禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

信仰は必要か?

2022-09-30 10:27:20 | 哲学
 結論から言うと必要だと思う。と言うか、人は必ず何らかのことを既に信じている。誰もがなにかを信じないでは生きられないのである。「私は唯物論者だから非科学的なことは信じない。」と言う人もいるが、それだって一つの信仰(注1)である。アインシュタインやニュートンのように超一流の科学者でありながら、神さまを信じている人はいくらでもいる。唯物論と科学で満足できる人はある意味幸せであるが、悩む人はたいていもっと根本的な不安を抱えているものである。この世界というものが信用できないという不安に駆られているからだ。
 
 そもそもなぜこのような世界があって私はここにいるのだろう? という問いには科学も答えることが出来ない。「ビッグ・バンで世界は生まれた。その前は無である。」なんて答えはダメである。なんで無からビッグ・バンが生じたのかを説明できない。人間の理性はとことん理由を求めるからである。なんとかこの理性の遡及を中断して、この世界を肯定的に受け止めるようにしなければならない。

 理性の暴走とも言える遡及を止める方法は二つある。一つは最初の原因である創造神を設けることである。キリスト教をはじめ世界の宗教はほとんどこのタイプである。もう一つのタイプはちょっと難しいが、最初の原因を求めようとする理性の働きそのものが間違っていることを悟ることである。仏教がこちらのタイプである。釈尊が説く無記というのはそのことである。

 上記の二つの方法はどちらも理屈的には難点がある。「最初の原因である神」と言われても、「なぜそれが最初なの?」と言いたくなるのが普通だろう。また後者の場合について言えば、「最初の原因を求めようとする理性の働きそのものが間違っている」というのは理性を納得させるための理屈としては矛盾そのものである。どちらもすんなり納得できるものではない。腹の底から納得できるにはある程度の修行が必要になる。

 理詰めでは納得できないものを納得するという点において、二つの道は非常によく似ている。一方はすべての根源を神に求めることによって、世界を肯定する。もう一方はすべては空であることを看取し、現前するものをすべて肯定する。両者は究極的には一致する。それが信仰ということである。

 後者についてはもう少し説明が必要だと思う。仏教では「あらゆるものが空である」と説く。われわれの理性はあらゆることについて意味と理由を求めるが、それを空疎な行為であると見るのが空観である。いくら意味と理由を求めたところで、それは単に解釈を積み重ねることに過ぎない。いつまで経っても根源的なものにはたどり着けるはずがなく、そのような試みはすべて徒労に終わる。だから釈尊は形而上の事には言及しない。それが無記ということである。

 そのことに得心が行けば、現前するものの背後に真理などなく現前しているものそのものが真理であるということに気がつくはずである。「柳は緑、花は紅」という言葉があるが、これはそのことを言っているのである。柳は緑で花は紅、そんなことは当たり前のことである。その現前する当たり前が真理であり尊いという、この世界を全面的に肯定する言葉である。

(注1)18世紀のイギリスの哲学者ディヴィッド・ヒュームは、「科学は事実の帰納であり、厳密な論理的根拠を持たない。」ということを言い出した。過去の事実に基づいて法則をつくったとしても、この次にそれと同じことが起こるという保証はないということである。科学は宇宙の秩序が斉一的であることを前提に成り立っているが、その宇宙の斉一性を保障する根拠というものがない。われわれは根拠なく宇宙の斉一性を信じているということなのである。以来、哲学者は科学を肯定するために頭を悩ませてきたが、未だにヒュームの懐疑を正面から乗り越えた理論は存在しない。 

ささやかな水たまりの中にも玄妙な美しさがある。
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テロは絶対に許してはいけない‥‥

2022-09-27 06:50:24 | 政治・社会
 安倍銃撃事件が発生した時、「民主主義への挑戦」という言葉が飛び交った。事件直後には自民党の政治家は口々にその言葉を発していたように記憶している。彼らはこの事件をテロだと見做したのだろう。しかし、これはテロとは言えない。テロとはウィキペディアによれば次のように説明されている。

