禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

禅的現象学 その4 西田現象学-善の研究

2024-08-18 13:47:46 | 哲学
(前回記事からの続き)

 岩波文庫の「善の研究」の累積発行部数は既に120万部にも達しているらしい。哲学書としては破格のベストセラーと言っても良いだろう。内容的にもそれ程理解しやすいものではないにも拘らず、これだけ発行部数を重ねているというのには驚きである。

 「善の研究」は4編から構成されているが、まず最初に書かれたのは第2編であると西田自身が述べている。初めてこの本に取り掛かる人は、先ず第2編から読み始めるのが良いような気がする。現象学という視点から見れば、特に第2章「意識現象が唯一の実在である」に着目したい。第2編第2章は次のような言葉から始まっている。

≪少しの仮定も置かない直接の知識に基づいてみれば、実在とはただ我々の意識現象即ち直接経験の事実あるのみである。この外に実在というのは思惟の要求より出でたる仮定に過ぎない。‥‥‥‥‥ 
 我々は意識現象と物体現象と二種の経験的事実があるように考えているが、その実はただ一種あるのみである物体現象というのはその中で各人に共通で普遍的関係を有するものを抽象したのに過ぎない。≫

 すごく難しいことを言っているようだが、その内容は簡単である。「禅的現象学 その1」で述べた「赤くて丸いものが見えているから、そこにリンゴがあると想定している」と同じ内容のことを言っているのである。私たちは、「そこにリンゴという物体が実在しているから私たち(の視野つまり意識)に赤くて丸いものが見える」と考えがちである。科学的知識を持つとさらにこの世界を物的世界とみる唯物論的な傾向が強まるのが普通である。「リンゴが可視光を反射して視神経にその刺激が届くと、私の視野に赤くて丸いものが映し出される。」というふうに、私たちの意識現象までもが全て神経の発火現象というような物体現象に還元されてしまうように考えるようになる。

 唯物論的視点に立てば実在するのは物であってあらゆることが物体現象として説明できるように思えるが、西田はそれを強く否定する。なぜなら私たちは物体現象に直接触れることは決してないからである。私が経験するものはすべて私の感覚器官を通してしか入ってこないはずである。つまり、私たちには意識現象しかないのである。私たちはお互いの経験(意識現象)を総合して矛盾のない物的世界を推論によって構成しているのである。物体現象はあくまで『推論によって構成したもの』、つまり一種の虚構とも言えるとまで言っている訳である。

 「物体現象は一種の虚構」と言ってしまえば、大乗仏教で言うところの一切皆空に実にフィットする。「空」というのは一切の既成概念の否定である。言葉そのものは概念を表現するものであるから、言葉を使用する思考そのものが既成概念による何ものかを構築する作業に過ぎないのである。われわれが言葉にするものすべては既成概念の上に立脚するなんらかの解釈であるからには、必ず何らかの偏見に毒されているとみなさなければならない。そのように考えていくと、実在するものはわれわれが直観するもの、すなわち直接経験とも言うべき意識現象しかないわけである。

 しかしよくよく反省してみれば、この「意識現象」という言葉自体は、唯物論的な視点から見た科学的世界観の中に位置づけられた言葉である。意識現象が唯一の実在であるならば、そこには主観も客観も無いわけで意識現象なるものも存在するわけはない。そこで西田はここで「意識現象」と称していたものを「純粋経験」と言い改めるのである。第1編(純粋経験)と第2編(意識現象が唯一の実在)が記述された順序が逆であると考えれば腑に落ちる話である。
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禅的現象学 その3 俳句、わび、さび

2024-08-16 16:31:08 | 哲学
(その2の続き)

 俳句は禅と関連があるものと見なされているが、それはどういうことか少し考えてみよう。そもそも17文字という極端に短い詩が芸術として成立していることが驚きである。 俳句は元々連歌という複数人が掛け合いで歌を連ねていくいわば言葉遊びから派生したものである。連歌の最初の発句の17文字の芸術性を高めたのが松尾芭蕉である。
 
