「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」 東京都現代美術館

東京都現代美術館
「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」
2021/3/20~6/22



東京都現代美術館で開催中の「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」を見てきました。

1968年にオランダに生まれ、現在はベルギーにスタジオを構えるアーティスト、マーク・マンダースは、美術館といった建物に彫刻などを配し、全体として人の像を構築するという「建物としての自画像」をテーマに作品を制作してきました。

そのマーク・マンダースの国内の美術館としては初めての個展が「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」で、会場内には主にブロンズによる人物や動物、ないし建物などを断片的に象った作品が展示されていました。


「マインド・スタディ」2010〜2011年

それにしてもこれほど特異でミステリアスでかつ、かつて見たことのないような風景を立ち上がらせるアーティストもほかになかなか存在しないかもしれません。


「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」会場風景

まず会場では展示室を区切らず、大小33点のオブジェが配置されていて、全体として1つのインスタレーションが展開されていました。


「4つの黄色い縦のコンポジション」2017〜2019年

そして足を進めると、薄い半透明のビニールで囲まれた通路とも部屋とも呼べるようなスペースが現れて、その中に巨大な彫刻である「4つの黄色い縦のコンポジション」や「乾いた土の頭部」などが展示されていました。


「椅子の上の乾いた像」2011〜2015年 東京都現代美術館

これらはマーク・サンダースのいわゆるスタジオとして考案されたフロアで、中央の通路上のスペースだけでなく、裏側からもビニール越しに滲み現れる作品を見ることができました。


「乾いた土の頭部」2015〜2016

ともかく一連の彫刻を目にして感じるのは、痛みや苦しみを抱えながらも、瞑想するようかのように内省的な人物の存在でした。またポロポロと朽ち果てていくような彫刻は古代の遺物のようで、しばらく通路を歩いていると、さも遺跡の中を彷徨っているような錯覚に囚われました。


「黄色い縦のコンポジション」2019〜2020年

さらに作家が立ち去った「不在」の痕跡のみが残されていて、時間も限りなく静止しているように感じられました。また一部が欠落した作品など、完成と未完成との関係も曖昧で、そこに見る側としての想像力が入り込む余地が残されているように思えました。


「舞台のアンドロイド(88%に縮小)」2002〜2014年

マーク・マンダースは「建物としての自画像」の構想に際し、自身と同じ名前の架空の芸術家を設定し、その自画像を建物の枠組みの中に築くとしています。


「リビングルームの光景」2008〜2016年

そこにはアーティスト個人の自意識が反映されているとともに、来場者を迎え入れて対話することで、新たな世界が生み出されていくのかもしれません。マーク・マンダースが頭の中にて精緻に組み上げた思考のパズルの欠片が、展示室内に作品として体現しているようにも見えました。


「記録された課題」1992〜1993年

「建物としての自画像は時間がすべて凍結しています。私の作品、私にとってすべての作品は同じ瞬間に存在します。」 マーク・マンダース(展覧会ハンドアウトより)



東京都現代美術館は緊急事態宣言を受け臨時休館していましたが、6月1日より完全予約制のうえ展示が再開されました。チケットはオンラインにて事前に来館する日付を指定する必要があります。


間も無く会期末です。6月は最終日まで休館日がありません。


「4つの黄色い縦のコンポジション」2017〜2019年 (拡大)

彫刻としての圧倒的量感も大きな魅力といえるかもしれません。ひび割れた粘土のようなブロンズの迫力は並大抵ではありませんでした。


「狐/鼠/ベルト」1992〜1993年

一部の撮影が可能でした。6月22日まで開催されています。

「マーク・マンダース ―マーク・マンダースの不在」 東京都現代美術館@MOT_art_museum
会期:2021年3月20日(土・祝)~6月22日(火)*会期延長
休館:月曜日。但し6月は最終日まで休館日なし。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500円、大学・専門学校生・65歳以上1000円、中高生500円、小学生以下無料。
 *6月は完全予約制(日にち指定)
 *MOTコレクションも観覧可。
住所:江東区三好4-1-1
交通:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口より徒歩9分。都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩13分。
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「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」  武蔵野美術大学美術館

武蔵野美術大学美術館
「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」
2021/4/5〜6/20



武蔵野美術大学美術館で開催中の「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」を見てきました。

これは戸谷成雄、舟越桂、伊藤誠、青木野枝、三沢厚彦、西尾康之、棚田康司、須田悦弘、小谷元彦、金氏徹平、長谷川さちといった11名の現代彫刻家の作品を公開する展示で、同大教授で彫刻家の三沢厚彦が監修を担当しました。



「オムニスカルプチャー」とは、彫刻の全方位性(=omni)を示す三沢による造語で、各アーティストの作品がアトリウムから展示室へと自在に行き交うように置かれていました。


手前:西尾康之「磔刑」 2021年

いずれの作品も新作を中心としているのが特徴で、大きさも素材もまちまちでありながら、時にあたかも互いの存在を確認するかのように響き合っていました。


戸谷成雄「横たわる男」 1971年

一部には戸谷成雄の「横たわる男」など旧作も展示されていて、新旧の作品を比べては作風の変遷を見ることができました。木材をチェーンソーで刻んだ作品で知られる戸谷の現在の制作からすれば、ともすると同じ彫刻家の作品とは気がつかないかもしれません。



西尾康之や小谷元彦らの大型の作品も目立っていて、天井高のあるアトリウムの空間を効果的に用いたことにも魅力を感じました。なお会場の構成は画家の杉戸洋が担いました。


青木野枝「Mesocyclone I」 2021年

鉄を素材にした彫刻を手がける青木野枝は2点の作品を出品していて、ちょうど天井付近のスロープ上にてまるで自生する生き物のように円を描いていました。


須田悦弘「クレマチス」 2021年

草花などを象った木彫で人気の須田悦弘は、キキョウやクレマチスなどの作品を会場に潜ませるように展示していて、雑草に至っては思わず通り過ぎてしまうほどにひっそりと佇んでいました。


棚田康司「2020年全裸の真理」 2021年

さらに舟越桂や棚田康司の樟を用いた彫像も見応えがあったのではないでしょうか。そもそもこれほど実力のある彫刻作家が一堂に会することからして、大変な貴重な展示と言えるかもしれません。



なお現在、同館では「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」と合わせて、「片山利弘——領域を越える造形の世界」、「膠を旅する——表現をつなぐ文化の源流」の3つの展示が同時に行われています。



いずれも充実していましたが、特に日本画の伝統的画材の膠に着目し、膠の歴史や社会的背景に踏み込んで資料を展示した「膠を旅する——表現をつなぐ文化の源流」が大変に見応えがありました。



特に魚膠を生活にとりこむアイヌなどの北方民族の文化を紹介した展示が興味深かったのではないでしょうか。


丸木位里・丸木俊「原爆の図 高張提灯」 1986年

この他では昨年に同館に収蔵され、修復後に初めて公開された丸木位里・丸木俊の「原爆の図 高張提灯」も大変な迫力がありました。



1つの画材を通して、多面的な文化の諸相を浮き彫りにした好企画と言えるかもしれません。彫刻展に加えてお見逃しなきようにお勧めします。



最後に入場に際しての情報です。同美術館では緊急事態宣言を受けて展示を学内(学生・教職員)へ限定的に開放してきましたが、6月5日より開館日時を変更して、一般(学外)にも再開されました。



但し一般の開館は土日のみに限定され、来館前日までに入館予約フォームにて予め来館日時を指定しておく必要があります。なお1回の予約で開催中の3つの展示を全て観覧できます。


よって一般向けの会期の残りは6月19日と20日の土日の2日間です。完全予約制で当日の受付はありません。最新の予約状況などは同館のWEBサイトをご覧ください。


小谷元彦「Torch of Desire - 52nd Star」 2020年

6月20日まで開催されています。

「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」  武蔵野美術大学美術館@mau_m_l
会期:2021年4月5日(月)〜6月20日(日)
休館:火曜日。
時間:月・水・木・金曜(学内限定)12:00〜18:00、土・日曜(一般(学外)限定)①10:00〜12:00、②12:30〜14:30、③15:00〜17:00
料金:無料。
場所:東京都小平市小川町1-736
交通:西武国分寺線鷹の台駅下車徒歩約20分。JR線国分寺駅(バス停:国分寺駅北入口)より西武バスにて「武蔵野美術大学」下車。(所要約25分)
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「はじめての森山大道。」 ほぼ日曜日

