「若冲展」 東京都美術館

東京都美術館
「生誕300年 若冲展」
4/22~5/24



東京都美術館で開催中の「生誕300年 若冲展」のプレスプレビューに参加してきました。

江戸時代の京都で活動した絵師、伊藤若冲(1716~1800)。名を知らしめた京都国立博物館の若冲展(2000年)以降、ここ数年も若冲関連の展覧会が続き、その人気は不動のものになった感があります。

意外にも東京では初めての大規模な若冲展です。出品は50点。うち「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅が加わります。(それぞれ1点として数えられています。)

冒頭は鹿苑寺大書院障壁画の襖絵です。全部で4面やって来ました。「動植綵絵」が彩色画の最高峰とすれば、鹿苑寺の障壁画は水墨の傑作と呼べるかもしれません。いずれも筆は緻密です。余白との関係しかり、隙はありません。


右:「鹿苑寺大書院障壁画 葡萄小禽図襖絵」 重要文化財 宝暦9(1759)年 鹿苑寺

最も見入るのは「葡萄小禽図襖絵」でした。書院中で一番格式のある「一之間」を飾った一枚、得意の葡萄です。蔓は垂れるというよりも、力強く空間を割き、また伸びています。先端では勇ましくとぐろを巻いていました。筆の素早い動きをそのまま活かしています。葡萄は古来中国から豊穣の象徴として尊ばれてきたそうです。葡萄の房、粒の一つ一つにある小さな合間は、一体どのように描き分けたのでしょうか。大変に細かい。細密の名技は水墨でも見事に発揮されています。


左:「孔雀鳳凰図」 宝暦5(1755)年頃 岡田美術館

若冲を追っかけてきたファンにとっても注目すべき作品がありました。「孔雀鳳凰図」です。何故なら公開されたのが80年ぶりだからです。長らく行方不明でありながらも、昨年に確認され、箱根の岡田美術館へと所蔵。今回、出品されることになりました。

右に孔雀で左に鳳凰。とかく目を引くのはハート型の尾先です。言うまでもなく「動植綵絵」の「老松白鳳図」に酷似。また孔雀も同じく「動植綵絵」の「老松孔雀図」に似ていることから、おそらく綵絵を描く前に制作されたと考えられています。

私として収穫だったのは若冲の2つの絵巻、「乗興舟」と「菜蟲譜」がいずれも1巻丸ごと、全て開いて展示されていたことでした。


「菜蟲譜」 重要文化財 寛政4(1792)年 佐野市立吉澤記念美術館
 
特に「菜蟲譜」です。全長11メートル。前半は野菜と果物です。青物問屋に生まれた若冲にとっては身近な素材だったのでしょう。リアルとはいえ、それぞれがさも動いてポーズをとっているかのような姿をしています。まるで野菜の行進です。全部で98種類。トウモロコシの実の部分の着彩に目がとまりました。というのも白い顔料が塗られていましたが、その大半が剥がれています。意図してのゆえなのでしょうか。後半は昆虫です。こちらは59種類。アゲハ蝶にはじまり、カタツムリ、バッタと続きます。水辺が現れました。無数のオタマジャクシです。「動植綵絵」の「池辺群虫図」を連想しました。その脇で何やら達観しては全てを見据えるかのようにカエルが座っています。後は再び野菜の世界へと回帰します。ラストは冬瓜。真っ二つに割ったのでしょうか。中に款記が記されています。心憎い仕掛けです。

これまでに「菜蟲譜」を見たことは何度かありますが、いつも半分、ないしはそれ以下の一部に過ぎませんでした。一度に全て開いているのを見たのは初めてです。今回の若冲展のさり気ない目玉とも言えるかもしれません。


