北の旅人

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「1956」-14歳の心象風景③

2009-07-07 10:31:37 | Weblog

<作文集>      私達の母             
                  (S・E)  

私の母は夏になると、毎年働きに行きます。私達、兄弟姉妹は7人です。母は働いて、私たちに服やお菓子を、着せてくれたり、食べさせてくれたりします。

だから私は、夏になると小さい弟二人を学校へ連れて行きす。母は働くためか、今ではすっかりやせて骨と皮のようになって見えます。  それでも仕事から帰って来ても、疲れたと言ったことは一度もありません。

どうして母は家にいないで働くのかと私はつくづく思いました。それも、私の家のくらしが楽でないからだと私は思いました。 私が卒業したら、一生懸命に働いてすこしでも母をたすけてやりたいと思っています。思っていても、いつになったらはたらけるようになるかと思うと、いやになって来ます。

私たち兄弟姉妹も、みんなが大きくなるまで、母は元気でいてくれたら、きっと母をしあわせにしてやると、私はいつも思っています。母は今35だ から、いくらなんでもまだだいじょうぶだと思って、私も安心していす。

その内また運動会がやって来るし、私達の楽しみにまっている修学旅行です。又、楽しいやら、かなしいやらです。このころは又、母も一生懸命になって働いていることです。

私もなるべくだったら、母には何も買ってもらわないと思ってはいても、やっぱり買ってもらいたい物ばかりで、がまんしたくてもがまんはできないようです。

卒業したら自分のほしいものは買って、母にも買ってやったらと思っています。このことを母さんに言ったら、母さんは、「母さんのことは心ぱいしなくてもいいから」と言っています。

でも、そういう具合には行きません。早く大きくなって親孝こうをして上 げたいなと、私はいつも思っております。

      ☆        ☆

クラスメートが、学校へ小さい弟さんを連れて来ていたというのは記憶にないが、当時は、こういうケースが結構あったという話は聞いたことがある。

北国では、冬は積雪が多く、仕事はほとんどなかった。私たちの街の主産業は林業だったので、彼女のお母さんも多分、そんな関係の仕事に行っていたのかもしれない。

「子どもは親の背中を見て育つ」というが、この作文を読んでいると、まさに、この言葉を思い出させてくれる。現代の殺伐とした親子関係を見るにつけ、つくづく考えさせられる。