ほぼ日曜日(渋谷PARCO8階)
「はじめての森山大道。」
2021/5/14~6/25



渋谷PARCO8階のほぼ日曜日にて開催中の「はじめての森山大道。」を見てきました。



今回の森山展では「知らなかった人にこそ見てほしい」をテーマとしていて、会場にはスナップショット60点をはじめ150冊以上の写真集、あるいは手書き原稿や愛用のカメラなどが所狭しと展示されていました。



まず会場入口にて出迎えてくれるのが、森山の代表作として知られる「三沢の犬」の大きなパネル写真でした。これは1971年に「アサヒカメラ」の連載「何かへの旅」へ掲載された作品で、森山が青森県の三沢に泊まった朝、旅館より外に出た時に目にした犬を写したとされています。



そしてこの「三沢の犬」にクローズアップしたのが「なぜ、この写真が有名なのか。」としたセクションでした。ここでは作品の解説とともに、森山や批評家らの言葉、さらには立体化したフィギュアからいわゆるグッズのクッションまで並んでいて、「三沢の犬」の魅力を様々な角度から知ることができました。



森山の作品を語る上で欠かせない「アレ・ブレ・ボケ」に関した展示も見逃せませんでした。1960年代に森山は従来の写真表現へ一石を投じるべく、「アレ」た粒子の画面、「ブレ」た被写体、そしてピントの合わない「ボケ」た写真を発表しては賛否を巻き起こしました。



多くのプリント作品が並ぶ中、一際興味深かったのが、初期作品「にっぽん劇場写真帖」のポジフィルムの展示でした。



横に長いライトボックスの上には一枚一枚のフィルムがずらりと置かれていて、ルーペにて拡大して見ることもできました。なおこうしたスライドの形で展示するのははじめてのことだそうです。



60年の活動の軌跡を豊富な資料にて辿った「森山大道の写真集。」も充実していたのではないでしょうか。1960年代より近年に至る写真集が壁一面にずらりと並んでいて、閲覧することは叶わないものの、長きにわたる旺盛な写真家としての活動を目の当たりにできました。



雑誌「記録」は1972年から始まった私家版写真誌で、翌年の5号発行後に一時休刊となったものの、後に続編の打診があって2006年に復活しました。その後は一年に3冊から4冊のペースで発行され、現在まで続いてきました。2021年3月に発行された最新の「記録46号」に寄せた直筆原稿も貴重な資料かもしれません。



このように写真のみならず、手紙や雑誌の色校正紙などの資料展示が充実しているのも、今回の森山展の魅力ではないでしょうか。



ほぼ日曜日の手狭なスペースでしたが、予想以上に密度の濃い展示でした。



「単なる通行人として、街区を擦過しつつ自ら路上のセンターとなって撮影しつづける、それがぼくの写真のありようであり、唯一のカメラワークである」 森山大道 *会場内パネルより



観覧料は600円でしたが、ショップ及び渋谷PARCO4階のほぼ日カルチャんで利用可能な100円の買い物チケットがついています。ビームスとのコラボなどグッズも豊富に揃っていました。


予約は不要です。撮影もできました。

会期延長されました。6月25日まで開催されています。

「はじめての森山大道。」 ほぼ日曜日@hobo_nichiyobi
会期:2021年5月14日(金)~6月25日(金) *会期延長
休館:会期中無休
時間:11:00~20:00
料金:600円。小学生以下無料。
 *来場時に森山大道フィルム風しおりと100円分の買い物チケットをプレゼント。
住所:渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO8階
交通:JR線、東急東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京メトロ銀座線・半蔵門線渋谷駅より徒歩5分。
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「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「ストーリーはいつも不完全……色を想像する ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」
2021/4/17~6/24



イギリスの現代アーティスト、ライアン・ガンダーが、東京オペラシティアートギャラリーの寺田コレクションをキュレーションする展覧会が、同館にて開かれています。

それが「ストーリーはいつも不完全……色を想像する ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」で、3階と4階の2つのフロアの展示室にはガンダーのセレクトした約190点の作品が展示されていました。

さていわゆるコレクション展ながらも、過去に同館で今回ほどユニークな展示手法がとられていたことはなかったかもしれません。


「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」4階展示室風景

まず最初の「色を想像する」と題した4階の展示室では、故寺田氏が収集のテーマとしていた「ブラック&ホワイト」に因み、モノクロームの作品のみが展示されていて、一部の立体を除き、版画や絵画といった平面の作品にて統一されていました。


「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」4階展示室風景

さらに独特なのは全ての作品が壁の一方のみに並べられていることで、反対側の壁には対応する作品の大きさを示すフレームとキャプションのみが置かれていました。


「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」4階展示室風景

これらは欧米の美術館で伝統的な展示方法である「サロン・スタイル」に倣っていて、一見、モノクローム以外に共通項は見れないものの、配置に対称性があるなど工夫が凝らされていました。


「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」4階展示室風景

寺田氏が「ブラック&ホワイト」をテーマとしたのは、自身の幼少期に映画がモノクロからカラーに変わった際、がっかりしたという経験に基づいているそうです。シンプルなモノクロームの世界ながらも、作品同士の関係など多様に想像を膨らませる展示と言えるかもしれません。


「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」3階展示室風景
*スマートフォンカメラの補正が入っているため明るく見えますが、実際はもっと暗く感じられました。

一方で続く3階の「ストーリーはいつも不完全」も極めて大胆な展示が行われていました。入口から足を進めると薄暗がりの展示室が広がっていて、遠目ではどのような作品が展示されているか分からないほどでした。また展示室は「探索」、「注視」、「視点」、「パノラマ」、「ヴィジョン」の5つのテーマに分けられていました。


難波田龍起「アブストラクトA」 1954年

いずれも入口で手にするペンライトの光を頼りに作品を鑑賞する趣向がとられていて、明かりを当てることで初めて作品が認識できるようになっていました。


菊畑茂久馬「作品1」 1995年

実のところ初めは戸惑いを覚えましたが、しばらくペンライトをかざしながら見ていくと、明かりの向きや当て方などによって作品の表情が大きく変化することに気づきました。それにペンライトの照度や光の範囲の関係もあるのか、全体よりも細部が際立って見えました。


相笠昌義「みる人」 1972年

ペンライトによって自分の見ている視点なりが視覚化されるのも面白いかもしれません。これまでにはない鑑賞体験を得ることができました。


山本麻友香「three eyes」 2006年

なお本展は当初、ガンダーの個展として企画していたものの、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴って延期されたため、4階のみで予定されていた「ガンダーが選ぶ収蔵品展」を全館規模に拡大して開催されました。ガンダー自身も来日が叶わないために、作品のリストや画像、さらに会場の図面をオンラインでやり取りしながら準備が行われたそうです。


李禹煥「線より」 1976年

ガンダーの個展が延期されてしまったのは残念ですが、現代アーティストとコレクションの協働という新たな視点を盛り込んだ展覧会ではなかったでしょうか。

予約は不要です。但し混雑時は入場規制を行う場合があります。


6月中は通常休館日の月曜日も開館します。6月24日まで開催されています。

「ストーリーはいつも不完全……色を想像する ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」 東京オペラシティアートギャラリー@TOC_ArtGallery
会期:2021年4月17日(土)~6月24日(木)
休館:月曜日。但し5/3、6/7、6/14、6/21は開館。
時間:11:00~19:00 
 *入場は閉館30分前まで。
料金:一般1000(800)円、大・高生600(400)円、中学生以下無料。
 *同時開催中の「project N 82 松田麗香」の入場料を含む。
 *( )内は各種割引料金。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」 サントリー美術館

サントリー美術館
「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」
2021/4/14~6/27



サントリー美術館で開催中の「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」を見てきました。

アメリカ中西部のミネソタ州の都市に位置し、良質な日本美術の作品を多く有するミネアポリス美術館のコレクションが、日本へと里帰りして来ました。

それが「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」で、会場には中世より近代へと至る水墨画、屏風絵、浮世絵、さらに南画など約90点の作品が展示されていました。


