狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

齋藤茂吉の変身

2006-04-25 22:09:40 | 反戦基地

  明治天皇      齋藤茂吉
>明治天皇は和歌を好ませたまひ、且つ歌聖にましました。その歌調の堂々たる、御心のままの直ぐなる、さながらを咏じたまひて、毫も巧むことあらせられず。これ御製の特色と拝察したてまつるのである。

ともしびを さしかふるまで軍人(いくさびと)おこせしふみをよみ見つるかな
国のためいのちをすてしますらをの霊祭(たままつ)るべき時ちかづきぬ
国をおもふ臣(おみ)のまことは言のはのうへにあふてきこえけるかな
かちどきをあげてかへれる軍人(いくさびと)まぢかく見るがうれしかりけり
むかしよりためしまれなる戦(たたかひ)におほくの人をうしなひしかな


御製は、あるひは桂園流であるべきであるとおもふのに、此処に拝誦し奉る五首のごときは、さういふ流派的傾向が目立たず、御こころのままに歌ひあげられたまふのであるから、この御製のごときは、流派を絶し、時代を絶し、ただちに和歌の本質に貫徹したものだと拝誦し奉るのである。

それから、御製の新聞などにたまたま公になったのは、日露戦役ごろからだといふことであるが、天皇は御製の世に発表されるのを好ませたまはなかったさうである。これ、私の謂ふ「獨詠歌」の解釈上大切であるから、かしこきことであるが、一寸付記するのである。<

これは、齋藤茂吉の「現代日本文学全集・38現代短歌集・現代俳句集」改造社 の巻末にある、解説形式の「明治大正短歌史概観」から抜粋した。
旧仮名遣いなので、僕流に現代語に訳してみた。

《明治天皇は和歌を好まれ、且つ「和歌に最もすぐれた方」であった。
その歌の調子の堂々とした、真っすぐな心の其の侭を詠んで、少しも趣向を凝らすようなことはしなかった。
 これが天皇の作った和歌の特色とも言えよう。

 天皇の和歌はどうかすると「桂園流(香川景樹の門流で、古今集を宗とし、平易を旨とし、調べを重んずる流派)」であるべきはずだと思うのに、ここに掲げた五首は、そんな流派的な傾向は少しも見当たらず、心のままに詠んだものであるから、流派や時代を超越して、直接和歌の本質にまで到達したものだといえる。

 その後、天皇の和歌が新聞紙上にたまたま公表されるようになったのは、日露戦争当時頃からだということだが、天皇はご自身の和歌が世間に発表されるのを、あまり好まなかったそうである。

このことは私が普段言っている「獨詠歌」を理解する上大切なことであるから一言付け加えておく次第である。》

戦時中に於ける茂吉は、天皇陛下の忠良なる臣民であった。戦争末期の特攻隊を詠んだ歌がある。

 特別攻撃隊     齋藤茂吉
大元帥統べたまふ軍のいきほひの最中かがやくこのいつくしさ
きはまれる大き行為を発端の捨命のごとくわれもおもわむ
あめつちに至りわたれるたましひをわが戦にまのあたりにす
微塵なすかろき命といふ比喩もはや空々しこのたたかひに
大君は神にいませばうつくしくささぐる命よみしたまへり
                      「文芸春秋」20年1月号

齋藤茂吉は昭和20年4月、郷里山形県に疎開した。そこで敗戦を迎えるが、一国の非運に逢会しての悲歌は痛哭の情を極めて比類がなかっただろう。
昭和21年2月、大石田に移居した茂吉は、次のような歌を「中央公論」に寄せている。 

 小  吟      齋藤茂吉
すでにして蔵王の山の真白きを心だらひにふりさけむとす
一日すぎ二日すぎつつ居りたるにいつの頃よりか山鳩啼かぬ
うつせみのわが息息を見むものは窓にのぼれる蟷螂ひとつ
のがれ来てわが恋しみし蓁栗(はしばみ)も木通(あけび)も冬の山にをはりぬ
夜な夜なは土もこほりぬしかすがにたぎつ心をとどめかねつる
あかがねの色になりたるはげあたまかくの如くに生きのこりけり
来む春に穴をいづらむくちはながこの石の上に何見るらむか
もろともに叫びをあげむくれなゐの光の浮かぶひむがし見れば
                   「中央公論」21年1月号

茂吉は昭和26年文化勲章受章を受賞した。敗戦によって、日本の政治家も、軍人も、有名人も、名もなき国民、勿論その中には小生も含まれるのであるが、なべての人々がこの茂吉先生のように変身したのだった。

 僕は齋藤茂吉を貶すつもりはない。ただ、荷風散人こと永井壮吉のあっさりとした「文化勲章」受章も、摩訶不可思議千万極まりなかったが、それ以上に大東亜戦争讃美者であった茂吉や、志賀直哉がすんなり拝受ができたこの国が、どう考えても不思議でならないのだ。

 それあらぬか、敗戦前のような風潮が、再び変身するかのような気配の流れを、ただ傍観し続けなければならない、己の無力と加齢が哀れなのである。

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