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硬性憲法と違憲審査

2014-07-19 20:02:39 | Weblog

比較政治学の教科書の中の一冊、アレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義――多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』(勁草書房、2005年)によると、日本国憲法の硬性度は世界で最も高いグループに入る。憲法改正手続きのハードルを世界で最も高く設定しているそのグループには、オーストラリア、スイス、ドイツ、カナダ、アメリカ合衆国、日本が属する。

一方、違憲審査についてみると、日本は「弱い憲法審査」のグループに入る。アレンド・レイプハルトは違憲審査の強度を①強い違憲審査(ドイツ、アメリカ合衆国、インド)②中程度に強い違憲審査(オーストラリア、オーストリア、スペイン、カナダ、イタリアなど)③弱い違憲審査(ベルギー、日本、ノルウェー、フランスなど)④違憲審査不在(フィンランド、ニュージーランド、スイス、イギリスなど)の4グループに分類している。

レイプハルトの説明によると、軟性憲法と違憲審査の不在はどちらも多数派の恣意的な統治を容認する方向で機能する。一方、硬性憲法と違憲審査はいずれも反多数決の手段である。

硬性憲法を持ち、一方で違憲審査の弱い日本の場合、どちらかと言えば、「硬性憲法であっても違憲審査による保護がない場合、議会の多数派が望む法律であれば、合憲性が疑問視されるものでも議会は違憲ではないと判断するであろう」というレイプハルトの見立てに近い。

さて、日本の裁判所は、特に、最高裁判所は違憲審査の運用に及び腰であることで有名である。佐藤岩夫「違憲審査制度と内閣法制局」(『社会科学評論』東京大学社会科学研究所、2005年3月)によると、その理由は以下の通りである。

①歴代の政権を自民党が担い、自民党内閣が自民党の考え方に近い人物を最高裁に判事として送り込んで、政治部門による司法の統制を進めた。②司法の側にも政治部門に遠慮する傾向が強い。憲法9条と安全保障にかかわる問題を、日本の最高裁判所が「統治行為論」を持ち出して、憲法判断を避けているのはそのあらわれである。

と、当時に日本の裁判所で違憲判決が少ないのは、内閣法制局が立法の過程で周到な憲法判断を行い、この事前審査に適合した法律がつくられてきたので、裁判所の違憲判断が少なくなるという意見もある。

日本で違憲判決が少い理由として内閣法制局の事前審査をあげる見解に対して、佐藤岩夫氏は前出の論文で「事前審査が直ちに事後的な違憲審査制の機能の縮小をもたらすわけではなく、 日本でそのような事態が生じているのは、 最高裁判所が、 政治への介入を厳しく自制する役割観を選択している結果である」としている。

だが、見方を変えれば、日本の裁判所が憲法判断に消極的であることの穴埋めを、事前に内閣法制局が肩代わりしてきたとみなすこともできる。

現在、安倍自民党政権が公明党と組んで議会の多数派を占めている。また、議会を見渡すと憲法9条擁護派議員を、安全保障重視の議員が圧倒的に上回っている。さらに、安倍政権は今回の9条解釈改憲の閣議決定に先立って、自らの息のかかった(あるいは逆に息をかけられた)外務省出身者を内閣法制局長官に据えた。その人は先ごろ病没したが、亡くなる前にそれまでの内閣法制局の見解をすっかり変えてしまった。

安倍政権はこれから9条解釈改憲の閣議決定にもとづいて、安全保障関連の法改正案づくりを行う。もはや内閣法制局に法案作成段階での厳格な憲法判断は期待できまい。出来上がった法律が憲法に抵触すると裁判所に訴えても、世界の裁判所の中で「弱い憲法審査」のグループに入っている日本の裁判所がそれに応えてくれる保証はない。

9条解釈改憲に関して、出口にあたる最高裁ではこの問題で表だって口を出さすことはないであろうとたかをくくり、安倍政権が入口の内閣法制局を沈黙させたのは臆面もない政治的荒業だった。その乱暴さがもたらすものは、議会多数派が望みさえすれば違憲にあたる法律は存在しなくなるという状況――つまり、憲法が政治権力を縛らない日本国への門出ということになる。
(2014.7.18 花崎泰雄)

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