山田道安「龍虎図屏風」 室町時代、16世紀

冒頭の水墨画では山田道安の「龍虎図屏風」が目立っていたかもしれません。戦国時代に雪舟流の画家に学び、武人でもあった道安による六曲一双の作品で、波しぶきの上から龍が現れ、風の吹き荒れる中に身を構えた虎の様子を対比するように描いていました。白い波頭や風にしなる竹の表現などもダイナミックではないでしょうか。


藝愛「粟に雀図」 室町時代、16世紀

室町時代に活動し、将軍の御用絵師の子であるという説があるものの、必ずしも来歴が定かではない藝愛の「粟に雀図」にも惹かれました。ここでは粟の実をついばもうとしたり、地面の上で何やら喧嘩をするような雀が可愛らしく描かれていて、粟の下に生える草花も細かに表されていました。


狩野山雪「群仙図襖(旧・天祥院客殿襖絵)」 江戸時代、正保3(1646)年

かつて大覚寺正寝殿にあった伝山楽の「四季耕作図襖」と旧天祥院客殿を飾っていた山雪の「群仙図襖」といった、狩野派にも優品が少なくありませんでした。このうち後者の「群仙図襖」は鮮やかな金地を背景に、9名の仙人や童子が描かれていて、上質な顔料を用いたのか驚くほどに彩色が鮮やかでした。


「武蔵野図屏風」 江戸時代、17世紀

やまと絵では一面に薄が広がり満月が地平低く沈む「武蔵野図屏風」に魅せられました。薄とともに秋の花々も描きこまれていて、上方の金雲が水流へと変化するように薄原へと広がっていました。武蔵野図は江戸時代前期に流行したモチーフとして知られていますが、花や水流の表現などからより装飾性の高い作品と言えるかもしれません。


伊藤若冲「鶏図押絵貼屏風」 江戸時代、18世紀

いわゆる奇想の絵師として人気の高い蕭白や若冲らの作品も見どころだったのではないでしょうか。まるで席画のように素早く激しい筆致で描かれた蕭白の「群鶴図屏風」をはじめ、得意とした鶏の様々な姿を描いた若冲の「鶏図押絵貼屏風」などが印象に残りました。

ただそうした有名な作品だけでなく、あまり知られていない絵師にも興味深い作品があるのも、今回の里帰り展の大きな魅力かもしれません。


三畠上龍「舞妓覗き見図」 江戸時代、19世紀

その1つが天保年間の京都で活動し、四条派に学びつつ風俗画を得意としたという三畠上龍の「舞妓覗き見図」でした。左右の対の画面には桜の舞う中に立つ艶やかな女性ともに、円窓から顔を出す少年が描かれていて、とりわけ目を開いた少年の表情はグロテスクと呼んでいいほどに奇異でした。


青木年雄「鍾馗鬼共之図」 明治時代、19世紀

明治時代に渡米してカルフォルニアなどで活動したという青木年雄の「鍾馗鬼共之図」は、鍾馗の周囲の鬼が画面を遍く埋め尽くすように表された作品で、濃厚でかつ陰影の極めて強い描写などに目を引かれました。


鈴木松年「春山帰樵図」 明治時代、19~20世紀

同じく明治時代では鈴木松年の「春山帰樵図」も情緒的な作品かもしれません。ちょうど柴を背負った人物が渓谷に沿って歩いていて、切り立った崖の合間には白い霧が漂いつつ、淡い色をつけた山桜が花を咲かせていました。


葛飾北斎「百物語 さらやしき」 江戸時代、天保2~3(1831~32)年

春信に清長、歌麿、写楽に北斎といった浮世絵も充実していました。しかも総じて状態が良いのか発色が良いのも特徴で、浮世絵の最大の魅力でもある鮮やかな色彩を楽しむことができました。


東洲斎写楽「二代目市川門之助の伊達与作」 江戸時代、寛政6(1794)年

振り返れば2007年に渋谷区立松濤美術館の「Great Ukiyoe Masters」でもミネアポリス美術館の浮世絵コレクションが公開されて評判を呼びましたが、今回の里帰り展のハイライトの1つとして浮世絵を挙げても差し支えないかもしれません。


狩野芳崖「巨鷲図」 明治21(1888)年頃

この他では狩野芳崖の「巨鷲図」や山村耕花の「春」なども魅惑的に映りました。ともかくどのジャンルの作品も粒が揃っていて、「名品展」とするのも誇張とは思えませんでした。


右:山村耕花「春」 大正4(1915)年

緊急事態宣言を受けて4月25日から臨時休館していましたが、休業要請の緩和に伴って6月2日に再開しました。但し会期の延長はありません。


予約は不要です。撮影も可能でした。


「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」会場風景

6月27日まで開催されています。なお東京での展示を終えると、福島県立美術館(2021年7月8日~9月5日)、及びMIHO MUSEUM(2021年9月18日~12月12日)他へと巡回(会期は予定)します。 *一番上の写真の作品は、酒井抱一「源氏物語 秋好中宮・白萩図」 江戸時代、19世紀

「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:2021年4月14日(水)~6月27日(日)
休館:火曜日。*5月4日は20時まで、6月22日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
 *金・土曜は20時まで開館。
料金:一般1500円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分
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「MUCHA(ミュシャ) グラフィック・バラエティ」 うらわ美術館

うらわ美術館
「MUCHA(ミュシャ) グラフィック・バラエティ」
2021/4/17~6/20



うらわ美術館で開催中の「MUCHA(ミュシャ) グラフィック・バラエティ」を見てきました。

現在のチェコに生まれ、アール・ヌーヴォーを代表するアルフォンス・ミュシャは、ポスターだけでなく、本、雑誌、切手、商品パッケージなどデザインの仕事でも旺盛に活動しました。

そうしたグラフィック・デザインを紹介するのが「MUCHA(ミュシャ) グラフィック・バラエティ」で、会場にはミュシャの収集家で知られる尾形寿行氏のOGATAコレクションを中心に約550点もの作品が展示されていました。

さて今回のミュシャ展はタイトルに「バラエティ」とあるように、デザインに関する様々な資料が並んでいるのが特徴で、ビスケット容器や香水瓶、それにメニュー表からカレンダーなどの生活に根差した作品も目立っていました。


左:アルフォンス・ミュシャ「ジスモンダ」 1894年 OGATAコレクション
右:アルフォンス・ミュシャ「ジスモンダ アメリカンツアー」 1895年 OGATAコレクション

いわゆるデビュー作と知られる「ジスモンダ」をはじめとした商業ポスターも充実していました。フランスの女優、サラ・ベルナールをモデルとした同ポスターは、当時まだ無名だったミュシャが制作するとパリの街角で大変な評判を呼び、一躍ポスター界の寵児として注目を集めるようになりました。

「ジョブ」はタバコの巻紙を宣伝としたポスターで、巻紙のタバコの香りに酔った長い髪の女性とともに、ビザンティン趣味風の装飾が画面へ広がっていました。ミュシャの作品は当初、商業ポスターとして作られたものの、人気を博したために装飾パネルとして売り出されたものも少なくなく、「ジョブ」もコレクターの要請に応えて小型版が制作されました。


ハイライトはミュシャのデザインのバイブルとも呼ばれる「装飾資料集」と「装飾人物集」の全112点にあったかもしれません。

「装飾資料集」とは1902年、既に40歳を超えて巨匠としての地位を築いていたミュシャが、デザインを学ぶ人々のために刊行した、鉛筆デッサンに基づく72点からなる図案集でした。



ここには女性や自然の草花をモチーフとした装飾のデザインから食器、アクセサリーなどが掲載されていて、いずれも極めて精緻な線によって描かれていました。そのうち植物の習作などは博物図譜のような迫真性が見られたかもしれません。

その3年後に著したのが「装飾人物集」で、全て女性をモチーフに40点の図案を示しました。またここでは人物のほとんどが円形や楕円形、それに星形などの幾何学的な形態や枠の中に収められていて、ギリシャやゴシック建築の彫刻の造型を思わせるものがありました。

