1 「旅する本」
A
18歳(高校3年)の時、私(女)は、古本屋で、ある翻訳小説を売る。
その4年後、大学卒業後、22歳のとき、私はネパールに一人で旅行。カトマンズからポカラへ。ポカラの古本屋で、その本と再び出合う。買う。読んでみると以前と違う意味がつかめた。再び売る。
B
それから何年かたって(27歳くらい)、仕事の取材で私は、アイルランドに行く。古本屋で再び、その本を見つける。買い、読む。本はまた違う意味を示す。
① すべては夢のよう。私の人生は変転したのに、不動の同一の本がそこにある。
② 私が変化している。だから読んだ本の意味が、毎回、変わる。
ロンドンにもどり、またその本を私は古本屋に売る。
C
いつか再び私はその本と古本屋で会うだろう。再び私は買い、読むだろう。私と一緒に「旅する本」!
《評者の感想》
(1) 本は2重の本質を持つ。一方で“不動”。私の変化にかかわらず不動で同一の本。他方で私の変化に応じて“変化”する本。
(2) 著者は「旅する本」と呼ぶことで、本の本質を後者、“変化”に見ている。
(3) 評者としては、本の本質を“不動”と見るほうが、興味深い。私がどんなに変化しようと、本は何も変わらない。並んでいる文字のどこも変わらない。
(4) 本(の文字)が示す意味は、毎回、変わる。それはまるで不確かな夢。
(5) 一方で本は“不動”。
(5)-2 他方で、「私」は不確かな夢、「本」が示す意味も不確かな夢。私も“変化”するし、本も“変化”する。私と共に変化し続ける「旅する本」!著者は、この点を強調する。
(6) しかし評者にとっては、「私」と「意味」の二重の変化を担うことが出来る本の“不動”性がミステリアス!
2 「だれか」
A
24歳で、恋人とともにタイの南の島を旅する私(女)。自分だけがマラリヤにかかる。恋人が、ホテルに置き忘れられた片岡義男の古本を持ってきてくれた。病床で、私は読む。
B
片岡義男のその本を、かつて読んだだろう「だれか」(男)の事を、私は、想像する。
その男はきっと、高校のとき片岡義男を愛読した。その後、本は売ってしまった。
男は25歳で恋をする。しかし女に「退屈だわ!」と言われ、捨てられる。男は、タイの南の島へセンチメンタル・ジャーニー。
旅行前、本屋で、彼にとって懐かしい片岡義男を発見し買い、タイの旅の友とする。帰国のとき、彼はその本をタイに残していった。
C
今、私はその本を、読んでいる。そして、その本を読んだだろう男について想像した。
D
その時から10年たった。今、私は34歳。あのときの恋人はもういない。
あのとき想像した男も、今、代わり映えのしない日常生活を送っているだろう。
《評者の感想》
(1) 片岡義男のその本を読んだのは、もっと違う男かもしれない。あるいは女かもしれない。
(2) 著者にとって、片岡義男の本は、非日常的世界を現前させるもの。しかし同時に、簡単に忘れ去られる儚いもの。
著者は日常的現実が持つ圧倒的リアリティを、素直に受け入れる。もちろん非日常的ロマン世界にあこがれるが、それは一時の夢。
(3) 著者は自分に似た「男」(非日常的ロマン世界にあこがれる)を想像した。それはなぜか?自分に似た「女」を想像したら、自分が女だから、トートロジーになるため。
3 「手紙」
A
私、今35歳、恋人とケンカし伊豆を一人で旅行中。2泊目、河津。宿にリチャード・ブローティガンの詩集。アメリカの詩人の、日本滞在時の詩。私が20歳のとき、読んで共感した。今、35歳の私には、彼は、ただ幼稚で寂しがり屋なだけ。
B
本に封筒が挟まっていた。男と別れた女の失意の手紙。しかし女は、男との思い出に感謝する。
自分も今、恋人と別れるかもしれない危機。手紙の女の記憶と文体が、私と混じり合う。私は、私の恋人との思い出を懐かしみ、彼を貴重だと思う。
B-2
かくて私は、恋人に電話する。明日、彼が旅先の宿に来ると言う。私は嬉しい。
私とよく似た見知らぬ女に「バイバイ。ソーロング!」と私。女の手紙を本にもどす。
《評者の感想》
