鏡の国のアリス:短評

鏡の国のアリスの本を読みながら短評をする

“nobody”を実体化すれば現実が逆転する(GLASS7-7 )

2009-08-29 23:11:19 | Weblog
 白の王様が使者ヘイアに尋ねる。「誰かをお前は道の途中で追い越したか?」と。「誰も追い越さなかった Nobody 」と使者が答える。「よろしい」と王様が言う。「このお嬢さんもいない人 Nobody を見た。いない人はお前より遅く歩くのだ。Nobody walks slower than you. 」
 
 PS1:不思議な議論である。王様は “nobody”を実体化するから、使者ヘイアが「誰も追い越さなかった (I passed) nobody. 」と答えたとき、王様は「使者はいない人“nobody”を追い越した」と理解する。(GLASS7-3参照)だから王様は「いない人“nobody”はお前より遅く歩くのだ」と発言したのである。
 ところが “nobody”を実体化しないなら、そしてこれが普通だが、王様は「誰もお前より遅く歩かない(=お前が一番遅く歩く)」と言っている。そもそも使者は「誰も追い越さなかった Nobody 」のだから、「自分より前を歩く者は誰もいなかった」=「自分(使者)が一番速く歩く」と言いたかったはずである。ところが王様は「お前が一番遅く歩く」と言った。かくて使者ヘイアが怒る。

 「全力を尽くしました。誰も私よりずっと速く歩くことはないと確信します! Nobody walks much faster than I do. 」と彼はムッとして言う。

 PS2:王様のように “nobody”を実体化すれば「使者が一番遅く歩く」が、“nobody”を常識的に「誰も・・・・ない」と解釈すれば「使者が一番速く歩く」のである。

 王様が決然と再び言う。「いない人“nobody”はお前より速く歩くことはない(=お前より速く歩かない者はいない=お前が一番遅く歩く) He can't do that. 」と。「もしいない人“nobody”がお前より速く歩いたら、いない人“nobody”がお前より先にここに着くはずだ」と。
 
 PS3:これは王様にとってありえないことである。なぜなら先に着いたのは使者ヘイアであって「いない人“nobody”」ではないからである。
 しかし“nobody”を常識的に「誰も・・・・ない」と解釈する者からすれば、「誰もお前より速く歩かない」=「誰もお前より先にここに着かない」との意味になる。これは現実そのものである(つまり使者ヘイアが先に着く)。しかし王様にとってはありえないことである。 “nobody”という語を実体化して解釈すると現実が逆転する。現実がありえない出来事となる。

nothing better と nothing like 意味同一、単語非同一(GLASS7-6)

2009-08-18 19:57:08 | Weblog
 使者ヘイアがハムサンドを白の王様に渡す。王様はガツガツ食べてしまい「もう一つ!」と言う。使者が「干し草しか残っていません」と答える。「ではそれでいい!」と王様が受け取る。

 PS1:王様が干し草を食べるなどありえないが、これはすでに紹介された言葉遊びの情景に由来する。「私はあの子にHAM-SANDWICHES(ハムサンド)とHAY(ホシクサ)を食べさせる。なぜならあの子の名前がHAIGHA(ヘイア)で住むのがHILL(オカ)の上だから!」(GLASS7-4参照)

 使者が怖い顔で王様を最初にらみつけ、また使者の大きな目玉が右へ左へぐるぐる転がりまわり、王様はそれらを見て驚きそして気が遠くなりフラフラになる。ところが干し草を食べて王様は元気になる。「気が遠くなったときは干草を食べるよりよいものはない There's nothing like eating hay 」と彼が言う。「冷水をかけるほうがもっといい better 」と常識家アリスが応じる。

 PS2:ここまでのやり取りは普通である。ところがこの後で王様がおかしなことを言う。

 「もっといいものがない There's nothing better ( than eating hay )とは私は言わなかった」と彼。「干草を食べるのと同じように似ているものがない There's nothing like it と私は言った」と彼が説明。
 
 PS3:王様は何が言いたいのか?意味としては「もっといいものがない 」と「同じように似ているものがない」は同一である。しかし使われる単語 better (もっといい)と like (同じように似ている)は同一でない。王様は単語の違いに注意を向ける。だからアリスが「冷水をかけるほうがもっといい better 」と言ったことに対し、王様は異論を唱える。アリスはきちんと聞いていない、 自分は better (もっといい)と言わなかった、 like (同じように似ている)と言ったのだと。しかしアリスは王様の異論が重要と全然思わない。かくて次のような態度を取る。

 王様が言うことをアリスはあえて否定しなかった。


来るための使者と行くための使者:一人の使者が来るそして行くことはできない?(GLASS7-5)

2009-08-16 18:29:04 | Weblog
 白の王様が遣わした使者の一人目はヘイア Haighha であった。そして王様が言う。「もう一人の使者はハッター Hatta と呼ばれる。私には二人の使者がいなければならない。わかるかな。来るそして行くため to come and go である。一人は来るため、一人は行くため One to come, and one to go である。」

 PS1:白の王様は何を考えているのか?一人の使者しかいないとどうなるのか?来るための使者一人では行くことができない。行くための使者一人では来ることができない。使者二人が協力して初めて来るそして行くことができる。だから「私には二人の使者がいなければならない。」と王様は言ったのだろうか?奇妙である。一人の使者が、来るそして行くことができるのが日常の世界である。鏡の国では使者二人が協力しないと来るそして行くことができないのだろうか?だからアリスが質問する。

