鏡の国のアリス:短評

鏡の国のアリスの本を読みながら短評をする

この世界のトンボと鏡の国のスナップトンボ(GLASS3-28)

2008-04-22 23:44:22 | Weblog

 アリスが現実世界には「トンボ the Dragon-fly もいるわ」と言う。すると鏡の世界のブヨが「頭の上の木の枝にスナップトンボ a Snap-dragon-fly がいるよ」と応じる。そして「それの体はプラム・プディングでできてる。羽はヒイラギ。頭はブランディで燃えるレーズンだよ」とブヨが説明。このスナップトンボをキャロルはなぜ考えついたのだろうか?ヴィクトリア朝の時代、クリスマスの頃、子供がスナップ・ドラゴンという遊びをしたという。ブランディにレーズンを浮かべ、ブランディに火をつける。そして火のついたレーズンを口に放り込むという遊びである。この火のついたレーズンがスナップ・ドラゴンと呼ばれたとのこと。現実世界にトンボ the Dragon-fly がいるのに対応して鏡の国にはスナップトンボ a Snap-dragon-fly がいるのである。キャロルはここでしゃれを言っている。 さらにアリスが質問する。「それは何を食べて生きるの?」と。ブヨが「フルメンティ frumenty とひき肉パイ mince-pie 」と答える。フルメンティは肉料理の付け合せにされた小麦のプディングで、ひき肉パイとともに当時クリスマス料理の定番であった。この二つは確かにスナップトンボの食べ物としては納得がいく。さらにブヨが言う。「スナップトンボは自分の巣をクリスマス・ボックスの中に作るんだ」と。かくてキャロルのしゃれが完成したように見える。

イラスト: ドラゴンフライ


現実世界のウマバエと鏡の国のユリウマバエ(GLASS3-27)

2008-04-21 23:52:11 | Weblog

「ところで虫の名前をあげてみてよ!」とブヨがアリスに言う。「まずウマバエ the Horse-fly がいる」とアリス。するとブヨが鏡の国には「ユリウマバエ a Rocking-horse-fly がいる」と説明しはじめる。そして「それは全く木でできていて枝から枝へ自分を揺らしながら動き回る。」また「樹液とおがくずを食べて生きる」とのこと。アリスは実際にユリウマバエ観察し「それは塗り替えられたばかりだわ。ピカピカでベタベタだから!」と思う。ユリウマは子供の玩具である。著者キャロルはここで現実世界のウマバエのしゃれとして鏡の国にいるユリウマバエについて語っている。

イラスト: 木馬ハエ


虫の名前:一般名詞と固有名詞(GLASS3-26)

2008-04-21 00:53:51 | Weblog
  アリスが「虫はこわいわ。特に大きい虫は!」とブヨに向かって言い、「でもいくつかの虫の名前はあなたに言えるわ」と付け加える。するとブヨがのんきそうに応じる。「もちろん虫たちは自分たちの名前に対して返事をするんだ!」と。アリスはこれを聞いて驚いて言う。「虫たちが返事をするなんて聞いたことがないわ!」と。ここではキャロルによって名前という言葉の意味の二重性が意識的に混同される。名前は一方で一般名詞だが、他方で固有名詞でもある。アリスは一般名詞として虫の名前を考えている。しかしブヨは固有名詞として虫の名前を考える。例えばアリスがもしたくさんいる芋虫に対して一般名詞で「芋虫!」と呼んでも誰も答えない。しかし芋虫それぞれに固有名詞としての名前、TARO,JIRO,SABUROなどがあり、芋虫TAROに対して固有名詞で「TARO!」と呼べば芋虫TAROは返事をする。
 だからブヨは反論する。「虫たちがその名前(※固有名詞)を呼ばれて返事をしないとしたら彼らが名前(※固有名詞)を持っていたとしてそれが何の役に立つのか?」と。これは固有名詞としての名前についての言明であるかぎり正当である。
 この言明にアリスが反論する。①虫たちに名前(※一般名詞)があるけれどもその名前は虫たちのそれぞれを区別する名前(※固有名詞)のようには「虫たちにとって役に立つことはないわ!」②「でも名前(※一般名詞)があることは名づけた人間にとっては便利だわ。便利でなかったら物 things に何で名前(※一般名詞)がついているの?」と。するとブヨは「知らないね!」と冷淡に答える。そして「向こうの森では物 things に名前(※一般名詞・固有名詞ともに)がないんだ」と言う。(物に名前がない森の話は後出。)便利だから人間によって物 things に名前(※一般名詞)がつけられたとのアリスの発言はもちろん正しい。名前(※一般名詞)がなかったらおそらく人間は自分の経験を語ることさえできなかった。最初に言葉(ロゴス)、つまり名前(※一般名詞)があったのである。

「・・・・に恵まれている」と「・・・・は恵みである」:言葉の二重の意味(GLASS3-25)

2008-04-19 15:32:24 | Weblog
  さて巨大なブヨがアリスに質問する。君がいた世界で「君はどんな種類の虫に恵まれているの?」と。 What kind of insects do you rejoice in ? つまりこの現実世界にどんな虫がいるのかと鏡の国の虫がたずねたのである。ところがアリスはこれに対しこう答える。「わたしにはどんな虫も恵み rejoice in じゃないわ」と。 I don't rejoice in insects at all.  つまりアリスはどんな虫をうれしがる rejoice in こともないのである。アリスはブヨの質問を誤解した。「君はどんな種類の虫をうれしがるの? rejoice in 」とブヨがたずねたと思ったのである。“ rejoice in ”の語は「・・・・に恵まれている」の意味と、「・・・・は恵みである」(=「・・・・をうれしがる」)の意味の二つを持つ。ここでキャロルは言葉の意味の二重性を楽しんでいる。