「釈迦三尊像」と「動植綵絵」展示室風景

メインの「動植綵絵」は1階展示室の全てを用いての展示です。ぐるりと広い円形のスペース、正面にあるのが「釈迦三尊像」の3幅でした。そして右に「老松孔雀図」、「薔薇小禽図」、「梅花皓月図」、「老松鸚鵡図」、「梅花群鶴図」、「向日葵雄鶏図」、「芙蓉双鶏図」、「群鶏図」、「芍薬群蝶図」、「雪中鴛鴦図」、「芦鵞図」、「池辺群虫図」、「諸魚図」、「蓮池遊魚図」、「紅葉小禽図」と並びます。一方の左は「老松白鳳図」、「牡丹小禽図」、「梅花小禽図」、「老松白鶏図」、「棕櫚雄鶏図」、「南天雄鶏図」、「紫陽花双鶏図」、「大鶏雌雄図」、「秋塘群雀図」、「雪中錦鶏図」、「芦雁図」、「貝甲図」、「群魚図」、「菊花流水図」、「桃花小禽図」の順に並んでいました。


「釈迦三尊像 釈迦如来像」 明和2(1765)年以前 相国寺 ほか

「動植綵絵」は若冲が相国寺に「釈迦三尊像」とともに寄進した連作です。完成には約10年を要しています。その後、同寺では若冲の年忌などで掲げてきましたが、明治期の廃仏毀釈のあおりを受けて、「動植綵絵」を皇室へと献上。下賜金を得ます。現在は宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵です。「釈迦三尊像」とは切り離される形で残されました。

2000年に一度、相国寺への里帰りが実現。同寺で120年ぶりに「釈迦三尊像」と並んで展示されたことがありました。それ以来となる邂逅です。東京では初めての揃い踏みが実現しました。


「動植綵絵 老松白鳳図」 明和3(1766)年頃 宮内庁三の丸尚蔵館 ほか

若冲の生前、どのように「動植綵絵」が並んでいたのかは資料に残っていません。ゆえに展示順はその都度に検討。実際のところ毎回変わっています。今回は「釈迦三尊像」を飾る荘厳画としての性格、ないしモチーフの対を意識しての配列です。ちなみに「動植綵絵」のみが「皇室の名宝展」(東京国立博物館)で出品された時は、端的に制作年代順での展示でした。


「動植綵絵 老松孔雀図」 宝暦11(1761)年以前 宮内庁三の丸尚蔵館 ほか

仏画としての配列は相国寺の展示でも同様でした。よって全く同じかと思いきや、実のところそれとも異なっていました。左右に「老松白鳳図」と「老松孔雀図」が置かれているのは同じですが、そもそもラストは相国寺では左が「群魚図・鯛」で右が「群魚図・蛸」。今回は「桃花小禽図」と「紅葉小禽図」です。途中も結構入れ替わっています。ちなみに「群魚図・蛸」とは、今回でいう「諸魚図」。名称の変更もあったようです。


「動植綵絵 紫陽花双鶏図」 宝暦9(1759)年 宮内庁三の丸尚蔵館 ほか

極彩色による生命賛歌とも捉え得る「動植綵絵」。細密描写や裏彩色しかり、若冲画の魅力が全てに詰まった作品でもありますが、あえて1点挙げるとしたら「紫陽花双鶏図」かもしれません。大見得をきるかのようにポーズをとる雄鶏。対しての雌鶏はややうつむき加減です。照れているのでしょうか。ひょいと足を頭の上に振り上げています。上部には紫陽花が咲き誇り、色鮮やかな群青がさもカップルを祝福するかのように降り注ぎます。雌鶏の羽の部分に丸みを帯びた模様がありますが、それらがまるで宝石のように浮き出て見えるのは何故なのでしょうか。艶やかな「老松白鳳図」、シュールな「菊花流水図」、緊迫の「南天雄鶏図」と、好きな作品を羅列すればキリがありませんが、一枚でこの密度です。高い完成度の前に感嘆の息すら漏れてしまいます。


「仙人掌群鶏図襖絵」 重要文化財 寛政2(1790)年 西福寺

大阪の西福寺の「仙人掌群鶏図襖絵」も見どころの一つでした。金地のステージを借りた鶏たちの共演。一部が退色しているとはいえ、羽の模様、一枚一枚も美しい。まるでファッションショーのモデルのようでした。


