黍生山の村夫子 (きびゅうやまのソンプウシ)

黍生山の村夫子が「蜂を追っかけた」とか「山が笑った」とか言ってます。

京都・黄檗宗万福寺

2013年03月25日 21時22分02秒 | 日記
一昨日の続きです

                       三門
円山公園の後宇治の黄檗宗(おうばくしゅう)万福寺に行きました
黄檗宗は日本で一番新しい仏教で1665年頃(多分)日本に伝えられたそうです
10年程前娘が此処の普茶料理の手伝いに来て
「京阪宇治線に黄檗と言う駅があり、凄く大きなお寺だった」
と言うので初めて知りました
調べてみるとあの隠元禅師のお寺でした
隠元豆だけでなくスイカ、孟宗竹、レンコン、みんな隠元禅師が持って来られたものでした
黄檗宗は臨済宗の一派で(臨済宗は派が多い)来日した時は既に臨済宗が有ったので
師が中国に居た時のお寺からこの名前になったようです
以来中国式仏教を守っているらしいです


前置きが長くなりすぎました
兎も角大きなお寺でした

 
寄付金も大きいようです

 
日本のお寺とは少し様子が違います
右は天王殿の布袋(弥勒如来)像


                          大王殿
屋根の反りが印象的でした


              木魚の原型と言われる開梆(かいぱん)
畳1枚くらいあったでしょうか
これは斎堂(食堂)の廊下にあり食事の時間を知らせるのに鳴らすらしいです


                          大雄寶殿


                        十八羅漢の一部

 おまけ
最後は帰りの刈谷ハイウェイオアシスにあった傘のしずく取り
2~3回抜き差しすると見事に傘が乾いた様になりました
世の中には賢い人が居るもんだ