  古池やかわず飛び込む水の音
 
上掲の芭蕉の句は、古池とかわずという道具立てだけで、最後の「水の音」で読者を「ポッチャーン」に導いている。言葉というものは通常は情報を伝達するものだと考えられている。しかし17文字では大した情報が表現できるものではない。俳句では、「さびしい」とか「悲しい」というような詠み手の印象を表現するような言葉は使用されないのが普通である。あくまで写実が基本である。詠み手による主観的説明はしない。基本的には状況描写だけである。ごく単純な情景描写によって読者を「ポッチャーン」にフォーカスさせているのである。この「ポッチャーン」は直観による原事実である。それはいかなる意味においても情報などではない。一言でもそこに説明的な言葉があれば、それは詠み手の解釈に陥ってしまう。すぐれた俳句は私達を解釈・偏見なしの本当の世界に引き戻す、私達はその本当の世界に立ち還る。その気づきに感動するのである。
 
  菜の花や月は東に日は西に
 
 これは与謝蕪村の有名な一句である。これは蕪村が六甲山地を訪れた際に読まれたものだそうだが、そういう情報を読み取ることはできない。山地に囲まれたところなのかはたまた広大な平原のただ中で詠まれたものなのか、人によって想い描く情景は全く違うかもしれない。しかしそんなことには関係なく、この句が優れたものだと誰にでも分かる。お日様が西に沈もうとしている。月が東の方から昇ってくる。なんと雄大な光景ではないか。その圧倒的な天空に直面している。それが解釈を絶した本物の世界に気付く時でもある。

 俳句の中に雑なものは何もない。いかなる偏見もまじえる事なく素朴に世界を見つめる。その辺が禅と共通するのだと思う。

 わび(侘び)・さび(寂び)について辞書的な意味を調べると、わびは「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」、またさびは「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」というような意味らしい。要するに、華やかさや雑多さとは対極にある美意識というような意味のようだ。よけいな修飾や説明を拒否する俳句とわび・さびは相性が良いようだ。よけいな分析や解釈を拒否する禅的現象学ももまた同様である。

(その4に続く)
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禅的現象学 その2 地動説と天動説、どちらが正しい?

2024-08-15 16:44:43 | 哲学
 前回記事では、「私達は既成概念によって構成された世界観にものごとを当て嵌めて解釈しようとする傾向がある」ということを述べた。「 構成された世界観」とは私たちが今までに蓄積した経験知のこと、科学知識や一般常識などが整合的に織り込まれたものである。私たちはある事象に出会った時はほぼ無意識の内にその経験知に照らして、それらのことどもを解釈しまたそれに対応しているのである。フッサールはそのような私たちの傾向性を「自然的態度」と呼んだ。私たちが自然的態度で物事に臨むことは円滑に生活するためには必要なことでもある。しかし既成概念によって構成された世界は真正の世界ではありえない。そこでフッサールはものごとを根本から考えるには自然的態度を棚上げ(エポケー)して、直観による直接経験に立ち還る必要があると考えたのだ。以上は前回記事のおさらいである。

 今回は面白いエピソードをとりあげよう。もう半世紀よりもっと昔の話になるが、日本法相宗の本山・薬師寺の管長であった橋本凝胤師と弁士上がりのマルチタレント徳川夢声の間で「天動説と地動説のどちらが正しいか?」という大論争が起こり、その内容が週刊誌で取り上げられたのである。橋本凝胤が天動説、徳川夢声が地動説派で次のようなやり取りが行われたらしい。

  夢声 : ‥‥ それで天の方がぐるぐる回ってるんですか?
  凝胤 : まわっとるんです。
  夢声 : その方が便利かもしれないが‥‥。
  凝胤 : いや便利もなにも、その通りなんですよ。あんたら勝手に‥
  夢声 : 「あんたら」とおっしゃるが、その方が大多数です。
  凝胤 : 日本人ちゅうもんは、そればっかりやで。
        そう教えられたからそれに違いないと思うて‥‥。

そう、たいていの人はそう教えられたから地動説を信じているだけのことである。実は、橋本凝胤さんは東大の印度哲学科出身のインテリである。一応地動説についてもそれが整合性のある説明であることは理解していると考えるべきだろう。その上で、「こっちがじっとしているのに、朝になっておてんとうさまが出てくる。向こうが勝手に動いてるのやよってにな。」という実感(事実)を忘れてはいけないということを言っているのだと思う。

 このエピソードは無門関第29則「非風非幡」(<==クリック)と全く同じである。この両者のやり取りをもし六祖恵能大師が見ていたなら、やはり次のように言うに違いない。

 「天が回っているのではない、また地が回っているのでもない。あなた方の心が回っているのだ。」と。
 
天(太陽)と地(地球)のうちのいずれが回ると言っても、現象を天体の運行という科学モデルに当て嵌めようとしていることに変わりないのである。つまり、天動説と地動説のどちらも、自分自身が持っている概念の枠組みによって説明しようとする自然的態度を棚上げしきれてないのである。