「蓮池図」 重要文化財 寛政2(1790)年 西福寺

本作には裏にも魅力があります。「蓮池図」です。今でこそ掛け軸に改装されていますが、元は「仙人掌群鶏図襖絵」の裏。表の華やかな世界とは一転しての寂しい光景が広がっています。花は朽ち、枯れていく。水辺を前にしているのでしょうか。包み込むのは静寂。鶏の猛々しい鳴き声は一切聞こえてきません。余白の画面が光っていることに気づきました。照明の効果かもしれませんが、微かな明かりが空間を満たしてもいます。


左:「鳥獣花木図屏風」 江戸時代(18世紀) エツコ&ジョー・プライスコレクション

ラストは若冲のコレクターとしても有名なプライス氏のコレクションが並びます。若冲画でもとりわけ知られた「鳥獣花木図屏風」もお出まし。モザイク屏風です。モチーフは丸みを帯びていてさもゆるキャラのようです。その意味では描写にも緩みがあります。可愛らしい。デザイン云々で引用が多いのもうなずけます。

同じくモザイクで知られる「樹花鳥獣図屏風」と「白象群獣図」の出展は残念ながらありません。制作者については議論もありますが、3作を検討する記述がカタログに僅かながら記載されていました。改めて見比べたいところです。

最後に会場内の状況です。プレビューに次いで、4月24日の日曜日に改めて若冲展へ出かけてきました。



東京都美術館に到着したのが15時頃。その時点で入場まで10分待ちでした。チケットブースは通常と異なり、正門先の屋外に設置されています。そちらの待ち時間はゼロ。ただしチケットはコンビニでも事前に購入可能です。先に手配するのがベストです。実際、私も地元のセブンイレブンで予め当日券を買っておきました。



並び始めて待つこと15分弱。展示室内へ入場出来ました。展示は3層構造。LB階、1階(動植綵絵)、2階へと進む流れです。はじめのLB階はかなりの人出でした。特に新出の「孔雀鳳凰図」の近辺は何重もの人で埋まっています。ただしそれ以外は列の波に乗れば最前列で見ることが出来ました。

「動植綵絵」の展示室はさすがに混雑していました。正面の「釈迦三尊像」を除けば4重から5重の人です。特に順路はないようでしたが、右から回る列が自然に発生していました。後方から単眼鏡で眺めている方も少なからずいます。その後、2階へ。一番人が多かったのは「鳥獣花木図屏風」です。最前列確保のための列も発生していました。結果的に特に混雑していたのは、「孔雀鳳凰図」の近辺、「動植綵絵」の全般、「乗興舟」と「菜蟲譜」の2つの絵巻、そして「鳥獣花木図屏風」でした。

一巡した後、16時半に再度LB階へ戻りました。すると15時頃とは状況が一変。かなり人が引いていて、例の「孔雀鳳凰図」も難なく一番前で観覧出来ました。さらに17時頃、再び「動植綵絵」の展示室へ進むと、さすがに人は残っているものの、せいぜい1重から2重。少し待てばいずれの作品もがぶりつきで見ることが出来ました。

ショップについてはオペレーションが改善されたそうです。この日の閉館間際でも僅かな列が出来ている程度です。特に待つこともありませんでした。

会期当初、3日間を見る限りにおいて、最も待ち時間が発生するのは朝です。概ね30~40分ほどの列が出来ます。その後、段階的に解消。夕方前からは規制がなくなります。とはいえ、とかく人気の若冲です。メディアなどの露出も多く、GWへ向けて、さらに混雑することも予想出来ます。

公式アカウント(@jakuchu_300)がこまめに混雑状況をつぶやいています。そちらも参考になりそうです。

*追記:会期2週目に入り状況が変わりました。混雑に拍車がかかっています。平日でも開門直後、9時半の段階で70~80分待ち。その後、昼過ぎにかけて160分程度の待ち時間が発生しています。入場待ちの行列は閉館間際まで続いているようです。