いずれの図案集とも全てのページが展示されているのも嬉しいところで、デザイナーとしてのミュシャの仕事の集大成を目の当たりにするかのようでした。

なお本展は全国を各地にて開催されてきた巡回展ですが、うらわ美術館では収集方針の「本をめぐるアート」に因んで、元来の作品に加えて堺のアルフォンス・ミュシャ館の挿絵の習作も複数点紹介するなど、オリジナルな構成となっていました。


「お気に入りの1点」のみの撮影ができました。近年、撮影可能な展覧会も増えてきましたが、他ではあまり見られない珍しい試みと言えるかもしれません。

予約は不要ですが、入場時に氏名や連絡先などを来館者記録用紙に記入する必要がありました。



必ずしも広い展示室ではありませんが、内容は質量ともに膨大です。時間に余裕をもってお出かけください。

6月20日まで開催されています。

「MUCHA(ミュシャ) グラフィック・バラエティ」 うらわ美術館@UrawaArtMuseum
会期:2021年4月17日(土)~6月20日(日)
休館:月曜日。(ただし5月3日は開館)、5月6日。
時間:10:00~17:00
 *金・土曜は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般620(490)円、大高校生410(320)円、中小生200(160)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和センチュリーシティ3階
交通:JR線浦和駅西口より徒歩7分。
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「川瀬巴水と新版画 ―神奈川の風景を中心に―」 川崎浮世絵ギャラリー

川崎浮世絵ギャラリー
「川瀬巴水と新版画 ―神奈川の風景を中心に―」 
2021/5/15〜6/6



公益社団法人川崎・砂子の里資料館には川崎ゆかりの作品を含めて4000点もの浮世絵が蒐集され、斎藤文夫コレクションと冠して一般にも公開されてきました。

その川崎・砂子の里資料館のコレクションを引き継いだのが川崎浮世絵ギャラリーで、2019年12月に川崎駅に隣接する川崎駅前タワー・リバークに開館しました。



ちょうどJR線川崎駅の北口東から直結した高層ビルの3階にある「アートガーデンかわさき」に位置していて、反対側の京急線川崎駅からも歩いて2〜3分ほどでした。



現在、開催中の展示は「川瀬巴水と新版画 ―神奈川の風景を中心に―」で、川瀬巴水を中心に吉田博、石渡江逸、笠松紫浪、小原古邨といった新版画の作品、計76点が公開されていました。


巴水で中心となっていたのは当地の神奈川を舞台とした版画で、「鎌倉大佛」や「鎌倉建長寺」、それに「元箱根見南山荘風景」のシリーズなどに目を引かれました。このうち「元箱根見南山荘風景」はかつて元箱根にあった三菱財閥の岩崎家の別荘で、巴水は同家より依頼を受けて作品を制作しました。特に名所とされたつつじが咲く光景を色鮮やかに描いていて、後景には富士山がそびえる姿を見ることもできました。

この他では「大森海岸」や「矢口」といった、神奈川に近い場所の作品が展示された「東京二十景」も見どころだったのではないでしょうか。またおそらくは江戸川越しの浦安の光景を牧歌的に描いた「初秋の浦安」にも魅せられました。

全国8カ所の桜の名所をモチーフとした吉田博の「桜八題」も目立っていたかもしれません。中でも「弘前城」は石垣の上の天守を背に咲き誇こる桜を描いていて、花はこぼれ落ちそうなほどに画面へ満ち溢れていました。

巴水の門人で子安に住んでいた石渡江逸も神奈川を描いた版画家の一人でした。そのうち「横浜長嶋橋所見(洛陽)」は摺違いの2点の作品が並んでいて、1点は夕陽が水辺の街並みを朱色に染めていてドラマテックな情景を表していました。


撮影可能の複製作品。展示室内の撮影はできません。

美人画で知られる橋口五葉の比較的珍しい花鳥主題の「鴨」や、明治期の新たな美人風俗画として制作された高橋松亭の「いますかた 花のさと」、さらにはエリザベス・キースの「鎌倉 夏の思い出」なども力作と言えるかもしれません。また巴水を含めて保存状態が良いのか、総じてコレクションの発色が良いのも印象に残りました。


「アートガーデンかわさき」。この奥に「川崎浮世絵ギャラリー」の展示室がありました。

手狭なスペースながらも新版画ファンには嬉しい展示でした。会期中に作品の入れ替えはありません。


川崎駅前タワー・リバーク

会場内は作品保護の観点からかなり暗めでした。6月6日まで開催されています。

「川瀬巴水と新版画 ―神奈川の風景を中心に―」 川崎浮世絵ギャラリー@Kawasaki_ukiyoe

会期:2021年5月15日(土)〜6月6日(日)
休館:月曜日。(休日の場合は翌平日)
時間:11:00~18:30 
 *入館は閉館の15分前まで。
料金:一般500円。高校生以下無料。
住所:川崎市川崎区駅前本町12-1 川崎駅前タワー・リバーク3階
交通:JR線川崎駅北口東より直結徒歩2分。京急線川崎駅より徒歩2分。
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「古き良き日本の美 渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》」 齋田記念館

齋田記念館
「古き良き日本の美 渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》」 
2021/4/1~5/22



近年、人気が高まり、東京藝術大学大学美術館をはじめとした全国巡回展でも話題の日本画家、渡邊省亭の作品が、東京・世田谷の齋田美術館にて公開されています。

齋田記念館とは江戸時代初期、代田村開発の中心となった齋田家ゆかりの文化的資料を公開する施設で、1997年に齋田茶文化振興財団のもとに開館しました。齋田家は幕末から長く茶業を営んでいたことから、茶に関する資料が多く保存されていて、今も研究や調査活動が行われています。



最寄駅の小田急線の世田谷代田駅を降り、西口から車の往来の激しい環七通りを南へ歩いて、しばらくすると右手に白壁に囲まれた建物が見えてきました。それが齋田記念館で、所要時間は駅から約7〜8分ほどでした。



敷地内へと足を進めると手入れの行き届いた樹木が生い茂っていて、喧騒に包まれた環七通りとは一変した落ち着いた空間が広がっていました。



立派な門を構えるのが齋田家の屋敷で、記念館は手前の白い建物でした。中に入ると左手に受付があり、その奥の小さな展示室にて「古き良き日本の美 渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》」が行われていました。



これは同館所蔵の省亭の作品18点と、谷文晁が摸写した「佐竹本三十六歌仙絵巻」を合わせ見る内容で、全部で19点の作品が公開されていました。なお省亭の18点のうち実に12点が初公開でした。

今回の省亭展で私が特に惹かれたのが、雨の風景を描いた作品でした。そのうち「春雨」と「雨中渡舟」はいずれも雨の中、笠をかぶりながら隅田川の渡し舟に乗る人々を描いていて、いずれも朦朦とした湿り気までも情感豊かに表していました。また本作に加えて「雪の渡し舟」も同様に隅田川の渡しをモチーフとしていて、浅草で亡くなった省亭の同地に対する愛情を感じるかのようでした。

省亭をはじめ、荒木寛畝、川端玉章、酒井道一らがともに描いた「花鳥図」も魅惑的な作品でした。手前の道一による色彩鮮やかな菖蒲が目立つ中、省亭は可愛らしい小さな雀を中央の下の方へ控えめに描いていました。解説によると省亭は絵師の中で3番目に若かったと記されていましたが、どこか先輩絵師に対しての遠慮があったのかもしれません。



20点弱の作品数ゆえに量は多くありませんが、ともかく粒揃いの作品ばかりで、思いがけないほどに充実していました。この他、備前香合と取り合わせた「あやめ」の露出展示も見どころかもしれません。床の間を飾るような設えにも魅了されました。



残念ながら東京藝術大学大学美術館での省亭展は事実上、会期半ばで打ち切りとなってしまいましたが、また一つ省亭の優美な花鳥世界に心惹かれました。*「渡辺省亭 欧米を魅了した花鳥画」は東京展以降、岡崎市美術博物館(5月29日~7月11日)と佐野美術館(7月17日~8月29日)へ巡回予定。



会期末の駆け込みになってしまいました。5月22日まで開催されています。なお最終日は混雑が予想されるため、状況によっては整理券の配布などの入場制限が行われる場合があるそうです。お出かけの際はご注意ください。

