牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

幸せを祈り願いつつ

2013-10-07 06:26:36 | Weblog
聖書の一言=出エジプト記20:7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。
第三戒は、日本人にはよく分かる戒めです。家名、門閥、学閥、財閥など、その名に恥じないように生きるよう良く言われます。天地万物を創造された唯一の真の神の御名を、英語のスラングのように、清い御名を汚い隠語として使ったり、苦しい時の神頼みで、その御名を自分の都合に合わせ、無責任の理由にしたりすることもそうです。

ともかく、その御名にふさわしく、清く正しい聖なる歩みが出来る人生を祈ります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。

クリスチャンという呼び名は、新約聖書に三回出てきます。

使徒行伝11:26 彼を見つけたうえ、アンテオケに連れて帰った。ふたりは、まる一年、ともどもに教会で集まりをし、大ぜいの人々を教えた。このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。

使徒行伝26:28 アグリッパがパウロに言った、「おまえは少し説いただけで、わたしをクリスチャンにしようとしている」

ペテロの第一の手紙4:16 しかし、クリスチャンとして苦しみを受けるのであれば、恥じることはない。かえって、この名によって神をあがめなさい。

クリスチャン=キリスト者(新改訳と新共同訳)のことです。キリスト者ですと言わずに、クリスチャンですと一般的には言います。イエス・キリストを信じている者ですから、その名前に恥じないで生きる人生でありたいものです。

ともかく、今日もクリスチャンと呼ばれ、真の神の御名をみだりに唱えず、まっすぐに人生を歩みたいと願いながら、これから朝のチャペル、
昼まで講義、午後からは、明日手術を受ける高齢者を見舞い祈りの時です。

一人でも幸せになれるよう願いながら、きょうも感謝しつつ歩んでいます。

詩篇



1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。

1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。

1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。

1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。

1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。

1:6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。