北の旅人

旅行や、ちょっといい話などを。そして、時には言いたいことを、ひとこと。

2012「鉄道で旅する春の日本」5528.6km⑦道後温泉・坊っちゃん列車・こんぴら歌舞伎大芝居・

2012-05-28 09:23:15 | Weblog

7日目 4/16日

道後温泉スタート。



道後温泉駅前の放生園にある「坊っちゃんカラクリ時計」。
平成6年、道後温泉本館百周年を記念して作られた。
午前8時から午後10時まで、1時間ごと(季節によっては30分ごと)
に道後温泉らしい音楽とともにせり上がり、小説「坊っちゃん」の登場
キャラクターが現れる。隣には、道後温泉の源泉を使った「足湯」もある。





商店街には、坊っちゃんの人物たちが。




道後温泉駅。右側には、「坊っちゃん列車」が見える。
ここから、松山市駅まで、16分間乗車。



坊っちゃん列車は、伊予鉄道が1888年に開業した際に運行したドイツ製の列車。

夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中で、当時の伊予鉄道が「マッチ箱のような汽車」
として登場しており、四国・松山の中学校に赴任する主人公の坊っちゃんが
これに乗ったことから、坊っちゃん列車と呼ばれるようになった。
2001年から復元運行されている。



方向転換作業。

前回訪れた時のブログ。http://blog.goo.ne.jp/goo1942_december/d/20100907



バスで琴平町へ。
「金丸座」で、こんぴら歌舞伎大芝居を観劇。
こんぴら歌舞伎大芝居は、毎年4月に行われ四国路に春を告げる風物詩となっている。

金丸座は、天保6年(1835年)に創建され、
芝居小屋で、現存するものの中で最古のもの。
今回の出し物は、中村吉衛門らによる「義経千本桜」。
たまには、こんな江戸情緒に触れるのもいいものだ。




場内撮影禁止のため、舞台は撮れなかった。
一昨年は、座席も前方横だったため、こっそり撮影した。その時のブログアドレスは、下記。

http://blog.goo.ne.jp/goo1942_december/d/20100912



さすがは「うどん県」。
金刀比羅宮には何回も行っているので、今回はパスした。

ちなみに、「さぬきのこんぴらさん」は、海の神様。参道から本宮まで785段の
長い石段がある。



高知県の今年の観光キャンペーンは「リョーマの休日」。
そのポスターを、琴平のみやげもの店で発見。

R=ロマンの休日 Y=やすらぎの休日 O=おいしい休日 
M=学びの休日 A=アクティブな休日 

まるごと高知を楽しんでもらおうというものだが、なかなか上手だ。
龍馬もニヤリとしているかも。

http://attaka.or.jp/ryoma-holiday/

 


2012「鉄道で旅する春の日本」5528.6km⑥博多・広島・厳島・道後温泉

2012-05-26 14:59:30 | Weblog

 6日目 4/15日 博多からスタート。

博多駅

博多発 9:19 「みずほ602号」~広島着 10:21

広電広島から広島電鉄で広電宮島口へ、約1時間。
広島は「路面電車が元気な町」として知られる。

広島電鉄は、全国の路面電車の中で日本最多の利用者数を誇り、
市内交通の中心的役割を担う。
車両も、細心型電車や各地からの中古車など多種多様な形式があり、
「路面電車の博物館」とも呼ばれている。



広電を貸切で。



車窓から原爆ドームが見えた。

広島平和記念公園 原爆ドーム

世界文化遺産「原爆ドーム」。
元々は、1915(大正4)年、広島県物産品の販売促進を図る拠点として
造られた広島県物産陳列館。1953(昭和28)年、広島市へ譲渡。

設計者は、現在のチェコ出身の建築家のヤン・レツル。



原爆ドーム近くの川沿いには桜が。



宮島口からフェリーで10分ほど。爽やかな風が心地よい。

世界文化遺産、厳島神社。
海を敷地と見立てた大胆な構成。神社は推古天皇元年(593年)によって
建てられたと
いわれる。平安時代後期に平清盛によって修築された寝殿造の
粋を極めた建築美を誇る
日本屈指の名社。

太古の昔から、島そのものが神として崇められた宮島。
その信仰は連綿と受け継が
れ、日本全国にある約500の厳島神社の総本社。

大鳥居は、 国の重要文化財。木造で鳥居の種類としては両部鳥居(四脚鳥居)。
高さ約16.6m、棟の長さ24.2m。現在の大鳥居は、平安時代から8代目にあたり、明治8年(1875)に再建された。

回廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくると海に浮かんでいるように見える。



応永14年(1407)建立の和様・唐様を融合した建築物。
桧皮葺の屋根と朱塗りの柱や垂木のコントラストが美しい塔である。
内部は一般の見学はできないが、完全な唐様である。



 

バスで道後温泉へ。約3時間あまり。



美しい瀬戸内海の島々を眺めながら。



宿泊は、道後温泉「古湧園」。

 

 

 

 

 

 


2012「鉄道で旅する春の日本」⑤5528.6km-西大山・「いぶたま」・仙厳園・SL人吉号・博多

2012-05-25 11:05:27 | Weblog

5日目 4/14日 
JR最南端の駅「西大山駅」へ。ここは3回目だが、
開聞岳は今回が一番クリアに見えた。

ちなみに最北端は「稚内駅」、最東端「東根室駅」、最西端「佐世保駅」。

 

幸せを届ける黄色い菜の花ポスト。

「本土最南端駅」と、訪れた人が「思い出つくり」のために
最愛の人へ黄色いポストを通じてメールを送るという二つのテーマのもと、
黄色いポストが設置されたという。

「指宿のたまて箱」。
鹿児島中央駅~指宿駅間(1時間弱)を走る観光特急列車。
薩摩半島の最南端にある長崎鼻一体に伝わる浦島太郎伝説の玉手箱に
ちなんでおり、
愛称は「いぶたま」。
ドアが開くと煙に見立てたた霧をだす演出があるなど、まさに走る「玉手箱」だ。



車内には、乗客を飽きさせない工夫が、そこここに。



鹿児島中央駅で見かけた「まち巡りバス」。「さすが、薩摩でごわす」。



仙厳園正面。
江戸時代初期1658年(万治元)、島津光久(19代当主)
によって築庭され、
中国龍虎山の仙巌にちなんで
「仙巌園」と名付けられた。


鹿児島のシンボルである桜島を築山に、錦江湾を池に
見立てている庭園。

借景で有名な庭園が数ある中、
仙厳園ほどのスケール(5万平方メートル)は珍しいといわれる。

NHK大河ドラマ「篤姫」のロケが行われた庭園でもある。

磯庭園(仙巌園)の曲水の庭と山桜

 

仙厳園から桜島を望む。



人吉駅前。
かつての人吉城をイメージした、からくりモニュメント。
人吉城のお殿様が城下見物を行うという物語が、
民謡「球磨の六調子」の音楽をアレンジ
した曲にのせて展開される。



人気SL人吉号。人吉発14:38~熊本着17:13 
2時間半弱のSL旅は、景色にも恵まれて楽しいものだ。

肥薩線を走行中のSL人吉(2009年6月)



周辺の観光案内にも気配りがなされている。



一勝地駅の入場券は「地に足をつけ一勝を!」の必勝祈願でも有名。
受験生がお守りとして買っていく。北の旅人としては、
日ハムの必勝を祈願してきた。




球磨川では舟下りも。

1908年(明治41)開業当時のままの駅舎。今は無人駅だ。



人吉号が走る沿線では、手を振る人たちの姿が至る所で見られ、
「WELCOME 九州!」

という気持ちが伝わってきて感動する!

昨年の春、九州新幹線全線開通のCMがつくられたが
3.11で放映されなかった。

(海外で賞をとった)あの伝説となったCMの一端を見る思いだ。



最後尾の展望車。

      

このような乗車証を貰えます。



たまたまホームで見かけた観光特急「あそぼーい!」
2011年6月から、熊本駅ー宮地駅間を1日2往復している。
車内では子どもも大人も楽しめるよう、さまざまな工夫がなされているという。
九州には、とにかく遊び心を感じさせる楽しい電車が色々ある。





熊本発18:03「つばめ358号」~博多着18:52



駅から徒歩3分のホテル日航福岡。
ホテルの中華が、とても美味かった。

 

 

 

 

 


2012「鉄道で旅する春の日本」5228.6km④大阪城・さくら555号・鹿児島中央・指宿温泉

2012-05-24 10:17:44 | Weblog

 4月13日
ホテルから大阪城へ。多分、高校の修学旅行以来かな?
大阪城でも桜を楽しむことができた。





1583年、豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城を始めたのが大阪城。
「大阪夏の陣」で落城し、徳川政権下で再建されたが、落雷で天守閣を焼失。
現在の天守閣は三代目。

姫路城、熊本城とともに日本三名城の一つに数えられている。



展望台からの眺め。

現在の天守閣で使われている鯱、伏虎などの原寸大レプリカ。



300円で秀吉に変身もできる。



秀吉の花見の一場面。動画でリアルに再現されている。

新大阪発 11:59「さくら555号」

和風弁当「舞妓」。これも、なかなか美味かった!