手紙の女の記憶・文体が、私(女)の記憶・文体と、混じり合う。
外的世界の物体である文字が、二つの精神を媒介する。精神の混淆。文字の存在が、マジカルである。
4 「彼と私の本棚」
A
私(女)は、同棲中の恋人、ハナケン(男)と別れる。アパートから私が出て行く。今、本棚から自分の本だけ、ダンボールに詰める。マンシェット『殺戮の天使』が2冊ある。
B
私とハナケンは、5年前、短期(2週間)のアルバイト先で会った。ハナケン21歳、学生。私22歳。二人は親近感を持つ。アルバイト最後の日、飲みにいき、ラブホテルへ。
2ヵ月後、ハナケンが私のアパートに来る。ハナケンは、私の本棚の本が、自分と似ていると感激する。
1年少しして、私とハナケンが一緒に暮らし始める。二人で本の感想を話し合ったり、仲がいい生活。
C
ところが、同棲3年半後、突然ハナケンが「好きな人が、別に出来たから、別れたい」と私に言う。その日からハナケンは、ウィークリーマンションへ移る。私は、出て行くため、引越しの準備。
D
私は、ハナケンが嫌いになれない。引越しの日、ハナケンから「準備は無事、終わりましたか」とメール。ハナケンは、律儀でやさしい男。
D-2
私はそれまで、「男と別れるのは、『禁煙し吸うことが出来ないため、つらい煙草』と同じ、やがて忘れる。」と、強がっていた。
しかし、私は、今、ハナケンと一緒にかつて読んだ本を発見し、そのときのハナケンを懐かしく思い出し、ひどく泣く。
《評者の感想》
「私」は気位が高いから、男(ハナケン)に「別れないで!」と泣いてすがりついたり出来ない。ハナケンは律儀でやさしいかもしれないが、人の気持ちを思いやることが出来ない無神経さを持つ。結局、今、「私」は、やはり、泣くしかないだろう。
5 「不幸の種」
A
10年前、私は18歳、大1年。恋人を自分のアパートに呼び、また相手のアパートに行く。24時間一緒にいるような本気の恋。
ところが、夜中、その男が一人、私の本棚の、私が読んだことさえ忘れてしまった私の本を、一人、読んでいる。私には嫌な感じ。
A-2
大2になり、私は、恋人を友人の近藤みなみに取られる。
二人を見たくなく、私は大学を欠席、留年。その後、空き巣にあい、台湾旅行では交通事故で骨折。
台湾の占い師が、私の部屋の中に「不幸の種」があると言う。「あの本だ」、「私の元恋人が読んでいた本だ」と私は思う。
私に謝りに来た近藤みなみに、その本を渡し、「私の元恋人にあげてくれ」と頼む。
大4で、私に新しい恋人が出来る。大卒後、私は出版社に勤める。
B
ともに27歳のとき、私と近藤みなみが、再会。
みなみは、不幸が続いた。①大卒後、就職した会社が倒産。②私の元恋人と23歳で結婚するが1年後、離婚。③その2年半後の2度目の結婚も、みなみは離婚。
みなみは、あの本を恋人に渡さないまま、今も自分で持っているとのこと。
その本が「不幸の種(原因)」と私が言うと、近藤みなみは、「自分は、別に、不幸と思っていない」と言う。
そして、「その本が面白い。何回も読むと、年齢とともに意味が変わる。」とみなみの感想。私は、その本を受け取る。
C
それから、さらに5年、32歳。近藤みなみは、この間に、1回、恋人と別れ。数ヶ月前、6歳下の恋人が出来、一緒に暮らしている。結婚を迫られているが、バツ3は嫌なので、結婚しないとのこと。
D
不幸と幸福の意味が人によって違うように、本の意味も年齢によって変わるのだ。その変転が楽しみと私は思う。私には、新しい恋人がまた出来た。
《評者の感想》
著者が言いたいことは二つ・
(1) 不幸と幸福の意味が人によって違う。
(2) 本の意味は、それを読む自分の年齢によって違う。
6 「引き出しの奥」
(1) 私、大2年、は「やりまん」、「公衆便所」と陰口をたたかれる。1年くらい前から「すさんだ生活」。おごってくれ、アパートまで送ってくれる男の子に、してあげられることは、ベッドに一緒に入ることと、私は思う。