『日本大百科全書』によると、テロリズムとは「政治的目的を達成するために、暗殺、殺害、破壊、監禁や拉致による自由束縛など過酷な手段で、敵対する当事者、さらには無関係な一般市民や建造物などを攻撃し、攻撃の物理的な成果よりもそこで生ずる心理的威圧や恐怖心を通して、譲歩や抑圧などを図るもの」 

 山上被告を事件に駆り立てた動機はあくまで統一教会に対する個人的な怨恨であり、政治的意図はないのは明らかで、彼の行為をテロというのは当たらないように思う。しかし、この事件は教団と政治の関係を浮かび上がらせることによって、大きな政治的効果をもたらした。結果的に教団に天誅を加え、その政治的活動をかなり制約することになった。山上被告が自身の行為の影響についてどの程度意識していたかは不明だが、結果を考えれば、この事件は「テロ」的様相を帯びていることは間違いない。

 そのうえで、私自身がこの問題に関して「テロは絶対に許してはいけない」と自問自答すると、なにかきれいごとを言っているみたいな気がして後ろめたい感情が湧いてくるのである。なんだかんだ言っても、山上被告がこの事件を起こさなければ、旧統一教会もそれと持ちつ持たれつの政治家も何食わぬ顔でやり過ごしていたのではなかったか? 霊感商法であれほど社会を騒がした反社会的集団が政治家と結託しながら今も存続している、その事を世間に対してあからさまにした「功績」が山上被告にはあるのではないか、という思いが私の中で頭をもたげてくる。

 民主主義を標榜するなら「テロは絶対に許してはいけない」のである。それは間違いない。もしテロに対して一分の理を認めてしまえば、思いつめた人間はなにをやっても良いことになってしまう、結局はそういうところに行き着くだろう。それは民主主義とは対極の世界である。テロは絶対認めてはいけないし、そもそも人を殺すこと自体が許されるはずがない。そのことを頭では分かっていながら、山上被告の行為を全面的に否定しきれない自分の本音を払拭できないでいる。一体それはなぜだろう。

 それはやはり日本社会の現状が余りにもでたらめだからではなかろうか。この理不尽な反社会的集団を政治家が支えていたということ、またそのことに感づいていながら真相を追求した報道機関がなかったということ。権力への監視が緩めば官僚機構も腐敗する。日本の官僚は権力者の顔色ばかり窺っていて、命令されずとも公文書の改竄までしてしまうという「忖度文化」がすっかり根付いてしまった。もはや日本は民主主義国とは言えないほどの体たらくである。いつの間にか日本は先進国の中で報道の自由度はずば抜けた最下位(世界全体では71位)になっているのに、国民の大半がそのことを自覚できないでいる。

 もし、今回の事件で報道機関が覚醒し政治の暗部があぶりだされて、日本の政治が少しでも改善されるならば、山上被告はある意味英雄である。殺人を称揚してはいけないのは百も承知だが、私はやむに已まれぬ彼の憤りにある程度共感せざるを得ないのである。それはやはり日本の現状がでたらめすぎるからだと考えざるを得ない。「何があろうとも人を殺めてはいけない」と彼に対して正面から堂々と言える、日本がそんな社会であって欲しい。


信州・小布施の栗ケ丘小学校 (記事内容とは何の関係もありません。)
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去るものは去らず

2022-09-24 06:47:20 | 哲学

 「去るものは去らず」とは、古代インドの哲学者龍樹(ナーガルジュナ)の著書「中論」の中に出てくる文言です。龍樹は大乗仏教の祖ともいうべき人で、大乗仏教の広まった地域では第二の釈迦とも呼ばれています。龍樹の思想の特徴は、あらゆる固定的な概念規定を否定するほどに、空観を徹底していることです。親鸞は高僧和讃の中で龍樹を次のように称えています。

     南天竺に比丘あらん
     龍樹菩薩となづくべし
     有無の邪見を破すべしと
     世尊はかねてときたまふ
 ( 龍樹に関する10首中の2首目)

