「朝日新聞の記事より転載させて頂きました」
広島への原爆投下から75年の節目となる「原爆の日」を迎えた8月6日午前8時から、広島市中区の平和記念公園では平和記念式典が始まった。
新型コロナウイルスの感染を防ぐため大幅に規模を縮小。松井一実市長は核兵器禁止条約に賛同しない日本政府に署名・批准を求める。
式典には例年、約5万人の市民らが参列するが、今年は被爆者や遺族ら約800人に制限。会場には、2メートルの間隔を空けて椅子が置かれた。
参列者らは、原爆が投下された8時15分に合わせて黙禱(もくとう)する。合掌
平和記念式典会場の様子
1年間で亡くなりました被爆者4943人の氏名を追加されました 慰霊碑に奉納された犠牲者は合わせて32万4129人 合掌
遺族代表によります原爆が投下された8時15分に合わせて黙禱が行われました 合掌
「平和宣言」 広島市 松井一實市長
という惨状を体験し「自分のことあるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。 世界はつながっているのだからという実体験からの言葉・・・
松井市長様の最後のお言葉より
「日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国
として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。
平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実すると共に「黒い雨降雨地域」の拡大に
向けた政治判断を、改めて強く求めます。
本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。」
令和2年(2020年)8月6日 広島市長 松井 一實
「平和への誓い」小学生代表 75年が経った今広島の町は人々の活気に満ちあふれ緑豊かな町になりました
75年前一緒に笑い大切な人と過ごす日常が奪われました 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分・・・
被爆地広島で育つ私たちは当時の人々があきらめず こども代表 大森 駿佑君と長倉 菜摘さん
つないでくださった希望を未来へとつないでいきます
小学生お二方が堂々として立派に「平和への誓い」のお言葉を述べられました事に心から拍手を贈られせて頂きました。
広島市長 松井 一實様のお言葉より
「平均年齢が83歳を超えた被爆者をはじめ、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添 い、その支援策を充実するとともに「黒い雨降雨地域」
の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。」(以上一部抜粋より)
この度の報道に、被爆者の平均年齢が83歳を超え高齢者となりました今もなお、後遺症に苦しみながらの日々とお伺いいたしました。
猛暑の折に、どうぞお気をつけられましてお過ごしいただきたくお祈り申し上げます。
そして慰霊碑に奉納されております犠牲者32万4129人の御霊に心から哀悼の誠を捧げましてここに綴り保存させて頂きました。
敬意を表します。
私も珍しく今日は原爆の記事を書きました。
この原爆投下を日本に決めたのはチャーチルと知り
愕然としました。
今まで知らなかったことが多く動画のご紹介をありがとうございました。
この記録もいつまでできますか?そろそろ限界にも思えるようになりました。
私自身の記録ですのでなるべく頑張ります。