鏡の国のアリス:短評

鏡の国のアリスの本を読みながら短評をする

鏡の国は現実世界と反対向きなので卵をたくさん買うと絶対的に安くなる?(GLASS5-30)

2008-11-30 10:16:15 | Weblog
暗いお店で「卵を買いたいんですが。いくらですか?」とアリスがおずおずとたずねる。「1個なら5ペンス1ファージング、2個なら2ペンス!」と店の羊が答える。(※1ファージングは4分の1ペンス。)
 PS1:それにしても変な答えである。だからアリスが言う。
 
 「では、2つ買うほうが1つ買うより安いんですか?」とアリスが驚く。
 PS2:2つ買うと1つ買うより割安というのはよくある。例えば「1個なら5ペンス1ファージング、2個なら9ペンス!」と羊が答えたのならアリスは少しも驚かなかっただろう。ところがこの場合にはたくさん買うほうが絶対的に安いのである。

 羊が理由を言う。「もし2個買ったときは両方食べなければいけない」と。アリスは「では1個ください」と言う。彼女は「この卵はきっとおいしくないんだわ」と思ったからである。
 
 PS3:ここには2つの謎がある。①なぜ2個買ったときは両方食べなければならないという条件がつくのか?理由は知りたいがただ本来これに理由はいらない。販売条件は売主が決められから羊の気まぐれでもいいのである。②アリスが考えた理由=「卵はきっとおいしくないんだわ」は正しいのだろうか?もっともだが主観的である。卵はおいしいかもしれない。しかし売主の羊は卵がおいしいかどうかと無関係に2個買ったときは両方食べるという販売条件を出せるから、アリスが考えた理由が正しいか正しくないかはここでは不明である。
 
 PS4:羊が述べたのとは別に理由が考えうる。鏡の国は現実世界と反対向きなので、現実世界と逆に卵をたくさん買うほうが絶対的に安くなるのではないだろうか。例えば3個買うなら1.5ペンス、4個買うなら1ペンスという具合に安くなるはずである。(ただし著者のキャロルはこのような説明をしていない。)


鏡の傾きが少し変化すると鏡が映し出す背景が別のものになる:川のボートから店内へ(GLASS5-29)

2008-11-29 09:30:31 | Weblog
 オールの先が水にハマって引っかかりオールの柄がアリスに当たり彼女は弾き飛ばされる。編物をしている羊が「お前はカニをつかまえた!」と言う。
 PS1:オールを漕いだとき水に深く入って引っかかってしまうことは漕艇用語で「カニをつかまえる catch a crab 」と呼ばれる(GLASS5-23参照)。すでに見たようにアリスはこの意味を知らない。だから彼女が言う。

 「カニなんて見えなかったわ!」とアリスが暗い水の中を覗きこむ。羊は嘲るようにただ笑っている。アリスが「ここにはカニがたくさんいるの?」とたずねる。「カニだって何だってみんなあるよ」と羊が答える。そして「たくさんあるからお前が決めさえすればいいんだよ。さてお前は何を買いたいのかい?」とたずねた。
 PS2:不思議な羊の発言である。①アリスは水の中について質問している。そこにはカニはいないしまして水の中に何だってあるなんておかしい。さらに②そこから選んで何かを買うとはどういうことなのか?水の中にあるとしたら採るのであって買うことはない。この謎はすぐ解ける。

 アリスは「買うですって!」と驚いて叫ぶ。と同時に怖くなる。というのはオール、ボート、川が一瞬にして消え彼女はまた小さな暗い店にいたからである。
 PS3:まるで魔術である。アリスが怖いと思ったのも当然だろう。鏡の国は不思議である。しかし考えてみればこれは、人が鏡の前に立つとき鏡の傾きが少し変化しただけで鏡が映し出す背景が突然別のものに変わるようなものかもしれない。

夢の灯心草 dream-rushes が雪のように溶け去る(GLASS5-28)

2008-11-24 13:00:27 | Weblog
 ボートの元の位置に戻りアリスが嬉々として新たな宝物の灯心草を並べる。実は灯心草はアリスが摘んだその瞬間から色褪せ香りと美しさを失い始めていた。しかし彼女は気づかない。

 PS1:どうして摘んだその瞬間から灯心草はいわば滅んでいくのか。理由がまだ明らかでない。(第1の問い)
 PS2:アリスが灯心草の変化になぜ気づかないのかも不明。(第2の問い)

 現実の灯心草 real rushes だってほんのつかの間の命に過ぎない。ましてここにあるのは夢の灯心草 dream-rushes である。それらは雪のようにアリスの足元で溶けてしまう。

 PS3:第1の問いへの答え。現実世界でさえ永遠でなく、まして鏡の国はその現実の影つまり夢に過ぎない。だから夢の灯心草は摘んだその瞬間から滅んでいく。永遠の世界が神のものなら現実世界は神の似姿、さらに鏡の国はその反映・影・夢に過ぎない。はかない悲しい世界。

 しかしアリスは夢の灯心草が溶け去ることに気づかない。と言うのもアリスにとっては鏡の国には他にも奇妙な出来事が山ほどあったからである。
 
 PS4:これが第2の問いへの答え。アリスは好奇心が旺盛。彼女は反映・影・夢が滅びることに興味はなくその奇妙な形象にのみ惹かれるのである。

鏡の国では灯心草が遠のくor現実世界では欲望の充足が新たな欲望を生み出す(GLASS5-27)

