狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

訪朝ニュース

2009-08-05 20:48:54 | 反戦基地
            
 テレビを見ないので、今朝の新聞紙上でクリントン元米大統領の訪朝を初めて知った。我が国の首相があたかも北朝鮮を仮想敵国のようにして、国民に支持を訴えている最中である。安堵した。
 それにしても思い出すのは、過去の小泉首相の電撃的訪朝であった。
このニュースを伝えた朝日新聞(2002年8月31日付)のコラム「天声人語」は次のように書いている。
[天声人語]
 あのときほど心中が悲壮感にあふれたことはなかったろう。56年、モスクワで日ソ国交回復に臨む当時の鳩山一郎首相の心境を推しはかった一節だ(『鳩山一郎』時事通信社)。鳩山首相は交渉を成立させて帰国した翌日引退表明をした▼鳩山ほどではないかもしれないが、72年、北京で日中国交正常化に臨んだ当時の田中角栄首相もたいへんな緊張下にあったろう。日ソ、日中いずれも時の首相が政治生命をかけた交渉だった。小泉首相訪朝の報に、こうした歴代の交渉の厳しさを思わざるをえない▼日ソ交渉は北方領土問題で揺れに揺れた。日中交渉では台湾問題が難題だった。どちらも外交交渉の争点であり、国内問題でもあった。与党内でも意見が割れた。北方領土問題は棚上げによって妥協を図り、台湾問題は国内の親台湾派を押し切る形で正常化にこぎつけた▼今回も拉致問題をはじめ難題が少なくない。その点は過去の交渉と変わりないが、突然の首脳会談発表には驚かされた。交渉を繰り返して機が熟す。そして首脳会談で決着する。そうした過去のやり方から見ると唐突感はいなめまい▼「非公式には綿密に話し合ってきた」と福田官房長官、「水面下で交渉してきた」と小泉首相が言うのだから機が熟した面もあるだろう。そう思うが、決して容易な交渉とは思えない▼30年前の話である。『大平正芳回顧録」によると、中国から帰国する機中、当時の田中首相と大平外相が「オイ、生きて帰れたなあ」としみじみ語り合ったそうだ。

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