禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

歴史の審判を畏れない人々

2020-05-16 11:15:31 | 政治・社会
 政治ネタをとり上げると読者が逃げて行きそうな気もするのだが、これだけはどうしても言っておかねばならないような気がする。日本はどんどん品位のない国に成り下がりつつあるからだ。特に安倍政権になって以来その傾向が著しい。国民の多くは、日本は他国に比べて誠実でお人よしの国だ、ぐらいに思っているのではないだろうか。しかし、そのようなイメージには何の根拠もないのである。世界報道自由度ランキング(<=クリック)によれば、2020年度の日本は66位である。いわゆる先進国で日本より下位の国は一つもない。10年前の2010年には11位までなった日本が、今や同じ東アジアの韓国(42位)、台湾(43位)に大きく後れを取っている。「男女平等ランキング2020」に至っては、なんと日本は121位 である。
 もし、「公務員の忖度度ランキング」というものがあれば、おそらく日本は民主制国家の中では断トツの一位ではなかろうかと思う。公文書を組織的に改ざんしても責任の所在が不明で、誰も牢屋へ入れられた人はいないし、そのため自殺した人まで出ているのに、内部から声を張り上げるものはいない。
 4年前に、安倍総理の伝記の執筆者に準強姦容疑で逮捕状が出た。それが逮捕直前になって、なぜか警視庁刑事部長から執行停止命令が出された。その刑事部長の前任務は菅義偉内閣官房長官の秘書官であったという中村格氏である。その中村氏は今や警察庁次長で、もはや警察庁長官は既定の路線であると見られている。そこへきて、今回の検察庁法改正である。安倍はなにがなんでも政権よりの黒川検事総長を実現するつもりである。警察庁も検察庁も押さえれば、誰も安倍政権には手出しできなくなる。役人の忖度度はますます高くなる。ますます日本は、歴史の審判より権力の方にひれ伏する人間ばかりになってしまうだろう。
 これからの選挙には心してかかる必要がある。でなければ、歴史の審判にさらされるのは我々の方である。
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