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news commentary

アメリカの初夢

2016-01-05 14:24:32 | Weblog

オバマ米大統領が2016年の年頭演説で、米国社会に蔓延する銃をつかった暴力の問題の解決に、大統領の行政権限を使って取り組むことを表明した。

オバマ大統領は2期目の大統領就任を前にした2013年1月16日に「いまがその時だ――銃による暴力を減らして子どもとコミュニティーを守る大統領計画」を発表していた。①銃が危険な人物の手に渡るのを防ぐために、流通の抜けを塞ぐ②軍隊式の攻撃用銃や、高性能弾倉を一般社会に流通させることを禁じ、銃による暴力を減らすための他の常識的な手段(common-sense steps)を用いる③学校を安全にし④メンタル・ヘルス・サービスを利用しやすくする――といった内容だった。

しかし、オバマ大統領の計画はその後3年たっても議会の支持を得ることができなかった。その間、米国社会では銃乱射事件が絶えることがなかった。

今年が大統領としての任期の最後の1年になるオバマ氏は大統領の行政権限を使って、一方的行動(unilateral action)をとることも辞さない覚悟を表明した。

下馬評では共和党の次期大統領候補争いで先頭を走っているといわれるドナルド・トランプ氏が、さっそくオバマ演説に咬みついた。「憲法修正2条を変更するようなことはよろしくない。銃を責める者がいるが、引き金を引くのは銃ではないのだ。アメリカの銃乱射は銃のせいではなく、アメリカ人の重篤なメンタル・ヘルスに関わる問題なのだ」

トランプ氏のような物言いは、科学的根拠などくそ食らえ、アメリカ式のやり方が世界中でベストなのだと考えるアメリカの大衆社会に受けが良い。科学的根拠は、大衆社会では受け入れられず、せいぜい高級紙の社説あたりで、細々と論じられるだけだ。

「2001年から2010年までの銃による殺人事件では、そのわずか5パーセント弱が精神を病んだ人物の犯行であるにすぎなかった、と2015年に発表された公衆衛生の研究にある」(2015年12月15日付のニューヨーク・タイムズ紙の社説=電子版)。

一方、テキサス州では州法の改正で、一般市民でも許可を得ればピストルを腰のホルスターにぶち込んで、堂々と街中を歩けるようになった。ワイルド・ウエストの時代への逆戻りだ。

外から見ればメンタル・ヘルスに問題があるのは、アメリカ社会そのものであることは一目瞭然だ。多かれ少なかれ、どこの国の社会もその国特有のメンタル・ヘルスの問題を抱えている。諸外国からながめれば、日本の保守層の「選択的夫婦別姓制度を導入すれば家族の一体感が損なわれる」という主張は、メンタル・ヘルスの問題に見えるだろう。

ところで、オバマ大統領は大統領1期目の2009年、プラハを訪れたさい核兵器廃絶を目指す演説をした。それを理由に、その年のノーベル平和賞を受けることになった。

もし大統領権限による米国社会の銃規制が成功すれば、「オバマ大統領の2度目のノーベル平和賞受賞は確実だね。フフフ……」と、米国の大学院で学んだことのある知り合いの社会学者が言った。アメリカに土地勘のある人だけに、おしまいの「フフフ……」が何ともいわくありげだ。

(2016.1.6 花崎泰雄)

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