 龍樹は、あらゆるものは相依性によって成立すると説きます。相依性というのは、「善があって悪がある、また悪があって善がある。」というように、関係性によってものごとが成立しているということを指します。それはなにものもそのもの独自によって成立しているものはない、つまりあらゆるものには自性というものがないということです。

 龍樹の考え方は西洋のロゴス中心主義とは全く正反対と言っても良いでしょう。プラトンは人間には人間の本質(イデア)が備わっていると主張します。人間はそれぞれ皆違っているのに、それぞれの人が皆人間であるということが分かる。それは人間のイデアというものがあるからだというのです。しかし、人間はこの世界の誕生とともに存在していたわけではありません。ながい進化の過程を経て生まれてきたことが今では明らかになっています。だとすると、それまでなかったものがある時点で生じたわけですから、最初の人間がなくてはならないはずです。問題は最初の人間の親は人間ではないということです。そのように考えると、人間と人間以外の境界が客観的に存在するとは考えにくいことが分かります。龍樹は「人間の本質は存在しない。人間はあくまで恣意的な視点から生まれるのである。」というに違いありません。

 一木彫の仏像を見てあなたは有難がるが、それは実はどの木の中にも存在します。仏師がそれを作り出すわけではない。もともとそれはあったもののはずです。仏師が周りの木を削って、空気との新たな境界面ができることによって、それは姿を現したに過ぎない。いわば仏像は木質と空間との関係性において成立しているのです。また、どんなに見事に見える仏像であっても、それはたまたまそのような生活様式を持つ人間の視点から見ればそのように見えるということにすぎません。シロアリからみればそれは依然としてただの木でしかないのですから。

 あらゆるものに固定的な本質がない、つまり自性が無いということは、仏像のような空間的に存在する個物に限ることではありません。「歩く」という動作について考えてみましょう。「歩く」ということを厳密に定義できるでしょうか。例えば、「片足ずつ交互に前に出して前進すること」というふうにしましょう。それで例えば、そのとき足を各々1ミリずつ前に着地させた場合、その奇妙な動作をあなたは「歩いている」というふうにみるでしょうか。「歩く」というのも、人間の生活習慣の中の関係性によって成立している概念に過ぎないことが分かります。そもそも、その「歩く」の定義の中の「足」、「交互」、「出す」、「前」といった概念も関係性の中で成立しているものなのです。私たちの体にある無数の筋肉、それらが動く方向や緩急は無限のバリエーションがあるのであって、「歩く」や「走る」を厳密に定義することは不可能です。

 以上が前置きでこれからが本論です。

 「去るものは去らず」という言葉はいかにも不合理なことを言っているように思えます。そこには深淵で神秘的な真理が隠されているようなニュアンスを感じますが、そのような受け止め方は龍樹にとって本意ではないでしょう。このことを理解するには、「中論」が書かれた背景を知る必要があります。

 偉大な仏教学者である中村元博士は「『中論』は論争の書である。」と言います。当時の上座部仏教(いわゆる「小乗仏教」)の中の有力な学派である説一切有部の学説に対する反論の書であるということなのです。説一切有部の中では「去るもの」も「去る」ということもイデア的に実在すると考えられていたのです。イデア的というのは、具体的な「去るもの」は多種多様にありますが、それらのどれでもない「去るもの」そのものとしての範型が、空間や時間を超越して独自に実在するということです。一種のプラトニズムですね。

 龍樹がかみついたのは、「去るもの」や「去る」という概念が「独自に実在する」という部分です。龍樹にしてみればすべては関係性の中で成立しているものに過ぎません。固定的概念が実在するという想定は、すべては空であるという仏教の根本原理に反している、と龍樹は考えたのです。

 「去るもの」や「去る」が各々別個のものとして独立に存在するという前提を受け入れるなら、「去るもの」と「去る」を組み合わせて「去るものが去る」と言えるのはもちろんだが、「去るもの」と「去る」の否定を組み合わせて「去るものが去らない」ということも言えるのでなくてはならない、というのが龍樹の主張です。
つまり、龍樹は「去るものが去らない」と言いたいわけではなく、そんなことが言えてしまう説一切有部の学説が間違っていると言いたいのです。

