭に無かった。
高塔山の山頂に、河童封じの地蔵尊のお堂があるのに、
只、カメラの被写体としか、考えていなかった。

去年も、同じような記事のアップだったが、
皆さんのコメントから、
「河童封じの地蔵尊」のことを、はじめて知った。

古くから若松に伝わる「河童封じのお地蔵尊さん」の話、
これを火野葦平が小説「石と釘」に、まとめ、
一躍有名になったそうです。
ネットで調べると、お地蔵さんの背中の釘のことも分かります。

去年までは、チョットお参りしただけでしたが、
今年は、
お賽銭をあげて、お線香を焚いて、入念にお参りした後、
お地蔵さんの横に廻って、背中を見ました。
(お堂内は狭いです。)

釘と言うより鉄の杭が刺さっていた。
不謹慎だと思ったが、腕を伸ばして触ってもみました。
古い民話、小説の世界に触れたような?
何とも言えぬ気分になりました。
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「河童封じ地蔵 」「石と釘」、検索すれば色々出てきます。
参考までに、こちらをご覧下さい。「カッパ封じ地蔵
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皿倉山山麓(帆柱町と天神町)


 先日、皿倉山の麓の帆柱町から、
大谷方面の天神町まで歩きました。
現在(平成23年6月)の、この辺りの風景をご覧下さい。

 トップの写真は、帆柱ケーブル下のバス道路(42番系統)、
上は尾倉町方面へ、下は花尾町方面です。
(バス停の名は帆柱登山口)

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↓下の写真 この階段の上は、今は市営住宅・帆柱団地ですが、
以前は、製鐵所の帆柱寮がありました。
もう記憶は薄れているが、何となく暗い感じのする建物でした。
その前(戦時中)は、捕虜の収容所だったそうです。



 階段を上って、中に入ってみました。
何となく昔の面影が、・・・? やっぱり無いかな?



 西鉄バス42番系統(多分、今も?)の道路を歩きました。
旧帆柱寮(帆柱団地)が、まるで、そびえ立つお城のようです。
(この画像はクリックで大きくなります。あの階段を確かめて下さい。)



 真ん中に見える建物は皿倉小学校です。
以前の尾倉小、平原小、天神小の3校が統合して出来た学校で、
旧平原小学校があった場所に、新しく建て替えられています。



八幡駅方面です。(駅前の高層ビル?が、一際目立ちます。)



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 大谷インターチェンジの手前です。
(この辺りが天神町かな?)

ここに、統合される前の天神小学校がありました。
今は、モダンな住宅街です。
「ガーデンヴイレッジ天神」と言う洒落た名前が付いていました。




 団地内にあった学校跡の記念碑。
何故か、「天神小学校跡」ではなく「天神校跡」です。

 調べたら、1993年(平成5年)4月1日に、
平原小学校、尾倉小学校、天神小学校の三校が統合して、
皿倉小学校が誕生しました。

平原小学校を取り壊して新しい校舎が建つ(平成7年4月)までは、
尾倉小を皿倉小学校尾倉校に、天神小を皿倉小学校天神校とし、
生徒を振り分けて授業を行ったらしい。

だから、
「皿倉小学校天神校跡」と書くべき処を、親心?で「天神校跡」と、
でも、それも可笑しいなあ!?
長年、「天神小学校」として親しまれてきたんだから、
天神小学校跡」とすべきでは?(この辺が、お役所的なのかな?)
   (この画像はクリックで大きくなります。)



☆.。.:*‥° ☆.。.:*‥°.:*‥°☆.。.:*‥ °☆.。.:*

 団地内の片隅にあった、一般住宅風のこの建物は、
         市民センター(旧公民館)でした。


☆.。.:*‥° ☆.。.:*‥°.:*‥°☆.。.:*‥ °☆.。.:*

 製鐵所の鬼ヶ原浄水場です。(今も稼動している様でした。)
立ち入り禁止ですが、無理して撮影?(外からですが、)
中の建物は昭和初期の建設で、使われていない施設もあるようで、
近代化産業遺産の価値は充分です。
(封印された近代化産業遺産?)

 この辺りにあった製鐵所の天神町社宅の跡形は全く無く、
この鬼ヶ原浄水場だけが、昔の面影を残していました





 今回歩いた道は、高台で八幡の町が良く見えます。
目立って見えたのが、
高層とはいかなくとも、かなり高いビル・マンションです。
八幡の町も古い物が壊され、新しい物が次々と。
 「昭和も遠くになりにけり。」
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とばた菖蒲まつり


 6月5日、「とばた菖蒲まつり」に、行ってきました。

会場は夜宮公園一帯で、
菖蒲が見られるのは「夜宮池」と「日本庭園」です。
今年の冬は寒かったせいか、咲き具合はイマイチ。

どれも同じようだが、
色とりどりで、ちゃんと名前も付いています。
まあ、その道の趣味がないと、聞いても覚えないです。
トップの(写真)花菖蒲には、
「新紫式部」と言う名前が付いていました。





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「夜宮池」を後に、イベント会場へ向かいました。
時間が早かったのか、ステージでは、まだ何もやってなかった。




↑↓「のびのび広場」です。
作って遊ぼう手作りおもちゃ、昔の遊びや、戸畑名物・皿回しも
このおばちゃん達、初めてだそうだが、上手い上手い!!
試しにやってみた。 
コツを教えてもらったが、全然ダメだった!



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帰りに寄った戸畑区役所です。
階段の中?、うしろ?、下?が、区役所。




この階段は、戸畑祇園大山笠競演会の観覧席となります。

今年の競演会は、
7月23日(土曜日)午後6時30分から午後9時(予定)雨天決行

指定席(740席)の抽選は終わりましたが、
自由席(500席)は、7月1日(金曜日)、戸畑区役所で販売するそうです。

詳しくはこちらを参考に、「観覧席入場券」の発売について

写真では良く分らないが、座席には番号が付いていました。
そして奥行きが長い・深いです。座るだけなら後が、ガラ空き?

このスタンドは、祇園大山笠競演会の時だけ使うのだろうか?
他の目的は、他に使う事は無いのだろうか?
この日、立ち入り禁止で、防犯カメラありの看板が、
それでも、チョットだけ・・・・・・。




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黒崎・岸の浦の今、


     (この画像はクリックで大きくなります。)

 旧年金病院跡地に建設中の、
ホール・図書館等を、今日見てきました。
昨年の暮れから工事が始まって、
旧年金病院の跡地が(去年12月の記事)」
ちょうど半年、順調のようで完成は来年の夏、あと1年です。

整備された撥川を挟んで、
ホールと図書館(名前は、まだ付いてない)の他に、
集合住宅やシニア向けマンション等も建つそうです。

北九州市が目差している黒崎副都心「文化・交流拠点地区」、
これにより、黒崎の町がどう変わるのか?
とにかく、活気あふれる町になるといいのだが。






長崎街道、曲里の松並木からです。
(ここからは良く見えます。)





おまけ
今日近くの小学校では、
雨で延期になっていた運動会をやっていました。
平日だが観客も結構いました。
(近所の人は盛り上げてやらないとネ、) 
門の前には出店(かき氷、ジュース)も出ていた。

チッラと見ただけだが、ちょうど騎馬戦の真っ最中、
昔と比べたら、何だか迫力を感じなかったです。


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