「恩地孝四郎展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「恩地孝四郎展」 
1/13~2/28



東京国立近代美術館で開催中の「恩地孝四郎展」を見てきました。

日本の「木版画の近代化運動の推進者」(キャプションより)として功績を残した恩地孝四郎(1891-1955)。私が恩地の作品に多く接したのはつい昨年。東京ステーションギャラリーで行われた「月映」展のことでした。

同世代の田中恭吉と藤森静雄を誘って刊行した自刻の木版画集「月映」。田中の死により僅か1年で終刊してしまいます。私自身は亡くなった田中の制作に特に魅せられましたが、三人の残した作品はいずれも詩的で美しい。恩地も「キリストとマリア」や「よりそふもの」などに惹かれたことを覚えています。

ただ「月映」は20代の恩地が手がけたもの。彼は64歳で亡くなるまで創作活動を続けています。振り返れば私も幾らばかりか知っていたとはいえ、恩地の画業の全体を追ったことは一度もありませんでした。

20年ぶりの回顧展です。木版画は怒涛の260点。不足ありません。次いで油彩11点、水彩と素描が27点、さらに写真20点にブックデザイン70点を交え、恩地孝四郎の「多彩な世界」(チラシより)を詳らかにしています。

冒頭の「自画像」の後は「月映」。作品とともに田中恭吉らへの絵葉書が並びます。「月映」が刊行されたのは1914年です。この頃、早くも恩地は画風を変化させます。裸婦像、そして「抒情」シリーズ、さらには後の抽象を予感させる色面への展開です。「失題」はどうでしょうか。女性らしき人の姿。ただし上部に瞳こそありますが、体は断片的で不明瞭です。地の黒と身体のグレー。2つの層に分かれています。ともかく最初期から版画を通して感じたのは、質感が驚くほどに豊かであるということです。図版ではまるで分かりません。

私輯、公刊問わず、「月映」から一点を取り出すのは困難ですが、「のこるこころ」に惹かれました。正方形の黒い面。その中で黄色の帯が斜めに差し込んでいます。背後にはか細い腕と指。身体的という言葉が相応しいか分かりませんが、例えば「よりそふもの」での目を挙げるまでもなく、随所に人の体のモチーフが描きこまれているのも特徴と言えるかもしれません。


「抒情『あかるい時』」 1915年 木版・紙 東京国立近代美術館

「抒情 あかるい時」も目を引きます。赤い色面、ないし球体状に連なるモチーフ。まるで洞窟のように奥へのびています。彼方には白い光が輝いていました。色は赤のみ。とは言え、ニュアンスに富んでいます。瑞々しい。あわせて版木も出ていました。恩地の制作プロセスの一端を知ることも出来そうです。

それにしても「抒情」シリーズの美しさとしたら比類がありません。薄い若草色に染まる「抒情 いとなみ祝福せらる」や、赤や紫の球と線が重なりあう「抒情 躍る」など、いずれも魅惑的な作品ばかりです。「抒情 よろこびあふれ」の透明感は一体に何に由来するのでしょうか。じわりと滲んでは交錯する赤と黄色の色面。目に染みました。

早い段階から母子をテーマにしているのも興味深いところです。1916年には長女が誕生。「母と子」などを発表します。振り返れば「月映」でも裸婦をモチーフにした作品が少なからずありました。

「月映」以降も多彩です。「人体考察」は文字通り人体の部分を半ば抽象化させて構成したもの。肩や脚が矩形や球に還元されています。それに装幀の仕事も重要です。例えば「泉鏡花集」に「白秋全集 X 童謡集」。恩地自身、白秋と親交があったそうです。また木版画集「新東京百景」も叙情的で趣き深い。震災後の東京の名所を100枚で表しました。制作には藤森静雄や川上澄生らも参加。恩地は13点を担当しました。うち並木道を歩く人物を捉えたのが「英国大使館前」です。多色木版で分厚い摺り。一台の車が走り去っています。日没後でしょうか。街灯と車の窓からは白い光が漏れていました。

「音楽作品における抒情」は恩地も自信作と捉えていたそうです。1作目は「諸井三郎 プレリュード」。戦前で9点、戦後においても完成を目指しました。「山田耕筰『日本的な影絵』の内『おやすみ』」ではX字を描く色面の中を球がまるで惑星の如く浮んでいます。「サティ・小曲における抒情」のモチーフはトランペットでしょうか。ちなみに諸井の作品では作曲家の自演を聞いては版画を制作したそうです。恩地のひらめき。しばし音を想像しながら楽しみました。

そしてこの恩地のインスピレーションが素晴らしい。時に意外な素材から作品を切り開いています。「飛行官能」です。どこか謎めいたタイトル。なんと初めて飛行機に乗った時の感動を物語にしたそうです。しかも得意の木版だけではなく詩作、ないし写真までを取り込んでいます。いわば総合芸術です。これに先立つ「海の童話」でも、詩と版画を融合させては「出版創作」なるジャンルを生み出しました。恩地を単に木版画家と捉えるには無理があります。言葉も深い。まさかこれほど多芸な作家だとは思いませんでした。

