gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

待について

2014-10-05 17:31:48 | 日記・エッセイ・コラム

                                  Img_1877
嵐行く  唸り声あげて  どたどたと  閉じ込められし  家の中かな
                                           ひのひら  ろくべえ







   
 台風の通過の一日、家の中で身動きできず、ひたすら待つ身

  待つ身と言えば、こんな諺がある。

  「待つ身より待たるる身」早く来ないかと待ってる人も辛いが、待たせて

  待たせている者、早く行かなければと、相手の事が気になる。気持ちだ

  けが焦るそんな状況も辛い、「待」という事は待たせる者も、待つ者も

  辛い状況であるという事であろう。互いに相手の事を思いやり、互いに

  許し合う、そんな精神性が大切なのであろう。このことが人間関係の基

  本ではないだろうか。つまり、コミュニケーションノ精神の持ち方であろう。

  ついつい人間は相手の事を、非難したり、相手のせいでうまくいかない

  などと責め立てるが、そうではない互いの問題が存在していることを冷

  静に分析し、その問題を取り除く努力を互いに行うことが、人間関係の

  方法であろう。解らない者と解かる者との交流であれば、解るも者が、

  解らない者を導くかかわりが求められる。学校の先生と生徒の関係、

  福祉施設における利用者とヘルパーとの関係、医療における医療専

  門家と患者の関係などその代表的な状況であろう。

  専門家は間違ってはいけない、専門家のほうが階段を下りて、相手の

  ところに近づくことを心がけた、コミュニケーションを心がけることが大

  切なのであろう。やたら専門用語をカタカナ語で並べ、説明や説得を

  されても、相手はチンプンカンプンなのである。伝え方というもの

  もあることを、心に刻んでおきたいものである。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