(まだまだ続く)

三島 源兵衛川 (記事内容とは関係ありません)
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禅的現象学 その1

2024-08-14 06:17:48 | 哲学
 現象学と言えば哲学に詳しい方ならばすぐにフッサールの超越論的現象学を思い浮かべるだろうが、もともとは事象そのものをありのままに記述しようという哲学的な運動のことらしい。「事象そのものをありのままに記述」するためにはものごとを偏見無くありのままに見つめなくてはならない。この「偏見無く」ということがとてつもなく難しい。「私には偏見などない。」と胸を張る人がいるかもしれないが、哲学が要求する「偏見無し」というのはもっと厳しいのである。

 例えばあなたがカルチャーセンターへ現象学の講義を受けているとしよう。先生はカバンからおいしそうなリンゴを取り出して机の上に載せる。そこで先生は「今、『机の上にリンゴがある』という命題(言明)は正しいでしょうか?」とあなたにに問いかける。そこであなたは当然「正しいです。」と答える。そうすると先生は「では、このリンゴをまわしますので一人一人手にとって確認してください」と言う。そして、実際にそれを手にしてみると、実際のリンゴの感触とは全然違う。それは陶器で出来たリンゴの模型だった。つまり、「机の上にリンゴがある」という命題は偽である。

 誰だってそんな勘違いがある。そんな些細な錯覚を偏見だというのは言い過ぎではないかと言いたくなるのも尤もである。大抵の人はその陶器で出来たリンゴの模型を本物のリンゴであると勘違いするのである。しかし結果として、「机の上にリンゴがある」という言明が間違っているということも事実である。ここで言いたいのは、私達は今までに経験によって構成された世界観にものごとを当て嵌めて解釈しようとする傾向があるということである。強調したいのは「構成された世界観」ということである。あくまでそれは構成されたものであって本物ではないということなのだ。

 その構成要素としての経験には科学的知識なども含まれる。その膨大な知識体系により、私達は何時の間にか「リンゴがそこにあるから、反射された可視光が視神経を刺激して赤くて丸いものが見える。」というふうな偏見に満ちた考えをもつにいたるのである。というと、あなたは「それのどこが偏見なのだそれは事実ではないのか?」と言いたくなるに違いない。経験的に得られた知識に当て嵌めて考えている時点で、現象学的には既に偏見にまみれているのである。あなたはいつの間にか科学的知識によって「リンゴがあるから赤くて丸いものが見える」と考えているが、それは事実ではない。本当のところは逆なのである、「赤くて丸いものが見えているから、そこにリンゴがあると想定している」のである。あくまで「リンゴがそこにある」と言うのは想定であって事実ではない。あくまで事実は「赤くて丸いものが見える」ことだけである。この時「赤くて丸いものが見える」ことを哲学用語では「直観」という。

 現象学ではまずこの直観したものこそが始原的事実であるという考えから始まるのである。実は禅においてもこれと同じことが言えるのである。禅においては『あるがまま』の世界を受け入れよとよく言われる。思惟するということは既成の知識体系にものごとを当て嵌めることに通じるから無念無想というのである。不立文字というのも同様である。言葉にするという行為自体がものごとを既成概念に沿って処理しているということだからである。言葉にしたことはすべて間違っていると言っても言い過ぎではないのである。しかし、その辺の消息を伝えようとしてもわれわれには言葉しかないわけだから、説明が余計回りくどくなりその結果、不立文字を標榜する禅の書籍の量は他宗を圧するような結果になっている。結局最後には一切皆空で結ぶしかないところに落ち着くのにはそういう事情がある。

 雨の日に坐禅をしていると、指導僧に「雨音と一体になれ」というようなことを言われるかもしれない。そのうちに指導僧の言った言葉を理解するようになる。その時あなたは雨の音だけを直観していて、他にはなにごとも考えていないのである。禅者はそのような訓練を繰り返し、偏見を排除した素朴な世界の妙を感得するのである。 
 
(つづく)  
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保科正之

2024-08-11 16:35:25 | 雑感
 ドラマの水戸黄門を見ていると江戸城への登城シーンで天守閣が映し出されていた。これは時代考証の点でかなり問題がある。というのは江戸城の天守閣は明暦の大火(1657年)で焼失していてその後再建されることはなかったからだ。徳川光圀は1628年生まれだが、明暦の大火の頃はまだ二十代の青年だった。ドラマの「水戸黄門」は光圀の隠居後の話なので、江戸城に天守閣がある訳はない。