「古き良き日本の美 渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》」 齋田記念館
会期:2021年4月1日 (木) ~5月22日 (土)
休館:土曜(但し第4土曜日4/24・5/22は開館)、日曜、祝日。
時間:10:00~16:30 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般300円
住所:世田谷区代田3-23-35
交通:小田急線世田谷代田駅より徒歩7分。東急世田谷線若林駅より徒歩10分。
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「コレクション 4つの水紋」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「コレクション 4つの水紋」
2021/3/23~5/16



埼玉県立近代美術館で開催中の「コレクション 4つの水紋」を見てきました。

1982年、北浦和公園内に開館した埼玉県立近代美術館は、印象派以降の西洋絵画と埼玉県ゆかりの作家の作品などを中心に収集を続け、企画展や常設展などで広く公開してきました。

そのコレクションの一端を4名の作家を起点に紹介するのが「コレクション 4つの水紋」で、西洋画や日本画、あるいは現代美術の作家の作品、約130点が展示されていました。


ポール・シニャック「アニエールの河岸」 1885年

まず最初の起点となったのが、近年に収蔵されたポール・シニャックの「アニエールの河岸」でした。パリ北西部の街の景色を暖色を基調とした淡い色彩により描いていて、印象派の影響を伺わせるものの、水面などには後の画風を予兆させる細かな点描のような筆触も見られました。


跡見泰「石川島」 1930(昭和5)年

そしてこの「アニエールの河岸」からピックアップされたのが、水辺の景色と点描表現による作品でした。


モーリス・ドニ「トレストリニェルの岩場」 1920年

今回の展覧会で面白いのは、西洋と東洋、あるいは古典や現代を区別せず、それぞれのテーマから作品を並べていることで、例えば水の景色では跡見泰の「石川島」や森田恒友の「着船」とともに、モーリス・ドニの「トレストリニェルの岩場」などが展示されていました。


左:難波田龍起「水のある街」 1969(昭和44)年 ほか
右:難波田史男「湖の孤独」 1970(昭和45)年

また抽象表現とも受け取れる難波田龍起の「水のある街」や、湖上に一人で船を寂しく浮かべた光景を描いたような難波田史男の「湖の孤独」といった、難波田父子の作品も見どころだったかもしれません。


右:速水御舟「夏の丹波路」 1915(大正4)年
左手前:斎藤豊作「初冬の朝」 1914(大正3)年

さらに点描においても、里山を緑色の斑点で表した速水御舟の「夏の丹波路」と一緒に、網目状の点でモネの絵画を引用したロイ・リキテンスタインの「積みわら7」が並んでいて、洋の東西を超えた作品の邂逅に見入るものがありました。


奥原晴湖「秋景山水図」

続く2人目の作家として登場したのが、幕末から明治初期にかけて水墨山水画を描き、後半生を熊谷で過ごした埼玉ゆかりの南画家、奥原晴海でした。ここでは奥原の水墨画とともに、南画に特徴的な絵画と言葉が親密な関係にある作品などが合わせて並んでいました。


奥原晴湖「仙境群鶴」 1905(明治38)年

「仙境群鶴」は奥原が南画とともに得意としていた花鳥画の優品で、桃や薔薇、松などを背景に純白の羽をつけた鶴が集う光景を、極めて鮮やかでかつ艶やかな色彩で描いていました。


佐伯祐三「門と広告」 1925(大正14)年

また絵と言葉の観点から取り上げられた佐伯祐三の「門と広告」も魅惑的な作品ではないでしょうか。パリで住んでいたリュ・デュ・シャトーの街角の門に貼られたポスターを描いていて、それぞれに素早い筆致による文字らしき線がリズミカルに刻まれていました。


重村三雄「立ち話」 1993(平成5)年

奄美大島に生まれ、埼玉で没した彫刻家、重村三雄も、今回の展覧会のキーパーソンの1人でした。ここでは犬の散歩といった日常的な光景を表した重村の「立ち話」をはじめ、橋本真之の「作品115 運動膜(内的な水辺)」などの重厚な彫刻が目立っていました。

さて「コレクション 4つの水紋」にて私が最も魅力的に感じたのが、シャルロット・ペリアンによる椅子を中心としたデザインの展示でした。


「椅子の美術館より」 シャルロット・ペリアン 展示風景

そもそも埼玉県立近代美術館は「椅子の美術館」と呼ばれるほどモダンデザインによる椅子をコレクションしていて、館内では自由に座りながら鑑賞する場も設けてきました。


「椅子の美術館より」 シャルロット・ペリアン 展示風景

会場ではシャルロット・ペリアンをはじめ、柳宗理や剣持勇の椅子ともに、ペリアンと親交のあったレジェや室内装飾に用いていたミロのタペストリーなどが並んでいて、多様なデザインを楽しむことができました。


手前:ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアン「LC4 シェーズロング」 デザイン:1928年 製品化:1930年
右:レオナール・フジタ「横たわる裸婦と猫」 1931(昭和6)年

また横になる椅子から横たわる動作に着目し、フジタの「横たわる裸婦」や古賀春江の「コンポジション」などが並ぶ展示も面白いのではないでしょうか。いずれも展覧会のハイライトを築き上げていました。


クロード・モネ「ジヴェルニーの積みわら、夕日」 1888〜1889年

4月27日より後期展示に入りました。前期より一部作品が展示替えが行われましたが、以降、会期末までの入れ替えはありません。


古賀春江「コンポジション」 1930(昭和5)年頃

予約は不要です。入場時に検温と手指の消毒の他、連絡先などを記した入館者カードを提出する必要があります。


ヴェルナー・パントン「パントンチェア」 デザイン:1959〜1960年 製品化:1968年

一部を除き、会場内と作品の撮影が可能でした。


5月16日まで開催されています。

「コレクション 4つの水紋」 埼玉県立近代美術館@momas_kouhou
会期:2021年3月23日 (火) ~5月16日 (日)
休館:月曜日。但し5月3日は開館。
時間:10:00~17:30 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円 、大高生800(640)円、中学生以下は無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *MOMASコレクション(常設展)も観覧可。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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「森山大道 写真展 『衝撃的、たわむれ』」 東京工芸大学 写大ギャラリー

東京工芸大学 写大ギャラリー
「森山大道 写真展 『衝撃的、たわむれ』」 
2021/3/22~5/31



東京工芸大学 写大ギャラリーで開催中の「森山大道 写真展 『衝撃的、たわむれ』」を見てきました。

1923年に設立された小西写真学校に遡り、日本で最も古い歴史を有する写真教育機関の東京工芸大学には、国内外の著名な写真家の作品が数多く所蔵されてきました。

そのうち重要とされる森山大道のコレクションの一端を紹介するのが「森山大道 写真展 『衝撃的、たわむれ』」で、1960年代から70年代の初期作を中心とする約60点のモノクロームの作品が公開されていました。

今回の写真展で興味深いのは、同じネガから複数にプリントされた写真や、同じ被写体でありながら別のカットよりプリントした写真が展示されていることでした。よって一見、同一の風景や人物が写されているようでありながら、トリミングや構図などが微妙に異なっていて、新たなイメージを生み出していました。

それら森山によれば「気分でやっていて」、「暗室の中での自分の体質とか生理みたいなもの」(*)としていましたが、一枚一枚の違いを追っていくと、森山が写真のイメージを生み出すための思考実験に立ち合っているかのようでした。*「」内は展示リーフレットのインタビュー記事、「写真との邂逅は、自分でも説明ができぬエタイの知れないもの」より。


写大ギャラリーに森山の初期のヴィンテージ・プリントが所蔵される切っ掛けとして挙げられるのが、1976年に同ギャラリーを設立した細江英公によって行われた「森山大道寫眞展」でした。

そこで細江は展示終了後、森山の活動初期の雑誌や写真集の原稿のためのプリントを購入することを提案し、写大ギャラリーが一括して購入することになりました。当時、原稿のためのプリントは処分されることも少なくなかったそうですが、結果的に約900点もの作品を所蔵するまでに至りました。中にはアシスタント時代の森山が撮影した現存する最も古い写真もあり、解説に「細江の先見の明」と記されていた通り、大変に貴重なコレクションと言えるのかもしれません。



