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日本遺族通信 平成20年10月15日号の遺書と九段短歌

2008年10月23日 15時46分45秒 | 日本遺族通信

      
          平成20年10月靖国神社社頭に掲示された遺書               千鳥ヶ渕戦没者墓苑に眠る 合掌
             「お母さんの夢を見ました」
           海軍二等兵曹 池田 顕雄様 (24歳)
         昭和17年10月18日 ソロモン群島にて戦死 合掌
「池田様遺書」より
何時とどくか知れんと思ふとなんとなく淋しい様な氣がするのですが、それでゐてかうして書いて見たくなるところを見ると、思ひを馳せてゐる日本の空がこんな柄にもない感傷を起こさせるのだと自分ながらをかしい様なそれでゐてしみじみした変な氣持になります。
                 (中    略)
“俺の使命”なんて、大きな事も言へる柄でもないのですが、それでもあと僅かになって来たこの生活の終止符を最も意義深く戦ひ抜きたいと思います。
                 (中    略)
 今朝方でしたか5分位うとうとしてゐるうちに母上さまの夢を見ました。それで今日一日中うれしくてたまりませんでした。
 皆様方のご健康をはるかお祈りして筆を擱きます。
                                               池 田 顕 雄
    父上様
    皆  様 ヘ

 上記に遺書の一部を転記させていただきました。
 「あと僅かになって来たこの生活」とは?お母様の夢を見て「それで今日一日中うれしくてたまりませんでした。」とのお言葉に胸がつまります。
「遺骨収集」の件
 今年は、戦後63年を数える程になりましたが、今尚、祖国の土を踏めない多くの戦死者が外地に眠ったままになっております。
 政府主催によります収集作業は、日本遺族会関係者を初め、関係ご遺族、抑留経験者等の皆様によって継続的に実施されております。
 この度、8月25日成田空港出発、寒い地方にて最高気温は10度Cを下回り、突然の雨に見舞われるなど厳しい環境下のもと、2週間の作業に 241柱 を収集され、60余年ぶりに懐かしい
 祖国の土を踏むことが出来ました事の報道がありました。

 ごく最近DNA鑑定にてお父様のお遺骨と判明されましたお方のお話を伺い感無量でございましたが、ご遺族のもとに帰還出来ますお遺骨は皆無に等しいのです。
 お遺骨の殆どが「千鳥ヶ渕戦没者墓苑」に安置されております。 合掌

戦後63年、戦争を知らない世代の方が多くなって参りましたが、過去の悲しみを誰に訴えたらいいのでしょうか。その術がわかりません。
私達は過去の悲しみを記憶し、戦争の悲惨さと、散華された尊い犠牲を風化させることのないように語り継ぐ使命があると考えます。
今号にも全国から鎮魂の歌が寄せられましたので、ご一読頂ければ幸いに存じます。

     親子三人の写真を今も胸に抱き温州沖に夫ねむりゐむ       横手市 女性
   比島にて六十余年を眠りゐる遺影の父は老いることなし       敦賀市 女性  
   旗ふりて父を送りし沿道を妹を抱く母の悲しも           大阪市 女性 
   戦死せし父の部隊の残桜会戦時の苦汁忌みて忘れじ        南相馬市 男性 
   ますらをの悲しき命謝しながら九段の宿の語らひ長し        江南市 女性 
   校庭に立てばなつかし級友は護国の神になりて久しき        篠山市 男性 
   征きませし兄の姿はそのままに仏間に仰ぐ吾高齢者        和歌山県 女性 
   沖縄の海澄み渡る南方のラバウルへ続く父逝きし地へ       名古屋市 女性
   母ひとり父なきあとの家計支へ七十一歳につひに逝きたり     名古屋市 女性
   還らざる戦死の兄の戒名を僧の読む声浄土にとどけり        京都市 男性       
   永き歳月の念ひ叶ひて沖縄の平和行進母娘で遂げし         常滑市 女性       
   三ヶ根山に高くそびえる比島観音五十万のみ霊に慈愛をそそぐ       千葉市 私

       三ヶ根山とは http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/rengo-hitou.htm

コメント (6)
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