(2) 人は記憶で構成されている。現在のアクションは、過去の記憶が決定する。寝た様々の男の子達を見て、思う。
(3) 7歳年長の塚田さん(私のアパートに3回来て性交した)が、大学の周辺の古本屋に出回る伝説の古本について、語る。裏表紙に、様々な人の一言の書き込みがある。
(4) 古本屋で、男の学生と会う。彼は、ドイツ観念論の講義を取る。私も同じ。
(4)-2 彼と私はそれぞれ、古本屋を訪ね歩き、伝説の古本を探す。
(5) ある日、私と彼が喫茶店で、話をする。彼は、「その伝説の古本の書き込みは、各人の『記憶』ではないか」と、言う。「その人の一番、最初の記憶」、「大切な記憶」、「一番、満たされていたときの記憶」など。
(5)-2 私には覚えておきたい記憶が、過去に何もない。さびしい。好きでもないない男の子と寝るのは、寂しい。覚えておくに値することが、何もない。このとき、私ははっと、寂しさに気付く。
(5)-3 彼の名前はサカイテツヤ。
(6) 塚田さんと話をしたとき、「伝説の古本の裏表紙に書かれているのは『人類の記憶』だ」と私が言う。裏表紙はあたかも「記憶の引き出し」。
(6)-2 この夜、飲んだ後、私は塚田さんを、自分のアパートに来させなかった。
(7) 私は「大切な記憶」を捜し始めた。好きでもない男の子と寝るのは、私を「傷つけない」が「記憶にも残らない」。
(8) 私は大3になった。私は誰とでも「やる(性交する)」のをやめる。
(8)-2 サカイテツヤとは何もない。彼も私も、相変わらず、伝説の古本を探し続ける。
(9) その大3の4月のある日、サカイテツヤが「ドイツ観念論の講義のテストが、これからある。急いでいかないと遅れる!」と私の手を引っ張って、走る。
(9)-2 突然、私の見慣れた光景が、一瞬、美しく変化する。手を握られ、私は照れくさい。「大切な記憶」の誕生の予感。
《評者の感想》
「好きでもない男の子と寝るのは、私を『傷つけない』が『記憶にも残らない』」。これが、ポイントの文。「私」は「大切な記憶」を捜し始めた。サカイテツヤとの、あの一瞬が、「私」にとって「大切な記憶」の誕生!
7 「ミツザワ書店」
(1) 小説の新人賞を、ぼくは受賞。郷里のミツザワ書店のおばあさんを、ぼくは思い出す。「受賞をおばあさんに伝えたい」と思う。ぼくは、27歳。おばあさんは、昔、店番をするというより、いつも本を読んでいた。
(2) その昔、一度だけ、ぼくは万引きをした。なぜだか分からないが惹かれる本があった。読みたいと思った。その本は1万円もした。ミツザワ書店から、その本を万引きした。ぼくは16歳。その夜、その本をぼくは一晩で、徹夜して読んでしまった。ただ一言、「すげー」と思った。以後、ミツザワ書店に、二度と行かなかった。
(3) その後、ぼくは都心の大学に通い、今は印刷会社に勤める。それが突然、一昨年、3年前、小説を書きたいと、ぼくは思った。あのときの高揚した「すげー」と思った気分が、ぼくに小説を書かせた。3ヵ月半、かかる。新人賞に応募。応募したことさえ忘れた頃、新人賞受賞の知らせが、来た。
(4) 今日、27歳のぼくは、1万円を払いに、郷里のミツザワ書店を訪ねる。「おばあさんは去年、他界した」とのこと。孫の若い女の人が出てきて、言った。
(4)-2 ミツザワ書店は閉店していたが、中はそのまま。「当時、おばあさんは、本が好きで、自分が読むために、売る本を仕入れているような状況だった。万引きも多かった。後になって代金を払いに来た人が、たくさんいる」と女の人が言った。
(4)-3 「ミツザワ書店は、当時、まるで街の図書館のようだった。だから今は閉店しているミツザワ書店を、大袈裟になるけど、改めて街の図書館として開館したい」と彼女が言う。
《評者の感想》
16歳の男の子が、一晩で、徹夜して読んでしまうような「すげー」と思える本。そのような本に、評者も出会いたい。
8 「さがしもの」
(1) 私が中2のとき、おばあちゃんが重病で入院。母が泣いていた。おばあちゃんが、私(羊子)に「本を探してほしい。でも誰にも言うんじゃないよ。」と言ってメモを手渡す。