さて私自身、東京工芸大学写大ギャラリーへ初めて行きました。同大学に最も近い駅は、東京メトロ丸ノ内線、及び都営大江戸線の中野坂上です。1番出口より地上に出ると、青梅街道と山手通りの交差点があり、周囲は高層ビルに囲まれていました。



そして山手通りに沿って南へ歩き、成願寺を過ぎて右へ折れた小道へ進むと、キャンパスの建物が姿を現しました。駅からは歩いて7~8分程度で、一帯は家やマンションなどが密集する住宅地でした。



ギャラリーは一番手前の5号館(芸術情報館)に位置していて、エントランスから階段を上がるとカメラの展示ブースがあり、その先がギャラリーのスペースになっていました。



新型コロナウイルス感染症対策に伴い、ギャラリー内の人数は5人に制限されている他、会場内の来館者カードに連絡先を記入する必要がありました。



日曜日はお休みです。5月31日まで開催されています。

「森山大道 写真展 『衝撃的、たわむれ』」 東京工芸大学 写大ギャラリー@ShadaiGallery
会期:2021年3月22日(月)~5月31日(月)
休館:日曜日。 
時間:10:00~18:00。但し土曜は17時で閉館。
料金:無料。
住所:中野区本町2-4-7 5号館(芸術情報館)2F
交通:東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線中野坂上駅1番出口より徒歩7分。
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「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」 東京国立博物館

東京国立博物館・平成館
「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」
2021/4/13~5/30 *4月25日より臨時休館



東京国立博物館・平成館で開催中の「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」を見てきました。

平安時代末期から鎌倉時代初期に制作された「鳥獣人物戯画」は、生き生きとした動物や人物の描写などから、今に至るまで多くの人々の心を捉える名品として伝わってきました。

その鳥獣戯画の甲乙丙丁の全4巻が会期を通じて初めて公開されたのが「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」で、鳥獣戯画はもちろん、かつて4巻から分かれた断簡や模本、さらにはゆかりの高山寺の寺宝などが一堂に介していました。

まず第1会場に登場したのが鳥獣戯画で、甲巻を筆頭に乙丙丁の巻が全て開いた状態で展示されていました。そのうち兎や蛙など11種類の動物が擬人的に描かれた甲巻は、動く歩道に乗って鑑賞するように作られていて、さながら動画を目にするかのように絵巻の物語を追うことができました。

それ以降の乙丙丁巻は通常の展覧会と同様に歩いて見ることが可能で、特に前半が人物、後半が動物の戯画の展開する丙巻に強く魅せられました。何やら意味ありげにじっと座る猫の表情や、慌てて逃げ出すようにするりと動く蛇の描写も面白いのではないでしょうか。また本来1枚の紙を2つに剥がし、つなぎ合わせて絵巻したことが判明した2つの墨跡も目の当たりにできました。



鳥獣戯画の4巻に続くのは、甲巻や丁巻から分かれた断簡や、過去の鳥獣戯画を写した模本でした。そのうち甲巻では「鳥獣戯画 甲巻のすべて」と題し、断簡と絵巻を繋ぎ合わせた復元の状態をパネルで紹介していて、かつての絵巻の姿を伺い知ることもできました。またMIHO MUSEUM本の断簡では、確かに秋草の繊細な表現が甲巻と良く似ていて、同一の作者ではないかと思わせるものがありました。こうした断簡や模本を比べることも、鳥獣戯画の全貌を探る上で重要なポイントかもしれません。

ラストでは高山寺の文化財などが並んでいて、中でも普段は秘仏として開山堂に安置され、実に28年ぶりに寺外で公開された「明恵上人坐像」が目立っていました。

また明恵上人が手元に置いていたとされる「子犬」の像や、新羅の華厳宗の高僧を主人公とする「華厳宗祖師絵伝」も見どころだったのではないでしょうか。荒々しい波間から龍が現れ、船の航海を助ける場面などの臨場感は並々ならぬものがありました。



入場、及び会場内の状況です。今回の鳥獣戯画展では、混雑緩和防止のために事前予約制が導入されました。オンラインの「アソビュー!」、及びコンビニの「セブンチケット」、また朝日IDの「あさチケ」の3つの方法で予約することが可能です。私ははじめにアソビューを利用しようと思ったものの、多くの日時のチケットが売り切れていたため、セブンチケットで買うことにしました。同チケットはオンラインで購入可能ながら、予め紙のチケットをコンビニで発券しておく必要があります。



私が予約したのは4月22日(木)の16時の時間枠でした。9時から閉館の1時間前の18時までの1時間ごとに入場枠が設定されていて、予め指定した時間枠内に入場することができます。



鳥獣戯画展のチケットで総合文化展も鑑賞できるため、15時前に博物館に入り、まずは本館の展示を見て回ることにしました。鳥獣戯画展のチケットを予め確保しておいた場合、総合文化展を別途予約する必要はありません。なお当日券については完売していました。

現在、東京国立博物館の総合文化展では、鳥獣戯画の主要なモチーフである動物に着目した「鳥獣戯画スピンオフ」と題した展示が行われています。


「浦島明神縁起絵巻(模本)」 江戸時代・文政2(1819)年

ここで興味深いのは、鳥獣戯画の中に登場する儀式やお祭りの場面を同じように描いた絵巻(模本)が展示されていることで、鳥獣戯画が制作当時の風俗などを踏まえて表していることが分かりました。


山崎董詮「鳥獣戯画 甲巻(模本)」 明治時代・19世紀

また明治時代に山崎董詮が描いた「鳥獣戯画」の模本も開いていて、場面の解説を読みながらじっくり見入ることができました。


山崎董詮「鳥獣戯画 丙巻(模本)」 明治時代・19世紀

「鳥獣戯画スピンオフ」は撮影も可能です。特別展を観覧する前に見ておくのも良いかもしれません。

さて本館の展示を一通り見終えて平成館へ向かうと、ちょうど16時半を過ぎていました。特に待機列もなく、館内へスムーズに入場することができました。

先に第一会場の鳥獣戯画のコーナーへ進むと、動く歩道の甲巻の前のみ待機列ができていました。案内に従って列に加わり、約10分程度並ぶと動く歩道へ到達しました。その後、順に歩道の上に乗って鑑賞する流れとなっていました。基本的に列に加われば誰もが最前列で甲巻を見ることができます。(動く歩道の待機列は18時半で終了。)

甲巻に続く乙丙丁にも若干の列が発生していましたが、心なしか丙巻の列が長く、丁巻の列が短いようにも感じられました。今回はそもそも入場数を制限していることがあり、例えば2015年に同じ東博で行われた鳥獣戯画展のような凄まじい混雑は起きていません。(グッズ売り場は混み合っていて、一時は会計待ちの列も出来ていました。)



どういう形であれ人の数を絞った環境で鳥獣戯画の全巻を一揃えに見られる機会は、ひょっとすると最初で最後になるかもしれません。その意味では一期一会の展覧会であるように思えました。

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県へ緊急事態宣言が発出されました。


それにより博物館や美術館に休業が要請されたため、4月25日から東京国立博物館も臨時休館することが決まりました。

現時点で再開日は未定ですが、早くとも発出期間後の5月11日以降になる見込みです。また宣言が延長され、さらに休館が続く可能性も考えられます。最新の開催情報については同館WEBサイトをご覧下さい。

5月30日まで開催されています。

「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」@chojugiga2020) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR
会期:2021年4月13日(火) ~5月30日(日) *4月25日より臨時休館。
時間:9:30~19:00。
 *最終入場は18時まで。
 *「鳥獣戯画 甲巻」の待機列は18時半まで。
休館:月曜日。但し5月3日(月・祝)は開館。
料金:一般2000円、大学生1200円、高校生900円、中学生以下無料。
 *当日に限り総合文化展も観覧可。但し総合文化展は17時まで。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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「OKETA COLLECTION:4G」 スパイラルガーデン

スパイラルガーデン
「OKETA COLLECTION:4G」
2021/4/8~4/25



スパイラルガーデンで開催中の「OKETA COLLECTION:4G」を見てきました。

ファッションビジネスに携わり、アートコレクターとして知られる桶田俊⼆・聖⼦夫妻は、2019年以降、自らのコレクションを定期的に公開し、2020年には金沢21世紀美術館にて展覧会を開くなどして注目を集めました。