 龍樹は「一切皆空」という立場をとっていますので、「一切皆空」もまた空であるということから、自分からは独自の立論をしないという建前を取っています。だから、彼自身の主張として「去るものが去らない」などというわけがないのです。あくまで説一切有部の言い分を認めるならこのような不合理が生じる、という自己矛盾を指摘しているのです。

 禅をかじった人の中には、「去るものは去らず」という言葉を自分の到達した境涯にすり合わせようとする人が居るかもしれない。それで禅境が進むのなら悪いことではないのかもしれないが、哲学的見地から見れば単なる勘違いに過ぎないことを指摘しておきたい。「去るものは去らず」というような神秘的な表現をまともな言説として口にするのは、あまりいい趣味とは言えないような気がします。

(この記事は約6年前の過去記事に加筆修正を加えたものです。)

信州 姥捨駅から善光寺平を望む
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統一教会と日本の政治の闇

2022-09-19 16:34:57 | 政治・社会
 自民党の旧統一教会との関係の「自主点検リスト」が物議をかもしているが、問題となっていることのポイントがずれているような気がしてならない。 茂木幹事長によれば、接点があった議員の9割近くが、相手が教団と関係しているとの認識がなかったらしい。「社会的な問題に対する我々の認識が不足していたのだろう」などと空とぼけたことを述べている。そもそも社会的な問題に対する認識が欠けているような人は政治家になるべきではない。そんなことは当たり前の話ではないか。

 重要なのは、旧統一教会のような組織に対して政治家としてどのような態度で臨むべきかということなのだ。1980年代から90年代にかけて霊感商法であれほど話題になった組織がなぜ今も生き残っているのかということが問題にされなければならないのではなかろうか。「旧統一教会の関連団体だとは知らなかったんですぅ。」で済まされる話ではない。
 
 宗教団体は政治家にとってはもろ刃の刃である。味方にすれば選挙の際には草の根として強力にバックアップしてくれるが、逆に、敵に回せば悪い風評を流される。だから、関連団体の集会に顔を出してリップサービスをするということはある程度理解はできる。しかし、多くの人々を塗炭の苦しみに陥れた旧統一教会のような組織を放置しておくだけではなく、政治的力によってその存続に手を貸した疑いがあるということが一番の問題点なのだ。

 1995年に麻原彰晃が逮捕されオウム真理教事件に一区切りついた頃、有田芳生氏は警察庁と警視庁の幹部から、統一教会についてレクチャーして欲しいと依頼があった。その際、レクチャーを受けたメンバーについては秘密にするという約束で、統一教会の現状や霊感商法、朝日新聞を襲撃した赤報隊に関する疑惑などについて1時間ほど説明したらしい。しかし、その後統一教会に対する捜査に動きはなかった。そして10年後の2005年に、レクチャーを受けた幹部と食事をした際に、有田氏が 「なぜ(統一教会をやらなかったの)か」と聞いたところ、「政治の力だ」という答が返ってきたという。

 安倍銃撃事件が勃発した時の国家公安委員長であった二之湯智氏は、2018年に「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の関連団体のイベントで、京都府実行委員長を務めたことが明らかになっている。本人によれば旧統一教会の関連団体とは知らなかったということだが、そういうのんきな人が警察組織を所管する国家公安委員長に任命される日本の政治のユルサは如何なものか。

 二之湯氏はこうも語っている。「警察としては、違法行為があれば法と証拠に基づいて適切に対処していかなければならないが、私が申し上げた(2010年)以降はそういうことがない。被害届があれば別だが、警察として特別、動きはないということです」(だから当該の組織が統一教会の関連団体とは分からなかった、と言いたいらしい。)
ところが、その発言を受けて警察庁が、あわてて2010年を最後に「検挙がない」と訂正した。実際には被害届はその後もあったのである。