2008-11-18 22:04:44 | Weblog
 アリスはボートを漕ぐのをやめる。ボートが流れていき灯心草の間へと進む。アリスは袖をまくり上げ腕を水に入れ灯心草を水中で折り取る。このとき彼女はボートの片側にかがみこみ髪の先が水につかる。彼女はキラキラと熱中した眼でいい香りの灯心草の束を次々掴み取る。
 「あそこに何て素敵な灯心草!でも手が届かない!」とアリスが思う。しかも腹だたしくみえるのは(まるで“わざとみたいだわ”とアリスが思うが)彼女がたくさん摘んだと思ってもより一層きれいなのがいつも手の届かないところにある。「一番素敵なのがいつも遠くにあるんだわ!」と終にアリスが言う。どんどん遠のく灯心草の頑固さに彼女はため息をつく。

 PS:鏡の国の灯心草は不思議である。これはしかし現実世界での人間の欲望の不思議さかもしれない。欲望の対象を手に入れたと思ったときすでにもう新たな欲望の対象が再び生まれ出ている。

ボートを止める:その可否の問題 or 誰が止めるかの問題(GLASS5-26)

2008-11-16 22:47:59 | Weblog
 アリスが羊に「あなたが少しの間ボートを止めても気にしないのでしたら If You don't mind stopping the boat for a minute.  」灯心草を摘みたいのですがと頼む。すると羊が答える。「どうして私がボートを止められるかね?」と。そして付け加える。「お前が漕ぐのをやめたらボートは自然に止まるはずだ」と。
 PS:アリスはボートを止めることの可否を問題にする。ところが羊はボートを止めるのが誰かを問題にする。ここにアリスと羊の混線の原因がある。

2種類のお願い:灯心草を生やしてor灯心草を摘ませて(GLASS5-25)

2008-11-12 00:06:21 | Weblog
 「あー、お願い!いい香りの灯心草が生えているわ!」とアリスが突然有頂天になって叫ぶ。「本当に生えているわ、そしてとってもきれい!」。羊が言う。「お前は灯心草に関して私に『お願い』と言う必要はない。私が灯心草をそこに生やしたわけでないし、私が灯心草を取り去るつもりもないんだから」と。
 PS:羊は「お願い、灯心草を生やしてください!」とアリスが言ったと理解したのである。

 アリスが答える。「いえ、私が言いたかったのは、『お願い、ちょっと止まって灯心草を少し摘みたいんです』ということです」と。

鳥でなく頓馬 goose である or 鳥でありガチョウ goose である(GLASS5-24)

2008-11-10 22:19:54 | Weblog

「何でそんなにくりかえし『羽根』Feather と言うんですか?」とアリスがイライラして終にたずねる。「私は鳥じゃありません!」とアリス。 PS1:アリスは漕艇用語のフェザーの意味を知らないからイライラするのは当然。アリスは Feather を羽根とだけ思う。そして自分は鳥でないから羽根などないとアリスは怒る。 「お前は子供のガチョウ goose だよ」と羊が答える。アリスは少しムッとなって、しばらく話すのをやめる。 PS2:羊は実はアリスを頓馬 goose だと言ったのである。羊はアリスが鳥であるガチョウだと言ってはいない。ところがアリスは自分が鳥のガチョウ goose だと言われてムッとなったのである。  さてボートは水上をすべり続け、同じ高い堤がしかめ面をして二人の頭上にあった。

イラスト: ヒツジとボート


漕艇用語のフェザー と「カニをつかまえる」、鳥の羽根と小さなかわいいカニさん(GLASS5-23)

2008-11-02 23:38:59 | Weblog
 新たに一組の編棒を取り上げながら羊が「フェザー feather !」と叫ぶ。
 PS1:このフェザーは鳥の羽根ではない。フェザーとは漕艇用語でブレード(オールの先の水を押す部分)を水平にすることである。フェザーリング(フェザーすること)が上手でないとオールを漕いだとき水に深く入って引っかかってしまう。これは「カニをつかまえる catch a crab 」と呼ばれる。

 返事が必要とも思えなかったのでアリスは何も答えず漕ぎ続ける。
 PS2:アリスは漕艇用語のフェザーの意味を知らない。

 さてアリスは水に奇妙なところがあると気づく。時々オールが水にしっかりはまり簡単に出てこない。
 PS3:つまりアリスがうまくフェザーできず「カニをつかまえる」のである。

 このとき再び多くの編棒を取りながら羊が叫ぶ。「フェザー!フェザー!」と。
 PS4:漕艇用語を知る羊にとってはアリスはフェザーリングをする必要がある。

 かくて「すぐにお前はカニをつかまえるだろう!」と羊が付け加える。
 PS5:これに対して漕艇用語を知らないアリスが示した反応は次の通り。

 「小さなかわいいカニさん!」「カニならほしいわ!」とアリスが思う。
 PS6:アリスは意味がわからないので羊がいくら言ってもオールの先を水平にすること、つまりフェザーリングをしない。

 羊が怒って一束もの編棒を取り上げ「私が『フェザー』と言ってるのがお前には聞こえないのか?」とアリスに向かって叫ぶ。アリスが答える。「聞こえてます。あなたが何度も言ってるのがわかります。それもとっても大きな声で!」と。そしてついに彼女は「カニがどこにいるのか教えてください」とさえ言う。
PS7:羊とアリスの対話は全く成り立たない。

 「もちろんカニは水の中!」と羊が答える。手がたくさんの編棒でいっぱいなので羊はそのうち何本かを髪の毛にさす。