(2) 私は、町の書店に探しに行くが、ない。おばあちゃんが、落胆。「面倒がらず、あちこちの書店を捜すように!」とおばあちゃんが言う。おばあちゃんは口が悪いし、気が強い。
(3) その本が今は絶版で、昭和初めの画家のエッセイと、ある本屋でわかる。
(4) 翌年、おばあちゃんが死ぬ。「本を見つけてくれなかったら、化けて出る」と死ぬ前に、おばあちゃんが言う。
(5) 本が見つからないまま、私は中3になる。春の夜、受験勉強中、振り向くとおばあちゃんの幽霊が立っていて、「本は、見つかったか?」と尋ねる。
(5)-2 高3まで、おばあちゃんの幽霊が出る。高3のとき、父母が離婚。
(6) 大3のとき、本が見つかる。「画家の幻のエッセイ集、ついに復刊!」と、本屋に置かれていた。初版、昭和25年。エッセイの一つに、画家が思いを寄せた定食屋の若い娘の話が、あった。この若い娘がおばあちゃん。
(7) おばあちゃんは「永遠の十代の自分」を確認したかったのだ。
《評者の感想》
本は、永遠を書きとめる。文字は、永遠を指示する記号。
9 「初バレンタイン」
(1) 23歳だった中原千絵子、1浪で大4年。千絵子が、2ヶ月前から交際を始めた田宮滋、大3年、21歳。千絵子には、初めての恋人。
(1)-2 千絵子は、初バレンタインに、自分が中3のとき読み感激した本を、贈ることにする。二人、待ち合わせ後、田宮は、18万7千円の指輪を、成り行き上、千絵子に買うこととなる。二人はショックで、しょんぼりと宝石店を出る。
(1)-3 ラブ・ホテル(4回目)の部屋で、千絵子は本を田宮に渡す。しかしチョコレートにしなかったことに「失敗した!」と思う。
(2) あれから7年、千絵子は30歳。田宮とは別れ、その後、すでにこれまで3回の恋愛。今、5人目の恋人と結婚予定で、二人、転居準備作業中。
(2)-2 藤崎の本棚から、初バレンタインで自分が昔の恋人(田宮)に贈ったものと、同じ本が出てくる。千絵子は、昔、初バレンタインの日を、思い出す。
(2)-3 それは、「初めて、女の子からもらった本!」と藤崎。
(3) 30歳の千絵子は「みんな、昔のこと!」そうして、「今、ここにいるのだなあ!」と思う。
10 「あとがきエッセイ 交際履歴」
(1) 私は別れた元恋人と、ほとんどの場合、友達となる。ただし、現恋人がOKすることが条件。
(2) 本を読むのは、「一対一の交際」と同じ。
(3) 小学校前、保育園に預けられていた私は、当時、本が好きだった。なぜなら本が、現実から、別の場所に自分を連れて行ってくれたから。
(3)-2 作品世界に入る興奮。本屋は、遊園地より興奮的。
(4) 小2のとき、伯母がくれた『星の王子様』は、全くつまらなかった。高2になって読んだら“すごい!”と思った。年齢とともに、本の意味が変わる。
(5) 人と同じで、本が「つまらない」のは、①「相性が悪い」か、②こちらの狭小な「好みに合わない」か、いずれかに過ぎない。
(6)本をたくさん読む人と、競い合っても無理。
(6)-2 「私を呼ぶ」本を見出す。それを1冊ずつ読む。ちょうど、好きな相手を見つけるようなもの。本と私の個人的なお付き合い。
A
18歳(高校3年)の時、私(女)は、古本屋で、ある翻訳小説を売る。
その4年後、大学卒業後、22歳のとき、私はネパールに一人で旅行。カトマンズからポカラへ。ポカラの古本屋で、その本と再び出合う。買う。読んでみると以前と違う意味がつかめた。再び売る。
B
それから何年かたって(27歳くらい)、仕事の取材で私は、アイルランドに行く。古本屋で再び、その本を見つける。買い、読む。本はまた違う意味を示す。
① すべては夢のよう。私の人生は変転したのに、不動の同一の本がそこにある。
② 私が変化している。だから読んだ本の意味が、毎回、変わる。
ロンドンにもどり、またその本を私は古本屋に売る。
C
いつか再び私はその本と古本屋で会うだろう。再び私は買い、読むだろう。私と一緒に「旅する本」!