以下はyahooニュースから引用する。
【 旧統一教会による霊感商法被害の根絶や、被害者の救済を目的に活動している「全国霊感商法対策弁護士連絡会」(全国弁連)の集計では、2010年から2021年の12年間で、確認できた被害金額は138億円、相談件数は2875件にのぼる。ところが、この期間中、「検挙」はなかったわけだ。 「2005年から2010年にかけて、警察は、霊感商法による販売行為や献金勧誘に絡む物品販売について検挙し、13件で30人以上の旧統一教会信者が摘発され、逮捕・勾留されました。2009年の『新世事件』では、東京の統一教会信者2名が執行猶予つき懲役刑の判決を受けています。それが2010年以降は、一度も検挙されなくなってしまったわけです」(社会部記者)  

 相談件数は2875件にものぼっているのに1件も検挙がない。この事実をあなたはどう受け止めるだろうか? 
 
  2007年8月に安倍さんが複痛で第一次安倍内閣を放り出した時、誰もが安倍さんは総理大臣としては終わった人だと思ったはずだ。ところが約5年後の2012年12月に再び首相に返り咲くことが出来た。その力の源泉はやはり日本会議と勝共連合の草の根支持ではないかと私は思う。安倍さんの主張は日本会議と勝共連合の方針と一致しているし、SNSの中でも安倍さん支持の連中のコメントはどれもこれも論法がよく似ている。日本会議や勝共連合に感化された人々が草の根的にアンチ・リベラルな政治体制を支えているような気がしてならないのである。

煙樹ケ浜 (和歌山県 美浜町)
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美について

2022-09-17 16:41:21 | 哲学
 日本人は西洋人に比べて抽象的な思考が苦手である、というようなことが言われることがある。本当のところはどうかということはなかなか言えないような気がするが、江戸末期から明治にかけてそれまで日本語にはなかった多くの抽象概念が西洋からもたらされたことは間違いのないことのようだ。

 数ある外来語の中でもとりわけ意外なのが、「美」という概念である。実はこれがオランダ語の "schoonheid" の翻訳語であらしい。多和田葉子氏の「エクソフォニー」というエッセーで、そのことが柳父章氏の「翻訳語成立事情」の中で紹介されているということを知ったのである。私にとってそのことはちょっとしたショックであった。「美」という言葉はいたるところで見聞きするし、これほどポピュラーな概念もないのではないかと思っていたからである。(この記事を読んでいて、「御坊哲は一体何について語っているのだ?」と感じたあなたはたぶん正常だと思う。それほど「美」という言葉はポピュラーになり過ぎている。)
 
 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というように、昔から美人を花の美しさに例える言葉があるからには、美人と花に共通する見目麗しさという概念は日本人にもあったはずである。しかし、あらゆるカテゴリーに通じる「美」という理念がなかったということなのだろう。それはある意味健全なことではないかと私は思う。「美」は余りにも包括的過ぎるのである。あらゆる事柄に通じる「美」などというものは実は何を指しているかが誰にもわからないのではないかという気がする。

 「美」という概念がなかったからといって、日本人は決して美に関して鈍感な民族であるということにはならない。世阿弥の「花」、茶の湯や俳諧の「わび」「さび」というような言葉はいずれも「美」につながる抽象概念である。洗練された文化は理念を生み出す。理念としての「花」や「わび」、「さび」は日本文化の結晶である。ただ日本には「真・善・美」を論じる哲学だけがなかったということだと思う。

 理念というのは実は方向性だけがあって具体的な対象があるわけではない。人間の視力では見えないはるか彼方にあるのが理念である。プラトンは「真・善・美のイデアがある」というが誰も見たことがないものを「ある」とすることに、私はある種のうさん臭さを感じるのである。「美」が余りにも漠然とし過ぎていて、「美」という言葉がどういう意味で使われているか判然とは分からないことがままあるからである。それに対し日本文化における「花」や「わび、さび」というものは、到達点としては具体的に存在しなくとも、精進すべき指針として機能している。そういう意味で、「美」という概念がなかった昔の日本文化は健全であったと思うのである。



三島 源兵衛川遊歩道 
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