写真:じゃらん

鹿児島中央駅着 16:09 →バスで指宿温泉「いわさきホテル」17:30着。
以前も泊まったことがあるが、外観は立派に見えるが、室内はイマイチ。
旅行会社のランクは高いようだが。

例えば、テレビは20インチ程度の古い型のもので、
高齢者にとっては、少し離れると字幕も良く見えない。
外の素晴らしい景色を見るためベランダに出ようとするも、戸が簡単に開かないなど。

ついでに、もう一つ。とくに、ホテル関係者、旅行代理店などのみなさんへ。
ホテル到着後、ホテルのスタッフが館内の説明などをしたが、これは全くナンセンス。大抵、ホテル到着前にバスの中で添乗員がメモを配布して説明する。旅行者としては、ホテル到着後、早く部屋に入って、夕食前に一風呂浴びたい、あるいは一息ついてから夕食へと思っている。ホテル側としては、丁寧な応対をしているつもりだと思うが、その必要はない。 

 

 


2012「鉄道で旅する春の日本」5228.6k③スカイツリー・仁和寺・梅小路蒸気機関車館

2012-05-23 12:50:25 | Weblog


浅草ビューホテル

11日夜は、浅草ビューホテルに宿泊。結構疲れたので、早目に寝ようとしたが、10時過ぎても
上の階が異常に騒がしいのでフロントに通報。一時静かになったが、すぐに同じような状態。
聞けば、中学生の修学旅行生だという。先生に再び注意してもらったが、効き目なし。

結局、部屋を取り替えることに。荷物を置いたまま浴衣姿で12階→20階へ。
そこは、何とスカイツリーがバッチリ!(最初の部屋からは見えなかった)
ホテル側が気を利かしてくれたと思うが、「災い転じて福となす」だ。






夜、27階の仏蘭西料理「蒔絵」からは、スカイツリーが入った素晴らしい
景を楽しむことができる。




朝、ホテルから東京駅へ向かう途中、スカイツリーを見ていくことに。
どこから見ても絵になる。






隅田川と桜とスカイツリー。



「のぞみ25号」 東京発 10:30→京都へ。



車窓から富士山が。





この弁当、美味しかった!
12:50 京都着。



世界遺産「仁和寺」。有名な「御室桜」は、残念ながら咲いていなかったが、その他の桜は
ちょうど見ごろだった。咲いたら、下の写真のようになるという。

ここへ来たのは、子どもが小学5年生の頃で30年ぶり。

















昭和47年、日本の鉄道開業100周年を記念して、京都下京区にある梅小路機関区の
扇形庫を活用して開設された蒸気機関車専門の博物館。
旧機関区の扇形庫・転車台を活用した「蒸気機関車展示館」と、
旧二条駅舎を移築・復元した「資料展示室」で構成されている。


 

方向転換するための転車台。



お召列車も。





10分ほどのSL乗車も楽しめる。



周辺は公園にもなっており、家族連れなどが春の陽ざしを浴びていた。








Osaka Terminal Building.JPG

宿泊は、ホテルグランヴィア大阪。
JR大阪駅、ステーションシティ内に直結していて便利なホテル。


2012「鉄道で旅する春の日本」5228.6km②北斗星・浅草・スカイツリー…

2012-05-21 16:11:14 | Weblog



4/10日 駅長さんたちに見送られて札幌駅を出発




17:12 発 寝台特急「北斗星」





B寝台個室



北海道は雪景色だが、本州は桜が満開!