《評者の感想》
(1) 本は2重の本質を持つ。一方で“不動”。私の変化にかかわらず不動で同一の本。他方で私の変化に応じて“変化”する本。
(2) 著者は「旅する本」と呼ぶことで、本の本質を後者、“変化”に見ている。
(3) 評者としては、本の本質を“不動”と見るほうが、興味深い。私がどんなに変化しようと、本は何も変わらない。並んでいる文字のどこも変わらない。
(4) 本(の文字)が示す意味は、毎回、変わる。それはまるで不確かな夢。
(5) 一方で本は“不動”。
(5)-2 他方で、「私」は不確かな夢、「本」が示す意味も不確かな夢。私も“変化”するし、本も“変化”する。私と共に変化し続ける「旅する本」!著者は、この点を強調する。
(6) しかし評者にとっては、「私」と「意味」の二重の変化を担うことが出来る本の“不動”性がミステリアス!
2 「だれか」
A
24歳で、恋人とともにタイの南の島を旅する私(女)。自分だけがマラリヤにかかる。恋人が、ホテルに置き忘れられた片岡義男の古本を持ってきてくれた。病床で、私は読む。
B
片岡義男のその本を、かつて読んだだろう「だれか」(男)の事を、私は、想像する。
その男はきっと、高校のとき片岡義男を愛読した。その後、本は売ってしまった。
男は25歳で恋をする。しかし女に「退屈だわ!」と言われ、捨てられる。男は、タイの南の島へセンチメンタル・ジャーニー。
旅行前、本屋で、彼にとって懐かしい片岡義男を発見し買い、タイの旅の友とする。帰国のとき、彼はその本をタイに残していった。
C
今、私はその本を、読んでいる。そして、その本を読んだだろう男について想像した。
D
その時から10年たった。今、私は34歳。あのときの恋人はもういない。
あのとき想像した男も、今、代わり映えのしない日常生活を送っているだろう。
《評者の感想》
(1) 片岡義男のその本を読んだのは、もっと違う男かもしれない。あるいは女かもしれない。
(2) 著者にとって、片岡義男の本は、非日常的世界を現前させるもの。しかし同時に、簡単に忘れ去られる儚いもの。
著者は日常的現実が持つ圧倒的リアリティを、素直に受け入れる。もちろん非日常的ロマン世界にあこがれるが、それは一時の夢。
(3) 著者は自分に似た「男」(非日常的ロマン世界にあこがれる)を想像した。それはなぜか?自分に似た「女」を想像したら、自分が女だから、トートロジーになるため。
3 「手紙」
A
私、今35歳、恋人とケンカし伊豆を一人で旅行中。2泊目、河津。宿にリチャード・ブローティガンの詩集。アメリカの詩人の、日本滞在時の詩。私が20歳のとき、読んで共感した。今、35歳の私には、彼は、ただ幼稚で寂しがり屋なだけ。
B
本に封筒が挟まっていた。男と別れた女の失意の手紙。しかし女は、男との思い出に感謝する。
自分も今、恋人と別れるかもしれない危機。手紙の女の記憶と文体が、私と混じり合う。私は、私の恋人との思い出を懐かしみ、彼を貴重だと思う。
B-2
かくて私は、恋人に電話する。明日、彼が旅先の宿に来ると言う。私は嬉しい。
私とよく似た見知らぬ女に「バイバイ。ソーロング!」と私。女の手紙を本にもどす。
《評者の感想》
手紙の女の記憶・文体が、私(女)の記憶・文体と、混じり合う。
外的世界の物体である文字が、二つの精神を媒介する。精神の混淆。文字の存在が、マジカルである。
4 「彼と私の本棚」
A
私(女)は、同棲中の恋人、ハナケン(男)と別れる。アパートから私が出て行く。今、本棚から自分の本だけ、ダンボールに詰める。マンシェット『殺戮の天使』が2冊ある。
B
