へちま細太郎

大学院生のへちま細太郎を主人公にしたお話。

出戻り、副住職様

2016-01-14 22:01:23 | へちま細太郎

あ~ら、みなさま、お久しぶり、棒斐浄寺の京よ、元気してた?
寺も、LEDの電飾ばりばりだから、遊びに着てね。

さて、実家の姉から呼び出されて帰ってみれば、なんとクソ弟が自分の部屋に立てこもって出てこないらしい。
なんでまた、ときけば、
「ことみちゃんとけんかして追い出されたんですって。ご本家で預かっているかつてのレディースのメンバーの男の子が、たーくんの子供じゃないかって」
「本家が預かっているっていうと、ああ、あのヲタね?」
と、あの気持ちの悪い子を思い出した。
「なんでも、細太郎くんの彼女のストーカーだっていうんだ」
姉の夫である義兄が、SMAPのCDを磨いている。
義兄は、草のファンだった。さぞや今回の騒動で心痛めているだろうけど、どうでもいいや。
「たーくんも誤解だっていうんだけどねえ」
姉は、クソ弟をたーくんと小さいころから呼んでいる。強面の悪人ヅラでもたーくんだ。
「だから、たーくんに詳しく話をきいて、あなたからご住職に間を取り持ってもらえないかしら」
「そんなこと、お姉ちゃんがやればいいじゃん、長女でしょ?」
「京ちゃん、あなたねえ」
姉は昔のお姫様を引きずったまま大人になったような人だ。世間の荒波になんて、百合絵ほどではないが、浮世離れしているから、もまれたことがない。
義兄もおっとりしていて、藤川家には似つかわしくない美都市役所に勤める地方公務員だ。
「だいたい、百合絵が男の子を生んで、跡継ぎができたって大騒ぎしているくらいだから、あのバカのことなんかどうでもいいんじゃないの?」
「あら、そうなの?」
これだよ。
「じゃあ、なおさらご住職はあてにならないわねえ」
「いっそ、こっちに帰ってきてもらって、東京のうちの事務所の経理をやってもらったらどうかな」
義兄も義兄だ。高校中退1回、復学した転校先の通信制をダブってやっと卒業したあのバカに、経理が務まるはずがない。
「修行した寺で、経理を覚えたってきいたから大丈夫だとは思うんだけどねえ。どうかしら?」
なんだよ、寺に戻ってほしいのか、離婚してうちの仕事を手伝えっていうのか、どっちなんだ。
「あら、それはどっちでもよろしいのよ、たーくんの気持ちを大事にしたいのよ。幸い、我が家には、たーくんのお仕事もあるし、食べるにもねるにも困らないでしょ?」
たーくんは、いくつだと思っているんだ。きらきらネームのついた子供が5人もいる田舎のヤンキーオヤジだ。
「きらきらネームって、あなたのお寺もきらきらしているんでしょ?紀藤造園でも頭抱えてるみたいだけど?」
「いいんだよ、別に」
「センイチっていう、いのししも飼っているって、紀藤さん、困ってだぞ」
「文句いうんなら、二度と使わんといってちょうだい」
話が、私に飛び火してきたので、
「あのバカのことは放っておきなよ、お姉ちゃんがそうして甘やかすからいつまでたってもグズなまんまなんだから」
と、立ち上がれば、
「だって、かわいそうじゃない?」
と、駆け寄ってきた愛犬のマルチーズの頭をなでる。
と、そのとき、奥の部屋からすさまじい怒鳴り声がする。
「あら、やだ、義孝、またたーくんにけんかをふっかけたのね。どうして、そんなに仲が悪いのかしら」
義孝は、姉の次男で、中学3年で、孟宗の高校への進学が決まっている。姉には双子の長男と長女がいて、二人とも東京の大学へいって、留守だ。
この次男の義孝は、定規で引いたような堅物で、クソ弟のような人間を毛嫌いしている。
何でも孟宗で応援団に入る、と決めているらしい。
しばらく奥が騒々しかったけれど、別にとめたところでどうにもならないから、お暇することにした。
「あら、帰っちゃうの?たまには泊まっていきなさいよ」
姉は残念そうに言うが、お手伝いの女の子を一人寺で留守番させておくわけにはいかないから、帰る、といって家を出てきた。
ま、これは口実なんだけど、女の子はホテルで待っていて、これから彼女の友達も交えてカラオケ行くんだわ。
ささやかな楽しみをあんなバカ弟に邪魔されたくはないね。
さて、SMAPでも歌ってくるか。