4/11 日 10:00上野着。途中、人身事故があったとかで、20分ほど遅れた。
1988年、青函トンネルの開業に合わせて誕生。爆発的な人気を博し、
夜行列車の代名詞と言われるようになった。

出発時、忘れ物をして時間がなくなり、正面からの写真は上野で撮った。
これで、「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」「北斗星」ともに乗車したことになる。



現在の国会議事堂は、1920年(大正9年)1月30日着工、
1936(年昭和11年)11月7日竣工。

10年ぶりぐらいで国会の中に入った。
学生時代、この周辺でアルバイトをしていたので、議員会館など毎日のようにこの周辺をウロウロしていた。
現役時代は、仕事で赤じゅうたんを踏んで幹事長室などに入った経験もある。



ここに入ったのは初めて。1時間ほど落語を楽しむ。
ここでツアーを離れ、1人で浅草を散歩。





浅草寺。942年(天慶5)に建てられた。数度の火災による焼失、再建がなされたが、
1635年(寛永12)徳川家光によって建てられた門は
右に「風神」、左に「雷神」を安置してあるところから正しくは「風雷神門」、略して「雷門」と呼ばれた。

雷門全景

1865年(慶応元)の火災に遭って以来、昭和35年再建されるまでの95年間、雷門は幻の存在だった。現在の雷門は鉄筋コンクリート製で、松下電器の松下幸之助氏の寄進で、昔の姿そのままに再建された。



浅草寺五重塔。浅草寺本堂と同じく942年(天慶5)942年(天慶5)にたてられたが、
何度か焼失され、1648年(慶安元)徳川家光によって再建された。
1945年(昭20)戦災で焼失、1973年(昭48)再建。







江戸情緒たっぷりの仲見世通り。





仲見世通りからもスカイツリーが。



浅草6区通り。浅草を愛し、浅草を育てた芸人・文人の名跡を残している。
渥美清、榎本健一、伴淳三郎、永井荷風など33人+1人(予約済みの芸能人)が通りを飾る。



隅田川から見た東京スカイツリーと桜。
混雑が一段落したら登ってみるつもり。











<亀岡暴走事故>どうしてもおかしい、京都地検・府警の判断

2012-05-15 17:16:40 | Weblog

テレビで、京都府亀岡の暴走事故の被害者・遺族の記者会見を見たが、京都地検、府警の判断は、どう考えてもおかしい!

今朝もテレビで弁護士が解説していたが、今の法律では、「危険運転致死傷罪」の適用は無理だという。それは、無免許といっても、①免許を取得していない②免停中③免許証不携帯など、色んなケースがあり、無免許だから卽「運転技能がない」ということにはならないというものだ。だったら、最高で懲役20年となっているのを、ケースバイケースで量刑を決めればいいだけのことだろう。どのように考えても、屁理屈を並べて「危険運転致死傷罪」の適用は無理だと言っているに過ぎない。要は、法律の解釈能力、運用能力に欠けているとしか言いようがない。

 だから、こうした説明では当事者ならずとも全く納得できない。誰が考えても、「無免許=運転技能がない」ということであり、この大原則を踏まえれば、「危険運転致死傷罪」の適用は当然なのだ。「一晩中走り回る運転技能があった」などという馬鹿げた理屈がどうして出てくるのか。

 少年を過失と道路交通法違反で家裁送致したが、被害者、遺族の心中は察して余りある。京都地検と府警は、「被害者側の処罰感情の強さなどを踏まえて検討した」というが、事件のたびに使われるこの言葉にも違和感を覚える。何故なら、被害者側に何の落ち度もない、100%加害者側に責任がある場合は、初めから被害者側に立った処罰を科すのが当たり前だからだ。

 どうしても、今の法律で厳罰を科すことが出来ないのなら、この法律を作った政治家たちの大きな責任でもある。「国家と国民の生命と財産を守る」という、政治の原点に立ち返って、こうした問題を一刻も早く議論し改正すべきだ。


最近の好きな食べ物ベストスリー

2012-05-14 16:33:40 | Weblog

最近の好きな食べ物ベストスリーを。

 ① 札幌定山渓温泉にある日帰り温泉「豊平峡温泉」のインド料理「カレー・ナン」

100%源泉かけ流しの本物の温泉はもちろんだが、昼食に食べる「カレー・ナン」は絶対に

美味い! チキン、ポーク、野菜など何種類もあるが、特に、少し酸味が効いた「ナスとトマ

トのカレー」が一番好きだ。

それに、「餡(あん)ナン」が、これまた美味い! ただ、両方を一度に食べきれないので、残りは自

宅に持ち帰り夕食にまた食べるといった具合。1か月に2回は行って温泉とカレーとナンを

楽しんでいる。これからは、新緑の季節。素晴らしい大自然の中の露天風呂もお勧めだ。

(問い合わせ先 011-598-2410)

 

 ②    札幌駅エスタ地下一階にある十勝大名の「たい焼き」。 味は2種類で、小倉(115円)