 天守閣の焼失後、直ちに再建されるべく加賀前田家によって石垣の天守台が築かれるが、 そこで待ったをかけたのが保科正之である。彼は先ず江戸の復興が大事であり、防衛上も大して効果があるかどうかが疑わしい天守閣などに費用と労働力をつぎ込むべきではないと主張したのである。それで以後天守閣が再建されることはなかった。結局徳川政権270年の内の大部分200年間は江戸城に天守閣なしだったのである。

 正之は第二代将軍秀忠とさして身分の高くない女性の間に生まれた子であった。当時の制度では、側室として認められるには正室の許可が必要とされていた。秀忠は天下の将軍なのだから堂々と正室にその旨申し入れすれば良いと思うのだが、なぜかそうはせずに秘密裏に信州高遠藩主である保科正光にあずけられたのである。秀忠の正室は美人で有名な浅井三姉妹の末娘お江の方、つまり淀君の妹でもある。秀忠とお江の中は良好であったらしいが、美人の奥さんに対して多少の気遣いがあったのかも知れない。結局お江の方には正之の存在は伏せられたままであった。

 正之が保科正光にあずけられたのは結局幸運だったかもしれない。我が子を預けるなら誰だって実直な人を選ぶはずである。正之自身もやがて立派な名君として謳われるほどの人物に育ったのである。徳川家の庶子は「松平」姓を名乗るのが通常であるが、彼はその出自が公になった後も終生「保科」姓で通したのは養親に対する恩義を感じていたからであると言われている。

 一般に身分の高い武家においては兄弟の情というものは育ちにくいとされている。生みの母とは切り離されて乳母に育てられるからだろうか、血の通った実の兄弟より乳母の息子である乳兄弟の方がより近しい関係になる場合が多い。(春日局の息子である稲葉正勝は家光の信頼厚く、最終的に8万5千石の大名にまで取り立てられている。) 三代将軍徳川家光と駿河大納言徳川忠長はともに秀忠の正室お江の方の子(家光はお江の子ではないという説もある)でありながら、子どもの頃から仲が悪くライバル同士でもあった。家光が将軍となった後に、「謀反の疑いあり」として忠長は切腹させられている。
家光と忠長はお互いに嫌い合っていたが、正之はこの両人からともに好かれているのである。おそらく正之は誰が見ても私心のない人と分かる、そういう人だったのであろう。

 征夷大将軍という孤高の権力者である家光は孤独であったに違いない。彼にとって何よりも信頼できる相談相手が必要であった。腹違いの弟に対する彼の傾倒ぶりは一方ならぬものであった。四代将軍となる彼の息子家綱に対し、「(正之を)兄と思い、頼りなさい。」とまで言い残している。正之は家光の期待に応え、家綱の後見人として大いにその手腕を発揮します。

彼の主な施策を挙げると、
 ・殉死の禁止
 ・江戸城防衛の観点から反対する者がいたにもかかわらず、玉川上水の掘削を
  すすめた。
 ・大名の死後後継ぎがいない場合お家断絶となり浪人が増えてしまうので、
  末期養子制度を認めることにした。
 ・明暦の大火の際に町人に対し16万両もの救済金を施すことを老中らの反対を
  押し切って実施した。

等々、彼の政策は常に民心の安寧と平和を志向していたと言える。そして関ヶ原以後未だ残っていた荒々しい戦国的風潮の武断政治から文治政治への大いなる変換をもたらしたとされています。徳川の平和な治世が270年も続いた第一の功労者に挙げる人もいます。
  
 正之は結局会津23万石を与えられ会津松平家の始祖となるのだが、家光の厚い信頼に対し恩義を感じ、家訓の第一条に次のように書き残している。

一、大君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。
若し二心を懐かば、 則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。

「徳川宗家に忠義をつくさないものは私の子孫ではないから誰も従ってはならない」というのである。この家訓は後々まで忠実に守られることになる。幕末においても、会津藩は最後まで幕府軍の中心として明治政府に抵抗することになったのである。

 現代から見れば、保科正之も権威主義的な封建的秩序の中の倫理観に従ったに過ぎないと言えるかもしれない。しかし、私心なく誠実につくすという態度はいつの時代の政治家にも要請されることだと思う。保科正之のような政治家が現代にも出てきてほしいものである。

江戸城天守台。結局この上に天守閣は作られなかった。
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