その桶田夫妻のコレクションを新たに紹介するのが「OKETA COLLECTION:4G」で、1960年から90年代生まれの4世代(4 Generations)の主に日本人アーティストの作品が展示されていました。


ロッカクアヤコ「Untitled」(2019年)

花畑のように広がる鮮やかな色彩の中に、瞳を開いた少女を描いたロッカクアヤコの「Untitled」に目がとまりました。雲に乗って浮遊するような少女の後ろには、謎めいた生き物が同じく空中に飛ぶ船で追っていて、互いに何やら牽制しあう仕草を見せていました。


五木田智央「Save the Last Dance for You」(2021年)

頭から角のようなものを生やした人物を表した五木田智央の「Save the Last Dance for You」も印象深かったかもしれません。顔に一切の表情は伺えず、頭から体にかけてはワイン色に染まっていて、背景の黄色と鮮やかなコントラストを描いていました。かつてはモノクロームのペインティングなどで知られ、昨年に国内で初めてカラーの絵画を発表した、五木田の新たな境地を伺えるような作品かもしれません。


山口歴「REVISUALIZE NO.29」(2020年)

ニューヨークを拠点に活動し、筆跡に着目して作品を制作するという山口歴の「REVISUALIZE NO.29」も魅惑的でした。ここでは絵具の筆跡がキャンバスの枠組みを超え、立体的な彫刻のように広がっていて、絵具の筆触が鋭いギザギザの牙を剥くように展開していました。


加藤泉 展示風景

ハイライトを飾っていたのは、吹き抜けのスペースを大胆に用いた加藤泉の展示ではないでしょうか。


加藤泉 展示風景

ちょうど空間の中央には、3体の子どものような彫刻が輪を描くように並んでいて、それらをキャンバスの絵画と革を用いた人型の作品が見守るように置かれていました。


加藤泉 展示風景

加藤の個展といえば、2019年に原美術館にて「LIKE A ROLLING SNOWBALL」が開かれましたが、それ以来とも言えるスケールだったかもしれません。3つの彫刻がまるで互いに助け合うかのように手を繋ごうとする様子も心に惹かれました。


平子雄一「Gift 08」(2021年)、「Yggdrasill 01」(2020年)

昨年の夏にもスパイラルにて「OKETA COLLECTION:A NEW DECADE」が行われましたが、今回出展された作品は桶田コレクションとしては殆ど初めてだそうです。


会場内の混雑緩和の観点からか、場内の順路は一方通行になっていました。受付から吹き抜けのスペースへ進み、一度スロープで2階へ上がってショップを経由し、階段を降りて入口方向へと戻るように設定されています。


TIDE「NIGHT」(2020年)

予約は不要、入場も無料です。撮影もできました。



会期中無休です。4月25日まで開催されています。*一番上の写真の作品は、松山智一「River to the Bank」(2020年)

「OKETA COLLECTION:4G」 スパイラルガーデン(@SPIRAL_jp)
会期:2021年4月8日(木)~4月25日(日)
休館:会期中無休
時間:11:00~20:00
料金:無料
住所:港区南青山5-6-23
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅B1出口すぐ。
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「与謝蕪村 『ぎこちない』を芸術にした画家」 府中市美術館

府中市美術館
「春の江戸絵画まつり 与謝蕪村『ぎこちない』を芸術にした画家」
2021/3/13~5/9



江戸中期に俳人として活動した与謝蕪村は、俳画を大成させ、人物や動物、はたまた自然の情景を描いた作品を数多く残しました。

そうした蕪村の絵画に着目したのが「春の江戸絵画まつり 与謝蕪村『ぎこちない』を芸術にした画家」で、国宝と重要文化財を含む約100点(展示替えあり)が公開されていました。

今回の蕪村展では文化庁をはじめ、京都国立博物館や逸翁美術館などの博物館や美術館、それに妙法寺といった寺院の所蔵する作品が数多く出展されていましたが、個人のコレクションにも見逃せない優品が少なくありませんでした。

そのうち最大の目玉といえるのが「山水図屏風」で、金地の大画面へ山水の光景をパノラマのように描いていました。同作は昭和36年に「国華」に掲載されたものの、長らく一般に公開されてこなかったとされていて、言わば幻の屏風と呼んでも差し支えないかもしれません。

この他、個人蔵では「狗子図」や「山水人物図」、それに応挙が描いて蕪村が賛を記した「己の身の画賛」なども魅惑的ではなかったでしょうか。とりわけ後者の応挙と蕪村の合作では、犬の吠える姿を影絵のように表していて、舌を出してはワンワンと鳴く様子が伝わってくるかのようでした。

香川県丸亀市の妙法寺の所蔵する「蘇鉄図屏風」にも魅せられました。大きな蘇鉄と岩を墨の濃淡を利用しながら描いていて、特に蘇鉄の樹皮の毛羽立った質感を巧みに表現していました。太い幹に葉をたくさん茂らせた蘇鉄の生命力を感じられるかもしれません。

「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな」と賛を記した「春の海 自画賛」にも目を引かれました。太くかすれたような線にて波打つ海を捉えていて、シンプルな描写ながらも、まさに俳句同様の穏やかで麗らかな春の海が表されていました。


国宝の「十宜帖」も見逃せませんでした。これは池大雅と与謝蕪村の合作である「十便十宜図」のうちの1つで、閑居生活の便宜な点をそれぞれ10つ表すべく、大雅が十便を描き蕪村が十宜を描きました。私が出向いた際はちょうど「宜夏図」が開いていましたが、緑に囲まれた小屋は桃源郷のようで、何とも静かで落ち着いた雰囲気が感じられました。蕪村は風景へ季節感を取り込んでいるとの指摘がありましたが、まさしく心地良い風景とはこのことを指すのかもしれません。



さて今回の展覧会のキーワードでもある「ぎこちない」に関し、会場のキャプションにて「この展覧会は、蕪村は下手でぎこちない絵しか描けなかったと言いたいわけではない。」との説明がありました。

むしろ確かな画技を持ち得ていた蕪村が、一見ぎこちなく思えるような表現を意図的に用いることで、作品の深みや可愛らしさ、それに面白さを引き出していたのではないかとの観点から「ぎこちない」の言葉を引用しているようでした。そうした蕪村の絵の魅力については、金子信久氏が「府中市美術館だよりVol.53」へ寄せた「蕪村の絵と字の魅力の成り立ち」も参考となるかもしれません。

最後に展示替えの情報です。前後期で作品の大幅な入れ替えがあります。

「春の江戸絵画まつり  与謝蕪村 『ぎこちない』を芸術にした画家」(出品リスト
前期:3月13日(土)~4月11日(日)
後期:4月13日(火)~5月9日(日)



4月13日から後期展示に入りました。これ以降の入れ替えはありません。*国宝「十宜帖」の場面替えを除く。

予約は不要です。5月9日まで開催されています。

「春の江戸絵画まつり  与謝蕪村 『ぎこちない』を芸術にした画家」(@edo_fam)  府中市美術館@FuchuArtMuseum
会期:2021年3月13日(土)~5月9日(日)
休館:月曜日。但し5月3日は開館。
時間:10:00~17:00
 *入館は閉館の30分前まで
料金:一般700(560)円、大学・高校生350(280)円、中学・小学生150(120)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *府中市内の小中学生は「学びのパスポート」で無料。
 *チケットに2度目が半額になる割引券付き。
場所:府中市浅間町1-3 都立府中の森公園内
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」 千葉市美術館

千葉市美術館
「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」
2021/4/10~7/4



1941年に現在の福岡県田川市に生まれた立石紘一は、タイガー立石、あるいは立石大河亞と名乗り、絵画、陶彫、マンガ、絵本、イラストなどの幅広い分野で旺盛に活動しました。

その立石の過去最大規模の回顧展が「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」で、17歳の頃に描いた作品から遺作まで、約200点を超える作品と資料が展示されていました。


「ネオン絵画 富士山」 1964/2009年 個人蔵(青森県立美術館寄託)