と豆乳カスタードクリーム(126円)がある。いつも、小倉を買うが(ちょっと塩味が効いていてとても美味い)、行列ができていることが多い。写真のように、“羽根つき”といって、周りのパリパリとした薄皮(中の餡が見えるほど)を落とす前の「たい焼」が大好き。上司=妻と地下の100円ショップでお茶を求め、フロアの椅子に腰掛けて、フーフー言いながら食べるのが堪えられない。(問い合わせ 011-213-2016)

 

③  小樽の「近藤製菓所」の「甘納豆」 

甘納豆づくり一筋という老舗。いずれも北海道産の「白花」「小豆」「金時」それに「えんどう豆」「黒まめ」(黒豆と甜菜糖)など、とれもこれも食べ始めたら、ついつい止められなくなる。私流としては、笑われるかもしれないが、牛乳と甘納豆という組み合わせがお気に入りだ。 (問い合わせ先 0134-32-7779) 

                                                                                                              

 


冗談じゃない! 京都地検の「無免許でも運転技能を有している」発言

2012-05-12 10:51:52 | Weblog

<亀岡暴走>危険運転致死傷罪の適用断念 京都地検が方針

毎日新聞 5月12日(土)2時26分配信

 京都府亀岡市で4月23日朝、集団登校の列に軽乗用車が突っ込み、児童ら10人が死傷した事故で、京都地検が、運転していた無職少年(18)について、危険運転致死傷罪の適用を断念し、自動車運転過失致死傷などの非行内容で家裁送致する方針を固めたことが11日、捜査関係者への取材で分かった。少年の運転状況が構成要件に合致せず、適用は困難と判断した模様だ。

 危険運転致死傷罪は、いずれも故意に▽アルコールや薬物により正常運転が困難▽進行制御が困難なスピード▽未熟な技能▽赤信号無視--などが要件。少年の場合、危険運転致死傷罪なら最高で懲役5~10年の不定期刑、自動車運転過失致死傷罪では同5~7年の不定期刑となる。

 捜査関係者によると、地検や京都府警は、少年が無免許で長時間運転した末に居眠り運転をし、10人を死傷させたことから悪質性が高いと判断。危険運転致死傷罪適用も視野に入れて捜査していた。しかし、長時間運転したことが逆に、技能が「未熟」とは言えないことを示すことや、無免許運転や居眠り運転自体は法的な要件に含まれないことが壁となったとみられる。

 一方、地検は11日、事故時に軽乗用車に同乗していた大学生(18)と専門学校生(18)の少年2人を道交法違反(無免許運転)のほう助の非行内容で京都家裁に送致した。関係者によると、2人とも在宅のまま家裁が調査するとみられる

 驚いた!こんなバカな判断があるのか! 京都地検や京都府警は全くどうかしている。

長時間運転したことが逆に、技能が「未熟」とは言えないことを示すことや、無免許運転や居眠り運転自体は法的な要件に含まれないことが壁となったとみられる」というが、そもそも、無免許であること自体が絶対的に許されないことであり、未熟であることなのだ。

「無免許運転や居眠り運転自体は法的な用件に含まれない」というが、無免許が法的な用件に含まれないとは、何を言っているのか。法律を犯してしていること、そのものものではないか。子どもでも分かることだ。このような論理がまかり通るなら、早急に法律の改正が必要だ。

 状況からして、重大な事故を起こす可能性が極めて大きいことは明らかだ。その大前提を無視して、その後の議論は成り立たないのだ。少年ということからなのか、まるで、加害者を少しでも軽い刑にするような印象しか受けない。こんなバカみたいな判断が出てくるとは信じられない。

これでは、一生、苦しみや悲しみに耐えていかなければならない被害者は全く救われない。少年だろうが何であろうが、こんな悪質な事件を引き起こした人間は、厳罰に処されなければならない。極めて非常識な判断しかできない京都地検や京都府警の愚かさには、ただただ呆れかえるばかりだ。このような生ぬるい罰では、同じような事件を防ぐことなど到底叶わない。

最近の小沢裁判にしろ、地検や警察の不祥事を見るにつけ、いかに社会常識に欠けている組織であるかを痛切に感じる。日本が、おかしいぞ!大手術が急務だ。

5.14 追記

京都地検が被害者家族への説明会で、
「無免許だが運転技能を有している」という説明をして、
危険運転致死傷罪の適用を断念したと伝え、被害者家族が納得せず説明会を途中で打ち切ったという。当たり前だ。これは絶対におかしい。

運転技能がないから大事故を起こしたのだ。これでは、無免許を肯定していることであり、絶対に許されないことだ。頭が狂っているとしか言いようがない。

国民は、もっともっと声を上げなければならない。マスコミも「おかしい」と、大キャンペーンを打つべきぐらいの事柄だ。

 


小沢一郎氏の控訴は当然だ!