私とハナケンは、5年前、短期(2週間)のアルバイト先で会った。ハナケン21歳、学生。私22歳。二人は親近感を持つ。アルバイト最後の日、飲みにいき、ラブホテルへ。
2ヵ月後、ハナケンが私のアパートに来る。ハナケンは、私の本棚の本が、自分と似ていると感激する。
1年少しして、私とハナケンが一緒に暮らし始める。二人で本の感想を話し合ったり、仲がいい生活。
C
ところが、同棲3年半後、突然ハナケンが「好きな人が、別に出来たから、別れたい」と私に言う。その日からハナケンは、ウィークリーマンションへ移る。私は、出て行くため、引越しの準備。
D
私は、ハナケンが嫌いになれない。引越しの日、ハナケンから「準備は無事、終わりましたか」とメール。ハナケンは、律儀でやさしい男。
D-2
私はそれまで、「男と別れるのは、『禁煙し吸うことが出来ないため、つらい煙草』と同じ、やがて忘れる。」と、強がっていた。
しかし、私は、今、ハナケンと一緒にかつて読んだ本を発見し、そのときのハナケンを懐かしく思い出し、ひどく泣く。
《評者の感想》
「私」は気位が高いから、男(ハナケン)に「別れないで!」と泣いてすがりついたり出来ない。ハナケンは律儀でやさしいかもしれないが、人の気持ちを思いやることが出来ない無神経さを持つ。結局、今、「私」は、やはり、泣くしかないだろう。
5 「不幸の種」
A
10年前、私は18歳、大1年。恋人を自分のアパートに呼び、また相手のアパートに行く。24時間一緒にいるような本気の恋。
ところが、夜中、その男が一人、私の本棚の、私が読んだことさえ忘れてしまった私の本を、一人、読んでいる。私には嫌な感じ。
A-2
大2になり、私は、恋人を友人の近藤みなみに取られる。
二人を見たくなく、私は大学を欠席、留年。その後、空き巣にあい、台湾旅行では交通事故で骨折。
台湾の占い師が、私の部屋の中に「不幸の種」があると言う。「あの本だ」、「私の元恋人が読んでいた本だ」と私は思う。
私に謝りに来た近藤みなみに、その本を渡し、「私の元恋人にあげてくれ」と頼む。
大4で、私に新しい恋人が出来る。大卒後、私は出版社に勤める。
B
ともに27歳のとき、私と近藤みなみが、再会。
みなみは、不幸が続いた。①大卒後、就職した会社が倒産。②私の元恋人と23歳で結婚するが1年後、離婚。③その2年半後の2度目の結婚も、みなみは離婚。
みなみは、あの本を恋人に渡さないまま、今も自分で持っているとのこと。
その本が「不幸の種(原因)」と私が言うと、近藤みなみは、「自分は、別に、不幸と思っていない」と言う。
そして、「その本が面白い。何回も読むと、年齢とともに意味が変わる。」とみなみの感想。私は、その本を受け取る。
C
それから、さらに5年、32歳。近藤みなみは、この間に、1回、恋人と別れ。数ヶ月前、6歳下の恋人が出来、一緒に暮らしている。結婚を迫られているが、バツ3は嫌なので、結婚しないとのこと。
D
不幸と幸福の意味が人によって違うように、本の意味も年齢によって変わるのだ。その変転が楽しみと私は思う。私には、新しい恋人がまた出来た。
《評者の感想》
著者が言いたいことは二つ・
(1) 不幸と幸福の意味が人によって違う。
(2) 本の意味は、それを読む自分の年齢によって違う。
6 「引き出しの奥」
(1) 私、大2年、は「やりまん」、「公衆便所」と陰口をたたかれる。1年くらい前から「すさんだ生活」。おごってくれ、アパートまで送ってくれる男の子に、してあげられることは、ベッドに一緒に入ることと、私は思う。
(2) 人は記憶で構成されている。現在のアクションは、過去の記憶が決定する。寝た様々の男の子達を見て、思う。