まず入口で煌々と明かりを灯すのが「ネオン絵画 富士山」で、山頂から太陽が輝く光る富士山をネオンで象っていました。立石は美大卒業後に一時、ネオン広告制作会社に就職していて、日の丸や富士山などの通俗的イメージをネオンで表現しました。

第15回読売アンデパンダン展(1963年)へ出展した「共同社会」も目立っていたかもしれません。ここにはブリキの玩具と思しきバスや電車とともに、古い流木の欠片がパネルの上へ整然と並んでいて、素材の入り混じる奇異な光景を築き上げていました。

初期の立石は主に絵画を制作していて、「東京バロック」では東京駅舎や東京タワー、それに西郷隆盛像といった東京の代表的なモチーフとともに、戦闘機や労働者などの人物をコラージュするように描きこんでいました。またあたかも20世紀フォックス映画のオープニング画面のように自らの名前を記した「立石紘一のような」も面白い作品かもしれません。

立石の絵画で興味深いのは、確かにポップ・アートの影響を伺えるものの、シュルレアリスム的な作風も見られることで、それが日本の土着的なモチーフと融合していることでした。また中国で象徴的な存在である虎も繰り返し登場していました。

1968年にタイガー立石として漫画家として活動し、翌年にイタリアのミラノへ渡った立石は、漫画のコマ割りを取り入れた「コマ割り絵画」を制作しはじめました。ここでは宇宙船や火星人を連想させるモチーフが登場していて、それこそSF物語を読んでいるかのようでした。

またイタリアではイラストレーションの仕事も手掛けていて、デザイナーや建築家とのコラボレーションでイラストや宣伝広告などを手掛けました。それに関したTシャツやポスターなどの資料も展示されていました。

長らくイタリアに滞在して1982年に帰国すると、今度は立石大河亞と名乗り、絵画のみならず絵本や陶彫の作品を制作するようになりました。そして1985年からは千葉県の夷隅郡へと転居し、後に養老渓谷へと移ってアトリエを構えました。


「明治青雲高雲」 1990年 田川市美術館

帰国後の立石の最大の作品で代表作と言えるのが、「明治青雲高雲」、「大正伍萬浪漫」、「昭和素敵大敵」と題する大画面の3部作でした。


「大正伍萬浪漫」 1990年 田川市美術館

明治、大正、昭和の各時代における人物や建物に乗り物、それに事件や美術史のモチーフを自在に描いていて、政治から経済、文化や娯楽などの世相が画面から溢れるように展開していました。


「昭和素敵大敵」 1990年 田川市美術館

これらは立石が「時代の総括」と呼んだもので、美術評論家の中原祐介によって「大河画三代」と命名されました。


「明治青雲高雲」(部分) 1990年 田川市美術館

そのうち興味深いのは、古今東西の美術のモチーフが徹底的に引用されていることで、例えば明治時代の高橋由一の鮭や大正時代の岸田劉生の麗子像、それに昭和時代の古賀春江の海などが目を引きました。


「昭和素敵大敵」(部分) 1990年 田川市美術館

立石は漫画から絵画や絵本などをジャンルを渡り歩くように制作してきましたが、この作品においてもあらゆる主題がモザイク状に取り扱われていました。まさに過去や未来、それにローカルチャーもハイカルチャーも行き来した立石の表現の1つの集大成と呼べるのかもしれません。


「明治青雲高雲」下絵 1990年 ANOMALY

また3部作の下絵もあわせて展示されていて、絵画と見比べることもできました。鉛筆や色鉛筆などを用いて、意外と細かく描かれた下絵そのものも魅力的ではなかったでしょうか。


セザンヌやホッパーなどの美術家をモチーフとしつつ、さながら飛び出す絵本の大型版のような陶彫作品を過ぎると、ラスト近くで展示されていたのが全長9メートルに及ぶ絵巻物の「水の巻」でした。長大な作品のために一部のみが開いていましたが、絵画にも現れるような多様なイメージを絵巻へ落とし込んでいて見応えがありました


左:「雄鶏楼と富士」 1992年 ANOMALY
右:「大地球運河」 1994年 山本現代

この他では「コンニャロ商会」や「虎家族」といった漫画や、「とらのゆめ」などの絵本の原画も数多く出展されていました。ともかく作品と資料を合わせると膨大で、回顧展として不足はありませんでした。なお一部の絵本は美術館4階の図書室にて閲覧できました。


「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」会場風景

7月4日まで開催されています。おすすめします。なお千葉での展示を終えると、青森県立美術館(7月20日~9月5日)、高松市美術館(9月18日~11月3日)、埼玉県立近代美術館・うらわ美術館(11月6日~2022年1月16日)へと巡回します。(予定)

*会場内の一部の展示室と作品の撮影が可能でした。

「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」 千葉市美術館@ccma_jp
会期:2021年4月10日(土)~7月4日(日)
休館:5月6日(木)、5月24日(月)、6月7日(月)。
時間:10:00~18:00。
 *入場受付は閉館の30分前まで
 *毎週金・土曜は20時まで開館。
料金:一般1200(960)円、大学生700(560)円、高校生以下無料。
 *( )内は前売り、市内在住の65歳以上の料金。
 *常設展示室「千葉市美術館コレクション選」も観覧可。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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「日本民藝館改修記念 名品展 I 」 日本民藝館

日本民藝館
「日本民藝館改修記念 名品展 I ―朝鮮陶磁・木喰仏・沖縄染織などを一堂に」 
2021/4/4~6/27



2020年11月末より改修工事のため休館していた日本民藝館が、2021年4月4日にリニューアルオープンしました。

それを期して行われているのが「日本民藝館改修記念 名品展 I ―朝鮮陶磁・木喰仏・沖縄染織などを一堂に」と題した展覧会で、木喰仏や朝鮮陶磁、それに琉球の染織から大津絵、はたまた茶の湯の器といった優品が一堂に公開されていました。



今回の改修に際して大きくリニューアルされたのが、2階の最奥部に位置する大展示室でした。かつては木の板で覆われていた床には大谷石が敷き詰められ、壁には静岡の葛布が貼られるなどして佇まいを一新しました。また正面右手には壁一面に連なる大型のガラスケースも設置されました。



これらは民藝館の創設者であり、自らの設計した旧大広間(現豊田市民芸館)を踏襲したもので、言わば柳の意図した空間を自然素材を用いて再現されました。



そしてこの大展示室では「陶磁器の美」として、瀬戸や丹波の日本の焼き物をはじめ朝鮮や中国、さらにイギリスのスリップウェアを中心とする西洋の陶器が展示されていました。



大展示室中央に置かれた机の上の作品、及び机の手前から後方にかけては撮影することが可能でした。写真からしてもリニューアル後の雰囲気が幾分なりとも伝わるのではないでしょうか。(他は撮影禁止です。)

さらに大展示室へと至るスペースが一部拡張され、モニターにて日本民藝館や柳宗悦の業績を紹介する映像「日本民藝館物語」が上映されていました。また1階のトイレも全面的に刷新されました。

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、チケット販売箇所が建物内ではなく、屋外の玄関横の窓口へ移りました。それにスリッパが使用不可となり、代わって使い捨てのシューズカバーが用意されました。また予約制ではありませんが、混雑時は入場を規制する場合があるそうです。

なお「名品展 I」を終えると、7月からは第2弾として「名品展 II-近代工芸の巨匠たち」が行われ、バーナード・リーチや河井寛次郎、それに濱田庄司といった柳と交流のあった作家の作品が展示されます。*会期:7月6日(火)~9月23日(木・祝)



大展示室を除く展示室の佇まいは基本的に変わりません。ただそれでも開館当初に近づいたスペースで見る民藝の名品は、心なしか以前よりも映えているように思えました。



6月27日まで開催されています。

「日本民藝館改修記念 名品展 I ―朝鮮陶磁・木喰仏・沖縄染織などを一堂に」 日本民藝館
会期:2021年4月4日(日)~6月27日(日)
休館:月曜日。但し5/3は開館し、5/6は休館。
時間:10:00~17:00。 *入館は16時半まで
料金:一般1200円、大学・高校生700円、中学・小学生200円。
 *団体見学は当面中止。
住所:目黒区駒場4-3-33
交通:京王井の頭線駒場東大前駅西口から徒歩7分。駐車場(3台分)あり。
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