 「もう一度言っていただきたく、あなたのお許しをお恵みください I beg your pardon? 」とアリス。すると王様が「お恵みをなどと言うのは乞食のようで上品でない It isn't respectable to beg 」と諭す。

 PS2:なんとも話が通じない王様である。アリスが恵んでほしいのはもう一度王様に言ってもらうことであって、乞食のように食物や金銭ではない。だからアリスが言い返す。

 「私は王様が言うことの意味がわからないだけです。何故来るための使者と行くための使者の二人が必要なんですか?」と。

 PS3:アリスの当然の発言である。王様の答は次の通り。

 「お前に言っているではないか。私には二人の使者がいなければならない。取って来るそして持って行くため to fetch and carry 。一人は取って来るため、一人は持って行くため One to fetch, and one to carry である。」

 PS4:白の王様が言うことは日常の世界と同じである。二人の使者は別々の目的のために行った。「一人は取って来るため、一人は持って行くため」。だから王様には二人の使者が必要である。王様は省略して「一人は来るため、一人は行くため」と言った。この省略はアリスを当惑させた(PS1参照)。言うまでもなくこれは著者キャロルが言葉遊びにより意図的に引き起こしたものである。キャロルは読者を当惑させたかったのだ。


私はあの子がハの字で好きよ。なぜならあの子がハッピーだから:言葉遊び(GLASS7-4)

2009-08-10 20:24:43 | Weblog

 白の王様が遣わしていた使者がやがてもどってくる。彼は上下にスキップし、うなぎのようにのたくり、大きな手を扇子のように両側に広げやってくる。アリスが「何て変な格好かしら!」と言う。

 PS1:確かに変である。これに対し王様が説明する。

 「この使者はアングロサクソン人でハッピー happy なときだけ彼はああいう動作をする。彼の名前はヘイア Haighha である。」と王様の言明。

 PS2: この発言は当時のアングロサクソン学の流行への皮肉とのことだが詳しくは不明。

 PS3: 使者の名前がヘイア Haigha であるのは挿絵で明らかなように彼が『不思議の国のアリス』の3月ウサギ March Hare だからであろう。ウサギ Hare とヘイア Haigha は発音が近い。

 ここでアリスが突然、言葉遊びを始める。
 「私はあの子がHの字で好きよ。なぜならあの子がHAPPYだから。」
 「私はあの子がHの字で嫌いよ。なぜならあの子がHIDEOUS(ゾットスルホドヒドイ)だから。」
 「私はあの子にHAM-SANDWICHES(ハムサンド)とHAY(ホシクサ)を食べさせる。なぜならあの子の名前がHAIGHA(ヘイア)で住むのが・・・・」
 突然、王様が割り込む。「住むのがHILL(オカ)の上だから!」と。彼はあっさりそう言ったが言葉遊びに参加しているとはちっとも思っていない。

 PS4:白の王様は事実を言っただけなのである。ウサギの Haigha(ヘイア)は HILL(ヒル)の上に住む。なおアリスが言葉遊びを始めるのは王様の言葉の中にハッピー happy とヘイア Haighha の二つのHで始まる語があったからである。言葉遊びの原文は次の通り。

  I love my love with an H, because he is Happy.
  I hate him with an H, because he is Hideous.
  I fed him with Ham-sandwiches and Hay. His name is Haigha and he lives on the Hill.

 PS5:言葉遊びはわかりやすい。日本語で遊んでみよう。アリスが始める。
  「私はあの子がハの字で好きよ。なぜならあの子がハッピーだから。」
  「私はあの子がハの字で嫌いよ。なぜならあの子がハンコウテキ(反抗的)だから。」
  「私はあの子にハムサンドとハッパ(葉っぱ)を食べさせる。なぜならあの子の名前がハチローで住むのが・・・・」
   ここで王様が言う。「住むのがハラッパ(原っぱ)の側だから!」

 PS6:アリスは王様とは無関係に言葉遊びを続けている。彼女が考えていたのは何だったろうか?

 アリスは依然としてHで始まる町の名前を考えあぐねていた。

イラスト: ヘイヤのサンドイッチ


アリスは「いない人 Nobody 」を見ることができる(GLASS7-3)

2009-08-09 00:13:40 | Weblog
 「道路を注視して伝令2人が来るのが見えたら教えなさい」と白の王様が言う。アリスが「道路には誰も見えません I see nobody on the road 」と答える。

 PS1:普通ならここで話は終わりである。ところが王様が不思議な反応をする。

 「そんな風によく見える眼を持てたらよかったのに!」と彼が不機嫌そうに言う。さらに続ける。「いない人 Nobody を見ることができるとは驚いた!それも遠く離れているのに!私ができるのはこの明るさのもとで現実にいる人 real people を見ることがせいぜいだ!」と。

 PS2:王様は “nobody”を実体化し、「(現実には)いない人 anyone who isn't real 」と解釈する。アリスは“nobody”を実体化することなく、常識的に「誰も・・・・ない not ・・・・ anybody 」の文法的上の言い換えとみなす。アリスが“I see nobody”と言ったのは “I can't see anybody”(「誰も見えません」)の意味であって、“I see anyone who isn't real”(「(現実には)いない人が見えます」)という意味ではない。