アリスが虫を好きになる理由は「虫が話す」場合だけ(GLASS3-24)

2008-04-19 14:59:57 | Weblog
  アリスが虫すべてを好きだというわけでない理由を答える。「虫が話すことができたら私はその虫を好きになるわ」と。だけど「私がいた世界では話をする虫は全然いない!」だから少なくとも話ができるという理由でアリスが虫を好きになることはなかったのである。アリスは虫が話さないから嫌いだと言っているわけではない。しかし好きにもなっていない。アリスが虫を好きになる理由が「虫が話す」ことひとつだけだとしたら、虫すべてを好きになることはありえないし、虫の一部を好きになることもない。ただし虫を好きになる理由がほかにあれば虫の一部を好きになるだろう。これまでのアリスの議論を聞いていると、どうやらアリスは一部の種類の虫を好きになったこともないようである。


虫の種類への質問かor好きな虫・嫌いな虫の選別か(GLASS3-23)

2008-04-19 10:14:49 | Weblog
 アリスが少し前、ブヨ the Gnat に「あなたはどんな虫なの?」とたずねた。今、ブヨがこれに対して答える。「じゃあ、君はすべての虫が好きだというわけじゃないんだね!」と。この話のつながりはわかりにくい。ブヨは少しいじけた性格なのである。アリスはただ虫の種類を一般的に聞いただけである。(アリスは本当は刺す虫かどうかが知りたかったのだが聞くのは失礼なので一般的な質問をした。)ところがブヨはアリスが虫の種類を聞いたうえで好きな虫か嫌いな虫かを選別しようとしたと考えたのである。実にブヨは賢くもある。少しいじけているだけではない。アリスは刺す虫が嫌いなのだからそして本当はそれを知りたかったのだから、ブヨの答え方は的を得てもいるのである。

虫だけが大きな世界(GLASS3-22)

2008-04-18 22:43:36 | Weblog
さてアリスがワープした先の4の目の世界にブヨがいて小枝に止まり羽でアリスを扇いでいた。このブヨとアリスは3の目の世界でこれまで話していた。以前はこのブヨはものすごく小さかったが、この新たな世界では巨大なブヨで「ニワトリぐらいの大きさだわ」とアリスが思う。ただし彼女はこの巨大さに恐怖を感じなかった。というのはこれまでずっと互いにしゃべってきたから。しかしワープした先の世界でアリスの大きさが変わらないのに一緒にワープしたブヨだけ大きさが巨大になるとは一見理解しがたい。ではどう考えたらいいのか。4の目の世界は虫だけが大きな世界と想定されているのである。この場合にはワープしてもアリスは大きさが変わらずブヨだけが巨大となるといえる。

アリスの空間的なワープ:3の目から4の目へ(GLASS3-21)

2008-04-17 23:01:05 | Weblog
 突然、機関車からピーと汽笛が鳴って乗客たちはびっくりして跳び上がる。馬が窓から首を出して外を見て言う。「ただ小川を跳び越えるだけだ!」と。他の乗客たちは事情を納得したが、アリスは列車がジャンプすると知り不安になった。「でもこれで4の目に行けるなら仕方ないわ」 とアリスは思う。鏡の国はチェス盤のようにできていて小川が目と目との境にある。さて次の瞬間、列車が空中に跳びあがりアリスは怖くなって近くにあったものを手でつかむ。それはあのヤギのひげだった。 しかし手を触れたとたんにひげは消えてなくなってしまう。気づけばアリスは静かに木の下に座っていた。この描写はアリスの空間的なワープを示している。 ヤギのひげが一瞬にして消えてなくなってしまったのは3の目の世界内に存在したヤギが4の目では突然、非存在となったからである。 今、アリスは4の目にいて木の下に座っている。

刺す虫か刺さない虫かだけがアリスの関心事(GLASS3-20)

2008-04-16 21:47:59 | Weblog
小さな声がアリスに言う。「僕が虫だったとしても僕を傷つけたりしないよね」と。これに対してアリスはただ「どんな虫なの?」とだけたずねる。だが彼女が本当にたずねたかったのはその虫が刺すかどうかだった。しかしそれを聞くのは失礼と思ってアリスはただ「どんな虫?」と一般的にたずねたのである。かくてアリスは礼儀正しい女の子だが、虫については刺す虫か刺さない虫かの2種類にしか分類しないとわかる。

耳がくすぐったくて人の不幸を忘れる!(GLASS3-19)

2008-04-15 22:09:13 | Weblog
 アリスの発言にかんし洒落れをいった小さな声に対し彼女が言う。「そんなに洒落が言いたいのなら自分でやればいいのに」と。その小さな声は深いため息をついた。明らかにとても不幸そうだった。これに対するアリスの感想は不思議である。彼女は「普通の人と同じようなため息だったらよかったのに」と言うのである。アリスはなぜこのような奇妙な感想をのべたのか?その理由は以下の通り。驚くほど小さなため息なため耳のそばでないとそれは聞こえない。あまりに近くのため耳がくすぐったくなる。普通の人のため息なら慰めてあげたくなるほどの深いため息だったのに、耳がくすぐったくて注意がそれてしまいその小さな生き物の不幸のことをアリスは忘れてしまった。アリスはだから反省してため息が普通の人と同じようだったらちゃんと慰めてあげられたのにと思ったのである。このアリスの感想は人の感情が瑣末なことに影響を受けるものだという悲しい真実を示している。