クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

藤岡・浄法寺訪問 R- 4- 6-17

2022-06-20 19:29:47 | 高崎・甘楽・藤岡方面
八塩アジサイの不満を抱えたまま、同じ藤岡市浄法寺の
「浄法寺」に立ち寄り。
主な目的はこの寺にある二基の市指定文化財を見ることだ。
それは「浄法寺相輪橖」と「道忠(鑑真の弟子)の供養塔」。

R-462を北上し「浄法寺」信号でr-13に切り替わって間もなく
左側に大看板が建っているから直ぐ分かる。この寺の
正式名称は「広厳山(山号)般若浄土院(院号)浄法寺(寺号)。


駐車場に車を入れてから総門を見上げる。この門は切妻、
桟瓦葺き、一間一戸、四脚門で「緑野教寺」の扁額が掲げ
られていた。勿論、昔のものだから右から左への横書き。



肝心の目的のものは墓地にあるので生け垣を経て北隣の
墓地へ。先ず定番の六地蔵に迎えられ



薬師堂の前を通過すると



最初に道忠(鑑真の弟子)の供養塔」に出会う。
浄法寺の創建は不詳とされるが伝承によると724~729年に
聖武天皇の勅願により道忠(鑑真の高弟)により開かれたのが
始まりと伝えられているとの事。当初は律宗(鑑真が伝来させ、
南都六宗の日本仏教の一つ)の寺院で緑野寺と
称していたが815年に伝教大師最澄(天台宗の開祖)が
巡錫で当寺を訪れた際に天台宗に改宗したと伝わるそうだ。
(巡錫とは錫杖をたずさえて巡行する事で 僧が各地をめぐり
歩いて教えをひろめること)
道忠は関東に仏教を広めることに尽力した天台宗宗祖最澄の
良き協力者とされる。1498年の建立。



その隣に建つ高い塔が藤岡市の指定重要文化財の「浄法寺相輪橖」。
相輪橖は815年に最澄の発願により建立された全国六ヶ所宝塔の
ひとつで他は比叡山北東塔、西塔の二か所と九州に二か所、
関東の下野国大慈寺。
現在のものは1672年に改造されたもので、青銅製、高さ5.3M。
1984年に藤岡市指定文化財に指定。



墓地を辞して境内に入ると正面に巨大な金色に輝く立像。
1987年に建立された伝教大師最澄像。



その脇の塔は最澄像建立記念の奉納。



左に大師殿



その隣が本堂
浄法寺は関東地方の天台宗の拠点の1つとして寺運も隆盛
したが戦国時代の1552年に小田原北条氏に従った
高山氏侵攻の兵火で多くの堂宇、記録、寺宝が焼失し衰微し、
1556年に舜祐和尚により再興が図られ現在の本堂は
1804年に再建。木造平屋建て、寄棟、桟瓦葺、平入、
正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ
本尊: 阿弥陀如来。



境内には宝篋印塔が一基と



鐘楼



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