*5/18追記:会期末を迎えて凄まじい混雑となっています。開門直後、午前中を中心に最大で5時間もの待ち時間が発生しています。行列は閉館間際まで途切れることがありません。なお5月20日(金)以降、当日券の販売は美術館の窓口のみとなります。(事実上の入場規制と思われます。)オンラインほか、コンビニでは購入出来ません。十分にご注意ください。

メモリアルイヤーの若冲展。さすがに名品選と呼んで良いラインナップでした。かつての承天閣での若冲展の密度、そしてワンダーランド、アナザーワールド両展の量には及ばないかもしれませんが、「動植綵絵」を含め、このスケールで見られる若冲展は当分望めそうもありません。その点では一期一会の展覧会だと言えそうです。



「動植綵絵」の作品保護の観点もあるのでしょうか。会期は僅か1ヶ月です。巡回もしません。また一部の作品に展示替えもあります。(出品リスト



時間と体力に余裕を持ってお出かけください。5月24日まで開催されています。

「生誕300年 若冲展」@jakuchu_300) 東京都美術館@tobikan_jp
会期:4月22日(金)~5月24日(火)
時間:9:30~17:30
 *入館は閉館の30分前まで。
 *毎週金曜日は20時まで開館。
休館:4月25日(月)、5月9日(月)
料金:一般1600(1300)円、大学生1300(1100)円、高校生800(600)円。65歳以上1000(800)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *5月18日(水)はシルバーデーのため65歳以上は無料。
 *毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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初めての若冲展。 (花田あや子)
2016-04-26 13:48:23
こんにちは。いつも楽しく拝見しております。

今回が初めての若冲展となりました。とにかく話題の動植綵絵。美術館歴の長いはろるどさんも注目されているということで、今回の展示はやはり相当貴重なものなのですね。以前別の展覧会で山下裕二先生の講演会にうかがった際に動植綵絵についても触れられ「わが国が守るべき最も重要な作品」というようなことをお話しされていたことも印象深かったです。

動植綵絵は正気の沙汰ではないと言うかなんと言うか…。あまりきれいな言葉ではないので恐縮ですがもちろん賞賛の意味を込めてです。あんなに大きな画面に至近距離でも見えづらいほど細密な描き込み。どれひとつとっても手抜かりのない極彩色。会場ではとにかく観ることで精一杯でした。若冲が制作を手がけた江戸時代の10年。夜はよっぽど暗いでしょう。スイッチひとつで時間帯問わず、いつでも明るさをを確保できる現代の10年とは使える時間もきっと違っただろうと思います。年齢的にも今の40代から50代とはまた違ったと思います。そんなことを思いながら家に帰ってゆっくり思い返していたら背中がぞっとしてきました。情熱のひとことでは片付けられないくらいのエネルギーが傾けられていたように感じられました。

今まであまり観る機会がなかった若冲ですが今回は全体を通してぽてっとした雪の質感に惹かれるものがありました。初めての若冲はとにかくエネルギーに押されました。水墨をもっと見てみたい気もします。今後2度3度と見ていくうちにどのように感覚が変化していくかも楽しみにしてみたいと思います。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2016-04-26 20:09:27
@花田さま

こちらにもコメントありがとうございます。

私が動植綵絵をまとめて見たのは3度目です。
あと1度は三の丸で分けて出ていた時に追っかけたことがあります。
率直なところ、今回が一番美しく見えました。
ケースや照明も効果的だったのかもしれません。

>動植綵絵は正気の沙汰ではないと言うかなんと言うか

その辺がエキセントリックと言われる所以なのかもしれませんね。

雪も楽しいですよね。
粘り気があってまるで綿飴のようです。

なかなかでてこない作品でもあるので、
次いつ見られるかと思うと名残惜しいものがあります。
 
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