2012-05-10 20:02:39 | Weblog

          

民主党元代表小沢一郎被告を政治資金規正法違反罪で強制起訴した検察官役の指定弁護士が、無罪とした東京地裁判決を不服として控訴した。今までの経緯を見れば、限りなくグレーに近い判決であり、当然控訴すべきだ。

これに対して小沢氏は次のようにコメントしている。

「先日の無罪判決の内容を見る限り、控訴審でこれが覆ることは想定しにくく、控訴は理解に苦しむ。弁護団と協議し、早期に控訴棄却もしくは無罪という結論が得られるよう、万全の対応を取りたい」

また、小沢グループの「新しい政策研究会」は、「いたずらに裁判を長引かせ、小沢議員の政治活動を妨害しようとするものであり、到底許されない。明らかに政治弾圧だ」という抗議声明を出した。見当違いも甚だしい。

小沢氏本人や小沢グループの議員が、何と言おうと、これは控訴して当然の事案である。東京地裁判決では、指定弁護士が指摘した元秘書たちによる収支報告書の虚偽記入、小沢氏と元秘書の間の記載についての報告・了承も認めている。ただ、小沢氏に違法性の認識があったとの証拠が足りないということで無罪としたものだ。ここの判断が、全くおかしいのだ。裁判所が逃げたとしか思えない。

違法性を認識していたかどうかということよりも、虚偽の記入や元秘書の報告を受け了承したことは、結果として違法なのだ。しかも、小沢氏は、政治資金規正法においては、監督責任があるにもかかわらず、全部秘書に任せていたというが、それ自体、責任を放棄しているのであって、違法性を認識していたかどうかという極めてあいまいな判断に持ち込むべきではないのだ。

東京地裁の判決が出る前にも書いたが、小沢氏が有罪無罪にかかわらず、もう小沢氏の時代ではないのだ。小沢グループと称する面々は、「今の日本には小沢氏のような強力なリーダーが必要だ」と声高に叫ぶが、本心からそう言っている議員が何人いるのだろうか。特に、小沢チルドレンと言われる連中は、とにかく今の民主党では選挙が厳しいことは目に見えているから、小沢氏頼みなのだ。消費税値上げ問題も一見、国民のためにという大義名分だが、自分の選挙のためとしか思えない。なぜ反対なのか、明確な理由が伝わってこないからだ。小沢氏にしても、「国民との約束した原点に戻るべきだ」と繰り返して言うが、全く説得力に欠ける。

要は、民主党内における勢力を拡大し、自分の影響力を強めたいというのが見え見えだ。そのためには「数」を増やすことが最大の目的だ。それを可能にするためには、「金」が必要となる。子分を養い、選挙時には選挙資金として配るからだ。小沢氏の金力は、この裁判でも問題になっているように、政党の解散時におけるお金の流れなども極めて不透明であると指摘されてきた。

こうした政治家をリーダーとしたグループが、絶えず野党のような存在で異議を唱えている状況は、どうみてもおかしい。(党内論議はあってもいいが)民主党自体も、すでに政党の体をなしていない。9日の党員資格停止処分解除も、「判決が確定するまで」という党内決定を無視し、解除の日付は控訴期限の10日にするという、全く分かりづらいものだ。あくまでも、党内融和という身内の論理だけだ。

小沢氏は、国会での説明を求められて、「今は裁判中だから」といって逃げてきた。しかし、「やましいことは一点の曇りもない」と強弁するなら、国会でもきちんと説明すべきだ。秘書が3人も逮捕されており、政治的、道義的な責任は当然あるのだから。小沢氏が無罪判決を受けた後、元秘書の石川議員は雑誌の対談で、「自分は無罪判決を得たけれども、みんなの苦労は決して忘れないから」ぐらいの労いの言葉はあってほしかったですね。~」と語っている。それが本音だろう。

日本の政治家の劣化が言われて久しいが、国内には東日本の大震災の復旧・復興問題をはじめとする難問が山積しており、外交・防衛の面でも日本は厳しい立場に直面している。「政権交代」の結果は、見ての通りだ。そう遠くない時期に行われるであろう選挙で、国民が賢明な選択を行うことを信じたい。