(3) 7歳年長の塚田さん(私のアパートに3回来て性交した)が、大学の周辺の古本屋に出回る伝説の古本について、語る。裏表紙に、様々な人の一言の書き込みがある。
(4) 古本屋で、男の学生と会う。彼は、ドイツ観念論の講義を取る。私も同じ。
(4)-2 彼と私はそれぞれ、古本屋を訪ね歩き、伝説の古本を探す。
(5) ある日、私と彼が喫茶店で、話をする。彼は、「その伝説の古本の書き込みは、各人の『記憶』ではないか」と、言う。「その人の一番、最初の記憶」、「大切な記憶」、「一番、満たされていたときの記憶」など。
(5)-2 私には覚えておきたい記憶が、過去に何もない。さびしい。好きでもないない男の子と寝るのは、寂しい。覚えておくに値することが、何もない。このとき、私ははっと、寂しさに気付く。
(5)-3 彼の名前はサカイテツヤ。
(6) 塚田さんと話をしたとき、「伝説の古本の裏表紙に書かれているのは『人類の記憶』だ」と私が言う。裏表紙はあたかも「記憶の引き出し」。
(6)-2 この夜、飲んだ後、私は塚田さんを、自分のアパートに来させなかった。
(7) 私は「大切な記憶」を捜し始めた。好きでもない男の子と寝るのは、私を「傷つけない」が「記憶にも残らない」。
(8) 私は大3になった。私は誰とでも「やる(性交する)」のをやめる。
(8)-2 サカイテツヤとは何もない。彼も私も、相変わらず、伝説の古本を探し続ける。
(9) その大3の4月のある日、サカイテツヤが「ドイツ観念論の講義のテストが、これからある。急いでいかないと遅れる!」と私の手を引っ張って、走る。
(9)-2 突然、私の見慣れた光景が、一瞬、美しく変化する。手を握られ、私は照れくさい。「大切な記憶」の誕生の予感。
《評者の感想》
「好きでもない男の子と寝るのは、私を『傷つけない』が『記憶にも残らない』」。これが、ポイントの文。「私」は「大切な記憶」を捜し始めた。サカイテツヤとの、あの一瞬が、「私」にとって「大切な記憶」の誕生!
7 「ミツザワ書店」
(1) 小説の新人賞を、ぼくは受賞。郷里のミツザワ書店のおばあさんを、ぼくは思い出す。「受賞をおばあさんに伝えたい」と思う。ぼくは、27歳。おばあさんは、昔、店番をするというより、いつも本を読んでいた。
(2) その昔、一度だけ、ぼくは万引きをした。なぜだか分からないが惹かれる本があった。読みたいと思った。その本は1万円もした。ミツザワ書店から、その本を万引きした。ぼくは16歳。その夜、その本をぼくは一晩で、徹夜して読んでしまった。ただ一言、「すげー」と思った。以後、ミツザワ書店に、二度と行かなかった。
(3) その後、ぼくは都心の大学に通い、今は印刷会社に勤める。それが突然、一昨年、3年前、小説を書きたいと、ぼくは思った。あのときの高揚した「すげー」と思った気分が、ぼくに小説を書かせた。3ヵ月半、かかる。新人賞に応募。応募したことさえ忘れた頃、新人賞受賞の知らせが、来た。
(4) 今日、27歳のぼくは、1万円を払いに、郷里のミツザワ書店を訪ねる。「おばあさんは去年、他界した」とのこと。孫の若い女の人が出てきて、言った。
(4)-2 ミツザワ書店は閉店していたが、中はそのまま。「当時、おばあさんは、本が好きで、自分が読むために、売る本を仕入れているような状況だった。万引きも多かった。後になって代金を払いに来た人が、たくさんいる」と女の人が言った。
(4)-3 「ミツザワ書店は、当時、まるで街の図書館のようだった。だから今は閉店しているミツザワ書店を、大袈裟になるけど、改めて街の図書館として開館したい」と彼女が言う。