1939年には陸軍の従軍画家として中国に赴きます。旅程は約40日間。上海から杭州などを巡っては市井の人々を取材しました。その中国を舞台にしたのが「円波」です。湖の畔で洗濯する人の後ろ姿。じゃぶじゃぶと洗っているのでしょう。さざ波が立ち、円状に広がっています。一方で本作と同じ構図の写真も残されていました。恩地は写真もこなします。2点の比較が可能でした。木版の方が対象を引き寄せて表現しています。さらに波紋もより際立っていました。油画的と呼んで良いのでしょうか。水面の色と手前の岩場の質感にも秀でています。

この油画的な作品の最たる例として「氷島の著者(萩原朔太郎)」が挙げられるのではないでしょうか。白秋と同様、恩地が交流していた詩人。晩年の姿です。やや斜めの方向を向き、俯き加減で視線を落とす朔太郎。短いながらも髪の毛はボサボサです。年季が入っています。そして何よりも皺です。眉間だけではなく、鼻から頬の部分にまで幾重にも刻まれていました。極めて肉感的です。物静かながらも力強い。今にも振り向いてはこちらを見やりそうなほど真に迫っています。油絵具を塗りこめるが如くの重々しい質感表現。版木も出ていました。塗り重ねならぬ摺り重ねの軌跡。恩地版画の一つの昇華した形としても差し支えありません。


「アレゴリー No.2 廃墟」 1948年 木版・紙 東京都現代美術館

ラストは戦後での展開です。最初に開始したシリーズは「フォルム」。円、卵形の球、そして直線が互いに絡み合います。動きを伴う一群。タイトルの一部に「上昇」ともあるように、モチーフやフォルムの運動を意識しています。色彩はかつての「抒情」を思わせるように繊細です。恩地は戦後、亡くなるまでの10年間、幾つかを除いては、ほぼ抽象版画の制作に没頭しました。

「コンポジション」が制作されたのは1949年です。「No.1」では青と黒の長方形、ないし台形を重ね、さらに薄い黄色の球を浮かび上がらせています。また白い紐のような線がまるで風になびくように揺らめいています。ミロの絵画を連想しました。こうした恩地の戦後の抽象版画は外国人に高く評価されたそうです。それゆえに作品の半数以上は海外の所蔵です。中にはシカゴにホノルル美術館、さらに大英博物館のコレクションもあります。今回の回顧展では里帰りも実現。戦後の抽象についても踏み込んで展示していました。

不穏で物悲しい作品と出会いました。「リリック No.6 孤独」です。恩地が心の奥底の感情などを表したシリーズの一枚。薄茶色の色面が雲のように広がり、そこからまるで釘をズドンと差し込んだような形が下へとのびています。またうねうねと曲がる紐や、糸をくしゃくしゃに丸めたようなモチーフもあります。右には引っかき傷のような線が無数に刻まれていました。内へ沈み込んでは塞ぎ、何ものにも代えられないやるせなさを伴った感情。心に突き刺さります。

「ポエム」では海を想起させるイメージが目立ちました。実際に「No.6 海辺幻想」にはヒトデや貝が描かれています。さらに「No.9 海」でもアルプの彫刻を思わせるような楕円の青い物体が横たわっています。一方で「No.12 五月の窓辺」は芝色です。筒状の面が繋がります。端的に抽象とはいえども、時に自然を投影したような世界が広がっています。


「イマージュ No.6 母性」 1951年 紙版・紙 青森県立美術館

かつて見られた母子のテーマが回帰してもいるのでしょうか。「イマージュ No.6 母性」です。円く屈曲した球体。一目見て胎児のイメージが浮かび上がります。さらに亡くなる一年前の「イマージュ No.9 自分の死骸」も同様です。やはり丸みを帯びた球面。もはや面ではなく空間と呼ぶべきでしょう。浮かぶのは黒い豆状の物体です。これが死骸なのかもしれません。体内へ闖入したかのように突如、現れていました。


「あるヴァイオリニストの印象」 1946年 木版・紙 東京国立近代美術館

晩年へ至るまで膨大な制作を続けた恩地の魅力は到底一言で表すことはできません。カタログは2200円。もちろん購入しました。しかし後になって図版で振り返っても、作品を前にした時の感銘は反復されません。それは印刷云々の問題ではなく、実際の質感、言い換えれば生の迫力があまりにも素晴らしいからではないでしょうか。

また恩地の表現制作、ないし思索の有り様を迷路のように追って見る構成も面白い。質量ともにこれを超える恩地展など想像もつきません。気がつけば閉館間際でした。久々に時間を忘れるほど夢中になった展覧会だったかもしれません。

会期末です。2月28日までの開催です。大変に遅くなりましたが、おすすめします。

「恩地孝四郎展」 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:1月13日(水)~2月28日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1000(800)円、大学生500(400)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *割引引換券
 *当日に限り、「MOMATコレクション」、及び「ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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