朝から1歳と3歳の孫守が始まった。母親はセミナー受講で大阪にでかけた。家内は朝からお寺の花当番にでかけた。帰ってきてからも食事準備や買物やら洗濯などで慌ただしい。時間があるのは自分だけ。
時間つぶしにと1人を乳母車に乗せ、1人の手を繋ぎ、家内のいるお寺まで散歩したりもした。家の中では、部屋から部屋へと這いまわる1歳の孫には、何かあっては大変と目離しができなかった。その上、3歳の孫の遊び相手もしたりすると、夕方には不慣れなことだけに畑で重労働するよりも心身がグッタリしてしまった。
夕方、次女が訪ねてきてくれたので、これ幸いと引っ張り込み「孫守」を替わってもらった。
夜、20数カ寺が集まる「仏教壮年会」の総会に他の役員と出席してきた。会場は車で20分ほどの初めて参拝するお寺だった。泉佐野市から来られたという「説教使」のお話も聴いた。
説教を聴きながら、「自分は孫守をしているんではない。させてもらっているんや」と気づいた。「孫守を苦痛やなんて思ったら、それこそバチがあたる」・「何のための檀家や」・「もっとお経の意味するところを勉強せなあかん」と反省するばかりだった。
今日、こういう説教を聴けたことに感謝、たまたま世話役であったことに感謝、寝静まった家族に感謝しながら、この思いを忘れまいとブログに書き綴っている。
明日から、心新たに孫守ができそう!