クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

赤城山散策 H-30- 6- 4

2018-06-05 07:57:00 | 赤城山周辺
久し振りに赤城大沼周辺の散策に向かった。赤城山麓には時々行ってはいるが
本体に行くのは実に8年振り。当時は山域の山頂を黒檜山北峰を除いては
一応は全部踏んでいるが「楚巒山楽会」の川俣さんが亡くなってから何となく
赤城の指南役が失われた感じで赤城山とは縁遠くなってしまったようだ。

赤城道路を延々と北上、荒山・鍋割登山口の「姫百合駐車場」が満車なのを
見ながら進んで先ずは新坂平に車を止めて最大目的の「白樺牧場」のつつじ見物。

道路の反対側に懐かしい「鈴ケ岳」の登山口。かってここから入って
姥子峠・癖柄山で展望を楽しんだのは良いがその先の「大ダオ」で既に
ヘロヘロ、鈴ケ岳本体の登りは亀足の体たらくだったのを思い出す。



すぐ右手には赤城の代表の一つ・地蔵岳



白樺牧場のツツジは丁度満開に近いのか? 周囲の広大さにマッチして見事。
その様子は二つのyoutubeでご覧ください。
(途中で止めるには画面左下の縦二本棒をクリック、その途中から再開は
右向き矢印、終了してからもう一度見るには左下に現れる反時計回り
反転マークをクリック)

白樺牧場1


白樺牧場


一応、観光案内所まで歩いて展望を楽しんだ後、車で少し先の「見晴山」へ
移動するが手前のスペースは満車だったので少し通り過ぎて左手のスペース。
ここにもはっきりした道標。



僅かな距離だが笹の急登を登れば簡単に正規ルートに合流できる。
勿論規模は牧場とは比較にならないがまずまず。
ここは山頂まで行かずに展望台止り。
(画像左クリックで拡大、元のページに戻るには左上の左向き
矢印をクリック)


見晴らし山を下りて東進してr-16分岐の先で突き当りの展望台。
覚満淵の様子を見下ろすと派手な色合いは全く見られず周辺は
冬の色、覚満淵のレンゲツツジと喧伝されているのは未だ先か?



直ぐに小沼に向かう。「小沼」はその昔、大沼が「おの」と云われた時代は
「この」が正式名称と伝わるが今では「オオヌマ」「コヌマ」で定着。
駐車場は前橋市内中学校の大団体のバスを含めて満車で10分待ち。
ここのツツジは車道と湖畔の間の斜面に小さな群落と個別の立木。
長七郎山方面を含めて湖岸の他地域には見当たらないので北岸のみらしい。
(途中で止めるには画面左下の縦二本棒をクリック、その途中から再開は
右向き矢印、終了してからもう一度見るには左下に現れる反時計回り
反転マークをクリック)

小沼散策


ツツジを見終わって湖畔の観光に切り替え。大洞の赤城山ビジターセンターから
湖岸の道に入り「赤城神社」へ。

目の前にはどっしりとした黒檜山を主体にした山塊がそそり立つ。
(途中で止めるには画面左下の縦二本棒をクリック、その途中から再開は
右向き矢印、終了してからもう一度見るには左下に現れる反時計回り
反転マークをクリック)

大沼北岸より


朱塗りの橋を渡ると



大きな鳥居が出迎える。



社殿前。
正式名称は赤城神社だが、多くの他の赤城神社との区別のため大洞赤城神社
とも呼ぶんだそうだ。
説明では「創祀当初は神庫山(ほくらやま:後の地蔵岳)中腹に祀られ
ていたというが、806年(大同元年)、大沼(おの)の南の畔
(現在の大沼南東端)に遷座したとの事。その際の年号に因んで
東南岸センター周辺は「大洞(だいどう)」と呼ばれるようになったという。



境内は湖面に続いている。



帰り際に湖岸に集まった鯉に餌を撒いている人がいたので便乗してビデオ。
(途中で止めるには画面左下の縦二本棒をクリック、その途中から再開は
右向き矢印、終了してからもう一度見るには左下に現れる反時計回り
反転マークをクリック)

給餌争奪戦


神社を辞して青木旅館方面に進み湖西の空き地。ここからの展望が
爺イは昔から大のお気に入り。
(途中で止めるには画面左下の縦二本棒をクリック、その途中から再開は
右向き矢印、終了してからもう一度見るには左下に現れる反時計回り
反転マークをクリック)

大沼西岸より


以上で赤城山散策は終了で炎暑の中、長々と走行して無事に帰宅。

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