《評者の感想》
16歳の男の子が、一晩で、徹夜して読んでしまうような「すげー」と思える本。そのような本に、評者も出会いたい。
8 「さがしもの」
(1) 私が中2のとき、おばあちゃんが重病で入院。母が泣いていた。おばあちゃんが、私(羊子)に「本を探してほしい。でも誰にも言うんじゃないよ。」と言ってメモを手渡す。
(2) 私は、町の書店に探しに行くが、ない。おばあちゃんが、落胆。「面倒がらず、あちこちの書店を捜すように!」とおばあちゃんが言う。おばあちゃんは口が悪いし、気が強い。
(3) その本が今は絶版で、昭和初めの画家のエッセイと、ある本屋でわかる。
(4) 翌年、おばあちゃんが死ぬ。「本を見つけてくれなかったら、化けて出る」と死ぬ前に、おばあちゃんが言う。
(5) 本が見つからないまま、私は中3になる。春の夜、受験勉強中、振り向くとおばあちゃんの幽霊が立っていて、「本は、見つかったか?」と尋ねる。
(5)-2 高3まで、おばあちゃんの幽霊が出る。高3のとき、父母が離婚。
(6) 大3のとき、本が見つかる。「画家の幻のエッセイ集、ついに復刊!」と、本屋に置かれていた。初版、昭和25年。エッセイの一つに、画家が思いを寄せた定食屋の若い娘の話が、あった。この若い娘がおばあちゃん。
(7) おばあちゃんは「永遠の十代の自分」を確認したかったのだ。
《評者の感想》
本は、永遠を書きとめる。文字は、永遠を指示する記号。
9 「初バレンタイン」
(1) 23歳だった中原千絵子、1浪で大4年。千絵子が、2ヶ月前から交際を始めた田宮滋、大3年、21歳。千絵子には、初めての恋人。
(1)-2 千絵子は、初バレンタインに、自分が中3のとき読み感激した本を、贈ることにする。二人、待ち合わせ後、田宮は、18万7千円の指輪を、成り行き上、千絵子に買うこととなる。二人はショックで、しょんぼりと宝石店を出る。
(1)-3 ラブ・ホテル(4回目)の部屋で、千絵子は本を田宮に渡す。しかしチョコレートにしなかったことに「失敗した!」と思う。
(2) あれから7年、千絵子は30歳。田宮とは別れ、その後、すでにこれまで3回の恋愛。今、5人目の恋人と結婚予定で、二人、転居準備作業中。
(2)-2 藤崎の本棚から、初バレンタインで自分が昔の恋人(田宮)に贈ったものと、同じ本が出てくる。千絵子は、昔、初バレンタインの日を、思い出す。
(2)-3 それは、「初めて、女の子からもらった本!」と藤崎。
(3) 30歳の千絵子は「みんな、昔のこと!」そうして、「今、ここにいるのだなあ!」と思う。
10 「あとがきエッセイ 交際履歴」
(1) 私は別れた元恋人と、ほとんどの場合、友達となる。ただし、現恋人がOKすることが条件。
(2) 本を読むのは、「一対一の交際」と同じ。
(3) 小学校前、保育園に預けられていた私は、当時、本が好きだった。なぜなら本が、現実から、別の場所に自分を連れて行ってくれたから。
(3)-2 作品世界に入る興奮。本屋は、遊園地より興奮的。
(4) 小2のとき、伯母がくれた『星の王子様』は、全くつまらなかった。高2になって読んだら“すごい!”と思った。年齢とともに、本の意味が変わる。
(5) 人と同じで、本が「つまらない」のは、①「相性が悪い」か、②こちらの狭小な「好みに合わない」か、いずれかに過ぎない。
(6)本をたくさん読む人と、競い合っても無理。
(6)-2 「私を呼ぶ」本を見出す。それを1冊ずつ読む。ちょうど、好きな相手を見つけるようなもの。本と私の個人的なお付き合い。